特別編(1)
ニーナが部屋から転移したと分かった瞬間。
いってしまった。
また一人ぼっちだ。
そう、思っていた。
この部屋にニーナがいた時間なんてごくわずか。
それでもニーナとはよく話し、食事もした。
あの美しい肌に触れたし、綺麗な髪を撫で、何度も抱きしめた。
温かった。
華奢で、強く抱きしめたら壊れてしまいそうだった。
か弱い存在なのに。
自分を強く持っている女性だった。
そして……。
底なしで優しい女性だ。
最後までオレがしたことを責めることはなかった。
オレの手でニーナをずっと守っていきたいと思ったけど。
残念だな。
「ニャーォ」
プラジュが一声鳴くと、オレの顔を見上げた。
しゃがんで、プラジュの頭を撫でると、嬉しそうにオレの脚に体をすり寄せる。
ニーナがいなくなったのは寂しい。
でもおかげでオレは道を踏み外さないで済んだ。
クリス。
一体どんな男なんだろう。
ニーナが自身を犠牲にしてでも守りたいと思った男。
見たこともない円陣が出現し、クリスの声も聞こえた。
オレが聞いても好ましい声だった。
凛としているのに、優しさが感じられる。
声だけで、ニーナへの愛が伝わってきた。
それに。
特殊陣形。
聞いたこともない。
きっと。
あのニーナが大好きな男だ。
すごくかっこよくて魔法に精通しているのだろう。
オレでは……敵わないのだろうな。
それは多分、魔力の問題じゃない。
人として優れているんだ、クリスは。
オレみたいに誰から魔力を奪うために、魔法を使うことは絶対ない。
まだやり直しはきくのかな。
いや、やり直すんだ。
そう決めた。オレ自身が。
そう。
オレもクリスみたいな、ニーナがオレを振ったことを後悔するぐらい、イイ男を目指さないとな。
でも今はまず、母親だ。
まさか自分の母親があんなに辛い目にあっていたなんて。
王族の奴らは……本当に許せない。
「プラジュ、行くぞ。オレのとびっきりのキスで、母親の魔法を解術するぞ」
◇
オレは母親にキスをする気満々で王宮に向かったが。
思いがけない話を聞くことになり、そして――。
「本当に、アミル、君の母君の魔法を解術する役目を、僕が担っていいのでしょうか?」
この第四王子は。ベルディムという男は。
なんて腰が低いのだ?
彼は……明らかに他の王族とは違う。
こんな男が王族にいたなんて……。
「担えるかどうかはお前次第だ。母親にかけられた魔法の解術は『あたしのことを損得なしで、心から愛した者からのキス』だそうだ。つまりはお前のキスが本物なら、オレの母親の魔法は解術される」
オレの言葉にベルディムは、眉を八の字にして困り切っている。
ベルディムはスラリとした長身で、それなりに鍛えた体をしているが、その体つきにふさわしくないほど顔つきが優しい。真ん中分けした長い前髪に少し垂れ目で、見るからに温和そうだ。実際、そういう性格なのだろう。ガキのオレからこんな風に言われても、言い返すこともない。
ベルディムは……。
きっとニーナやクリスと同じなんだ。
オレとは違う、優しい人間。
その優しさにつけこんで、意地悪な言い方をするのは、最低な奴がすることだ。
「ベルディム第四王子、すまない。その、オレの言い方は間違っていた。あなたならきっと、オレの母親を元の姿に戻すことができる。あなたは他の王族とは違う。どうかオレの母親の魔法を解術してください」
初めて。
誰かに頭を下げた。
王宮で魔力を暴走させた時は、王妃や側妃に対し無理矢理土下座をさせられたが、あれはオレの意志ではない。
「アミルくん……と呼んでもいいのでしょうか」
「もちろん」
「アミルくん、僕がアンジェラを助けたい気持ちは嘘偽りのないものです。ずっと彼女を待ち続けていたのですから。行きましょう、アンジェラの部屋へ。僕が必ず解術して見せます」
優しくて温和なのに。
琥珀色の瞳には強い意志が見てとれる。
ベルディムは信頼できる男だ。間違いない。
母親がいる部屋へ向かった。
最初は……オレも部屋に同席するつもりでいた。
でも母親の魔法を解術する方法はキスだ。
オレが母親にキスするなら、手の甲だろう。
だがベルディムは……。
母親のことを愛しているんだ。
だったら当然……。
「ベルディム第四王子、その、オレは庭園にいる。うまく解術できたら、さっきオレが話した件を母親に伝えてくれ。ニーナという女性に出会い、解術方法を教えてもらった件を。あと、ベルディム第四王子自身の気持ちもちゃんと伝えることができたら、オレのことを呼んでくれ」
「何を言っているんだ、アミルくん。君はアンジェラの息子なんだ。毎日のようにアンジェラの部屋に通い、解術しようとしていたじゃないか。アンジェラと話したいのは君だって同じだろう?」
ああ。
ニーナと同じだ。
オレの気持ちを汲んでくれる。
なんでかな。泣きそうになってしまう。
「オレは気を使っているんだよ。解術方法はキスなんだから。母親が男とキスするところなんて見たくない」
「……!」
ベルディム第四王子はようやく理解したようだ。顔どころか耳や首まで真っ赤になっている。
「ア、アミルくん、では、その、解術が終わったらすぐに君のことを呼ぶよ。ニーナという女性の件は、アミルくんから話した方がいい」
「分かった。オレは一人で時間を潰すことに慣れている。盛り上がったら盛り上がったで、そのままよろしくやってくれ。時間はたっぷりあるのだから」
よかれと思って言ったのだが、ベルディム第四王子はさっき以上に全身を赤くして「ぼ、僕は決してそんなつもりは」と否定している。
否定はしているが、気分が盛り上がるとどうなるか分からない。
ひとまずオレはプラジュを連れて庭園に向かった。
この庭園は母親がいる部屋につながる庭園で、猫の額ほどの広さだが噴水がある。その噴水の縁に座り、四角に切り取られた空を眺める。
見上げた空はありふれた青空なのに。
なんだろう。
デジャヴを覚える。
この場所でこんな風に空を見上げるのは初めてなのに。
不思議だ。
優しい風が吹いた。
視線を庭園に戻す。
美しい紫色の翅を持つ蝶がひらひらと飛んでいる。
それをプラジュがつかまえるつもりはないのに追いかけている。
「アミル!」
見知らぬ女性の声にドキリとする。
ドキリの後はドキドキが止まらなくなり、がらにもなく緊張しながら振り返る。
「アミル! 会いたかったわ!」
「か、母さん……」
予想以上に若々しく、女っぽくて、とても自分の母親には思えなかった。
でも駆け寄るなりオレを抱きしめたその温もりは……。
オレがずっと求めていたものだった。
「母さん!」
涙が止まらなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
オレ様アミルくんですが。
これからニーナやクリスとも一緒に過ごすことになるので。
人間味あるエピソードをと思い、書き下ろしました。
いかがでしたか?
明日は11時台にとある人物の小話『特別編(2)』を公開。
そして12時にいよいよEpisode3がスタートします!
一挙3話公開です☆

























































