16:ニーナ。もしかして緊張している?
「え、ジェシカはウィ……リアムさまの馬車で家に帰るの?」
午後の授業が終わり、いつもの待ち合わせの昇降口を出た場所で、ジェシカとアンソニーのことを待っていた。するとやってきたのは、アンソニーだけだった。そしてアンソニーが私に、ジェシカは別々で帰ると告げたのだ。
ウィルとジェシカはクラスが同じ。
ジェシカは学級委員もやっていたし、転校生のウィルと接する時間は、今日一日だけでも沢山あっただろう。ウィルは社交的だったし、ジェシカともすぐ打ち解けることができたと思う。
何と言ってもウィルは、今日からウィンスレット辺境伯家の屋敷に滞在する。ウィルが学校にいる間に、荷物などは屋敷に運びこまれているはずだ。となれば荷物のために筆頭公爵家の別荘に戻るのではなく、ウィンスレット辺境伯家の屋敷にそのまま向かうだろう。ならばジェシカがウィルの馬車に同乗して一緒に帰るのも……至極当然。
当然、なのだが……。
そうなると私は、アンソニーと二人で帰ることになる。
アンソニーと二人で帰るのは、これが初めてというわけではない。
ただ、昨晩の一件がある。
今朝から今この時まで、アンソニーが昨晩の件に触れることはない。
だから気にしなくても大丈夫。
そう思いながらもなんだか不安が拭えない……。
「もしかしてニーナ、君もウィリアムさまの馬車で屋敷に帰りたかった?」
「!? そんなこと、全然考えていないわ」
「そうだよね。ニーナはウィリアムさまとは関わりたくない。極力近寄りたくないって言っていたよね」
確かにその通りデス。
でも今は事情が変わっている。
変わってむしろ今晩は、部屋で話し込む予定だが、そのことはアンソニーやジェシカに話していいのだろうか……?
でもウィルが彼を探している件は機密事項だし、本来口にすべきことではないと言っていなかったか。
ジェシカやアンソニーに今回の件を話していいかは……ウィルに要確認だ。
「ねえ、ニーナ」
「な、何かしら?」
「ニーナは関わりたくない、近寄りたくないって言っていたのに、休み時間に、ニーナとウィリアムが楽しそうに話す姿を見たと、友人が教えてくれた。それは本当?」
「……! そ、それは、ぐ、偶然よ。ウィ……リアムさまが、校内に不慣れで、迷っていたから案内しただけです」
「そうか……」
にっこり微笑んだアンソニーと共に馬車へ乗り込んだ。
乗り込んだのだが……。
アンソニーと馬車で、二人で帰る時。
私の対面の席にアンソニーは座っていたはずだ。
それなのになぜか今日は隣に座っている。
「どうしたの、ニーナ。もしかして緊張している?」
「!! べ、別に緊張なんて。緊張する理由がないですわ」
「そう……」
そう、と一言呟いた後、脚を組んだアンソニーは、無言で真っ直ぐ対面の座席を見ている。
無言でいてくれることに安心しつつも、なんだか落ち着かない。
落ち着かないが変に意識しても仕方がない。
ということで、窓の外の景色に目をやった瞬間。
膝の上に乗せていた手を、アンソニーがぎゅっと握った。
驚いてアンソニーを見る。
「ねえ、ニーナ。『ネモフィラの花畑の約束』のこと、本当に覚えている?」
「!?」
『ネモフィラの花畑の約束』の相手が、アンソニーではという案が浮上していたことを、失念していた。
でも……。
ウィルの探している彼が『ネモフィラの花畑の約束』に関わっているのではないか?
アンソニーは無関係なのでは……?
というか、アンソニーの言う『ネモフィラの花畑の約束』とは何?
私の記憶の出来事と、アンソニーが言うそれは、一致しているの……?
分からない。ならば聞くしかない。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「まさか、忘れたの……?」を公開します。
明日もよろしくお願いいたします。