60:止まらなくなってしまう……
こんな状況であることと、自分が伯爵令嬢である立場を踏まえても、このようなことを考えてはいけないと、よく分かっている。
でも……。
もう本能的な反応だと思う。
クリスがそうしたいと願うなら。
アミルが私にしたことで、クリスがしたことがないこと。
例えば……キスマークをつける、とか。
それを私にしても構わないのに。
そんな風に思ってしまう。
もちろん、そんなことを言い出すつもりはない。
脳内でそう思っているだけ。
それに私がそんなことを言い出しても、クリスは驚き、少し喜び、でもちゃんと止めると思う。「無理をしなくていいよ、ニーナ」と、優しく諭すように言うだろう。
だからクリスにぎゅっと抱きつき、今できる最善の言葉を口にする。
「クリス、辛い気持ちにさせてしまい、本当にごめんなさい。でも私の心はずっとクリスだけを求めていたから。どんなに離れていても。クリスだけを想っていたから」
「それは僕も同じだよ。姿が見えて、声も聞こえるのに、触れることも、助けることもできなかった。でも心の中で、ずっとずっとニーナを想っていたよ」
ことさら強く抱きしめると、クリスがキスを繰り返す。
こうやって抱きしめられ、キスをされる度に。
アミルとの出来事が、遠い昔のことに思えてくる。
アミルとのことはきっと、クリスと濃密な時間を過ごすうちに、必ず忘れることができるはず。
むしろ忘れられないことは……。
「ねえ、クリス。私、あの部屋で魔法が使えない状態で閉じ込められ、逃げる方法がないと分かった時、とても怖くなったの。このままここに閉じ込められている間に、クリスの元へユーリアがやってきて、その心を奪っちゃうのではないかって……」
クリスはキョトンと可愛らしい顔で私を見つめ、そしてクスリと笑う。
さらに私の頭を優しく撫で、口を開く。
「あんな砂漠の町に、王都に住んでいるユーリアが、来るはずないだろう、ニーナ。僕はニーナを助け出すまで、あの場所から動くつもりはなかった。万一ユーリアが僕の元へ訪れたとしても。僕の気持ちは動かないよ」
そう言って額にキスをしてから、話を再開する。
「それでもユーリアが僕に迫るなら。例えアミルと戦闘になろうとも、僕は転移魔法でニーナの元へ行く。それにニーナに対し、心配性で過保護だったけど、自分自身に対しても同じだからね」
「えっ」と声をあげた瞬間にキスをされ、時が止まった。
全身から力が抜け、くたっとしてクリスにもたれると、私の体はその胸の中にぎゅっと抱きしめられる。
「ユーリアがどんなに強力な魅了の魔法を使おうと、僕には無駄だ。類似する魔法も僕には効かない。僕の気持ちを捻じ曲げるような魔法を一切無効にする――そんな魔法を自分自身にかけてある。これは僕が自分の意志でやっていることだ。アンジェラで痛い目にあったからね。自衛手段でしていることだよ。でも奇しくもそれは、僕がニーナ以外を好きになることはない――ということだ。だから安心して、ニーナ」
さっきはクリスがキョトンとしたが、今度は私がキョトンとする番だ。
魅了魔法とそれに類似する魔法――アミルのバスルームにあったディオニシアの花のような、催淫効果をもたらす魔法は、強い魔力がないと使えない魔法。なぜならかける相手の意志を無視し、捻じ曲げ、従わせるような魔法だからだ。
誰かを従わせるような魔法には、当然強い魔力が必要となる。一方で、それだけ強い魔力が込められた魔法だから、それを撃退するのも一筋縄ではいかない。自分に向けられた魅了魔法や催淫魔法を上回る魔力を込めた魔法で、対峙しなければならないからだ。
だから、この系統の魔法に対抗措置をとれるのは……クリスだからできるのだと思う。魔力が相応に強い私でも、ウィルであっても、この魔法を防ぐのは……難しいだろう。
「ニーナ、そのキョトンとした顔。ダメだよ。とても愛らしい顔だから。止まらなくなってしまう……」
気づくとクリスは、さらに私のことを抱き寄せ、甘い甘いキスを落とした。
甘々警報発動してま~す(*/▽\*)
ということで。
本日はここまでですっ!
最後までお付き合いいただいた読者様。
ありがとうございます。
明日はいつも通りに 11時台 に公開です。
クリス、まさかそんな方法で回復していたの!?と
ニーナの心臓がバクバクです。

























































