55:今すぐ抱きしめたくなる
クリスは転移魔法を使わなかった理由の説明を続けている。
「それだけ細心の注意を払っても、すぐに感知されてしまうと気づいた。しかもそのアミルは、相当離れた場所にいるはずなのに、十数秒であの部屋に戻って来られる。そうなるとすぐに鉢合わせになり、戦闘になってしまう。でもそれでは場が悪い。そもそも砂漠の一帯は、アミルのフィールドだ。ここで戦闘になるなら、下調べを入念にする必要がある。どう考えても、魔力の総力戦になるだろうからね。だから転移魔法を使うなら、調査を終えてからだと思っていた」
間違いない。
クリスは……とんでもない逸材だ。
やはり魔力の強さだけで、どうこうするつもりはなかった。ちゃんと勝つための算段を考え、動こうとしていたのだと分かる。
お茶を一口飲んだクリスは、そこで肩をすくめた。
「でもそんな戦闘をせずとも、ニーナを救い出す方法はあった。その婚約指輪にかけている魔法だ。僕は心配性で過保護だからね。その指輪に、とんでもない魔法を複数かけていた」
「クリスの言うことは本当だ。正直に言おう。クリスがニーナに婚約指輪を贈った時、その指輪にかけられている魔法を解析させてもらった。あり得ない数の魔法が、かけられていた。しかも使われている魔法は、どれもこれも一級品だと思う。だが、まったく分からない。分からないというのは、解析不可能ということ。つまり解術できない。その指輪がある限り、正直、僕らは不要とさえ思える」
ウィルがそう話すと、クリスはまたまた困り顔になってしまう。でもすぐにウィルは、こう付け加える。
「クリスが心配性で過保護だとは、僕は思わない。だってニーナはアンジェラに一度さらわれている。それに次期大魔法使いの婚約者だ。悪巧みする奴らからすると、ニーナは恰好の標的だ。なぜならニーナは、クリスにとっての唯一の弱点だから。その弱点を守るために、その婚約指輪にとんでもない魔法をかけた。でもそれは、当然だと思う。むしろ何もしていない方が、驚きだ」
ウィルの言うことは尤もだ。それに私も、クリスが心配性で過保護だなんて思わない。むしろこの婚約指輪に魔法をかけてくれていなかったら、こんなにスムーズに戻って来ることは、できなかった。
「ただ、クリスは大きな失敗をおかした。それだけの魔法をかけたことを恥ずかしいと思い、ニーナに打ち明けていなかった。だから僕達はこの町へ来て、根競べだ。クリスがフィールド調査を終え、こちらから仕掛けるか。ニーナがあの部屋から出てくるのを待ち、婚約指輪の転移魔法の件を伝えるか。どちらが先になるかってね」
ウィルの言葉にクリスは顔を赤くして、さっき以上の困り顔で私を見た。その姿は、今すぐ抱きしめたくなる、キュンとしてしまうもの。真剣な話をしている最中なのに、甘々になりそうな気持を引き締め、私は口を開いた。
「根競べの状況になってしまったのは……確かにもどかしいことだと思うわ。でも失敗だなんて。クリスが言えなかったのなら、クリスが言いにくい雰囲気を、私が作っていた可能性もあるわ。だからそれは、クリスだけのせいではないと思うの」
「ニーナ……」
クリスが、ライラック色の瞳に愛を込め、私をじっと見つめる。その愛をしっかり感じてしまい、胸が自然とときめいてしまう。
しばし見つめ合い、甘い時間が流れる。
ウィルとアンソニーが、同時に咳払いをした。
ハッとした私は、慌てて話を再開する。
「指輪にかけられていた魔法が、とんでもないものであることは、よく分かったわ。だってあの部屋、アミル以外は、魔法を発動できないはずだったから。それなのに指輪に込められた魔法は、使うことができたの」
「クリストファー様は、一体どのようにして、魔法の発動を可能にしたのですか?」
私の言葉を聞いたアンソニーが、不思議でならないという表情で、クリスに尋ねる。
真剣に話している最中なのに。
再会したばかりの二人はついお互いを想い……。
もう1話、12時半前後の公開を目指しますー!

























































