40:孤立無援
アミルは淡々と話を続ける。
「オレは子供だったし、当時は意味が理解できなかった。でも、この国は一夫多妻制であって、一妻多夫制ではない。だからオレの母親が何か悪いことをしている――そう、当時は理解していた。娼婦については奴らのおかげで理解していた。体を売る商売女だってことを」
5歳の子供が理解する必要のない情報を、正妃と側妃たちはアミルに吹き込んでいる。これは……ヒドイと思う。
「オレが年子のことを聞いても、反応が薄かったからだろう。彼女達は別の言葉を紡ぎだした。王子達は生まれてから、乳母により育てられたが、母親である正妃も側妃も毎日王子達に会いに行ったと。愛する王子達を抱きしめ、時に添い寝をして、愛情を注いでいたと。
だがオレの母親はどうだと。自分が生んだ子供に愛情を注ぐのではなく、オレの父親である国王でもなく、自分達の子供である王子達に愛情を注いだ。まだ赤ん坊の子供そっちのけで、男に媚を売る最低の女。汚らわしい。肉欲に溺れる女。その女の子供であるオレも同罪だ。オレなんかが王太子になるのは、間違っていると」
これにはもう、なんて言葉をかければいいのか、分からない。
ただ、アミルの母親は、確かに肉欲に溺れてしまっているように思える。でもアミルは関係ない。何を以てして同罪なのか、意味が不明だ。
「アミル、その、お母様のことは何とも言えないけれど、少なくともあなたが同罪だなんて思わないわ。それにそんなこと言うのは、正妃と側妃だけでしょう? 父親である国王とか、あなたを育てている乳母や召使いは、否定してくれたのよね?」
アミルは眩しそうに私を見た。
その表情から私は悟る。
5歳のアミルの周りには、味方がいなかったのだと。
「正妃や側妃は、王宮では絶大な力を持っている。誰も彼女達に逆らわない。誰も、母親のことを教えてくれないし、国王……父親でさえ、母親のことは知る必要がない、の一点張りだった。でも、もう母親はどうでもいい。それまでは母親に会いたいという気持ちもあったが、一度もオレに会いに来ないということは、そういうことだと理解した。オレより、王子達の方が、男の方が大切なのだと」
辛すぎる状況だ。
孤立無援の状態……。
「そうこうしているうちに俺が6歳になった時、母親が王宮から消えた。彼女達は、散々王族を弄び、最後は宝物庫から金品を盗んで逃げたと、オレの母親を非難した。でも……母親がいなくなったおかげで、彼女達の怒りも少し収まった。
だが、相変わらずオレは王太子のままだったから、嫌がらせは続いた……。そしてあの頃、オレは寝つきが悪くなっていた。彼女達から沢山の聞きたくもない言葉を吹き込まれ、夜になりベッドで横になると、その言葉を思い出し、眠ることが出来なかった」
「アミル……」
もう、なんて言葉をかければいいのだろうか。
ただ名を呼ぶことしかできない。
力なく笑い、アミルは話を続ける。
「ずっと、心の中で、一度でいいから、母親に抱きしめてもらいたいという気持ちが残っていた。もう母親なんてどうでもいいと口では言っていたが、そんなことはなかった。だからあの日の夜、見知らぬ女性が部屋に来た時、驚いた。驚いたが、その女性は『アミル、会いたかったわ、ずっと。私の可愛い坊や』、そう言ってベッドで横たわるオレを抱きしめてくれた。その瞬間は、ものすごく感動した。初めて感じる母親の温もりに、涙がこぼれ落ちた」
……!
これには私も涙腺が緩む。
「でもそれは偽りだった。『そんな言葉、お前の母親が言うわけないだろう!』そう言うと、突然突き飛ばされた。さらに剣で刺されそうになった。訳が分からない。ただ、母親に殺されそうになっていると、咄嗟に理解し、絶望して……魔力を暴走させてしまった」
なんてことなの……!
そんな理由で魔力が……。
でもこれは不可抗力では?
魔力が暴走するぐらいショッキングな出来事だと、客観的に聞いても思う。
「オレの部屋に忍び込んできたのは、母親ではなかった。変身の魔法で、母親に化けていた側妃だった。第二王子の母親の。そしてオレの部屋には、正妃や他の側妃も、沢山のぞきに来ていた。オレの暗殺を見届けるために。でもオレは魔力を暴走させ、彼女達は大怪我を負った」
アミルは宙を見て、大きなため息をつく。
間違いない。
その時の出来事が、脳裏に浮かんでいる。
「オレの暴走した魔力は、王宮全体を吹き飛ばすものだった。当然、怪我人も沢山出た。……彼女達は大怪我を負ったが、それも王族に仕える立派な魔術医師の魔法で、完治した。一方のオレは……。幽閉されることが決まり、もちろん王太子ではなくなった。幽閉されようが、王太子でなくなろうが、別に構わない。ただ、許せなかった。いろいろと我慢していた怒りが、頂点に達した。でも魔力を暴走させ、多くを傷つけるのは嫌だった。そもそもオレがこんな目にあうきっかけになったのは、母親とオレの魔力の強さだ。だからオレは……」
アミルはしばし沈黙する。
黙ってアミルの次の言葉を待つ。
本人も言っていた。
こんな話を誰かにするのは、初めてだと。
だからここはまず、アミルの話を聞こうと思った。
ということで本日の更新はここまでです。
俺様アミルですが、そこには辛い過去が……。
明日は「第二のセスフラグがちらつく」を 11時台 に公開です。
次回は……プチサプライズ☆
それでは引き続きよろしくお願いいたします!
【一気読み希望の読者様へ】
『悪役令嬢ポジションで転生してしまったようです』
https://ncode.syosetu.com/n6337ia/
上記作品、昨晩、完結しました!
一気読み派の読者様、よかったらcheckくださ~い。
R15作品ですが、冒頭と後半のみです。

























































