1:プロローグ
澄んだブルーのネモフィラの花が
見渡す限りに咲き誇っている。
その花畑で私と少年は、二人きりで向き合っていた。
逆光に照らされながらも、少年が笑顔であると分かる。
優しくそよぐ風に、髪が揺れていた。
「ニーナ、約束だよ」
「分かった。約束する」
少年が私に笑いかける。天使のような美しい笑みだ。
「では約束の証」
両手で私の頬を包むと、少年は何かを囁き、額にキスをする。
突然の額へのキスに、くすぐったいと私は微笑んだ。
『ネモフィラの花畑の約束』。
少年が誰なのか。どんな約束を交わしたのか。
肝心の部分を、私は覚えていなかった。
◇
自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと気付いたのは、8歳の時だ。
私には兄と弟が一人ずついる。
その兄がふざけて私の部屋に小さな蛇を持ち込み、それに驚き、絶叫した。
絶叫しすぎて、酸欠になり、私は気絶してしまう。
気絶している間に見たのは、夢なのか記憶なのか。
ともかくその中で私は日本人で大学4年生だった。
就活が終わり、学生生活最後の春休みを使い、大好きな乙女ゲームをやり込んでいたら。
なんと一戸建ての我が家の庭に、高齢者が運転する車が突っ込んできた。家族は留守。一人リビングでゲームをしていた私は、その車に激突され死亡。
その魂はなぜか天国に召されることなく、乙女ゲーの世界へ導かれた。
そう、死ぬ直前までプレイしていた『マジカル・パラダイム』、通称マジパラの世界に。
マジパラでは、ヒロインである異世界から来たユーリアとなり、魔法学園へ入学する。学園には家柄・容姿に恵まれた学園のアイドルとも言われる男子がいる。学園の外にでれば、年上のオトナな男性も現れ、彼らとキラキラな学園生活とプライベートタイムを送ることになる。恋の駆け引きを楽しみ、最終的に卒業式の後のプロムで、いずれかの男子OR男性と結ばれるという乙女ゲーなのだが。
ヒロインであるユーリアを、ねちねちといじめる悪役令嬢がいた。
その名はニーナ・コンスタンティ・ノヴァ。
伯爵家の令嬢で、とても美しい。
スタイル抜群で魔力も強く、表向きは男子生徒の憧れの的。
だが実際は非常に嫉妬深く、常に自分が女王様でないと許せない。だからぽっと出のユーリアが、学園のアイドルや素敵な大人な男性と仲良くなるのが「どうしても許せない」。
つまり、攻略対象となる5人の誰を選んでも、必ず嫌がらせを行ってくる。
最終的に卒業式後のプロムで断罪され、お決まりの悲惨な末路を辿るわけだが……。
マジパラの世界に転生した私の名は……ニーナ・コンスタンティ・ノヴァ。
そう、悪役令嬢その人なのである。
だが、私はまだ8歳。
断罪されるのは18歳。
十分にやり直しがきく。
ということで私は悪役令嬢にならないため、わずか8歳で大奮闘をすることになった。
ニーナが将来的に入学することになる王立イエローウィン魔法学園は、王都にある。そして当然ノヴァ伯爵家も王都にある。このまま王都にいたら、間違いなく立派なレールの上を一直線、悪役令嬢になってしまう。
だから。
王都から遥か北にあるギリス王国と国境を接するブルンデルクの地を守る、叔父のウィンスレット辺境伯家に、お世話になるよう画策したのだ。
私は前世で、スギ花粉で苦しんでいた。
そしてこのマジパラの世界、メリア魔法国にもスギは存在している。
ただ、そこまでスギの木が大量にあるわけではない。だからその花粉を集めるのには難儀したが、それでもその花粉を吸いこむことで、アレルギー反応は出てくれた。
目がかゆく、涙がこぼれ、くしゃみが出て、鼻水が止まらない。
それまで健康そのものだった私のこのアレルギー反応に、両親は予想通り目を丸くする。
すぐに屋敷に医者がやってきた。
私はわずか8歳ながら魔力が相当強かった。
マジパラで知った魔法の中で、特に使えそうな魔法を使わせてもらうことにした。
それは魅了の魔法だ。
魔法をかけた相手を魅了状態にするのだが、永続的な魔法ではない。永続的に使うには魔法の効果が切れそうになる度に、魔法をかけなおさなければならない。効果はどれだけの魔力をその魔法に込めたかによるが、その時は30分で設定した。
魅了の魔法にかかった医者は、私の言いなりだった。
そして医者の口から両親にこう語らせた。
「ニーナさまの症状は王都の空気が原因です。最近、王都では車というものが走り出しましたが、そこから出る煙がニーナさまの体に影響を与えているようです。王都を離れ、空気の綺麗な自然が多い場所で18歳まで過ごせば、この症状は二度と出ることはないでしょう。でももし、このまま王都にニーナさまが暮らせば、あと一年でそのお命は……」
私はこの医者の話を、こっそり聞いてしまったことにした。
「お父様、お母様、ニーナは死にたくありません!」
泣きながらブルンデルクの地を守る叔父のウィンスレット辺境伯家のところへ行きたいと訴えた。
8歳の子供が死にたくない、生きるために叔父の家に行きたいと言うのを、止めることなどできるはずがない。
かくして私はウィンスレット辺境伯家に、療養という名の元、お世話になることになった。
はじめまして。一番星キラリと申します。
悪役令嬢もの、初挑戦です。
楽しく、ハラハラドキドキ、時にホロリ。
でもイケメンには溺愛してもらいたい。
そんな夢を詰め込んでみました。
お楽しみいただけたら幸いです(≧▽≦)
ページ下部に新作や完結作品のリンクもありますので
ぜひそちらもよろしくお願いいたします!