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1人の女神

 その教会から、この旅は始まった。

 町の外れの寂れた一角――蔦にまみれたその石造りの塊は、まるで遺跡か廃墟のようだ。――いや、“まるで”どころか、正面の扉はトタンを立てかけているだけなので、誰でも入り放題の実質廃墟である。もっとも、ここの責任者の性格を考えれば、施錠すべきところにはしっかり施錠しているのだろうけれど。偽司祭である彼女にとって、信仰の場は守るべき範疇の外にある。その――礼拝堂の最奥にそびえ立つ女神の黄金像さえも。天秤と剣を携え、その身に五つの丸い(きず)を湛えたその神は、この戦いに何を思うのか――


 ところ変わって――

 円筒型の宇宙居住区(スペースコロニー)――その湾曲した屋根から陽が差すことはなく、ただ外宇宙の星々を写すのみ。常夜(とこよる)の、大人たちの世界として。

「はい、こちら『|Cheese O'clockチーズオクロック……」

 その店の看板にも宇宙文字でそう書かれているのだろう。正確なところはわからないが、丸いチーズの塊からワンピース切り取っているそのアイコンは、数十世紀前の人間でも理解することはできる。

 かといって、そこは決してチーズ専門店ではない。木造、煉瓦仕立て風味のオシャレな内装を忙しなく行き来するのは、ヘッドドレスをかぶったエプロン姿のメイドさんたち――そのフリルは華やかではあるが、客たちが振り返るのはその裏側――背中からお尻、太ももの裏側に至るまで開かれた肌色に、誰もが釘付けになっている。働いている側も男たちの視線を承知の上で振る舞っているのだろう。料金のうちとして。

 そんな女性たちを束ねる裏方の“彼女”まで同じ制服に揃える必要ないのかもしれない。逆に、だからこそ、従業員を束ねる者としての強い意志が感じられる。

「あら、ケミーさん」

 その小さな部屋に甘いデザートの香りはない。客席と同じような木造の内装――だが、その窓から覗くのは点々と光の灯る宇宙要塞。ゆえに、この建物もあくまで精巧な壁紙として装っているのだろう。客の目の届かないところまで。そこに、経営者の本気が窺える。

 ただ、通信機器まで古風に揃えていることはないようだ。彼女が耳に当てているのは、様々な惑星でよく見るタイプの携帯端末。後ろ髪は長く、椅子の背もたれもあってうなじまですっぽりと隠している。が、横から見ればその艶めかしさは明らかだ。フリルもあり、生地面積は広く作られているはずだが、彼女の胸があまりにも豊かだからか――それでも、辛うじて見えないよう調節されているあたり、己のメイド装束に対するこだわりが感じられる。

「そう……それで、いまはどちらに?」

 その表情から察するに、あまり良い報せではないのだろう。当然だ。この店でトップを走っていたメイドリーダーのシレーは――


 裸エプロンメイド喫茶と通信をつなぐのは同じコロニーの敷地内ではない。超高層ビルが整然と立ち並ぶ惑星・ミューズ――とあるオフィスのエントランスで携帯端末に向けて必死に報告しているのは、おつきのメイドふたり組のうちの――メイド長からはケミーと呼ばれていた――何度か名前が出ていたルナ、“ではない方”。

「はい、それで、さらわれたシレーさんを探すために犯人が現れそうな場所として、ミューズにいるのー。それで、えーと、ルナさん」

 とルナに問いかけると。

「えーと、どうなってるんでしたっけ、ヒューイさん」

 ルナは傍に立つヒューイ――ミトフルの事務所のズーミア教徒に丸投げしてしまった。なお、その隣にはメガネのハナさんも同伴しているし、周囲にはビジネスフォーマルなヒューマンタイプが絶えず行き交っている。どうやらいまは業務時間帯らしい。そんな中で、ふりふりのフリルをまとっていては、否応なしに目立ってしまう。ヒューイたちからすれば、一度は自社のアイドルと同じ舞台に上がった同業者であるため無為にはできない。が、こうも周囲からチラ見されては、社員としても居心地が悪いようだ。

「それが、ミズリーさんと一緒に非公式な外回り、と聞いていたのですけど……」

 スケジュールとしては、そのように登録されているのだろう。だが、その内情を部外者にもらすわけにはいかない――もしくは、本当にそうとしか知らされていないのか。ハナさんは不思議そうに首を傾げている。

「とっくにミズリーそんから連絡さ来とる頃なんだけんども……あん人が連絡つかんことなんて(はず)めてだべ」

 ミズリーにとって、宇宙一のアイドルは夢だった。が、その夢は――


 一方、いまだ夢を追い続ける者もいる。トーン……トーン……と軽やかな跳躍。クルクルと高速旋回しながらも、着地の足元がブレることはない。それでも、本人は納得できないようだ。

「うーん、最近脱いでも調子上がらないみたいなのよねー」

 言いながら、オツヒノは傍に脱ぎ落としていたハーフパンツに手を伸ばす。中にショーツも脱いだ形で残っているので、そのまま足を通そうとしているようだ。が、ふたりのパートナーはそれを許さない。

「そんなことないよー良かったよー」

 と、キーボード担当だった黒髪の女のコが上半身にまとわりつけば、ギター担当だった三つ編みのコは下半身に食らいつく。

「オツヒノちゃんもあたしたちとお揃いでいこー」

「ぎゃー!? 変なとこ指入れんな!」

 下半裸の女のコたちがくんずほぐれつ――だが、少し離れて見てみると、そこはレッスンルームのようではあったが――照明やカメラを構えたスタッフたちによってじっくり取り囲まれている。規模は小さいながらも、ミトフルの出ていたライブの舞台裏のような雰囲気だ。

 大変な騒動はあったものの、彼女たちはAV女優である。半袖のトップスは着ているものの、下は半裸――そんな女子がもつれながら押し倒されたのだから――

「はいカットー」

 ドテンと三人が絡み合うように倒れたところでカメラが止められる。が、監督の表情は穏やかなので、これで、脚本通りなのだろう。

 なので、これはあくまで本人たちによる悪ふざけか。

「こっから先は別撮りでしょーよ」

 三つ編みの頭がグイグイと足蹴にされている。痛そうな素振りはないので、足の裏で押されている、という方が適切か。

 そのような扱いを受けながらも心配そうに声をかける。

「オツヒノちゃん、やっぱりいまはさっきみたいな感じ?」

 どうやら、聖痕を失ったことをスランプのように捉えているようだ。それは、オツヒノ本人も。

「ぬぅ……私が本気を出せば、あの三倍は高く飛べたはずなのに……」

 誰もがお尻の聖痕のことを話題に挙げない。最初から見えていなかったのか、気づいていなかったのか――一時期の絶好調を懐かしんでいるようだ。

 それでも、先程のジャンプは大したものである。それは、キーボードのコも認めるところ。

「そもそも、実演サンプルもあのくらいだったし、むしろちょうどいいんじゃない?」

 だが、本人には認められないようだ。

「ダメ、やっぱ納得できない! 監督、もう一度――」

「お、オツヒノちゃん! もうここだけ七回目……!」

「スタッフさんたちにも次の予定があるんだから……!」

 オツヒノは勢いよく立ち上がるが、すぐさま仲間ふたりが下から飛びかかって止めた。しかし、止め方はやはりその流儀に基づく。

「ぎ、ぎゃあああ!? だから、変なことすんなっての!」

 撮影時と同じ流れではあるものの、カメラが回ってないからかオツヒノのリアクションはやや“がさつ”だ。それでも結局ドスンと倒されて――スタッフたちもほっとしているので、結局先程のカットが採用されそうだ。

 そこに入室してきたのは、責任者の男――テカテカした革のジャケットは、このような小綺麗な場でも変わらない。おそらく、別室で裏方仕事などをしていたのだろう。その表情から察するに、そこでどうやら良くないことが起きたようだ。

 とはいえ、それは女優たちに対してではなく。

「監督さんたち、このままエドーキョーへ飛ぶって言ってませんでした?」

 顔を見合わせながら不思議そうに頷きあうスタッフたち。行き先は正しいが、その表情からどのような反応を見せればいいのか戸惑っているようだ。が、それを見て、レザーの男は目元を緩める。

「そりゃー悪運が強い。いま、あっちの惑星(ほし)にツネークスが現れたってニュースが」

 その報に、誰もがぞっとして顔色を青くする。特に、目の当たりにした女優たちにとっては名前だけでもトラウマモノだ。その暴力性は、もはや自然災害にも近しいのだろう。だとすれば、宇宙船のダイヤも乱れるに違いない。

 もし、オツヒノがリテイクを繰り返していなければ、その騒動に巻き込まれていたことだろう。そう思えばスタッフたちも苦労が報われて穏やかなため息もこぼれる。

 が、空気を読まない一言によって、温かな雰囲気は一気に凍りついた。

「それなら、もう一回撮れません!?」

 人の不幸に漬け込む笑顔だが――さすがにこのオツヒノを放っておくことはできない。

「だからって、これ以上付き合わせたら悪いでしょ!」

「もー、“こっち”のシーンは撮ったじゃない❤」

「とっ、とっ、撮ったって……だから……ぎにゃーーーーー!?」

 今度は足蹴にされても力強く、ふたりはオツヒノに立ち向かっていく。これには、お仕置き的な意味も含まれているのだろう。

「やめ、やっ、あふぅ❤」

 気の抜けたオツヒノの吐息が上がる。さすがに、もう立ち上がってくることはなさそうだ。監督たちに向けて深々と頭を下げているレザーの男――それに対して怒っている様子はない。どうやらこの撮影は丸く収まってくれたようだ。


 一方、その頃――

 そこに、輝きも華やかさも何もない。

 ただ、静かにスタンドライトだけが小さな卓上だけを照らしている。

「えーとね、外を出歩くときは服を着るか、毛を生やすかしてくれないと」

 そう咎めるのは――犬人か。全身に蒼銀の立派な毛を蓄え、その上で日本警察のようなジャケットを着込んでいるのだから重装備である。

 その対面に座るのは、つるっとした見慣れた地肌。

「いえ、その、あたし、毛を生やすとか無理なんで」

 頭の赤髪は顔の左側でひとまとめにされているが、そこ意外に目立った発毛は見られない。それで、犬人も何となく察したのだろう。

「じゃあ、何でそんなカッコでウロウロしてたの。あ、カツ丼食べる?」

 フランクな雰囲気で蓋付きの丼をスススと全裸女子の方に寄せる犬人。種族が違うこともあり、女子の装いは気にしていないようだ。それも、本人が恥部を丸出しにしていても動じることのない理由かもしれない。

「いえ、あたし、カロリー制限あるんで、そういう重い食事はちょっと……」

 一糸まとわず食べ物のことを気にしていられるのだから意外と余裕がある。これに対して、犬人としては何か会話の糸口がほしいようだ。

「カロリー制限って減量? 何かスポーツやってるの?」

「アイドルですーっ! って調書にもさっき書いた!」

 ばん! と机の端に寄せられていた書類を叩く。このような時代でも紙の文化は残っているらしい。

 犬人はチラリとその調書に横目を落とし、改めて容疑者の顔を凝視する。

「アイドル?」

「アイドル! マコット・アマギ! 色んなショーとか出てるっての!」

「いや、あんま見ない顔だなーと思って」

 アイドルに対してあまりに失礼な発言だが――おそらく、“自称”アイドルではないかと疑っているのだろう。そして、マコットの方にも疑われる自覚はあった。

「それは、うー……着ぐるみの仕事とか多いから……今日もヒーローショーで……ってそれも説明したじゃん!」

 ばんばん! と再び調書を叩くミコット。どうやら、あまり真面目に話を聞いてもらえていなかったらしい。

「スーツアクター?」

「アーイードールぅー!」

 犬人に核心を突かれても、マコットの意志は揺らがない。これには、犬の警察官も負けを認めたらしい。

「わかったわかった。じゃあ、アイドルのミコット・アマギさん、会場で何があって、それで、どうして駅前を全裸でうろついてたのか、もう一度説明してくれる?」

 調書を再確認するのかと思えば胸元のポケットから携帯端末を取り出した。紙の方はあくまで参考資料程度のものだったらしい。

「だから、駅前に出たのは服を買うためであって……」

 と少しモジモジしたところで。

「それよりね! あたしのステージにミトフルちゃんが来てくれてたのよ! けど、ツネークスも来てたから会場騒然! 一時はどうなるかと思ったけど……」

 マコットは嬉々として己の武勇伝を語るが、犬人の反応は極めて薄い。おそらく、マコットが盛っている部分を適宜間引きながら聞いているのだろう。

「うんうんそうだね。エドーキョー・ウチークビランドにツネークスが現れたって、署でも大騒ぎになってるよ」

 どうやら、あの遊園地はそんな物騒な名前らしい。たが、それならM・2たちが普通に飛び回っていたのも頷ける。


 だが――


 いま、この敷地内で起きているのは演出としての打首ではなく、本当に死者が発生する騒ぎだ。ツネークスの出現――あの戦闘力を考えれば、この厳戒態勢も当然か。それはまるで合戦――城攻め――赤茶けた甲冑をまとうのはヒューマンタイプだけでなく二足歩行の肉食獣たち。その中でひとりだけ奉行のような陣笠をかぶっているのは、おそらく司令官に相当する役職なのだろう。それでも、他の警官たちと同じような甲冑を着ているので、先陣を切ることもできそうだ。

 だからこそ、ライオン奉行は、携帯端末に向けて苛つきを顕にしている。

「待機!? 何故!? もう包囲網は完成しているのですよ!?」

 これに対して、通話先の方も苛ついている。

『未だ要求がないのだ! 下手に動いて死人を出したいか!?』

 上司としては、部下の安全が第一なのだろう。しかし、現場としては犯罪者を捕らえたいようだ。

「ならば、園内まで包囲を狭めて――」

 ライオン奉行は本部との交渉を続けている。一体、中で何が起きているのか――それを知る者は、そこに立つ者たちだけか。


 青かった空はいつの間にか暗く重い曇に覆われている。あたりに漂っていた笑い声も消え去り、そのステージはまさに戦場の様相だ。

 そんな中でも、彼女たちは光り輝く。

「~~~~♪」

 その歌声を聴く者は客席にない。彼女たちは人々のための偶像(アイドル)だというのに。それでも、彼女たちは唄い続けた。偶像が、偶像であるがためゆえに。

「~~~~♪」

 伴奏もなく、そのステップだけがパーカッションを刻む。だが、それで充分だった。神が彩るアイドルたちに舞台演出は必要ない。そこに、偶像(アイドル)さえいればいいのだ。

 と、いうことで。

「ほんじゃ、うちのスタッフは総員撤収したし……ツネークスが来たんじゃ、あたしたちの所為じゃないよねぇ、うん」

「だよねー、うん、わかるわかるー」

 その舞台裏――生首ロボたちはこの事態に対して勝手に自己解決して納得したようだ。そして。

「んじゃ、お疲れー。シキ、またねー」

 どうやら、イベント関係者として入場した設定は最後まで残っていたらしい。M・2は退勤するような気軽さで、通用口へと逃げていった。

 それを視界の隅に入れていたユウの目つきが鋭く変わる。ここからが本題だと言いたげに。

「ここはミトフルにノるわよ。異論はないわね」

「ノるって……」

 異論こそないものの、ヤシロにはその表現にやや異論を含むようだ。が、ユウはそれを意に介さない。

「私たちの目的を忘れないで。ミトフルの方がまだ言葉が通じる。そうでしょう?」

 ユウの瞳は仲間に協力を仰ぐというより説教か。

「それとも、貴女があの黒キツネを説得する?」

 その舞いは――舞いというより組み手に近い。打ち出されるのは手刀。身を翻せば背中から踵が飛んでくる。その長い髪さえも、光を削り取るノコギリのようだ。

 それでも、ミトフルは逃げない。無様にしゃがみ込むこともない。すべては振り付け――予定調和の殺陣のように、上半身を反らし、下半身を滑らせ、黒い圧力との接触を紙一重のところで避けている。

 そのうえで、この歌唱力だ。

「~~~~♪」

 マイクは持っていない。用いる必要もない。女神の加護を受けた肉声をもってすれば、手荷物などは邪魔なだけ。両手――両足――ストンストンと後方回転を繰り返すミトフルに、黒い竜巻が襲いかかる。黒い髪――白い足――獲物を逃さず追い詰めていくが――これ以上舞台端に追いやられてはアイドルとは呼べない。ならば――上か。鋭く跳躍すると、間一髪のところで破壊衝動から抜け出した。見上げるツネークス頭領の瞳は――狂気の笑みに満ちている。

 それは、女神の力か――それとも、ツネークスとしての身体能力か。弾丸のように打ち出された黒い彗星を、ミトフルは速度を落とすことなく――まるで舞台を彩る妖精のように。赤と黒の光の帯がステージ中を輝かせ――そして、ふたりは降り立った。

「~~~~♪」

「~~~~♪」

 ふたりの歌声はハーモニーを奏でている。だが、決して互いを認め合うことはない。どちらかが退くまで――自らが舞台中央で勝ち名乗りを上げるまで、この頂上決戦は続くのだろう。

 それは、殺伐としながらも、観る者を魅了するものだった。が、自分の歌唱力に絶対の自信を瞳に秘めたミトフルに対して、クリスの孕む絶対的自信は――殺意。歌でねじ伏せるつもりはない。殺してしまえば良いのだから。クリスが笑えば、ヤシロが怯む。言葉の通じる相手とは到底思えない。

「少なくとも、あたしに語り合えるようなツネークスのお友達はいないねぇ」

 ゆえに、自分もミトフルを支持する――ごく自然な、当然の結論に至った。

 が、しかし。

「でも、“親しくないツネークス”ならいるのよね?」

 ターミナルの前にてかけられた嫌疑――それをここで、ユウは蒸し返す。だが、責めるものではない。

「何か示しなさい。あのツネークスを精神的に揺さぶる方法を」

 ツネークスについて知っていることがあるのなら、その情報をミトフルのために使えとユウは言う。だが、それはヤシロにとて簡単なことではない。

「無茶だって。相手はあのクリスだよ?」

「そう、やっぱり」

 ユウは残念そうに床に目を伏せる。だが、ヤシロは落胆していない。

「けど……あたしたちは、ミトフルの“強さ”を見誤ってたんじゃないかな」

 視線を誘導するように、ヤシロはステージの上のふたりを見やる。

「あれだけの実力を持ちながら誰にも認められず……それでも唄い続けたその強い想い――」

 ミトフルはいまもステージで唄い続けている。目の前で宇宙の壊し屋と呼ばれるツネークスの殺気に晒されながら。しかも、その楽曲は――ミーシャが舞台で披露していたもの。つまり、ここでもミトフルは相手の土俵に合わせており、まだまだ余力を残している。

 ゆえに――有効な打開策はない。が、まだ慌てる時間でもない。ヤシロはそう言っている。しかし、ユウが失望している原因はそこではない。

「貴女、知っていたのね。“犯行の証拠を一切残さないはずのツネークスの首領の顔”を」

 それは、ヤシロが自ら口にしていたこと。

「いい加減答えなさい! 貴女は一体何者なの!?」

 疑惑が確定的なものとなり、ユウはヤシロの胸ぐらに掴みかかる。

「貴女は私の敵? それとも味方? いまのミトフルにはまだ余裕がある。けど、ヤツらのこと、何をしでかすか――」

 その言葉に、ヤシロは雷に打たれたように目を見開く。

「……マズイ。クリスが得意としているのは、“相手に隙を作ること”……!」

 ヤシロはユウの手を振り切りステージの方に向き直る。だが――嘲笑うようにクリスの口元がニヤリと歪んだ。そして――掌を天にかざすと――何かを握り潰した。それはただの振り付けのように。

 だが。

「始まる……何かが!」

「何がよ!?」

「“何か”だよ!」

 ユウに止められても、ヤシロは“何か”を直感していた。その“何か”を止めようとしたものの――


 ゴッ!!


 勇者の目の前を何かが塞ぐ。それは金属の破片のようだ。


 ゴッ、ゴッ、ゴゴ…ッ!!


「な、何!? 何なのよ!」

「ぴぃ~……上空で“何か”が爆発したみたい~」

 降り注ぐ飛来物がスタッフルームの天井をことごとく粉砕していく。

「S.K.、どうなってるの!」

「ぴぃ~助けて~!」

「と、止めなきゃ……クリスを……ッ!」

 崩れていく瓦礫の中に、ヤシロたちは埋もれていく。だが、そんな中でも――

「~~~~♪」

 相手が逃げないのであれば、自分だけ逃げるつもりはない――ミトフルは物騒な流星の中でも唄い続ける。


 ゴゴゴッ……ゴゴゴゴ……ッ!


 客席には粉塵が上がり、もはや見る影もない。それでも、彼女はそこに――ステージに立ち続けた。

 彼女の唄には覚悟がある。

 目の前でマネージャーを失い、ツネークスとはいえ人ひとり焼死するところを見せつけられてなお、ミトフルは怯まない。女神の偶像(アイドル)であるならば、自分が被弾することはないと信じているのだろうか。そのひとつが、ステージの縁を削り取っても。その破片が飛び散り――ミトフルはくるりと回る。その振り付けに、破片の方が追いつけない。スッスと躱され、背景ボードにバチバチと当たる。

 この程度では、彼女たちの旋律を妨げることはできない。クリスもそれは承知していたのだろう。ゆえに、“期待していた”ものは、その“ふたつ”だけ。

「おっと、貴女はこっち」

 クリスが再び空に手をかざすと、近づいてきていたひとつが進路を変えた。ゆっくりと、路肩に停めるように。

 そして、もうひとつはそのまま一直線に加速度を衰えさせることなく。


 グチャリ。


 互いに向き合い、奏で合うクリスとミトフルの間に投げ入れられたのは――骨が砕け、肉が飛び散り――その返り血が頬を濡らしたとき、初めてミトフルの歌が初めて止まった。床にへばりついて見る影もないが――キツネの耳――長い髪――そして、女性にしては大きな背広――これはカスガ参謀の最期の仕事か、それとも策士が最期に憚られたか――救いの道はあったはずだ。“もうひとつ”の飛来物のように。

 それは、先程クリスの手によって仕分けられたもの。それがゆっくりとその腕の中に下りてくる。一糸纏わず、長い髪がふわふわと漂っているが、そのお尻は見間違いようがない。それは、メイド喫茶でご主人さまたちを魅了していた――


 カッ――

 その光はつい先程と同じもの。ミトフルとマコットの間で交わされた手と手の中で。つまりは――


 その白さの中でツネークスは風を放つ。バサバサとたなびく後ろ髪の下で――左だけでなく、右のお尻にも聖痕が現れていた。加えて、左胸にも――計三つ。ここまではミトフルが有利に立ち回っていた。しかし、相手の聖痕の数が上回ったのである。

 それを証明するように。

「~~~~ッ♪」

 反撃と言わんばかりにクリスが唄い奏でるのはミトフルが音楽祭で唄ったデビュー曲。しかも、その声は本人よりもさらに通る。

「!」

 音圧が増したことを、ミトフル自身も察したのだろう。しかし、負けるつもりはなく――むしろ、好敵手と出会ったというべきか。少し気を取り直したところで――だが、クリスはその出鼻を最悪のタイミングで挫く。

「貴女は、用済み」

 抱えていた首をポキリとへし折った。もう二度と唄えないようにと。

 同じ聖痕を携えていたアイドルが目の前で呆気なく――それでも、ミトフルは――頬を伝う汗を拭うことなく――強く目を閉じ気丈に(かぶり)を振る。

「それでも、アタシは――ッ!」

 マネージャーやツネークス――何人もの死を直視してきた。それが宇宙一のアイドルを目指すための決意でもあると。

 だが。

「残念。ちょっと遅い」

 その声に目を開くが、彼女の前にキツネはいない。すでに、そのポニーテールの後ろ側へ。両肩を撫でるように――むしろ、首を掻き切るように――ッ! その爪がうなじにそっと突き立てられたとき――


 カッ――


 すべては、この瞬間のため。

 一つひとつで心を揺らがせることはできないと踏んでいたのだろう。

 天空からの飛来物も、

 幾度となく見せつけられる死も、

 聖痕の力のよる歌声も。

 ゆえに、すべて同時に。

 畳み掛けるように。


 その閃光が散り去ったとき――最後のアイドルバトルの幕は下りた。

「…………」

 ようやくスタッフルームの残骸から抜け出したヤシロたちは、その現実の前に言葉なく立ち尽くす。

 その戦場に、もうアイドルはない。

 あるのは――地味なフリースとジーンズを着込んだ一般人と、そして――ひとりの女神。お腹に聖痕を刻み込み、満足そうに空を見上げている。

「フフフ……これで、ついに、五つの聖痕が――」

「揃ってしまった……」

 ユウは絶望して両手を突く。

 だが、そのとき。


「下駄ジェットォーーーーーッ!!」


 その叫びとともに背景の板が勢いよく砕けた。だが、クリスとて力で勝ち取った頭領である。すぐさま反応し――棒立ちになっていた敗者の頭を掴んで容赦なく盾にする。

 だが、それに構うことなく――

「クリス・K・グッドマン、討ち取ったりゃーーーーーっ!」

 シオリンの握る神殺しの剣――その黄金の刃が、クリスとミトフル――ふたりの腹部を貫いていた。


       ***


 クリスかと思った? 残念、勇者ヤシロちゃんだよー。いやー、シオリンってばどこに行ってたかと思ったら、こんないいとこ持っていくなんて。けど……うわー、アレがこーなって、あーなったら……ちょーっとマズイんじゃない? ま、いーけど。

 次回、無気力勇者と5人のアイドル、最終回『最後の聖痕』

 やれやれ、ようやくおしまいだねー。お疲れちゃーん。


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