第6章~無慈悲な仕打ちから見えてきた事~最終章
「あれはですね、皆さんは流しから声がする方を追って斜め右側に走って行くのですが、実際のところ真っ黒い人影は機械室の中央から左側にある動力盤に向かっているんですよ」
「それで、急いで左側に行った人影を追って行くと、動力盤が向かい合った狭い通路に黒っぽい作業着の男性が2人いたんですよ」
「2人の男性は、動力盤の前を行ったり来たりしていたんですが、しばらくすると機械室北側にある薄暗い工具棚の方に行くと、そのまま闇に紛れてスッと消えたんですよ」
「そうだったのか…」
「やっと分かったよ…」
「流しで顔を洗っている奴の背後に、何の気配も無く現れて話し掛けてくるのは、ダンピングで会社を潰された人達の怨霊で間違いないだろう!」
そして、遠藤さんはこんな事も言いました。
「度を越したダンピングをされた業者は他にもいるから、この機械室にはまだまだ怨霊がいるんじゃないかな」
「地下駐車場にある北側のファンルームにも、どこぞの業者が置き去りにしていった工具やキャブタイヤケーブル等が散乱しているだろう」
「あのファンルームに出入りしていた業者は、作業前に台車を借りに来て仕事が終わってから返しに来たら、オーナー側の役職者が席を外していて我々に一言残して帰っていったら、翌日に課長がお礼が無かったと激怒してそれだけで解約になったんだよ」
自分はそれを聞いて、地下の機械室にある空調機の脇で偶に水色っぽい作業着の人達がいる事を思い出しました。
あまり見かけない業者でしたが、3~4人で機械室の東側に佇んでいて、我々が近くを通ると必ず会話を止めるので何となく気になっていました。
この時ばかりは、それがどこの業者なのかと思って当日の作業届を見ましたが、いつも出入りしている業者名しか記載されていませんでした。
「もしかしたら、あの水色っぽい作業着の人達も怨霊だったのか?」
そんな事を思うと、何だか怖くなってきました。
ただ、業者によっては保守契約外の会社が突発で呼ばれて修理に来る事もあるので、一概に怨霊であるとは決め付けられませんでした。
数日後、機械室の東側にある揚水ポンプの近くで、水色っぽい作業着を着た4人の男性を見かけました。
その人達を目を凝らして見ていると、4人の姿がはっきりしていたので特に異常は感じませんでした。
しかし、揚水ポンプを点検する訳でもなく、ただただポンプ廻りでじっとしていました。
いつもなら水色っぽい作業着を着ている人達は、誰かが通ると必ず無言になるのですがこの時だけは違っていました。
揚水ポンプの後ろ側にいた1人を、3人で必死に宥めていたのです。
状況を察するに、この方々もお金の問題で窮地に立たされている事が分かりました。
「それにしても一体どこの業者だろう?」
そう思って、作業着の胸元に企業のロゴが付いていないかチェックしましたが、離れていたのでよく見えませんでした。
そのうち、瞬きが疎かになって瞳が乾いてきました。
そこで、息を吐きながら少し長めに瞬きをすると、水色っぽい作業着の人達は一瞬にして視界から消えてしまったのです。
「まさか!この業者も行き過ぎたダンピングの恨みを持った怨霊なのか…」
一時期、オーナー側が度を越したダンピングをした事により経費は削減出来ましたが、それは下請け企業の犠牲の上で成り立っていたのだとしたら、到底許される事ではないでしょう。
もし、皆様においてもそういう体質の会社に勤めているのだとしたら、そこには下請け企業の人達による怨霊が渦巻いているのかも知れません。
今回、我々に影響があった事柄は、機械室中央の流しで顔を洗っている時に、背後には誰もいないのに何故か職場の人達の声で話し掛けられ、いつの間にか機械室の右端まで誘導されてしまうという事でしたがその対抗策も分かってきました。
ひたすら無視をし続けるというのもその一手ですが、そうするとどんどん話を大きくしてくるので、結局は威圧されて機械室右端の行き止まりまで行ってしまうので得策ではありませんでした。
では、どうすればいいと思いますか?
それは、流しで洗顔している時に背後からの問い掛けに返事はしても、誘い出しにはのらりくらりと話を逸らすのです。
そして、いよいよ背後からの声が苛立ってきたところで、
「キチンと着替えてから行くからあと10分待ってよ」
と、答えてからゆっくりと着替えを始めるのです。
そして、成るべく大きな声で、
「ふうぅ~~~」
と、言った後に、一息ついてから振り返ると、もうそこには誰もいないのです。
同僚の中でも疑り深い木内さんは、ボイラー室での作業が終わるとすぐに流しに行かずに、一旦中央監視室に戻って来て、
「これから流しで顔を洗ってくるけど、決して背後からは話掛けないで下さいね」
「用があったらPHSで呼んで下さい、それ以外では答えないから」
と、逐一報告してきました。
後日、黒っぽい作業着の2人を見掛けた所に、2ヵ所程盛り塩をする事にしました。
盛り塩は天然の塩を使いましたが、動力盤前は通路が狭いので小皿ではなく直接地面に盛りました。
すると、最初のうちは何者かによって速攻で崩されていたのですが、何回か盛り直すと崩される事はなくなりました。
盛り塩が3日以上崩されなかった時、もう大丈夫だろうと思って綺麗に片付けました。
それからは、黒っぽい作業着の2人を動力盤の前で見る事はなくなりました。
それと同時に、流しの背後から誰かが話し掛けてくる事もなくなってきました。
ですが、ほんの偶に実在の同僚の方が流しの背後から話し掛けてくると、未だにドキッとしてしまう事があるのです。
今回のお話は以上になります。
最後までご拝読頂きましてありがとうございます。
今回のお話はいかがだったでしょうか。
もし、あなたの職場でこんな奇妙な事が起きたらどう対応するでしょうか。
今回の場合、機械室の右端の行き止まりに導かれた同僚の人達には、霊感が無い人も含まれていたのです。
霊感がない人にとっては、実際に聞こえてくる声と脳に直接語りかけてくる声の区別は恐らくつかないと思います。
何故なら、ほとんど同じに聞こえるからです。
では、霊感がある人はどうなのかというと、心霊が近くに来ただけで何らかの気配や異音を感じていると思います。(人それぞれだと思いますが…)
霊感がある人にとっては、最初のうちこそ聞き覚えのない声だと思って余裕で無視が出来たのですが、いつの日からか同僚の声で呼ばれる様になると誰も無視する事は出来ませんでした。
このお話を読んで下さった方はこんな事を思われたかも知れません。
だったら、四の五の言わずにボイラー室での作業後は、汗だくのまま中央監視室に戻って勤務すればいいじゃないか…と。
しかし、そうしてしまうと風邪を引くだけではなく、首回りや腰回りが汗疹になってしまうので、面倒でも上半身の汗を拭き取るのを省略する事は出来ませんでした。
同時に、顔にも大量の汗をかいたままにしてしまうと、汗が引いても脂だらけになってしまうので、気持ちが悪いし眼鏡がずるずると下がってきたりするので、いい事はありませんでした。
実際に、流しが設置してある柱の裏側には何枚かお札が貼ってあったり、ボイラー室にもお札が貼ってありましたが、どれもカーキ色に変色してボロボロでした。
かつての設備員の方々も、この現象を目の当たりにしてお札を貼ったのでしょう。
ただ、人間の恨み辛みなんてものは、そう簡単に消えるものではありません。
それも、現存している人間の生霊ならば尚の事でしょう。
誰しも、社会に出て収入を得る様になると、その先は請求書の嵐との戦いになります。
毎月の支払いが済むと少しだけホッしませんか。
しかし、それらが何らかの形で未完に終わると、もう社会の不適合者として散々な目に遭います。
積み上げていく時は一歩一歩でも、崩れる時はほんの一瞬ですからね。
その崩れ去る恐怖との戦いに、どれだけの方が翻弄されているのでしょう。
あ~、大人からはあれこれ言われたけど、自分が大人になったらもっとうまい事出来る!
何て思っていた時代がありませんでしたか。
皆様の過去からの現実がどうだったのかは存じ上げませんが、そんな事を思いながら終わりにしたいと思います。