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地下の機械室中央にある古臭い流し  作者: きつねあるき
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第4章~地道に繰り返した偵察

 流しの背後から話し掛けてくる声は、同僚(どうりょう)の誰かの声に改竄(かいざん)されて聞こえてくるので、どうしても追って行ってしまうのです。


 そんなの、完全に無視すればいい事じゃないか?


 安直にそう思われるかも知れませんが、実際に皆さんの証言を集めてみると、その声は同僚だけではなくオーナー側の役職者の声としても改竄して聞こえていたのです。


 そこで、同僚の方々はこう思っていたようです。


「流しの背後から話し掛けられた時、それが誰かの悪戯(いたずら)亡霊(ぼうれい)の仕業だったとしても、聞き覚えのあるオーナー側の声色(こわいろ)と認識してしまったら無視する訳にはいかない」


 何故(なぜ)、そうまでしてこんな事が起きるのか、体験した誰もが分かりませんでした。


 ボイラー室での作業後に使用する流しを、機械室の南側にある自在栓(じざいせん)に変更する案も検討されましたが、ぐずぐずしている間に立ち消えになりました。


 それは、経費節減の為に、現場から作業着のクリーニングを出せなくなってしまったからです。


 その代替策として、本社から各現場に洗濯機を配送するので、それをどこかに設置させてもらって各自で洗うようにと通知が来ました。


 そこで、議題に挙げられていた機械室南側の流しに、急遽(きゅうきょ)洗濯機が設置される事になったのです。


 後日、南側の流しに洗濯機が設置されると、蛇口(じゃぐち)には自動洗濯機専用の給水ホースが接続されました。


 そうなってしまうと、態々(わざわざ)給水ホースのジョイントを外して顔を洗う人はいませんでした。


 結局、以前と同様に機械室中央にある流しを使うしかなかったのです。


 とはいえ、このまま流しを使い続けるのは、気味が悪くて仕方がありませんでした。


 そこで、自分は背後に現れる誰かについて、一念発起(いちねんほっき)して調査をする事にしました。


 何人かの同僚に調査の必要性を()いたものの、誰も賛同(さんどう)してくれなかったので独自で調査する事になりました。


 どんな事をしたのかというと簡単です。


 同僚の方が、ボイラー室での作業が終わるのを見計らって、流しで顔を洗っている姿を数メートル後ろで見ていればいいのです。


 そこに、のこのことやって来た誰かが分かりさえすれば、それ以上は追究(ついきゅう)しないつもりでした。


 とにかく、この状況から少しでも精神的に楽になれれば…、とだけ思っていました。


 ボイラーの警報(けいほう)テストをする場合、CRT(コンピュータの表示装置)に発報(はっぽう)する回数がだいたい決まっているので、それが進捗(しんちょく)状況の目安になります。


 問題は、同僚が手掛けた警報テストが終わった時に、うまく自分が抜け出せるかでした。


 考えた末、そこは日頃からあれこれ中途半端(ちゅうとはんぱ)に仕事をして、大袈裟(おおげさ)にやり忘れたと言って中央監視室から抜けて行くと、疑ってかかる人は誰もいませんでした。


 最初は、流しの後ろから2メートル位の所で、何か異変がないかどうか身を(かが)めてじっと見ていました。


 しかし、警戒(けいかい)している時に限って何も起きないのです。


 それを、二度三度繰り返すと、はたと思う事がありました。


「分かった分かった!」


「これじゃあ、誰も現れないや…」


 気が付いた事とは、現在自分が(ひそ)んでいる所が誰かが現れる位置と(かぶ)るんじゃないか?という事でした。


 流しの背後から話し掛けるとなると、今自分が屈んでいる場所が一番しっくりくるからでした。


「それじゃあ、もっと後ろから見張っていないとな…」


「でも、そうなると流しの背後から話し掛けてくる声が聞こえるかな?」


 一抹(いちまつ)の不安はありましたが、偵察(ていさつ)する位置を更に1メートル程後退させました。


 その周辺に、意味も無く二連梯子(にれんばしご)脚立(きゃたつ)を立て掛けて、身を(かく)せるようにしました。


 調査を始めてから1ヵ月が過ぎた頃、木内さんが石鹸(せっけん)を泡立てて流しで洗顔している時に明らかに異変が起きたのでした。


 木内さんの背後には誰もいないのに、彼は顔を洗いながらずっと一人で(しゃべ)っていたのです。


 そして、(あわ)てて顔に付いた水滴(すいてき)を払うと、機械室の右側に走って行ったのです。


 その時自分は、


「木内さんは何で右側に行ったんだろう…」


 と、思いました。


 木内さんが必死に追い掛けて行ったのは真っ黒い人影(ひとかげ)でした。


 それが、自分が見えている限りでは、1人ではなく2人のようでした。


 その人影が、機械室の中央から先はスッと左側に行ったのです。


 自分は、オタオタしながら左側に行った人影を追って行くと、普段見かけない黒っぽい作業着を着た人が動力盤の前の通路でウロウロしていたのです。


「よし!こっちで間違っちゃいなかった…」


「いつの間にか人影は、青白い顔の人間に見えるけど確かに2人いる…」


「どうやら、あの2人は男性のようだな…」


「でも、何か様子がおかしいぞ?」


 とにかく、2人の男性は(せわ)しなく歩き回っているか、(なげ)いている様な仕草をしていました。


 それを、動力盤の(はじ)っこで固唾(かたず)()んで見守っていると、黒っぽい作業着を着た2人の男性は機械室北側にある薄暗(うすぐら)い工具棚の方に向かうと、そのまま(やみ)に同化して消えていったのです。


 念の為、自分は機械室北側の壁面(へきめん)沿いを調べてみましたが、誰とも遭遇(そうぐう)しませんでした。


「やっと見つけたぞ!」


「あれが、皆の背後から話し掛けてくる奴の正体か!」


 何度も流しの背後を見張っていた苦労が(むく)われた瞬間(しゅんかん)でした。


 しかし、すぐに疑問が()いてきました。


「一体、あの人達は何者なんだ?」


「それに、何が目的でこんな事をするんだろうか?」


 どうも()に落ちなくて、モヤモヤとした気持ちになりました。


「そうだ!この現場に古くからいる人に聞いたら何か分かるかも知れない」


 まずは、同僚の中でも一番古株で温厚な遠藤さんに聞いてみる事にしました。

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