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偽愛と博愛の神隠し

作者: 猫狐

私は、愛が分からない。

理解できないというわけではない。家庭環境は幼い頃から良かったし、抱っこをしてもらって愛情を受けたこともあった。

けれど、いつの間にか『こうすれば両親は喜ぶ』『友達のためにこうしよう』と行動していたら、分からなくなっていた。

いわゆる優等生な自分は、両親に頭を撫でられても、友達から好きだと告白されても、それが愛ではないのだと感じていた。

「可愛いね」「優しいよね」。そう言われても私はそれが当然の在り方でなければいけないと思った。私は、愛されたかった。

その結果、愛が分からなくなったのだ。


私の名前は大湊 詩音。(おおなみ しおん)。今高校三年生の、共学の女子高生だ。部活はテニス部、生徒会の会長、テストの点数も凡そ80点越え。優等生というやつだ。

髪の長さは気分にもよるけれど大体背中ぐらいまでのロングヘアー、色は勿論黒。体型も標準で、自分でいうのもなんだが顔は男子からも女子からも可愛いといわれるので良い方だと思う。


「詩音さーん!この資料ちょっと見てほしいのだけれど……」


副生徒会長から声がかかって私はパソコンの前から立って見に行く。


「はい。……ああ、来週からの修学旅行の資料ですね。何か気になるところでもありましたか?」

「いえ、もう修学旅行のしおりもほぼ完成していますし、大丈夫だと思うんですけど……。最終的なチェックを詩音さんにお願いしたいなと思って」


そう言われればやらないわけにはいかない。私は生徒会長なのだから。

微笑みながら資料のファイルを受け取る。


「分かりました。こちらでチェックしておくので、貴方はもう帰って大丈夫ですよ」

「え、でも詩音さんも帰る時間じゃ……」


夏も過ぎて秋の半ばの十月中旬。流石に17時にもなると少し暗くなってきていた。


「いえ、私も確認したら帰りますのでお気になさらず」

「なんかすみません!やっぱり詩音さんって『優しい』ですよね!ではお先に失礼します!」


そう言って副生徒会長は帰っていった。


優しい。その言葉は本当に私の内面を見ているのだろうか。それは、私が褒められるために被っている『仮面』を褒めているだけにすぎないと思う。

修学旅行の資料を見ながら思う。私は、何を信じればいいのだろう、と。


親の喜ぶ姿も、友達と遊ぶ姿も、恋をするドキドキも、何もない。人間関係には全て裏があると思ってしまう。きっとこれを世の人は人間不信、というのだろう。

それでも私はこの優等生の仮面をかぶり続ける。それがいつか愛になると信じて。


「……古びた社?」


ふと資料の中にそんなものを見つけた。今回の修学旅行先は大自然に囲まれた田舎だ。自由行動の欄に記載されているのが目に入った。


(そういえば行くところには大蛇様信仰の文化が残っているんだっけ。だからかな?この社の画像も結構綺麗だし、お手入れされているのかも)


少しだけ、羨ましいと思った。

大蛇様。姿も形も分からないけれど、信仰されて、社も綺麗にされていて。それはきっと地元の人に『愛されて』いるのだろう、と。

幸いなことに生徒会長である私は自由特権で先生の目の届く範囲なら自由行動の間も一人で移動することが許可されている。この社も宿から遠くないところにあるし、せっかくなら拝んでみよう。


ふと空を見上げると夕日がかなり沈んでいた。急いでPCの作業を保存して、修学旅行のしおりに問題がないことを確認すると、棚に入れて帰路についた。


家に帰ると、母が料理を作って待っていた。父は夜遅くに帰ってくるため、基本的に夜ご飯は二人で食べることが多い。


「詩音おかえりなさい!今日も生徒会の仕事?」

「ただいま!うん、そんな感じ。先にお風呂入っていい?」


家に帰ると私は『元気な詩音』の仮面を被る。母は元気な私が好きだ。だから、私は母が喜ぶために元気を演じる。

本当はただ、愛されたかっただけなのに。どんな私でも愛してほしかっただけなのに、いつから元気な私しか愛されないと思ったのだろう。

そう考えながら、自室に荷物を置いてからお風呂道具を持って風呂に入った。


「そういえばそろそろ修学旅行ね。荷物の準備とか大丈夫?足りないものがあればお母さんが一緒に買いに行くわよ?」


夜ご飯を食べていると母が話しかけてきた。野菜炒めを飲み込むと、私は元気な声で答える。


「ううん!大丈夫!もう準備はほとんどできてるし、後は前日に洗濯物を干しておくだけ!」

「あら、そう!やっぱり詩音は偉いわね!お母さん、褒めちゃう!」


偉い、褒める。それは本当に私だろうか。私に対する愛なのだろうか。

ニコニコと笑って嬉しそうなフリをしながらも、心は冷え切っているといっていいほど何も感じなかった。


そして修学旅行当日。駅に集まって先生からお話があった後、新幹線に乗って移動する。


「ねえ詩音さん!今回行く場所で美味しいお土産、ってあるのかな!?」


横の友達が話しかけてくる。笑顔で、元気に頷きながら答える。


「あると思うよ!ほら、修学旅行のしおりにも書いてあると思うけど……最中!最中がいいらしいよ!」

「ほんとだ!流石詩音さん!頼りになる~!」


ありがとう!と元気な声で言いながらも私の心は動かない。ただ、当然のことをしただけというだけ。達成感も、嬉しさもない。


新幹線を降りた後、バスで数時間揺られる。皆スマホでゲームをしたり、おしゃべりをしたり、自由だ。

そんな中私はただただ外の風景を見ていた。

揺れる木々、生い茂る草花。そういったものを見て、ぼーっとしていた。


宿に到着すると、流石に一日目だけあって自由行動はできなかった。太陽はまだ明るいが、宿の説明を受けて、疲れをとるために各自の部屋で休む人。皆で遊ぶ人。色んな人がいた。


(そういえば、あの社。この付近にあったんだっけ)


大蛇信仰の古びた社。それを知るために宿を経営しているおばあちゃんにお話を聞きに行く。


「すみません、お忙しいところ大丈夫ですか?」


話かけると、おばあちゃんは笑顔で振り向いてくれる。


「ええ、大丈夫よ。何か部屋に問題とかあったかしら?」

「いえ。実は私、ここの近くにある社と、信仰されている大蛇様について聞きたくて」


そういうとおばあちゃんは笑顔のまま話してくれた。


「まぁまぁ!嬉しいわ。それじゃあ、おばちゃんが知っている範囲で話すわね。

大蛇様は昔々、この土地が山から降りてくる動物で米や農作物が荒らされた時に現れたそうなの。大蛇様は山の主であることを証明して、動物たちを威嚇して山から降りてこないようにしたらしいわ。それに感謝したご先祖様たちは祠や社を立てて、大蛇様を信仰したそうよ。今でも農作物が荒らされないのは、その大蛇様が守っているからだと私たちは思って、社を綺麗にしたり、お供え物をしたりしているのよ。

……このぐらいだけれど、大丈夫かしら?」


なるほど。人を救った大蛇様が今でも信仰されているのは、農作物が未だ荒らされないからなのか。納得して頷くと、笑顔で感謝を伝える。


「ありがとうございます!とても参考になりました!」

「それならよかったわぁ。興味があったら是非、この近くの大蛇様の社も見ていってちょうだいね」

「はい!今から少し見に行ってきます!」


そういって離れると、先生に事情を話す。私は優等生ということもあり、夜ご飯までには帰るという制限付きで外出の許可を得ることができた。


田舎ならではの土を踏みしめながら歩くと、社を見つける。


「これが大蛇様の社……」


小さいが、とても綺麗に手入れされている。それに、お供え物の酒も置いてある。これが取られていないということは、本当に動物が降りてこないのだろう。

そんなことを思って手を合わせていると、ふと何かが目の端を横切った。


(……なんだろう、今の)


虫の類ではない。白い何か、幽霊のようなものであった。気になって少しだけ山に踏み込む。

道なき道をざく、ざくと歩いて行くと何やら白い生き物が動物を威嚇しているように見えた。

動物が大人しく遠ざかっていくのを見ると同時に、その堂々と佇む白い生き物を見て、無意識に言葉が出た。


「寂しそう」


その言葉に気づいたのか、その動物が振り向く。私は思わず尻もちをついてしまう。


「……俺の姿が見えるのか?今、なんと?」

「へ、蛇……!?」


そこにいたのは白い蛇だった。体長は私と同じぐらいの、とても大きな……大蛇と呼ぶに相応しい蛇だった。


「如何にも俺は蛇だが……今、そこのお嬢さん、なんと?」

「さ、寂しそうだって……」


言うしかなかった。噂が本当であれば、信仰されているのは目の前にいる大蛇のはずだ。動物を追い払うが、自分の領域に入ってきた人間を食べないとは限らない。それが自分よりも大きければ猶更だ。


「……わかるのか?俺の姿も、気持ちも」

「え?」


その言葉は本当に寂しそうに聞こえた。思わず言葉を発してしまったが、大蛇様は寂しいのだろうか。


「その様子を見るに、お嬢さんは俺の姿が見えているのだな。……俺は白大蛇。見かけない顔だな。名前を教えてもらっても?」

「お、大湊詩音、です……」


後ずさりながら言うと、白大蛇と名乗った大蛇はふむ、と一瞬考えた後に姿を変える。


「何、取って食ったりはしない。……それよりも、話をしないか?」


白髪で白の着物を着た若い、人のイケメン姿になった白大蛇様を見て、コクコクと頷く。差し出された手を取って立ち上がると、山の奥にそっとエスコートされる。

まだまだ時間はある。そう私は言い聞かせて山の奥へと入っていった。


「すまない。人が俺を見ることなどここ数百年無くてな。座る場所もないのは許してくれ」


山の奥に行くと、少しだけ開けた場所に出る。綺麗な泉があり、おそらくここに住んでいるのだろうと思った。


「それで……お話、ってなんですか……?」


私は恐る恐る聞く。これは仮面ではなく、心の底から怖いと思っているからだ。


「まずは、自己紹介をしなくてはならないな。

俺は大白蛇。この山の主にして、先ほど詩音がいた社に祀られている者だ。

話というのは他でもない。君は俺を見た時に言ったな、寂しそう、だと」


柔らかい話し方だった。けれど、わかる。どこか寂しそうなのだ。纏っている雰囲気、話し方。立ち姿は立派なものの、そこから隠し切れないものが伝わってくる。


「は、はい。なんていうんでしょう。……寂しそうに見えます。今でも笑みや佇まいは立派なのに、どこか寂しそうな雰囲気が伝わってくる、といいますか……」


「その通り、というほかない。俺は山の主として此処にいるが、寂しいのだ」


その言葉は意外だった。事前情報で感じたこととしては、大蛇様……白大蛇は愛されていて、私とは違う、寂しさとは無縁の存在だと思っていたからだ。


「白大蛇様は地元の人から愛されていました。近くの宿の人にも聞きました。手入れもされていて、とても愛されているなって思ってます。……羨ましいです」

「その言葉に嘘偽りはないのだろう。確かに俺はこの地の人に愛されてきた。しかし、愛されるからといって孤独ではないとは限らない。……詩音もそうであろう、君は、孤独だ」

「っ!?」


驚いて見上げる。何故、そう思ったのだろうと。


「君を見ていればわかる。君は他の人のために心を閉ざしてしまったのではないか?」

「そ、れは……」


そうかもしれない。友達に元気を見せる仮面も、母を喜ばせる仮面も、優等生な自分を含めて全て心を閉ざしてしまったのかもしれない。


「君が俺を見て寂しそうだと言ったように、俺も君をみて思うのだ。君は、何か隠している本心があるのではないか?」


それを聞いて、頷く。

私の本心。それは、ただ愛されたかった。誰かに、仮面ではない、『私』を愛してほしかった。


「……もしも、俺に話すことがあれば明日の朝、あの社で待つ。なければそれでよい。今夜はもう日が落ちる。社まで送っていこう」

「ありがとう、ございます」


手を繋ぐ。温度としての温もりはあるが、どこかやはり寂しさの冷たさを感じる。ただ、冷徹というわけではなさそうだった。

社まで辿りつくと、白大蛇様は言った。


「……では、な」

「は、はい」


そう言って白大蛇は山の奥へとまた消えていった。私も、モヤモヤした感情を抱えつつ宿に戻った。


「あれ?しおーん!どしたの?なんか暗い顔してるじゃん」


部屋に戻ると、同室の子に心配の声をかけられた。慌てて笑顔で取り繕うと、服を見せながら言う。


「ちょっとそこの大蛇様の社にいったらさ、服が汚れちゃって!それだけだよ!」

「ああ!大蛇様信仰があるってなんかしおりに書いてあったね!流石詩音!もう見に行ったんだ!」


頷きながら、白大蛇から言われた言葉をもう一度脳内で反芻する。


(俺に話すことがあれば、明日の朝、社で待つ……)


これは愛された白大蛇様ならわかってくれるかもしれない。そう思って明日の朝も行こうと決めた。


風呂は流石田舎というべきか、気持ちの良いお湯だった。風呂上りに説明文を見てみる。


「大蛇様は真っ白な身体をしているとされ、その影響が湯に出ていると信じられています。健康長寿、滋養促進……」


色んな効果があるんだなあと思いながらドライヤーで髪を乾かしていると、友達が話かけてくる。


「めっちゃ気持ちよかった~!なんだろう、包まれているっていうの?なんかポカポカするんだよね!身体も心も!」


(身体も、心も……)


良かったね、と返しながら思う。確かにこの湯の立て札に書いてあることは本当だ。大蛇様は白い身体をしていた。けれど、心はどうなのだろう。

もしかしてあの白大蛇様は、自らの心を犠牲にして誰かを温めているのではないか。それではまるで、まるで……。


(……私と、同じじゃない)


夜ご飯は豪華な山菜やお肉が出てきた。特に近くの山で取れるという山菜は美味しく、ついつい箸が進んでしまった。

就寝時間になって、横になる。他の皆がスヤスヤと疲れが癒されて寝る中、私は白大蛇様を思い出して少しだけ、寝付くのが遅れた。


翌朝。朝ごはんを食べて自由行動になる。他の皆が近くの商店街でお土産を買いに行く中、私は昨日言われた社に来た。


「来たか、詩音。やはり話したいことがあるのだな」

「私も……白大蛇様と話したいことがあるのです」


目の前に佇む、人間姿の白大蛇を見て言う。そっと手を差し出されると、その手をとった。


また昨日の泉の場所まで来ると、ぽつりと私が呟く。


「昨日、宿のお風呂に入りました。友達は言っていました。身体も心もポカポカで、何かに包まれているようだと。……でも、白大蛇様は寂しそうでした。貴方は、自らを犠牲に、人間に幸福を与えているのではありませんか?」


そういうと白大蛇様は少しだけ目を閉じた後、言葉を空気に吐き出すように言い始める。


「……その通りだとも。俺は山の主であり、人間より愛を受けた。人間の姿をとれるのも、昔から俺を信仰してくれている人々がいたお陰だ。

ならば、愛してくれている人々がいる限り、愛したいのだ。俺自身は孤独でも、敬ってくれる人間たちが孤独にならないように」


それは博愛と呼ぶにふさわしい、自己犠牲の愛。それを聞いて、何も言えなくなる。


「詩音、といったな。君はどうなのだ?」

「え?」


ふと言われた言葉に素っ頓狂な声で返してしまう。その後に言われたのは、衝撃の言葉だった。


「山に帰った後、上から君を少しだけ見させてもらった。君は友達が笑顔になれるよう、大人が自分を心配しないように必死に取り繕っていた。きっとそれは他人を心配させたくないという心からなのだろうが、本心はどうなのだ?

俺と会って怖かった事。俺に言われた言葉で苦悩したことを隠した事。君は……何が欲しいのだ?君は、他人に何を求めている?」

「何を、求めて……」


そんなの、決まっている。私は、私は。


「私はただ、愛されたかったんです」


そういうと、無言で促すように木を切った椅子に案内してくれる。きっと、昨日の後作ってくれたのだろう。


「ただ、愛されたかった。皆が笑顔になって、元気になるように愛されたかったんです。

でも、分からなくなりました。愛ってなんですか?恋をすること?孤独でないこと?本心を曝け出すこと?そう思っていたら、皆が笑顔になることだけを考えるようになりました。

結果、多くの人が私の周りに集まって、笑顔になってくれました。けれど、本当の私を愛してくれる人は、集まってくれなかった。……当然ですよね、全部、取り繕った仮面の私なんですから」


自嘲気味に言うと、白大蛇様はそっと後ろから抱きしめてくれる。


「詩音。確かに君の仮面は愛されているのだろう。けれど、君は自分自身を、何でもない、大湊詩音を愛してほしかった。……そうなのだな?」

「……」


ぐっと堪える。誰にも言えなかった事を吐き出しただけで涙が出そうになっている。


「確かに、俺は孤独だ。寂しいと思うこともある。けれど、それは俺が選んだ道だ。

……俺はな、この山のやつらが悪さをするのが許せなかった。人間が好きなのだ。昔も、今も。だから人間の前に姿を現さなくても伝わってくるのだ。各地の社や祠が、俺を信仰してくれていると。

だがそれでも心の空白を埋めきることはできない。そんなことは、理解者がいない限り無理なのだ」

「理解者……」


ぽつりとつぶやくと、白大蛇様は言った。


「詩音。……君は、この地に。この山に残る気はないか?」

「この、山に……?」


どうして、と思った。でも、それはできない。


「それはできないです。友達や先生が心配しますし、何より親が……」

「その人達は、果たして君を本当の君で。『大湊詩音』として見てくれている人なのか?」

「っ!」


それは、ぐさりと刺さった。誰も確かに大湊詩音としては見てくれていない。仮面の詩音を見ている。

そう思うと、抑えていた涙が抑えきれなくなった。えぐ、えぐ、と言葉と涙があふれてくる。

白大蛇様はそれを後ろから抱きしめ続けながら言った。


「……今、君は大湊詩音として俺に本音を暴露した。それは恥ずべきことではない。人に言えなかった事を言う、というのはとても勇気のいることだ。だから今は好きなだけ……泣け」


「う、う……あああああああああ!うわぁぁあぁぁああん!」


その言葉が最後の扉を開いて、涙と声が上がってきた。


「私は愛されたかった!誰でもいい!仮面じゃない、大湊詩音を見てほしかった!!それだけだった!!

なのに、なのに!!自分でそれを閉ざした!!もう開けない!!仮面にまみれた大湊詩音の中身が怖いって叫ぶんだ!!お前の事を見てくれる人はいないと!!そう私に叫ぶんだ!!」


白大蛇様に抱き着いて本音を吐露する。もう抑えきれなかった。

そうだ、ただ愛されたかっただけ。それだけなのに、私にとっては何よりも難しかった。


「今は泣け。好きなだけ」


その言葉に甘えて、私は泣き続けた。


数分、数時間、永遠にも似た時間を経て私は泣き止んだ。そっと白大蛇様に涙を拭われると、白大蛇様は言う。


「俺はな、お前に愛を捧げられる。何故なら、お互いが似た境地であり、本音を言い合った相手だからだ。俺は何の仮面もつけていない、『大湊詩音』を愛することができる」

「……白大蛇様には、利点がないのでは」


そう呟く。だってそうだろう。私を残して愛を捧げたところで、白大蛇様にメリットがあるようには感じられない。


「お前は言った。俺が寂しそうだと。俺は言った。俺は孤独だと。

……そう、孤独なのだ。けれど詩音。お前が居てくれれば、俺は孤独ではなくなる。愛を……一人の人間に愛を捧げながら、愛しき人間を愛することができる。それだけの話だ」


「……」


「今すぐにでは決まらないであろう。……話を聞く限り、明後日に帰るそうだな。もしもこの山に残るのか。そうでなければ、再び帰ればよい。『仮面にまみれた大湊詩音』が愛される日常に。明後日の朝、社で答えを待っていよう」


そう言って、私はまた山を下山して、社まで送ってもらった。


次の日。昨日観光したという友達と一緒にお土産を買いに行った。


「あ!最中だ!すごーい!蛇の形してるけど可愛らしい~!」

「……」


最中を見て思う。確かに、白大蛇様は愛されているのだろうと。

だが、その孤独を分かってくれる人はいなかった。


(……そっか。お互い、分かってくれる人がいなかったんだ)


そう思いながら、商店街を見て回った。

一般的なお菓子から、大蛇様モチーフのもの、子供に人気そうなストラップなど沢山あった。友達は親にと色々ご当地物を買っていたが、大蛇様に似せたストラップを見て思った。


(孤独、なんだね……)


「しおーん?どしたの?」

「あ、いや!大蛇様すごい人気だなって思って!」


そういうと、友達がふと、本当にふと何気なく言った。


「そう?ならいいんだけど。いつもの詩音らしくない表情だったからさ。なんていうか、別人?」

「……!」


周りの友達も確かに、と頷いていた。

それは私の決定打となった。


「そ、そんなだった?そんな顔してた?」

「うん!なんか……自分と同じ感じ!って顔してた!詩音も大蛇様も愛されてるね、みたいな!」


友達は、わかってくれなかった。いつもと違う表情でも、理解してくれなかった。

きっと言えば理解してくれるのかもしれない。けれど、永い時を生きた白大蛇様と同じ理解が出来るとは、到底目の前の友達にはできないと思った。


修学旅行最終日。私はバスに乗る時間のずっと前に、社に来た。


「……顔を見る限り、決まったようだな」


白大蛇様を見て、こくりと頷いて手を差し出す。


「ああ、俺は愛そう。大湊詩音を。……行こうか」

「はい、白大蛇様」


そう言って、大湊詩音は山の奥へと姿を消した。


バスの時間を過ぎても来ない大湊詩音はその後、警察に遭難届が出されたが、懸命な捜索の後にも見つかる事はなかった。

しかし、大湊詩音が消えてから土地が更によくなったり、観光客が今まで以上に来たりと、地元の人々は口を揃えていった。

『消えた大湊詩音様は、大蛇様に愛された。しかし大蛇様も、大湊詩音様に愛されている』のだと。

このことは皮肉にも、博愛の供物。博愛の神隠しとして伝承が残ることになった。

今でも商店街や詩音が消えた社の近くに行くと、時々仲睦まじい白の着物を着た若い男女が見られるのだという。

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