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フィフス エンゲージメント

そこそこ長いです。


※ 誤字修正しました。(2021.11.9)

「キント伯爵の三男、エンリケはどうだろう?」


「えっと、確か王室騎士でしたわね。」


 “特に悪い噂も聞かないし、お父様もその辺はお調べになっているでしょうから大丈夫よね。”


「王室騎士といっても近衛では無いので、直接王家の方々を警護することは無いそうだ。」


 “なるほど。フアン殿下との関わりは無いということね。それは助かるわ。”



 フアンに未練は無いとはいえ、顛末(てんまつ)を知られている相手だとなんとなく気を使われてしまいそうだからだ。



「わかりました。よろしくお願いします。」


「ああ。これが最後になると良いな。」


「本当ですわ。」



 思わず顔を見合わせて苦笑する。



「それと、屋敷とテレーザの警護を増やすことにした。」


「そうでしたの。警備が増えたと思ってはいたのですが。」


「ああ。勘違いした(やから)がテレーザに付きまとうとも限らんからな。」






『クワルト卿とミレズ嬢、愛の女神の配剤!』



「どおおして、出るかなあ?!」



 例によってタブロイド新聞が世間を賑わせた。

 それより少し前に、セバスティアンとアナからそれぞれ謝罪とお礼の手紙が届いた。その手紙には、新聞記者に取材されたが双方ノーコメントを貫いたと書いてある。

 だからテレーザも少し安心していたのだが、蓋を開けてみると、随分と詳しい内容の記事になっている。それを読んだのであろう二人から、再度お詫びの手紙が来た。



「大変なのはお二人も同じでしょうに。」



 アナによると、『愛の女神』の話を舞台化したいと脚本が製作されているらしい。脚本家が直々に取材に来たとあった。当然断ったが、ミレズ家の命令があれば断りきれないかもしれないとも書かれていた。



「そうよね〜。」


「どうされました?お嬢様。」


「うん?「愛の女神」がお芝居になるようよ?」


「まあ!それは観てみたいです!」



 カロリーナは目を輝かせる。



「私も気になりますね。」



 マヌエラはいつものように淡々と言った。



「私は遠慮したいわ。」


「お嬢様がどんな女神様に描かれるか、楽しみですわ〜!」


「やめてよ、もう。」



 夢見心地で浮かれるカロリーナに、テレーザは思わず苦笑した。






「物々しい警備ですね。」



 エンリケとの顔合わせのお茶会の日、庭に面したテラスでお茶を飲みながら、エンリケは邸内を見回して言った。



「ああ、失礼しました。仕事柄、つい目についてしまいまして。」


「いいえ、お役目に忠実で素晴らしいと思いますわ。」



 やはり、父の選んだ人だと納得する。フアン王子を除けば、今までの婚約者は根が真面目な人ばかりだ。いや、もしかしたら、フアンも真面目な人なのかも知れない。ただ、王家の重責に耐えられなかっただけで。



「この通り不調法なもので、その、お嬢様方の好むような話にも長けておらず…。」


「お気になさることはございませんわ。人それぞれと申しますもの。」



 太鼓持ちかのようにおべっかばかり言う人や、社交辞令ばかりで何を考えているのかわからない人よりは何倍も良い。



「もし、よろしければ、一度訓練の様子を見に来ていただけませんか?お嫌でなければですが。」



 なるほど、エンリケは自分の腕にはそれなりに自信があるのかも知れない。



「ええ、是非、伺わせていただきたいですわ!」



 これで少しは相手のことがわかるし、共通の話題も増えるかも知れないと、テレーザは二つ返事で了承した。






「…まずいわ。」



 エンリケに誘われて、王室騎士団の訓練を見学に来たテレーザは、激しく後悔していた。

 近頃の噂が先行して変に目立っているため、騎士団の公開訓練日をはずして、騎士の身内という伝手(つて)で来たというのに、思っていたより見学者がいる。あまり目立たないような格好をしてはいるが、それでも以前会ったことのある人は気づいているかも知れない。テレーザが来た途端、脇に設けられている天幕の張られた見学席の様子がソワソワと落ち着かなくなったからだ。

 テレーザはその反対側の離れたところにいる上、護衛がいつもの倍はいるので、今のところ話しかけられそうな雰囲気は無いが、明らかに異彩を放っている。


 落ち着かないでいたところ、騎士団が演習場に現れた。遠目だが、エンリケがこちらを見て軽く頭を下げる。



 “まあ、これだけ目立ってればわかるよね。”



 整列の後に、2人1組での訓練用の模造剣を使った打ち合い演習が始まった。想像していたよりも激しい打ち合いにテレーザは思わずたじろぐ。



「今のは、上手くかわしましたね。あれは体幹がしっかりしていていないと、バランスを崩してやられてしまうところでした。」



 テレーザの護衛についている騎士団出身の一人が、実況解説をしてくれている。

 どうやらエンリケの腕前は護衛騎士達も認めるほどであるようだ。テレーザはなんとなく自分が褒められているかのように誇らしく思えた。



 “自分のことじゃないのにね。”



 思わずふふっと笑ってしまい、あわてて扇で口元を隠したが、隣で日傘を差しかけてくれているマヌエラには気付かれて、微妙な顔をされてしまった。


 向こうの見学席からは誰を応援しているのかまでは分からないが、引っ切り無しに歓声が聞こえ、盛り上がっているのが分かる。


 打ち合い演習が終わると、個々の訓練に入る前に休憩が入り、見学者はそれぞれの目当ての騎士に話しかけられる。

 テレーザは予めエンリケと打ち合わせしてあったように、少人数の護衛と人目の少ない演習場の裏手に急いだ。



「クコ!こんな所にいたの!?」



 前方で女性の声がして、思わず立ち止まる。



「スサナ!来ていたのか!」



 続いてエンリケの声がした。「クコ」はエンリケの愛称だ。その呼び名だけでエンリケと親しい間柄なのは想像できる。

 テレーザがそっと声の方に近づくと、エンリケと親しげに話すスサナと呼ばれた女性がいた。二人の間にはなにか特別な雰囲気が流れているように見える。



「エンリケ様、お話中、失礼いたしますわ。」



 しばらく話し終わるのを待っていたが、中々話が途切れない。テレーザもさすがにずっとのぞいているわけにもいかないので、さっさと挨拶だけして帰ろうと思い、二人に割り込むように声をかけた。

 こちらを振り向いた二人の様子に、テレーザは嫌な予感がした。



 “これは…”


「テレーザ様!」



 一瞬躊躇(ちゅうちょ)したテレーザの元へ、エンリケが駆け寄ってきた。



「来てくださってありがとうございます!」


「こちらこそ見学を許していただき、感謝いたしますわ。エンリケ様、本当にお強いのですね。」


「まだまだ先輩達には及びません。お恥ずかしい限りです。」


「そんなご謙遜を。私の護衛騎士達も感心しておりましたわ。」


「恐縮でございます。」



 エンリケは軽く頭を下げると、短く刈り込んだ暗い色の髪が汗で濡れているのがわかった。



「クコ、こちらは?!」



 いつの間にか近寄ってきていたスサナがエンリケの腕をつかみ、会話に割って入ってきた。



「テレーザ様、ご紹介いたします。こちらは我が家に行儀見習いに来ております、シンクエンタ嬢、シンクエンタ男爵家の娘スサナです。」


「スサナ、こちらはアルボル公爵家の御息女、テレーザ様だ。」


「ああ、あの…」



 どうやらこのスサナもあの噂は知っているようだ。



「つい先日、テレーザ様と婚約したんだ。」


「…え?!」



 先ほどからテレーザを警戒するように見ていた目が驚きの余り見開かれる。



「聞いていないわよ!」


「いや、この前話をしたじゃないか。」



 いきなり激昂するスサナに、テレーザもエンリケも目を丸くする。



「知らないわよ!」


「だって、噂の話…したよね。」



 エンリケは気まずそうにテレーザをチラッと見て、小声で言った。



「あ、あんな噂、嘘に決まってるわ!!」


「何を言い出すんだスサナ!」


 “嘘、でもないけど、本当でもないのよね。”



 内心苦笑しながら、テレーザは悠然と微笑む。

 スサナの態度からして、エンリケに思いを寄せているというところか。先ほどの二人きりの時の様子から、エンリケの方も満更でもない様子。



「ご存知なかったのね。」



 つい思ったことが口に出た。



「申し訳ございません、テレーザ様。我が家の、いえ、私の監督不行き届きにございます。」


「どうしてクコが謝るのよ!」



 エンリケはなんとかスサナをなだめようとしているが、テレーザの護衛騎士達は先ほどから警戒体制に入っている。なるほど、こういうことも想定済みなのかとテレーザは妙に納得した。



 “なんだか痴話喧嘩みたいで嫌だな。”



 こういう直情的なタイプは苦手だ。絡むならせめて人の話を聞いてからにしたらどうか。好きな相手の婚約なんて最重要事項、知らなかったなんて普通ありえない。知らされなかったか、聞いていなかったかだろう。

 はあ、と扇の後ろで思わずため息を()いてテレーザは口を開く。



「どうやら、行儀見習いはまだまだ必要なようね。」


 “正直、どうなろうと知ったことじゃないけれど。私に害が及ぶなら別よ。”


「シンクエンタ様、でしたかしら?」


「…」



 スサナはキッとテレーザを睨みつける。



「そのままのご様子でしたら、エンリケ様にご迷惑がかかりますわ。これからもずっとご一緒にいたいのでしたら、まず、貴女ご自身がエンリケ様に相応しくなければならないのではありませんか?」


「…何を!」


「そう、そういう態度もです。別に私の話を聞かなくても結構ですけれど、せめて、エンリケ様のお言葉には耳を傾けられたらいかかでしょうか。それと、エンリケ様、」


「…え?!あ、はい。」


「どういうおつもりで私との婚約をお決めになったのかは存じませんが、僭越ながら今一度、ご自身の胸の内をお確かめになった方がよろしいかと存じます。もし、愛人を養うおつもりならそうおっしゃってくださいまし。私にも色々と考えることがございますので。それでは失礼。」



 そう矢継ぎ早に言い残してくるりと背を向けた。呆然と佇むエンリケと、エンリケにしがみついたまま唇を噛むスサナが、まるで取り残されたように動かなかった。



「正直、どう出るか、分かりませんね。」



 いつの間にか近くに来ていたマヌエラがつぶやいた。



「優柔不断な方なのかも知れないわ。」


「それは考えられますね。」


「帰ったらお父様にお伝えしましょう。」



 大方、伯爵家の意向もあったんだろうけれど、それにしても口裏合わせぐらいしておいたら良かったのに、迂闊過ぎる。



 “始めから愛人がいるってわかっているのも嫌なものね…”




「あれ?テレーザ?」



 演習場から馬車止めに向かう途中で、見慣れた人物に遭遇した。

 テレーザ以下、咄嗟に膝をおる。



「これは、ミゲル殿下。ご機嫌麗しゅう。」


「皆気にせず楽にして。珍しいね、こんなところで会うなんて。」


「殿下は、お手合わせですか?」



 ミゲルは騎士のような出立(いでたち)で、つい先ほどまで剣の訓練をしていたように薄汚れている。けれどテレーザには、彼がなぜだか光り輝いているように見えた。



「そうだよ。ちょうど今終わったとこ。時々やらないと体が(なま)っちゃって。」



 袖で汗を拭いながら爽やかに答える。



「殿下、こちらを。」


「あ、ありがとう。」



 思わずハンカチーフを差し出すと、ミゲルはにっこり微笑んでハンカチーフをテレーザの手ごと受け取り、こめかみに流れる汗を拭く。



「え?!ちょっ!殿下?!」


「なんだか良い匂いがするね。」



 そしてそのままハンカチーフを鼻に当て、香りを吸い込む。



「私の付けているオードトワレの移り香だと思いますわ。」


「そうなんだ。僕もこの香り好きだな。」


 “あざとい!これだからイケメンは!!”




 テレーザに合わせて少し屈むようにしながら、上目遣いで見上げるミゲルに、わかってはいても顔が上気する。捉えられている手に不自然に硬直し、口から何かが飛び出そうな錯覚に陥る。



「痛!」


「殿下、レディをやたらに困らせるな。」



 バシッと乾いた音がして、テレーザは我に返った。背中を叩かれたミゲルが、叩いた相手をギッと睨む。

 ミゲルよりさらに大きい近衛騎士団長が、呆れた口調で言った。



「ちょっと!貴方の力はかなり強いんだからね!もっと加減してよ。」


「アルボル嬢、ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいましたか。」



 ミゲルの文句をスルーして、近衛騎士団長は胸に手を当てテレーザに挨拶する。



「ええ、お久しぶりですね。プリメロー団長様。かの折は色々とありがとうございました。」



 まだフアンの婚約者だった頃、影に日向にテレーザを見守ってくれ、時には精神的な支えにもなってくれた、歳の離れた兄のような存在でもあった。フアンに婚約破棄を告げられた際にも、わざわざ団長が護衛に付いてくれていた。万が一フアンが暴挙に出た時、止められるようにだ。



「今日は騎士の演習を観にいらしたのですか?」


「ええ。観せていただきましたわ!皆様すごい迫力で!」


「どうりで今日は騎士どもが浮き足立っていたわけだ。」


「え、そうだったの?」



 騎士団長の言葉に不快そうに顔を歪め、ミゲルが訊ねた。



「ええ。’女神’に良いところを見せたかったみたいですね。」


「…僕も参加すれば良かった。」


「殿下はダメですよ。まだ成人してないし。」


 “その’女神’は、また婚約が危ぶまれていますけどね。”



 王室騎士団は成人しないと入団できない。大人の身体にならないと、厳しい訓練に耐え切れないばかりか、身体を壊す恐れがあるからだ。近衛騎士はそこから更に精鋭が選ばれる。

 近衛騎士団長はミゲルの剣の師匠だが、こうして話している時は、仲の良い兄弟のようにもに見える。対してフアンはあまり剣術が得意で無かったせいか、そこまで打ち解けはしなかった。


 それにしても「キューピッド」だの「女神」だのと呼ばれることは、今更どうでも良いのだが、知り合いにそう呼ばれるのはどうも落ち着かない。騎士団長の顔には邪気が無いので、敢えて訂正もしづらい。



 “てゆうか、そろそろ帰りたい。”



 テレーザはしばらく(たわむ)れる二人を眺めていたが、ただこうしていても仕方がないので、おもむろに話しかける。



「あの、ミゲル殿下、手を。」



 ミゲルはあのままずっとテレーザの手を握っていた。



「あ、ごめん。」



 今気付いたかのように手を放したが、器用にもテレーザのハンカチーフだけ引き抜いた。



「これは洗って返すね。」


「いえ、殿下、それには及びませんわ!」


「じゃあ、また!」



 テレーザに反論する暇を与えず、ミゲルはさっさと歩き出してしまった。プリメロー団長は、軽く会釈してすぐミゲルの後を追った。



 “なんなの…”


「殿下、ご機嫌でしたね。」


「…そうね。」



 まだミゲルの手の感触が残る自分の右手を、そっと押さえた。






 数日後、スサナから謝罪の手紙が届いた。

 謝罪文は過不足の無い内容で、教師にでも添削されたのではないかと思われた。



「正直意外だったわ。」


「本当ですね。あの勢いでお嬢様を悪女呼ばわりしそうでしたのに。」


「そうね。私も随分なこと言ったものね。もしかして、エンリケ様に諭されたのかしら?」



 しかしその日の午後に理由が分かる。



「この婚約を白紙に戻していただきたいのです。本当に申し訳ございません!」



 休みが取れたので会いたいとエンリケから連絡が来て、屋敷に着いて早々こうだ。たぶん頭をほぼ直角に下げている。



「…で、一応伺いますけど次のお相手はどなた?」


 “まあ、わかってはいますけどね。”


「…私は自分の本当の気持ちに気付いてしまったのです。」



 大方、二人の思いが通じ合ってスサナが溜飲を下げたのだろう。



 “つか、婚約する前に気づいてよ。ただの茶番じゃない。”



 二言三言言った後、呆れたような虚しいような気分でその場を後にした。後は執事が上手くやってくれるだろう。



 “こっちも求婚避け目的があったから、強くは言えないけどさ。それにしても破談までが早すぎて意味が無いわ。”



 テレーザはズルズルとソファーに沈み込み、また明日から婚約者を選ばなければならないのかと、遠くを見つめるように天井を見やった。

ブックマーク、評価、そしてお読みいただきありがとうございます。

やっと冒頭のシーンに戻ってきました。

もうちょっと続きます。

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