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サード エンゲージメント

長くなっちゃいました。


※間違いを訂正しました。(2021.11.23)

「やあ、テレーザ。久しぶりだね」


「ご無沙汰いたしております、ミゲル殿下。」



 父公爵の前なのできちんと礼をし、ミゲルを王子として呼ぶ。



「お話中失礼いたしました。また後ほど参ります。」


「ああ、いや。もう終わったから大丈夫。テレーザもなんだか大変そうだね。」


 “ヒー!”



 この惨状 〜二度目の婚約解消と求婚願いの殺到〜 を知られたことに気づき、恥ずかしさに内心悲鳴をあげる。



「恐れ入ります。」


 “上手い返答が思い付かなかったわ。”



 顔には出さないが、心臓バクバクである。



「テレーザも公爵に用事かな?私も貴女(あなた)に用があるんだけど、少しいいかな。」



 ミゲルの申し出に、テレーザはレオポルドの顔を伺うと、公爵は’先に殿下を’と目線で促した。



「はい。畏まりました。ですが申し訳ございません、準備いたしますのでしばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」


「そのままでいいよ、と言いたいところだけど、君はそうもいかないよね。大丈夫。待つよ。」



 その場を辞して急いで部屋に戻り、来客に合わせて着替えさせてもらう。その間にミゲルをサロンでもてなすよう、侍女らに申し伝える。



「殿下、お待たせいたしました。」


「ああ、テレーザ、今日も美しいね。朝日を浴びた花が咲き誇る様だ。」



 サロンのソファーで寛いでいたミゲルは、立ち上がって流れるようにテレーザの手を取り、優雅に指先にキスをする。いつもの儀礼ではあるが、テレーザはなんだか気恥ずかしく思えた。



「ありがとうございます。殿下のそういうお姿も麗しいですわね。」



 今日のミゲルは、いつもより装飾の少ないシンプルな出で立ちだ。それが返って彼の若々しさと色気を引き立てる。

 ふわりと流れる髪がやわらかそうで、触ってみたい衝動が湧き上がる。



 “くっ!私は淑女!”


「どうしたの?」



 思わず拳を握りしめたテレーザを、(いぶか)しげに覗き込む。



「…いえ、なんでもございませんわ。」


 “ミゲル様は子どもの頃から天使みたいに可愛らしかったけど、大きくなったら大天使のように(うるわ)しいわね。”



 向かい合わせに座り、出されたお茶で気持ちを落ち着ける。



「この度は残念だったね。」


「お気遣(きづか)い頂きありがとうございます。ですが、セグンド卿にとっても我が国にとっても大変喜ばしいことですわ。」


「君は優しいんだね。」


「いえ、とんでもないことですわ。」


 “最初から求婚避けだったとは言えない。まあ、彼なら結婚してもいいかなとは思ったけど。”



 内心冷や汗をかく。



「ところで、君に渡したいものがあるんだ。」


「まあ!なんでしょう?」


「これなんだけど。」



 赤い皮張りの箱を開けると、中には繊細な細工が美しい金のネックレスが入っていた。



「殿下、これは。」


「もう二人だけだからミゲルでいいよ。これ、覚えていない?」


「ええ、なんだか見たことがあるような気が…。」


「去年、フランリナに行った時に頼んだネックレスが、今になって届いたんだ。君宛てに作った物を他の人に渡すわけにもいかないから、もらってくれないかな。」


 “そうだ、すっかり忘れていた!”



 フランリナ帝国はベルグム公国へ向かう際に通過する国だ。特別な細かい技法の金細工が有名で、その作品は国内外問わず人気が高い。

 このネックレスは昨年、フランリナ帝国の建国50周年記念式典に国王夫妻とミゲルが(おもむ)いた際に、交流の一環として制作依頼したものだ。つまり、当時はまだ第一王子の婚約者の立場にあったために、王家から贈られることとなった。



 “これってこんな感じだったかな?”



 金糸を編んだような細工に、緑色の宝石が編み込まれている。

 テレーザは作成前のデザイン画を見せてもらっただけなので、覚えていないのも仕方が無い。



「気に入った?」



 じっくり見入っているテレーザに、ミゲルが目を細めて訊く。



「ええ、実物の繊細さに見惚れてしまいました。」


「…そう。」



 気持ちトーンダウンした声でミゲルが言う。



 “…私、何か言い間違えたかしら?”



 ミゲルの顔を見上げると、ニコリと微笑まれたので、その感覚をなかったことにして、テレーザも微笑む。



「こんな素晴らしいものをありがとうございます。大切にいたしますわ。」


 “といっても、しばらくは使えなさそうね。”


「あ、それからチョコレートをあんなにたくさん、ありがとうございました。家中の者が喜んでおりましたわ。」


「うん、喜んでもらえてよかった。」


 “お父様の方から何かお礼をすると言っていたけれど、私からも何か贈らないといけないわね。”



 とはいえ、身内でも婚約者でもない男性に物を贈るのは難しい。女性に贈るなら、お菓子や花が一般的なのだが。



「ミゲル様、お好きな物はございますか?」


「え、藪から棒に何?チョコレートの好みってこと?」


「あ、いいえ、ミゲル様のお好きな物を存じ上げないなあと思ったもので。」



 贈り物をしたいから欲しい物を教えてくれ、とは、野暮で言えない。流石にそんな仲ではない。女性から男性に贈るのは刺繍を施したハンカチーフや剣帯などが一般的だが、それには特別な仲でないと周囲に誤解を与える。当然装身具など、以ての外。

 嗜好品、葉巻やお酒などを贈るには若過ぎる。ミゲルが成人を迎えるのは来年だ。成人の祝いとしても贈るには時期が早過ぎる。



「好きな物かあ…」



 意外にもミゲルは真剣に考えてくれている。



「そうだなあ。自分の意思がしっかりしている聡明な人が好きだね。」


「それは人じゃないですか。好きな物ですよ。食べ物とか装飾品とか本とか。」


「ううん特に思いつかないなあ。」


 “ちょっと意外だわ。ミゲル様は何でもはっきりしていそうな気がしていたから。”



 元婚約者のフアンは好きな物が派手な物や流行り物と分かり易いタイプだったので、贈り物に困ったことは無い。そんなところも対照的だとテレーザは思った。






「テレーザ、婚約者が決まった。」



 晩餐が終わり、その足で執務室に行くと、一足先に両親が待っていた。



「テルセロ辺境伯爵の後継、ドミンゴ・テルセロ卿だ。」


 “ああ、あのマッチョな方。”


「承知しました。辺境伯家へ嫁ぐとなると、何か特別な準備は必要になりますか?」


 “体を鍛えろとかそういう…”


「いや、特に聞いていないが、気になるようなら確認してみよう。」


「はい。よろしくお願いします。」



 辺境の土地柄、男女共にたくましい人が多い。取り分けテルセロ辺境伯家は体を鍛えており、貴族であっても筋骨隆々で体格が良い。しかし、他の貴族の子女にはいまいち受けが悪く、嫡男の婚姻もままならないと聞く。



 “私は細いよりはがっしりしている方が好きだから抵抗ないけど。”




「レディ・アルボル、なんて可憐な。」


「ありがとうございますテルセロ卿。どうかテレーザとお呼びください。」


「では、私のことはドミンゴと。」



 本日はドミンゴのエスコートで夜会に出席する。婚約を結んで初めてのお披露目でもある。

 精悍な顔つきでテレーザの手の甲にキスの挨拶をする姿は、美女と野獣さながらである。



 “想像していたよりも、そつがないというか紳士だわ。”



 見た目粗野な雰囲気はあるが、ドミンゴのエスコートは洗練されていた。



 “意外に()()だったかも。”



 婚約三度目で何かと注目され、間違った噂を含めて他の貴族達に根掘り葉掘り訊かれることを覚悟していたが、ドミンゴの威圧感のせいか、テレーザに話しかける人は少なかった。ドミンゴは終始テレーザに付き添ってくれたおかげで、テレーザも気持ち良く過ごせていた。



「テレーザ!」


「マルーチャ!久しぶり!」



 テレーザの親友ともいうべきマルーチャことマリアが嬉しそうに声をかけてきた。

 昨年まで通っていた学校では、ほとんど行動を共にしていたが、卒業してからは中々会えなかった。というのもマルーチャは婚活に忙しかったからだ。



「テレーザ、こちらのお方は?」


「あ、紹介するわね。婚約者のドミンゴ・テルセロ卿よ。」


「ドミンゴ様、こちらはセンテッシマ侯爵の御息女、マリア様ですわ。」


「初めまして、マルーチャとお呼びください。」


「初めてお目にかかり光栄です。私のことはドミンゴと。本日は美しい花に囲まれて、望外の喜びに存じます。」


「まあ!」



 マルーチャはほんのり赤らめた顔を扇で隠す。



「テレーザ、素敵な方じゃない?」



 マルーチャがテレーザに耳打ちする。



「意外だったけど、私もそう思うわ。」



 ドミンゴに聞こえないように、二人はコソコソと話をした。



 “マルーチャったら、いきなり愛称を許すなんて、よっぽど気に入ったのね。一緒に仲良くしてもらえるなら嬉しいわ。”



「テレーザ!」



 今度は聴き慣れた男性の声がした。

 3人は気付いて声の方を向き、低く首を垂れる。



「ミゲル王子殿下、拝謁(はいえつ)(たまわ)り恐悦にございます。」


「ああ、いいよ、楽にして。」



 ミゲルがそう言って、手を振った。



「ミゲル殿下、夜会にいらっしゃるなんて珍しいですね。」


「うん、今回はちょっと用があってね。長居はできないけど顔を出したんだ。」



 そう言うとクルリとドミンゴの方を向いた。



「テルセロ卿、テレーザに少し話があるんだ、しばらくお借りしても?」


「…御心のままに。」


「心配しなくても大丈夫。護衛が付いているから婚約者殿と二人きりにはならないし。」


「御意」


「行こう」



 手を引かれるままに会場の外へ出て、王子のために用意された部屋に連れて行かれる。

 部屋の中と外にそれぞれ2人ずつ護衛が付き、先程の言葉通り、二人きりでは無かった。



「あ〜疲れた。」



 ドサリとソファーに腰を下ろし、一気に寛いだ雰囲気になった。



「ごめんね。テルセロ卿やセンテッシマ嬢と楽しんでいたところを邪魔して。」


「いいえ、ミゲル殿下、お疲れですか?御公務お忙しそうですね。」


「うん。まあ、色々やることが多くてね。」



 メイドが運んできてくれたお茶で喉を潤す。ちなみに毒見は護衛騎士が銀のスプーンを使って確認している。



「それで、殿下、話とは。」


「兄上のことなんだけどね。」


「フアン殿下がどうかなさいました?」


「これはまだ内密にして欲しいんだけど、どうもベラスケス嬢と婚約できそうなんだ。」


「まあ!それはおめでとうございます。」


「…テレーザは大丈夫?」


「?大丈夫ですよ?どうかいたしましたか?」


「…その、兄上に未練は無いのかなって…」


「ございませんわ。」



 やや食い気味に答えると、ミゲルは驚きでわずかに目を見開いた。



「正直、婚約破棄を告げられた時、ホッとしました。」


「…それは、兄上が嫌だったの?それとも王族との結婚が嫌?」



 ミゲルの突っ込んだ質問に、正直に言っていいものか迷う。



「…ここだけの話にしてくださいね。」


「うん。」


「実は、それより以前からなんとか穏便に婚約解消できないか、と両親に相談しておりました。」


「そうだったんだ。」


「はい。一応婚約時の取り決めに、成人後、お互いに結婚の意思が無かった場合、婚約を解消できるとあったのですが、片方から、しかも臣下からの意思で解消できるのか、万が一フアン殿下が解消しないと言ったらどうするかと、悩みどころでした。」


「じゃあ、兄上から婚約破棄を言われて双方合意の婚約解消になったんだ。」


「そういうことです。もう、フアン殿下の尻拭いをしなくて済むと思って。本当にベラスケス様には感謝しかありませんわ!」


「あははは!それなら良かった!」



 ミゲルは心底納得したように笑う。



「そういえば最近、フアン殿下のお噂は聞きませんけれど、ご婚約ということはベラスケス様と上手くいっていらっしゃるのですか?」


「上手くいっていると言っていいのか…。どちらかと言うと、彼女に上手く手綱(たづな)を握られているんじゃないかな。」


「ええ!それはすごいですわ!」


「うん。母上も父上もそれで婚約を許したみたいだ。兄上には彼女が必要だって。」


「良かったですわ。フアン殿下にとっても、他のご婦人方にとっても。」


「言うねえ。テレーザ。」


「これくらいは許して頂きたいですわ。散々迷惑をかけられた身としては。」


「そうだね。そこは身内として申し訳ない。」


「いえ!ミゲル殿下に謝っていただくことではございませんわ。ある意味ミゲル殿下も私も迷惑をかけられた同士ですもの。」


「違いない。」



 思わず吹き出してどちらからともなく笑い出した。ひとしきり二人で笑った後、ミゲルはフッと表情を緩めた。



「…良かった。未練が無くて。」


「お気遣い頂きありがとうございます。未練など残りようがありませんわ。」



 ミゲルはそっとテレーザの手を取る。



「テレーザ、来年の僕の成人の儀には、是非出席して欲しい。」


「ええ。もちろんですわ。両親と兄と、必ずお祝いにあがります。」


「うん。是非。」



 そう言って恭しく手の甲にキスをする。

 その甘い空気をまとった仕草にまたもドキッとする。



 “もう!ミゲル様ったら(うるわ)しすぎて本当にドキドキさせられるわ!”



 テレーザの顔が赤らんだのを満足気に見遣り、ミゲルは手を取ったまま立ち上がる。



「さあ、そろそろ戻ろうか。婚約者殿もヤキモキしているだろう。」


「はい。マルーチャも任せてきてしまいましたし。」



 二人が会場に戻ると、ドミンゴとマルーチャの姿が無かった。ぐるりと会場を見回していると、バルコニーから戻ってくるマルーチャとドミンゴを見つけた。



「テレーザ!」



 そしていち早くテレーザに気づいたマルーチャは、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いてきてテレーザにしがみついた。



「マルーチャ殿!」


「マルーチャ?!」


「テレーザぁ」



 ふにゃりと笑ってギュッとテレーザにしがみついた。



「お酒臭いわ。ずいぶん飲んだのね?」


「テレーザ殿、申し訳ない。あの後マルーチャ殿が私に付き合ってずっと酒を。」



 そういうドミンゴは全く酔いを感じさせず、ケロリとしている。



「さすがは辺境伯爵家、酒に強いのは噂以上だな。」


「恐れ入ります殿下。我々は成人すると同時に、酒の洗礼を受けますもので。」



 酒の洗礼とは、つまり、周りの大人から限界まで飲まされるという粗っぽい歓迎である。

 テルセロ家はアルコールに強い血筋なためか、男女共ほぼザルかワクだと言われている。



 “それにしても、マルーチャがこんなに酔うなんて。”



 通常、貴族令嬢はお酒による失態や被害を防ぐため、成人前からお酒を使ったお菓子を食べたり、お茶に少量のお酒を垂らすなどして、アルコールに耐性をつけさせる。成人してからは実際にお酒を飲み、淑女然としていられるよう訓練する。

 マルーチャも例外なくアルコールに耐性をつけ、滅多なことでは足元がおぼつかないほど酔うことは無かった。



「殿下、申し訳ございません。私、これで失礼致しますわ。マルーチャを家まで送ります。」


「そうだね、その方が良さそうだ。」


「テレーザ殿、私も参ります。」


「ドミンゴ様、よろしいのですか?私としてはとても助かりますが。」


「いえ、当然のことですので。」


「では、テルセロ卿、主催のモンテ伯に挨拶をして来よう。テレーザはセンテッシマ嬢と退場口へ。」


「ありがとうございます。殿下もお帰りになられるのですか。」


「うん、元々すぐ帰る予定だったから、一緒に出るよ。」



 ミゲルの護衛の一人が手を貸してくれて、なんとか会場の外に出る。

 外は思ったより寒く、テレーザはブルっと身を震わせた。



 “しまったわ。ショールは馬車の中だわ。”



 そう思った途端、ふわりと肩に温かいものがかけられる。



「大丈夫かい?」


「殿下。」



 ミゲルの上着がテレーザ肩にかけられていた。

 クタっとテレーザに寄りかかっていたマルーチャも、外の冷気に少し目が冴えた。



「え?きゃ!」



 テレーザにかかっていた重みがフッとなくなり、驚いたマルーチャが思わず声を上げる。



「ドミンゴ様。」



 ドミンゴはマルーチャを横抱きに抱え上げていた。



 “すごい!カッコいい!”



 実際女性とはいえ成人女性を抱え上げることは、それほど簡単では無い。それを軽々と抱えるドミンゴは、恐らく男から見ても格好良い。



「行きましょう。」



 そう言って、危なげなくスタスタと歩き出した。

 テレーザはミゲルにエスコートされて後を追う。マルーチャは恥ずかしがってドミンゴにしがみつくように顔を隠していた。

 幸いこの時間に退出する客はいなかったようで、会場の警備以外誰にも会わず馬車まで辿り着いた。



「僕はついて行けないけど、気をつけて。」


「お気遣いありがとうございます。失礼致しますわ。」



 3人が馬車に乗り込むと、ミゲルは彼らを見送った。

 無事にマルーチャを侯爵邸に送り届け、その後テレーザが送り届けられた。



「ドミンゴ様、今日はマルーチャのことまでありがとうございました。」


「いえ、お二人を無事にお送りできて安心しました。それでは失礼致します。」


「お気をつけて。」


「ありがとうございます。」



 ドミンゴを見送って部屋に戻ってからハタと気付く。



 “あ!ミゲル様の上着、返してない!”



 ミゲルの上着はテレーザの肩にかかったままだった。今更ながら、ミゲルの残り香と温もりを意識してしまう。小さい頃から知ってはいるが、成長して男性的な体格になったミゲルを改めて感じる。



「どうやって殿下にお返ししようかしら」



 マヌエラに上着を外してもらう時に少し名残惜しさを覚え、その華美では無いが、シックで上質な上着をつい見つめてしまう。



「マヌエラ、この上着はミゲル殿下にお借りした物だから、綺麗にしておいてもらえる?」


「畏まりました。」



 マヌエラや侍女達に任せておけば問題ない。



 “王城に行くのは嫌なんだけどなあ…”



 フアンとの婚約が解消されてから、まだ一度も王城には行っていない。こちらに不備はないとはいえ、なんとなく行きづらい。(ほとぼ)りが冷めるまで行かなくても良いと父親に言われている。王城での茶会や夜会に参加しなくても良いのは、テレーザにとって正直楽だけれども。





 夜会の翌日、ドミンゴとマルーチャにそれぞれ手紙を送った。ドミンゴには昨夜のお礼と今朝届いた花束のお礼を、マルーチャには昨晩の様子伺いを。そして、上着を借りたままのミゲルには散々悩んだ挙句、昨晩のお礼と上着を返したいのだけれど都合はどうかと手紙を書いた。

 ドミンゴから朝一番に花と手紙を届き、テレーザは彼のマメさにちょっぴり感動していた。



 “ギャップ萌え、来るわね。”



 かつての婚約者らも花や手紙のやりとりがあったのだが、ドミンゴの風体からはあまり想像がつかない分、ポイントが高い。


 マルーチャからの返事には、昨晩のことを謝りたいので会いたいと返事が来た。

 別に謝られるようなことはされていないが、様子が気になったのと、単純に友達に会って話がしたいために会うことにした。了承すると、テレーザとドミンゴの二人に謝りたいので、一緒に来てくれないかと聞かれ、ドミンゴの都合に合わせ、一緒に行くことにした。


 二人を迎え入れたマルーチャは、テラスに席を設け、二人をもてなした。



「先日はお二人には本当にご迷惑をおかけしました!申し訳ございません!」



 勢いよく頭を下げるマルーチャに、二人は慌てて腰を浮かせた。



「いえ、マルーチャ殿、迷惑だなんて!むしろ私が酒に付き合わせてしまったせいで、マルーチャ殿にご迷惑をおかけしてしまい…。」



 ドミンゴは本当に紳士だ。見かけのがっしりした体格のイメージを覆すほどに。心なしかマルーチャの顔が赤らんでいる。



「ねえ、マルーチャ。差し出がましいことを言うようだけど、いつもの貴女ならあんな風になることは無いじゃない?もしかして、あの日、何かあった?」


「…え?」


「あ、ごめん。人前で訊くようなことじゃなかったわ。今のは聞かなかったことにして。」


「…私がしばらく席を外しましょうか?」


「あ、良いんです。ドミンゴ様。」



 マルーチャはそう言って引き留めてから、テレーザの方を向く。



「いいえ。聞いてくれる?」


「…ええ。でも、無理しないで。」


「大丈夫よ。」



 意志の強い目で覚悟を決めたように話し出した。



「私、学校を卒業してからほぼ毎日のように婚活していたんだけどね。なかなか婚約までたどり着けなくて、ちょっと自分に自信を失ってたの。そこに貴女(あなた)が素敵な婚約者を連れて現れて、こんな大事な友達なのに、つい嫉妬してしまったの。貴女が子どもの頃からの婚約を解消されて、大変だったのを知っているのに、そんなこと思ってしまう自分が嫌で。」


「マルーチャ…」


「それでちょっとやさぐれていたっていうか…お見苦しい所をお見せしてほんっとごめんなさい。」


「いえ、マルーチャ殿、お気持ちは痛いほど分かります。私もこの婚約が成立するまでは紆余曲折ありました。私はただでさえ(いか)めしいなりをしているので、特に御令嬢方からはどうも敬遠されがちで、テレーザ殿やマルーチャ殿のように普通に話しかけてくださる方は希少と言いますか。」


 “ん?”



 先日の夜会で随分打ち解けたのか、二人の距離が若干近いとテレーザは気づいた。

 そしてドミンゴを見つめるマルーチャの瞳が潤んで、女のテレーザから見てもとてもかわいい。

 ドミンゴもテレーザに向ける眼差しよりも、熱っぽく見える。



 “…お父様、ごめんなさい。”



しばらく二人の様子を見ていたテレーザは、勿体振(もったいぶ)って口を開いた。



「ねえ、マルーチャ。教えて欲しいことがあるんだけど、正直に答えてもらえるかしら?」


「うん、改まってどうしたの?」



 こほん、と一つ咳払いして、テレーザは訊ねた。



「マルーチャ、貴女(あなた)、ドミンゴ様に惹かれているでしょう。」


「…な!ち、違うわ!」



 一気に真っ赤になりながら、体をのけぞらせる。態度でバレバレだ。ドミンゴも耳まで顔が赤くなった。



「そしてドミンゴ様も、マルーチャのことが…」


「いえ!そうではありません!あくまで先日お話ししただけで。」


「そ、そうよ!私達はこの前の夜会でテレーザに紹介されて話しただけよ!」


 “そういえば、ドミンゴ様は躊躇(ちゅうちょ)せずにマルーチャを抱き上げていたわね。”


「恋に落ちるのなんて、時間の長さの問題じゃ無いわ。よろしくてよ。ドミンゴ様、私達の婚約は白紙に戻しましょう。」


「え?そんな!」



 二人の顔がショックで急激に青ざめる。



「そうしたら二人とも問題なくお付き合いできるでしょう。」


「待ってください!それでは余りにも貴女に対して不誠実だ。」


「でも、想い合う二人を引き裂くなんて、もっと酷いですわ。」


 “ドミンゴ様のこと嫌いじゃないけど、どうしても結婚しなければならない理由はないもの…とは言えないわ。”


「…そんな、テレーザ…」



 マルーチャは体をこわばらせて半べそかいている。ドミンゴも唖然として動けない。



 “あ〜どうしよう。根が真面目な二人だから、こういう提案は受け入れにくいのかもしれないわ。使いたくなかった手だけどアレを使ってみるか。”


「…ねえ、マルーチャ、今、私が世間でなんて呼ばれているか、知ってるでしょう?」


「テレーザが呼ばれているって…あ!」



 マルーチャもドミンゴも()()を思い出して目を見開く。テレーザはその様子を見て満足気に微笑んだ。



「そうよ。私は『愛のキューピッド』なの。」

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