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ミゲル’s エンゲージメント その3

すみません。連投予定が遅くなりました。


※誤字修正しました。(2021.12.8)

「『愛の女神』ってワード、来たね〜。確かに女神の方がテレーザには相応わしいよ。」



 ミゲルがタブロイド紙を眺めて言う。彼の私室には、テレーザに関する記事の載った新聞が全て保管されている。

 今回の記事は、当事者達のインタビューが載り(まあ、どこまで本当に言ったのか疑わしいのだが)その際に、彼らがテレーザのことを『愛の女神』と形容したので、それがそのまま採用されたようだ。



「アルボル公爵家御息女、テレーザ様がいらっしゃいました。」



 本日は時間を調整して半日ほど空けてある。先日の夜会でテレーザに貸した上着を返しに来たいと本人から連絡があったので、なんとか業務をやりくりしてもらい、いそいそと時間を空けた。

 テレーザを案内した応接の間に行くと、彼女は窓から庭を眺めていた。ミゲルが入ってきたことに気付いていないようなので、悪戯っけを起こしてそっと背後に近づく。



「はあ、なんだか甘酸っぱいわね。」


「本当だね。」



 テレーザは突然の背後からの声に、ビクッと体を震わせる。ミゲルはテレーザ越しに窓の外を覗き込んだ。案の定そこにはテレーザの4人目の婚約者セバスティアンと、アナが楽しげに語らっている。時々彼らがここで話をしているのをミゲルは知っていたからだ。



「あんなに仲が良いのに、なぜあの二人はご結婚なさらないのかしら?」


「どうしてだろうねえ。」



 テレーザの耳元で囁くように言うと、ミゲルの胸の辺りを柔らかい感触がやんわりと押し返す。



「ん?」


「ミゲル様、近いです!」



 ミゲルはテレーザを囲い込むように窓枠に手をつき、その距離を触れないギリギリまで近づけていた。



 “このまま抱きしめたい…”


「こんなところ誰かに見られたら!」


「…見られなければ良いの?」



 今はまだ駄目なのだと葛藤しながらも(あらが)い切れず、ミゲルはさらに顔を寄せた。テレーザの体がこわばったのがわかる。しかしミゲルは引き寄せられるようにテレーザの耳に唇を寄せ、触れる寸前に止めた。



「ごめんごめん、いたずらが過ぎたようだね。」


 “…やばい”



 自分が今羞恥で全身が赤く火照っているのがわかる。これは流石にテレーザには見られたくない。

 ミゲルはテレーザに背を向けてさっさとソファーに座り、平静を装うとメイドに新しいお茶を用意させた。



「ミゲル様、大変申し訳ございませんが、しばらく中座させてくださいませ。」



 突然テレーザが何事か決意し、一礼して振り返らずに出て行った。ミゲルはホッと一息ついてから、侍従に回廊の人払いを命ずる。



 “あああ〜やばい!めちゃくちゃいい香りがした!ほんと好き!”


「あら、セバスティアン様、このような所でお会いするなんて。」



 体を折るように俯いて一人身悶えていると、テレーザの声が聞こえてきた。その声に我に返り、ミゲルは部屋の外に出る。そして彼らから死角になるギリギリの位置で様子を伺った。

 先ほどまでミゲルの腕の中で狼狽えていたテレーザとは真逆の、痛快な立ち回りっぷりの一部始終を眺め、ミゲルはほくそ笑んだ。



「お疲れ様。」



 戻ってきたテレーザに声を掛ける。



「ミゲル殿下、大変お待たせいたしまして申し訳ございません。」


「いや、退屈しなかったよ。」



 そのままテレーザを元の部屋にエスコートすると、向かい合ってソファーに座った。



「ミゲル様、お礼と言ってはなんですが、こちらを。」



 侍女にミゲルが貸していた上着を返すと、テレーザはおずおずと綺麗にリボンがかけられた小さな包みを差し出した。ミゲルが包みを外すと出てきたのは、刺繍が施されたハンカチーフだった。縁には伝統的な幾何学模様と、一隅に獅子をかたどったミゲルの紋章が入っている。



「これ、テレーザが刺したの?」


「はい。お見苦しいかと存じますが。」


「嬉しいよ!こういうの欲しかったんだ!」


 “これは聞いてなかった!嬉しすぎる!!”



 手にグッと力を込め、思わず頬擦りしたい衝動を抑え込む。



「それで、その箱は?」


「こちらは、私が焼いて参りましたアーモンドケーキです。お口汚しではございますが。」



 香ばしい香りに期待が膨らんだ。



「美味しそう!」


「あ、殿下、お毒見を!」



 止められたミゲルは、しばらくケーキとテレーザを見比べて妙案を思いつく。



「じゃあ、テレーザがしてよ。」


「あ、はい。承知しました。って、え?」



 ミゲルは持っていたケーキをそのままテレーザの方に突き出した。



「あ、でもちょっと遠いか。」



 そう言って立ち上がり、おもむろにテレーザの真横に座る。



「はい、アーン。」


「あ、あの、自分で食べられます!」


「良いから、はい。」



 ケーキをかじるテレーザの恥じらう姿に気分が高揚する。ミゲルはそのケーキをテレーザに押し付けると、更にテレーザとの距離を詰めた。



「はい、今度はこっち。」



 ミゲルは口を開けてテレーザを促す。



「え?え?」


「僕にくれるんでしょ?だから食べさせて?」



 少し甘えるような口調で言うと、テレーザの頬がほんのり染まった。



「さっき、僕の願い事、聞いてくれるって言ったよね?」



 ミゲルはダメ押しに先程の切り札を使う。

 ミゲルの口にアーモンドケーキを運ぶテレーザを抱き寄せたかったが、グッと我慢する。



「…美味しい!」



 自分の口についたかけらを指で拭いながら、チラリとテレーザを見る。褒められて照れているのか、それとも食べさせ合いをしたのが恥ずかしいのか、顔が赤く染まっている。



 “本当に食べたいのは、君なんだけど。”



 今そんなことを言ったら、きっと逃げられてしまう。



「今日はこれで満足しよう。」


「ミゲル様?もしかしてケーキが足りなかったですか?」


「いいや。大丈夫だよ。でも、また作ってくれるかな。」


「はい。お望みとあらば。」



 嬉しそうに微笑む彼女を見て、ミゲルは小さく幸せを噛み締めた。






「殿下、こんな所までどうなされましたか?」


「最近執務ばかりで体が鈍っちゃいそうなんで、ちょっと体を動かしに来た。」



 アントニオが近衛騎士団の演習場で新人-と言っても王室騎士からの選抜なので、全くの新人では無い-の訓練監督をしていると、ミゲルがひょっこり現れた。



「…本当に体を動かしに来たんですかあ?」


「それ以外に何があるって言うのさ。」



 いまいちミゲルの言動を信じきれないアントニオは、(いぶか)しげに目を細めた。

 近衛騎士団の演習場は、王城に近い場所にあり、さらにその先に王室騎士団の演習場がある。

 ミゲルはホセからテレーザが現在の婚約者に会いに王室騎士団の演習場に来ると聞いていた。ならばと通り道になる近衛の演習場に足をはこんだのだ。



「暇なんですか…?」


「いちいち失礼だな。」



 いつものやりとりをしながら、双方、剣を構える。訓練中の騎士達は、手を止めて彼らに注目した。



 カン!!



 模造剣の鈍い音が響いた。



「殿下、本当に鈍ってますね。」


「だから言ったろう?本当失礼だな。」




 ミゲルが打ち込み、アントニオが受け流す。そのうちミゲルの息が切れてくる。当然といえば当然だが、普段から鍛えている騎士とは体力が段違いだ。



「そろそろ終わりましょうか。目的を果たす前にへばっちまっては意味が無い。」



 肩を上下させ荒い息を吐くミゲルに、アントニオは言った。



「…その、にやけた顔が、…ムカつく!」



 息を切らせながら涼しい顔のアントニオを睨みつけ、ミゲルは剣を置いた。アントニオはそれを無視して新人の訓練を再開させたのだった。






「テレーザ、ミゲル殿下から預かったよ。テレーザに渡して欲しいって。」



 テレーザが5度目の婚約を解消してすぐの朝、ホセはミゲルから預かったハンカチーフをテレーザに渡した。



「え?!これは?」



 渡されたハンカチーフは、テレーザの思っていた物と違った。金糸の縁取りに深い緑色の刺繍と、獅子をかたどったミゲルの紋章が刺繍されている。演習場に行った帰りに会ったミゲルが、洗って返すと言って持ち去ったテレーザのハンカチでは無い。



「これは私のものではありませんわ!」



 恐らくこのハンカチーフはミゲル自身のものだ。しかも皺一つない新品だ。



「さあ、私にはそこまでは分からないな。」



 大体予想はつくけどねという言葉をホセは飲み込んだ。



「良いんじゃない?もらえば。」


「でも、これは新品ですし、お使いになる予定の物を誤ってお渡しになったのでは…。」


「そうかな?でも一旦渡した以上返せって言わないと思うよ。」


「…ですが…。」


「じゃあ、一応殿下に確認しておくよ。それで良い?」


「…ええ。お願いします。」






「…と、妹が困惑していたんですけど。」



 ホセが朝のテレーザとのやりとりを報告すると、ミゲルはまだ眠そうな顔を上げる。



「“間違ってないし、できたら使って欲しい”って伝えて。」


「承知しました。殿下、コーヒー淹れますか?」


「ああ、頼むね。」



 しばらくしてメイドがコーヒーとつまめるサイズの菓子を運んで来ると、ミゲルはやっと一息ついた。コーヒーの苦味と菓子の甘味が、ぼんやりする頭を少しずつ覚醒させるようだ。


 ミゲルが立太子する内示を受け、本格的に忙しくなって来た。王太子を決定するのに伴う諸々の文書類は、既に内々に進められてはいたが、それはフアンが立太子する前提であったため、最終的にミゲルに決定された今は、その調整に費やされている。主に大変なのはミゲルと王位継承に関わる文官だけで、お披露目となる式典と祝宴の準備は、それほど変更が無いため、忙しさは変わらないがそう大変では無い。



「クッソ、できれば王位なんて継ぎたくなかったよ。」



 ミゲルのぽつりと漏らした愚痴に、ホセを始め執務室にいた文官らは聞こえないふりをした。なぜならこの愚痴は、既に何度も聞かされているからである。


 ミゲルはふと思い出して執務机の一番上の引き出しから、先日テレーザからほぼ騙し取るようにして受け取った、ハンカチーフを取り出す。一度洗ったので、もうテレーザの移り香は残っていない。そのハンカチーフを顔に当て、あの日テレーザの手がミゲルの汗を拭いた感触を思い出す。実際はミゲルがさりげなくテレーザの手を取って、汗を拭かせたと言う方が正しいのだが。

 以前、上着のお礼としてもらったテレーザの刺繍入りのハンカチーフは、大事な時に人に見せびらかすようにとっておいてある。



「あ〜殿下。目が覚めたご様子ですので、続きをお願いします。」



 ホセは王太子叙任に関しミゲルの確認が必要な書類をざらりと広げ、容赦なくミゲルを現実にひき戻す。



「…わかった。やるよ。」



 もう、言い返す気力もなく小さくため息を()いて、ミゲルは黙って紙を繰った。



「あれ?これは?」



 ミゲルは一枚の書類に手を止めた。見た記憶の無い文面だったので、始めから読み直そうと文頭に目をやる。



「…!」



 ミゲルの両目がこれ以上ないほど見開かれ、紙を持っているはずの手の感覚が麻痺したかのように無くなった。



「今朝、父アルボル公爵から殿下にお渡しするよう言付かりました。」



 ミゲルの様子を、いつもより少しだけ柔らかい眼差しで、ホセは見つめた。


 それは既にアルボル公爵の署名が入った、ミゲルとテレーザの結婚に同意するという内容の同意書であった。



「…!公爵にお礼を言ってくれ。」


「いや、まだ早いですよ。父が同意しても、妹が同意しなければ無意味ですから。」


「…ほんっとに、鬼だな!」


「やっと、いつもの調子が戻りましたね。」



 喜んだミゲルに冷水を浴びせるホセは、恨み言もしれっと(あし)らい、自身の業務に戻った。



 “求婚(プロポーズ)…”



 このところ職務と立太子準備に忙殺されていたミゲルは、自分がすっかりそのことを忘れていたことに気付く。この日を夢見て前々から準備してはいたが、いざそれが現実味を帯びると、何か見落としていることがあるのではないか、まだ他にできることがあるのではないのかと不安になってしまう。



「ああ殿下、ちなみに、」



 ホセが自分の執務机の書類から目を離さずミゲルに言葉をかけた。



「先ほど召し上がったフィンガーサイズの焼き菓子は、妹の手作りですよ。」


「え!なぜそれを先に言わない!」



 何も考えずにもう食べてしまったではないかとミゲルは悔やんだ。



「訊かれませんでしたので。」


 “絶対わざとだ。”



 相変わらず飴と鞭を同時に炸裂させるホセに、ミゲルは自分が国政を握ったらどうなるのだろうと将来を思い、言い返すことを諦め、早くこんなことは終えてしまいたいとばかりに粛々と執務に取り組むことにした。

お読みいただきありがとうございました。


次回でミゲル編、終了予定です。


今回、ぐいぐい来るミゲルが意外と自分の所業に照れていた、

というシーンが書けて、番外編を書いた甲斐がありました。

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