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ミゲル’s エンゲージメント その1

お待たせしました。


テレーザ推しの最大手、ミゲル殿下のお話です。

 

「は〜、2ヶ月かあ…」



 第二王子のミゲルは明日から約2ヶ月ほど使節団を率いてベルグム公国へ向かう。ミゲルは成人前の為、建前上の団長であり実質お飾りだが、ベルグム公国へ向かう際に通過するフランリナ帝国は父の母国であり祖父母のいる国であるため、諸々の都合を考慮に入れ、ミゲルの名を冠するのが得策だと判断されたのだ。



「一番連れていきたい人を連れて行けないのがつらい。」


「殿下、寝言は寝てから言ってください。」



 ミゲルの留守の間実務を代行するホセが、淡々と国内業務関連書類の仕分けをしながら言葉を返す。



「はい。こちらは殿下のサインが必要な分なので今日中にお願いします。この後、王配殿下と陛下にもご決裁いただきますので、お早目に。」


「え?今日中?!ちょっと多くない?!」


「ええ、向こう2ヶ月分の前倒しですから。」


「くっ…!鬼!」


「お褒めいただきありがとうございます。」



 全く取り合わないホセに、あきらめ顔で渋々書面に目を通し始める。一つ一つは以前にも確認した内容で、細かい修正点の再確認のみだったお陰で思ったよりも早く終わった。



「終わったーーーー!!」


「お疲れ様でした。では別件ですが…」


「終わったんじゃないのかよ!」



 ホセの手渡した小箱を開けると、ミゲルは眉を上げ、執務室から人払いをした。

 今回の行程においてフランリナ帝国を通過する目的の一つに、去年頼んでおいた金細工のネックレスの意匠を変更することがあった。フランリナ帝国の金細工は『黄金の刺繍』と呼ばれ、刺繍のような繊細さが特徴である。既に台座がほぼ出来上がっており、後は石をはめ込むのだが、その石はミゲルの方で別途準備した。なぜなら、注文の時点では違う石がはめ込まれる予定だったからだ。当初の予定は若草色の石だったが、ミゲルの用意したのは深緑色の石だ。これはミゲルの瞳の色でもある。



「これで間違いなければ、貴重品類に加えておきますが。」


「いや、これは私が持っていく。」



 貴重品の類は専任の管理官と護衛が付き、厳重に管理される。特に他国を訪れる際は、双方の国の為にもより徹底して管理しなければならない。万が一紛失したり盗難などが起これば、両国間の信用問題になってしまうからだ。



「まあ、そうですね。ほぼ私的なものですしね。」



 この深緑の石をはめ込んだネックレスは、テレーザに渡す予定だ。表向きは王家からアルボル家へ贈られるものだが、内実はミゲルからテレーザへの贈り物だ。

 ミゲルは箱の蓋を閉め、大事そうに懐へ仕舞い込んだ。


 先日ミゲルの兄、第一王子フアンとの婚約破棄騒動があってから、ミゲルはテレーザに会っていない。婚約破棄された直後、自分をテレーザに印象付けることは上手くいったと思う。その際のやり取りで、彼女の性格的にスキンシップが苦手なのでは?と思ったが、恐らく間違いない。以前の様子から察するに、結局最後までフアンともそれほど心を許した仲では無いだろう。



「腕がなるね。」


「…何かおっしゃいましたか?」


「いいや、なんでもない。」



 こういう時のミゲルはろくなことを考えていない、とホセは知っている。

 テレーザに対するミゲルの執着度合いは(ひど)い。幼少期からずっと自分の特別にならないが故に(こじ)らせているのだろう。しかし、今回はそれが役に立った。本来なら敵対するかもしれなかったフアンの恋人、ルイサをこちら側に引き込もうと思い付いたのは見事だ。そのルイサがテレーザを敬愛していたことも幸運だった。


 このフアンとテレーザの婚約が解消された時点で、王位継承権第一位に、ミゲルがほぼ決まった。元々フアンは為政者(いせいしゃ)に向いていない。アレハンドラ女王の血を引くだけあって頭は悪く無いのだが、亡父に似たのか繊細で視野が狭くなりがちで感情的になり易い。恐らく国王の地位には耐えられまいと、ホセを始め周囲の近習達の見方だ。だからこそのテレーザであったが、逆にそれが彼にとって(かせ)になっていた。


 しかしその枷から解放された今、フアンは随分穏やかになってきたと聞く。アレハンドラも口には出さないが、安堵している様子。そこまでミゲルが計算していたのかは疑問だが、ある程度は予測済みだろうとホセは考えている。



「全く。どこまで計算ずくなんだか。」


「…何?何か失礼なこと言ったよね?」


「いえ。別に、何も。」



 (いぶか)しげにホセを伺うが、それ以上は追求せずミゲルは人払いを解いた。






「ごきげん麗しゅう、ミゲル殿下。今日は私と踊ってくださいませんか?」


「では、次は私と!」


「いえ、次は私が!」



 ベルグム公国に滞在して1週間。本日は歓迎の舞踏会が開かれた。



「ああ、もう、疲れる!視察は良いけど、舞踏会はやめてくれないかなあ。」



 使節団に充てがわれた迎賓館に戻ったミゲルは、客室のソファーに身を投げ出し、首回りを緩めて文句を言った。



「仕方がありませんよ。こちらの皆様もそれが仕事でもありますし。」


「わかるけどさあ。」


「まあ、あきらめてください。殿下は未婚の超優良物件ですから。」



 エスパン王国とフランリナ帝国双方の王家の血を引くミゲルは、どこの国から見ても、利用価値がある。加えて、壮健で見目麗しい青年なこともあって、特に未婚の令嬢方からは、国内外どこにいてもアプローチされる。(あし)らうことは慣れているとはいえ、外交目的で来ている今回は流石に他国の貴族を無碍にはできない。



「ああ、早く結婚したい…」



 二言目には「早く結婚したい」がミゲルの口癖になっていた。無論、彼が結婚したい相手は決まっているけれども。



「マウリシオです。」


「どうぞ。」



 ノックの音がしてマウリシオが来室を告げると、ミゲルの護衛についているシーロが扉を開けた。



「殿下、アルボル公爵にお贈りする品の手配が完了しました。」


「ありがとう。業務外なのに手間をかけたね。」


「いえ。」



 マウリシオはかけていた眼鏡をクイと上げ、淡々と返答する。

 マウリシオはセグンド侯爵家の次男で、近頃アルボル公爵家の長女テレーザと婚約を結んだばかり。…ミゲルの(めい)によって。

 エスパン王国では通常、長子が家を継ぐ為、次男のマウリシオは特に結婚願望もなく、仕事に生きていた。勤勉実直な仕事ぶりは国家に忠実に仕え、取り分けミゲルには半ば忠誠を誓っているかのように仕えていた。



「貴方のことだから心配していないけれど、テレーザとは手紙のやり取りをしているんだよね。」


「はい。週に一度は。」


「うん。それなら良い。」



 マウリシオとテレーザの婚約は、ミゲルがテレーザに求婚するまでのいわば繋ぎだ。そうミゲルは臆面も無くマウリシオに話を持ちかけると、意外なことにマウリシオは二つ返事で了承した。これにはミゲルもそしてテレーザの兄ホセも驚いた。



『どのみち家庭を持たない方が身軽に動けますし、一度破談になれば、他の縁談も来にくくなるでしょうから。』



 シャープで固い印象のあるマウリシオだが、細身で整った顔立ちのせいか、憧れている女性達も多かった。仕事に関しては非情で容赦ないため、一部の人々には恐れられてもいた。



「では失礼します。」



 要件は済んだとばかりに退室するマウリシオを見送ると、ミゲルは明日の資料に目を通し始めた。



 そんなマウリシオの様子が一変したのは、それから幾日も経っていないある日のことだった。



「セグンド卿の様子がおかしい。」



 使節団の警護責任者であるシーロ・ビッセ近衛副団長は、ミゲルにそう耳打ちした。どうやら仕事の合間を縫って、誰かと会っているらしいと。



「彼が誰かと通じて自分の国を裏切るとは考えにくいが。」


「念の為監視をつけておりますが、宮殿の敷地内から出る様子はありません。」


「相手の素性が分かれば目的も明確になるだろうね。」


「はい。早急に調査を進めております。」



 しかし、それは意外にもすぐに判明した。



「殿下、恐れ入りますがお人払いをお願いできますか。」



 昼を過ぎお茶の時間になろうとする頃、マウリシオがやってきていきなり切り出した。

 本日は視察などの外出予定が無く、宮中の晩餐会のみだったため、滞在先の迎賓館にてミゲルらは執務を行っていた。



「で、どうした。」



 ちょうど良いと、行政官らを休憩に行かせ、ミゲルもお茶の支度をさせてマウリシオと向かい合う。ミゲルの後ろにはシーロが立っている。



「殿下、申し訳ございませんが、アルボル嬢との縁談を白紙に戻したく。」


「は?え?婚約解消するってこと?!」


「はい。できればすぐにでも。」



 元々テレーザとの婚約はミゲルが成人して求婚するまでの間の約束だが、マウリシオはすぐにでも解消したいと言う。こんなに切羽詰まった顔のマウリシオを見るのは初めてだ。



「…理由を教えてもらえないか。話によっては解消を許可しよう。」


「殿下、ありがとうございます。」



 マウリシオは安堵したような表情を浮かべ、話し始めた。


 大切な人ができた、と。


 ミゲルもシーロも驚きで目を丸くする。



「まさか、貴方が会っていたのは、この国の御令嬢だったのか。」


「はい。聡明な方で、初めはベルグム公国についてご教授頂いていただけなのですが。」



 切っ掛けは使節団歓迎の舞踏会であったが、その後何度か話をするうちに互いに惹かれ合い、つい先日想いが通じ合ったのだとマウリシオは言う。



「で、その方はどちらの家門の御令嬢なんだ?」


「ウィッティエム侯爵家のエリーズ様です。」


「え?それって…」


「はい。先代ベルグム大公の一番下の御息女です。」



 ミゲルは軽く頭を抱える。そんな大物が出てくるとは思わなかったからだ。確かミゲルより年上で、既に成人していたはずだ。とすると、マウリシオが焦っているのは、相手にも既に縁談があるからなのか。


 大公女のエリーズは現大公の年の離れた異母妹にあたる。先代の大公妃が身罷(みまか)り、現大公が即位したのち、先代大公と王宮の侍女との間に生まれた。その為非常に扱いづらい立場におり、後継問題に関わらなくて済むようウィッティエム侯爵の養女とされた。表舞台には極力出ずにいたこともあって、幸か不幸か今まで縁談が寄せられなかった。しかし、年齢的にも結婚を考えなければならないと、少しずつ社交の場にも姿を見せるようになっていた。


 そんな折にエスパン王国侯爵家子息、マウリシオと出会った。



「確認したいんだけど、貴方とその大公女様は相思相愛なわけね?」


「…はい。可能であれば、添い遂げたいと。」


「それは大公女様も承知してる?」


「はい。昨日、私の求婚を受けてくださいました。」


「え!もう求婚したの?!」


「ええ。ただ事情があって今は別の人と婚約しているため、まだ正式に大公女様に求婚できないので、それを解消したのちに改めて求婚するとお伝えしました。」



 慎重なマウリシオらしくないとミゲルは思った。確かにテレーザとマウリシオの婚約は、ミゲルとの約束で仮初めのものだ。ミゲルが成人する時には解消される。しかし、それはまだしばらく先になる。それでもこれまでの彼なら、少なくとも先にミゲルに確認を取ってから求婚するはずだと。



「なんだか貴方らしくないね。確約も無いのに求婚するなんて。」


「…エリーズ様の縁談が持ち上がり、もう会えないかもしれないと仰るので思わず…。」



 そう言って愁傷に俯くマウリシオの変わりように恋の威力を目の当たりにし、ミゲルは思わず相好を崩した。



「そっか。わかった。アルボル家の方には私から連絡しよう。ただし、テレーザには貴方がちゃんと伝えるように。」


「承知致しました。ありがとうございます。ご面倒をおかけします。」


「いや、元々こちらからお願いしたことだし。」


「恐れ入ります。」



来た時よりも軽い足取りで出て行くマウリシオを、ミゲルは苦笑しながら見送った。


お読みいただきありがとうございます。


▼以下、言い訳なので読まなくても大丈夫です。


前回からちょっと間が空いてしまいました。

実は書こうと思っていたことをすっかり忘れてしまったからです。

あんなに書きたかったのに!

(始めは番外編をつける予定は無かったのにそれの為に番外編をつけることにした。)

結局、本編を何度も読み直してやっと思い出しました。


さらに本筋とは関係ないから書かなくても良いかな(面倒だし)と思っていた辺りも、結局書くことに。

そして、見事に男ばっかりの話になってしまいました。

(あまり人を絡めるとまた長くなっちゃうから〜)

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