説明書とかWikiとかは熟読しちゃうタイプ
ご飯を食べてVRに再度ログインした。ぺたぺたと左目の近くを触るとたしかに肌がつるつるだった。ぎゅっと手を握って開いても、現実となんら変わらない感覚がそこにあるのに、指先の感覚だけが変わってしまったかのようだった。
ぐるりと回りを見渡す。先程見たのと同じ、西洋風のレンガ造りの町並みだ。ログアウトした拠点と同じ場所のようで安心する。道に迷ったりする心配はなさそうだ。
設定メニューを開いてみる。フレンド欄の大根さんをタッチして、「メール」を選ぶ。今ログインしました、と伝えると今行くから少し待ってて、とすぐに帰ってきた。
大根さんが来るまでの間、教えてもらったとおりブラウザを開いて、攻略Wikiの初心者向けページを見る。別に家のパソコンでだって見られるけど、せっかくならVRの中で見てみたかった。
確かに初心者向けページの上に赤文字で「音声チャットはデフォルトでオフなのでオンにしましょう」と書いてある。……公式のチュートリアルでやってほしいよね。
他にも細かいおすすめ設定があったので、いくつかの設定を変更する。インベントリのソート機能オンとか。チュートリアルで教えてくれるのは体の動かし方とかスキルの出し方とか職業の習得とかそんなのばっかりで、こういう便利機能みたいなのはなんにも教えてくれなかった。
改めて、大根さんにありがとうと伝えたかった。何かお礼とかできたらいいな。アイテムとか渡せるんだろうか。後で調べよう。
ログインした場所でずっと立ちっぱなしでブラウザを見ていても疲れないのはVRのいいところかもしれない。それでもなんとなく伸びをして全身をほぐす。意味はないのかもしれないけど、そういうなんでもない動作もVRの中だと特別感があった。
そのままくるくるとその場で回ってみる。振り付けもなにもなく、ただ手足を振り回して遊んでいるみたいだったけれど、そういう一つ一つがとても楽しかった。空気を吸っていることですら、なんだか楽しく思える。
「ホント、夢見たい」
「まあ確かに、フルダイブVRは寝ている間に見る夢みたいなものって話もあるけどね」
急に声をかけられてびくりと全身の筋肉が固まる。子供みたいな仕草を見られたのだと思うと、恥ずかしさで顔が焼けそうだった。驚きで凍ったような私の視界にすっと入ってきたのは大根さんだ。厳ついフルフェイスの騎士の格好は戦闘中だけなのか、今は兜を取った状態で、かっこいい主人公っぽさのある顔を出していた。
とはいえ、フルダイブVRでの外見や声というのは結構自由に決められるから、かっこいい顔というのはさして珍しくもない。外見は当然キャラクターに依存するし、声だって設定で変えてしまえるからだ。現に私だって、ほとんど初期設定のままだけど男性キャラを使っている。とはいえ、ヒロイックな熱血主人公という顔立ちは意外と珍しくて、まじまじと見てしまった。
「何、どした?」
「いえ。珍しい顔だなって。……どこから見てました?」
「キャラとはいえ人の顔にひどくない? なんか立ち上がってくるくる回ってるとこから?」
「声かけてくださいよ、恥ずかしいじゃないですか」
「俺もVRゲー初日は感動して適当に動いてたし恥ずかしがることないって」
「そうですか? まあ、早めに忘れてください」
「できればね。さて友人殿、こちら先程知り合ったアオイさん」
大根さんはまるで執事が取るような、芝居がかった礼の仕草ですっと私を指し示した。彼の視線の先には同じデザインの鎧を着た、眼光鋭い尖った顔立ちの男性がいた。アバターの上には、『CLOVER』と書かれていた。
「クローバーです。よろしく。大根のリア友で俺も始めて数日とかそんな感じ」
「アオイです。実はさっき始めたばっかりで」
「聞いてるよ。さっきの感じだとVR自体初心者?」
「そうなんです。機材が届いたのも今日って感じで、VR以外のゲームもそれまでやったことあんまりなくて」
「へぇ……」
クローバーさんはまじまじとこちらを見て、首を傾げた。今のやりとりに何かおかしなところがあったのだろうか。やはり、初心者が一緒に遊ぶのは迷惑なのかもしれない。リア友、と言っていたなら二人は仲がいいのだろうし、余計な人がいたら邪魔なのかも。
「……あ、あの、初心者がいて迷惑ってことだったら、日を改めたりとか」
「ん? あ、あー、ごめん。そういうことじゃなくて。気にしなくていいよ。こういうのは人数が多いほうが楽しい」
笑顔で首を振って否定するクローバーさんからは、特に私を邪魔だと思っている感じは受けなかった。思い違いなら本当によかった。趣味で楽しくやりたいことだし、一緒に遊ぶ相手に嫌な気持ちをさせたくはなかった。
「ごめんね。体の動かし方が自然だから初心者っぽくないなって思っただけ。敬語も気にしなくていいから、楽しんでこうぜ」
「はい、じゃなくて、うん。よろしく」