大事なことはチュートリアルで教えてほしかった
「音声チャット? え? なにそれ?」
話しかけるも、目の前のモンスター……というか、人? は、首を横に降ると地面を指差した。
「あ、こっちからも聞こえてないんだ」
お互いに声が聞こえないのだろう。地面に「音声チャットって?」と書くと、すぐに文字が帰ってきた。
『設定→セキュリティ→音声チャット→ON』
どうやら設定の問題らしい。設定メニューを呼び出すと、ずらりと並ぶ項目の一番下に、たしかにセキュリティというメニューがあった。タップしてまたいくつかの項目が出てきて、苦労しながら音声チャットの欄を見つけて、チェックボックスに✓を1つ書き込んだ。
「これでいいの?」
「おっ、いいね、聞こえる。こっちの声も聞こえてる?」
「うん、大丈夫」
だらりとあぐらをかいていた彼は奇妙な手の動き……たぶん、同じように設定メニューを操作しているのだと思うけど、とにかく手と指を動かすと、彼の被っている鎧の一部がなくなった。
鎧の中には整った顔立ちの男性がいた。つまり、どうやらモンスターだと思っていたのは、人間だったらしい。全身鎧のモンスターかと思っていた。
「急に斬りかかってくるもんだからびっくりしたよ。このゲームPKないのにさ」
「あ、その、それはごめんなさい。モンスターだと思って。……PKって何?」
「え、PKを知らない? プレイヤーキルとかプレイヤーキラーとか」
「何それ」
「マジか」
彼はしまったという顔で天を仰いだ。オーバーな感情表現だな……と思ったけれど、もしかしたらなにかすごく問題だったのかもしれない。
「あの、攻撃してほんとごめんなさい。怪我……違うか、ダメージとか、鎧とか剣が壊れたりとか、大丈夫?」
「ん。それは大丈夫。このゲーム、プレイヤー同士は攻撃が通らないようになってるから。当たり判定はあるから吹っ飛んだりとかはするけどね」
「良かった。でもほんとにごめん」
「知らなかったならしょうがないって。ゲーム初心者なんだよね?」
「そう。今日始めたばっかりで」
「だよね。顔が見えないとモンスターかもって思うのはわかんなくもないんだけど……頭の上に名前の表示があるじゃん、それが青色だったらプレイヤーだから、それだけ覚えとけば大丈夫」
そう言われて彼の頭の上を見ると、『Surioroshi Daikon』と書かれていた。ローマ字をとっさに読めず、頭から発音して読み上げる。
「す、り、お、ろ、し、……すりおろし大根?」
「すりおろし大根。いい名前だろ? 『AOI』さん」
「食べ物の名前付けるセンスはわかんない」
「いや結構食べ物ネームは多いって、マジマジ」
「ほんと? ……とにかく、ありがとう、大根さん」
急に初心者に後ろから殴られた彼からすると苛立ちや怒りがあってもおかしくないだろうに、丁寧に教えてくれた彼はいい人だ。特に何か形でお礼できない分、しっかりと感謝を伝える。
「大したことじゃないよ。俺も始めたばっかだしさ」
「こんなに詳しいのに?」
「まあ、3日目くらいだし。攻略Wikiとか読んでからプレイするタイプだから」
「そうなんだ。それ、ゲームの中から見られる?」
「あー、じゃあブラウザの見方から……」
その後も色々と教えてもらった。フレンド登録? というのがあるのを見て、「お願いできますか」と声をかけると快諾してもらった。フレンドリストの一番上に書かれた『Surioroshi Daikon』の文字が輝かしく感じる。
「僕はこの後フレンドと合流して遊ぶけど、よかったらアオイさんも来る?」
「いいんですか? ……あ、でもご飯とか食べたい、かも」
VRのUIには生理機能に関するアラートが表示されるようになっている。空腹のマークが右上に点灯しているし、このまま遊びすぎていると警告や強制ログアウトになってしまいそうだった。
「それならもっかいログインしたときにメール機能で呼んでくれたらいいからさ。無理に一緒にとは言わないけど……」
「ううん、嬉しいです。すぐ食べて戻ります。30分後くらい」
断る口実にご飯を使ってるのだと勘違いされたくなくて、思わず身を乗り出して答えた。彼は笑って頷いてくれた。よかった。
「じゃあ、待ってるよ。慌てなくていいから。また後で」
「はい、また後で」
初めて初日でフレンドができるのは、結構調子がいいかもしれない。嬉しさと達成感を感じながら、ログアウトボタンを押した。