審判
「被告の罪状を言い渡す。 其方、神を騙り衆生に広めたことを罪とする。 これに対する罰は追って伝えよう」
「お、お待ちください! 私はただ神の愛を説いていただけです。 それが何故罪になるというのですか!」
とある一室、丁寧に織られた宗教服を着た男とただ黒で固められた服を着た男が向かい合っている。
黒の男の方は幾分高い位置に座っていて宗教服の男を見下ろしながら口を開く。
「其方は、幼少の頃に其方の言う神の愛に触れそこから神を信じる道に入り同時に周りの者へと伝えるようにもなった。 間違いはないな?」
「ええ、 その通りです。 孤児院に居た頃、神の存在を知ってからその道に生きてきましたから」
この宗教服の男、その服装が示すように根っからの宗教家だった。
余程熱心にその道を歩いてきたのか髪はところどころに白いものが見えるものの顔は初老に差し掛かるかといったところで、その体も年を感じさせることのない鍛えられたものだった。
「だとすれば何も間違ってはおらぬ。 やはり其方の人生をその神への信仰と布教に捧げたのではないか」
「神の名を語ることが罪だと?」
「そうだ」
一切の躊躇も淀みも存在しない回答に宗教服の男が面食らう。
「そ、それは真の事を言っているので? 私がこれまで信じてきた、あるいは人がこれまで信じてきた神を語ることは許されないと?」
「そうだ」
宗教服の男の顔が表情を失う。絶望や嘆きでもない、受け止めきれない衝撃が彼を襲っていた。
「言っておくが神は存在しない。 それはどこの、だれが信じるものであってもだ」
言葉を失った彼にさらに襲い掛かる礫。
「あるのはただのシステムだ。 私がこうしているのもただそうあれと定められたからにすぎぬ」
「…あなた方はどうやってそこ存在しているので?」
漸く思考を取り戻した宗教服の男が質問を投げかける。その顔は白い。
「その質問が生殖の事を言いたいのなら、単に2つの性があり交われば子を為すだけだ。 種としての存在のことを問いたいのなら、ただ在った、そういうものだ」
「それは最初の、起源が不明だと?」
「それは正しい。 しかしそれは神の存在を肯定はしない」
表情が戻りつつあった男の問いかけはあっさりと否定される。
しかしそれで諦めるようなやわな精神ではなかった。
「最初が不明だというのならそれは神が作り出したのではないですか?」
「勘違いするな、といっても知るべくもないか。 我等は其方の種族とは違いかつての者たちの記憶を有している。 その中には神なんてものの存在は一度も確認されていない」
「種としての最初の個体からの記憶を受け継いでいると?」
「そうだ。 幾らその記憶を見たところで我等を作った神など姿も見えぬ」
「…だったら、何故。 なぜあなた方はこんなことをしているのですかっ!」
その言葉は荒かった。己の理解を超えた頂上の話のせいか、動揺のせいか彼の人生では考えられない程のものだ。
「そういうものだからだ」
「…そういう、もの?」
予想外の返答に驚きを通り越して間抜けな声が出る。
「其方は食事をし、眠りにつく意味を考えたことがあるか。 我等がこうしているのは其方の食事とほぼ同義よ」
「それが生きることの一部だと?」
「その通りだ。 我等はここで其方の生前の罪を裁きそれに見合う罰を与える。 そうして生きながらえているのだ。一つのシステムとしてな」
言葉は出ない。ただただ唇を噛む。
「ところで気になっているのだが、其方は己の罪を正しく認識しているか?」
とぼけたような問いかけに怒りが湧いたのか、修道服の男の顔が一気に赤みを増す。
「ふざけないでください! 神を信じたこと、そしてそれを広めようとしたこと、それが私の罪なのでしょう!」
「ああ、やはり。 其方は認識を違えている」
己が怒りもあっさりと流したうえでの言葉にただ聞き入るしかなかった。
「其方の罪は、ただ偽りの神の存在を他の者に説いたことだけよ」
ゆっくりと言葉が体に、脳に染みていく。
漸くその意味を解して宗教服の男が口を開く。
「だとすれば私が神を信じるのは罪ではないと?」
「そうだ」
男の顔に笑みが浮かぶ。
「されば今、この場で伝えよう。 其方に与える罰は一つ、其方の信じる神の存在を信じ続けよ、この死者の国でな」
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