プリンスとポルシェ 4
R32スカイラインGT-Rは、母親の思い出話に没頭していた。素直な彼女は、いっぺんに魅了されたのである。
「すっげー! 凄いね、お母さんはポルシェから勝負を挑まれたって感じかな? それで? それで、それで、レースはどうなったの? 結果はどうなったのかな? 早く続きを聞かせてよ!」
「ほほほ、あなたって子は……! レースの話になると血が騒ぐのねぇ! いいわ。焦らないで聞いてもらえる? 今からゆっくり話してあげるから。……そして運命のレースの日がやってきたのよ」
第2回日本グランプリの日。このレースは何もかもが特別だった。観客席にはレースファン達が押し寄せ、割れんばかりの歓声をクルマ娘たちに向けて轟かせていた。黎明期のグランプリは、現在と比べて、格段に違う注目度と熱気に満ち溢れていたのだ。
パドックで子羊のように縮こまるプリンス・スカイラインGTは、大方の予想通り震え上がっていた。
「や、やばい。すごい緊張してきた。どうしよう……ねえ!?」
レース監督でやって来た顧問の先生やドライバーと呼ばれる指導員、補給、医療班の生徒達はチーム一丸となってプリンスの走りを支えていた。
「今更、何言ってるんだ? 全力でぶつかってこい!」
「そんな~……。生沢ドライバーさんだって緊張してるくせに」
41番のゼッケンを付けたサーキット専用服で走るプリンス・スカイラインGTは、可愛らしい私服で応援に来た五十鈴ベレットGTに発破を掛けられた。
「がんばって! トレーニングの成果を発揮して、名を上げる絶好のチャンスよ!」
「それは分かってんだけど……」
その時、ふくよかな胸にゼッケン1番を輝かせる、金髪のクルマ娘がパドックに姿を現わした。
神に祝福されたかのような伸びやかな肢体、輝く笑顔、眩しいボディラインにフィットした競技専用服姿のポルシェ904こと、ポルシェカレラGTSその人であった。
「プリンス! いよいよレース本番ですネ。スズカサーキットで一緒に走れるコトを、とっても嬉しく思いマス!」
「いや~、ずいぶん余裕だね。当たり前か~。私はこの体たらくだよ」
顔面蒼白のプリンスを見かねたのか、ポルシェ904は心配そうに駆け寄ると、彼女の手を取り、俯きかげんの額に優しくキスしたのだ。その一部始終を目撃した、パドックのスタッフから驚きの声が上がる。
「大丈夫ダカラ! お互いに全力を尽くして、がんばりマショウ!」
「カレラ……!」
「アリガトウ、プリンス・スカイラインGT。……やっと私のコトを名前で呼んでくれたネ」
プリンスはスポーツマンシップに裏打ちされた、ポルシェの暖かさに心打たれたのだ。そして覚悟を決めたかのようにパドックから出撃すると、二人並んでスターティンググリッドに臨んだのであった。