プリンスとポルシェ 2
母親の煌びやかな記憶は、彼女を過去の世界へと誘った。
ここは、かつての私立名車女子学園の高等部。
教室にいるクルマ娘の一人、プリンス・スカイラインGTは躊躇していた。
それもそのはず。窓際に佇む金髪の留学生、ポルシェ904の横顔は絵画のように美しく、同性でも思わず見とれてしまうほどの美貌であった。触れてはならない高貴なオーラさえ漂わせている。
ついに痺れを切らせた小粋な美少女、五十鈴ベレットGTがプリンス・スカイラインGTを焚き付けた。
「ほら、プリンスさん! ポルシェさんに日直当番の説明をしちゃって!」
「ええ~! 何だか話しかけにくいよ。私なんか相手にされるかなぁ」
「何言ってんの! 日直当番のペアに当たったんだから、姫と仲良くなれるチャンスよ。さあ、行ってきなさいって!」
「ひょえええ~!」
ボブカットの小柄な五十鈴ベレットGTに背中を押されるように、プリンス・スカイラインGTはポルシェ904の前に躍り出た。
「こ、こんにちは、ポルシェさん。え~と、実は今日、私達二人は日直当番なの。一緒にがんばろうね?!」
しばらくキョトンとした後、プリンスの事をつぶさに見たポルシェは碧い目を細めた。
「ええ、分かりまシタ。プリンス・スカイラインGTさん。色々よろしくお願いしマス」
「こちらこそ……、よろしくね。ポルシェさん」
緊張気味のプリンスに、ポルシェは屈託のない笑顔で接してくれたのだ。
「あら、意外と……」
「私が、どうかシマシタか? プリンスさん?」
「い、いいえ! 気になさらないで下さいまし。 何でもないのでございますことよ! お、おほほほ!」
それから二人で黒板を消したり、学級日誌を書いたりしているうちに、すぐに昼休みの時間が訪れた。プリンスは思い切って一緒にお弁当を食べようと、ポルシェが座る席の隣に陣取ってみた。
「あ、あのポルシェさん……。お隣で食べてもいいかしら?」
「……ドウゾ」
いつも一人で食事していたポルシェ904は、少し驚いたような表情を見せた後、気さくに接してくれたのだ。
「あら、サンドイッチに切ったリンゴ……」
「ドイツ人だからとイッテ、毎日ソーセージやザワークラウトを食べているワケないジャナイデスカ」
「ふふふ、そうね。日本人だからといって、毎日スキヤキや天ぷらを食べてるはずないもんね」
「ワタシは日本に来るマデ、日本人は毎日スシを食べていると思っていまシタ」
「あはは! そうなの? スシは毎日食べるには、結構お金がかかるのよ、ポルシェさん」
「そうなのデスか!?」
『あはははは……!』
「――こうして私達は、すっかり打ち解けて、仲良くなったの。壁を作っていたのは彼女ではなくて、私達の方だったのよね」
「スゴいね、お母さんはドイツ人の友達がいたんだ。しかもポルシェ!」
「毎日が新鮮な驚きに満ちていた! 異文化交流って言うのかしら? 他の娘達は、自分とは次元が違うって言うか、比べられるのが怖くて気が引けていたみたいだけど」
「まあ、今と比べて外国のクルマ娘のレベルが、ケタ違いに高かったからね」
「いつも彼女と一緒に行動して、友情を深め合っていたわ。自宅に招待された事もあるのよ。もちろん日本の事もいっぱい教えてあげたけど、彼女は名門らしく優秀で、あっと言う間に理解して行動していたわ」
「さすがだねェ。今も昔もポルシェ様は……」
「そして運命の日が近付いてきたの……。クルマ娘達の晴れ舞台、第2回日本グランプリの日が……」