甘い罠
すぐさま汗まみれのランチア・デルタは、誰もいない更衣室へと向かった。そして鞄からスマホを取り出すと、誰かに連絡を入れたのだ。
「――はい、こちらクーペ・フィアットです。なかなかいい試合ですね、目が離せませんよ! それはそうと、素晴らしい走りでしたね。お疲れさまです、デルタさん」
「まだ試合は終わっちゃいないよ。って言うか、あなた今どこにいるの? 例の作戦を実行するよ」
「ちょうどいい所にスタンバってますけど……え~? マジでやるんですか? やめといた方がいいと思いますが……」
「わざとらしくならないように、十分に気を付けてね。我が校きってのオペラ部のエースである、あなたにしかできない事なんだから」
「いや、こんな事に演技力を発揮したくないのですが」
「何言ってんのよ! 伊太利屋女学院が競技で惨めな敗北を喫してもいいと思ってるの? これは私達の名誉を守る戦いでもあるのよ!」
「う~ん、分かりましたよ! やればいいんでしょ、やれば!」
スマホの通話を切った伊太利屋女学院のクーペ・フィアットは個性派の美少女だった。沿道の観客に紛れるためにデニムパンツとTシャツのラフな格好を装っていたが、栗色のロングヘアーを纏めてお団子状にしたヘアスタイルを含めて、可愛らしさは際立っていた。
そして深い溜め息をついた後、キョロキョロと周囲を見回し、自らに課せられたミッションの重さを呪うのだ。
「バレないようにするには……至難の業ね……」
クーペ・フィアットはラリーコースを丹念に下見して、人通りの少ない路地裏に目星を付けていた。
「ああ~! 急に目眩が!」
何と横断歩道の、ここぞという場所を選んで倒れ込んだ。もちろん周りには警備関係者はおろか、観客さえいないような場所だ。手にしたスマホからはレース実況のナレーションが響く。
「アンカーを任された豊田セリカGT-FOUR RC、快調に飛ばしております! かつてこんな急成長を遂げたクルマ娘がいたでしょうか。今の所、ノートラブルで順調にラリーをこなしているようです!」
多数の中継ドローンを伴いながら、噂の豊田セリカGT-FOUR RCが皆の声援を背に、超高速で裏通りに差し掛かってきた。
「ひゃあああ! 誰ですか? 道路の真ん中で寝ている人は~?」
セリカGT-FOUR RCは、路上に横になっているクーペ・フィアットを間一髪で避けて通過した。
「ごめんなさ~い! 今はラリーに集中したいんです~!」
そう言いながらもセリカGT-FOUR RCは、誰か助けてくれそうな人を走りながら探した。だが、どういった訳なのか、ここには誰一人としていない。
「んんん~~~!」
次に中継カメラに写ったのは、徐々にスローダウンしてゆくセリカの姿であった。何と彼女は、走るのを中断してUターンすると、倒れているクーペ・フィアットの元へと駆け寄ったのだ。
「だ、大丈夫ですか~? ……きゃっ!」
にわかにクーペ・フィアットから抱き付かれたセリカは、驚いて尻餅をついてしまった。




