吸気・圧縮・燃える心
何の屈託も感じられない豊田セリカGT-FOUR RCの台詞に、耳を疑ったランチア・ストラトスHFは、思わず彼女の顔を正面から睨み付けた。
――どうした事だろう。その純粋かつ自信に満ち溢れた視線に圧迫され、つい目を逸らしたくなる衝動に駆られる。
「一応訊いておきますが……。それは勝利予告宣言と受け取ってもよいのかしら?」
いたくプライドを傷付けられたストラトスは、ふつふつと湧き起こってくる怒りに満ちた表情に一変した。だが憤怒の感情に支配されても、その美しく整った顔立ちは醜く歪む事はなかったのである。
いつもの弱気を克服したセリカは、沈黙をもって自らの意思を示した。
「……いいでしょう。ですが、もし我々伊太利屋女学院チームがこの試合に勝利した暁には、何でも一つ要求に応えて貰いますから」
「……それは初耳、と言いたい所ですが、伝統的な暗黙の了解でしたね」
「そうです。あなたが大切に思っている人……生徒会長さんは、とても素敵な方ですね」
「えぇっ……! 豊田2000GTさんに、何をするつもりなんですか?」
「私はこの学園の花を頂いて帰る予定です。彼女と私は、初めて出会った時から結ばれる運命だったのですよ」
「それは……認められません!」
「ふふっ! チェリカさん、あなたが認めようが認めまいが、それは何の関係もない事なのです」
「くっ! ……それでは私達が勝った時には、あなたが大切にしている物を貰います」
「まあ! それは何かしら?」
セリカは、黙ったまま向こうを指差した。そこにはランチア・ラリー037に抱かれた赤い象のぬいぐるみがあったのだ。
「あのランニング・エレファントが欲しいの? あれは私が幼少の頃から肌身離さず大切にしている物よ。もちろん、あげる訳にはいかないわね」
「それは、こっちも同じです!」
「いいでしょう、お互い大切にしているモノを掛けての勝負といった所でしょうか……!」
火花を散らす真剣なやり取りは、残念ながら俯瞰映像を主とするドローンのマイクでは拾えなかったようだ。学園のモニターからは煽り合戦の状況だけが伝わってきた。
「おおっと! 何やら両者の間で、わだかまりが起こっているようです。熱い! 熱すぎる~! これも勝負に対して人一倍燃え上がる、クルマ娘が持つ魂の叫びかぁぁぁあああ? 悲しい性なのかぁぁぁあああ?」
一方で自分が勝負のネタにされているとは、つゆ知らずの豊田2000GTが、スタート前のセリカを大きな目で祈るような気持ちで捉え続けている。
「セリカさん……!」
「――5・4・3・2・1……今、スタートを切りました!」
セリカという名の白い矢が放たれた瞬間、全てを置き去りにするかのように、猛烈にダッシュしていった。
熱き血潮が全身に酸素を巡らし、フル回転する心臓が唸りを上げるようだ。




