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クルマ娘キュートレーサー  作者: 印朱 凜
プロローグ
3/85

白いコスモ・スポーツ

「松田コスモさん、私に用事って何かしら?」


 彼女(コスモ)は自慢の長い黒髪を後ろで束ねて、ポニーテールにしている。そのテールの長さは2000GT以上である。

 たぶん聞こえているはずなのに、知らんぷりで花壇に咲き誇る百合の花を愛でていた。

 少し溜め息をついた豊田2000GTが、風に乱れたロングヘアーを()()()あたりから指先で梳くと、合わせたように松田コスモはゆっくりと振り返ったのだ。つぶらな瞳と薄色の唇に不敵な笑みを浮かべながら……。


「豊田ぁ~、わりゃ、うちの事、田舎モンじゃけぇ馬鹿にしちょろうが?」


「……松田さん、そんな『この世界の片隅に』みたいな方言を使わなくても、普通に標準語で話せるでしょう?」


「ふふ! その通りよ、豊田さん。いいえ、そう呼んでも良かったのかしら?」


「……!? それは一体、どういう意味?」


「実はね……、私、偶然に知ってしまったの。あなたの秘密を……!」


氷の微笑が2000GTの心をザワつかせた時、コスモは堂々と両手を腰に当て、走ってもあまり揺れないという自慢の胸(ロータリーエンジン)を張った。


「あなた……豊田ではなく、本当は山葉(ヤマハ)と名乗った方がいいんじゃないの?」


「…………!」

 

 思わず2000GTはショックで仰け反った。知られたくなかった出生の秘密を、最も知られてはいけない人に握られた心境だ。


「音楽家の山葉(ヤマハ)氏と道ならぬ恋の末にできた娘……それが、あなたの正体」


「もうやめて!」


 2000GTはいたたまれなくなって耳を塞ぐと、その場にしゃがみ込んでしまった。


「あなたの卓越したその美しい姿、ピアノのように光沢のある髪も鍵盤のような白い歯も歌声も全て……父親から受け継いだ物なのね」


「やめてったら!」


「私のオリジナリティーに比べたら、あなたの持つ華やかさも……!」


 その時、カラスの東次郎を追っかけていた豊田スポーツ800(ヨタハチ)が、背後から全速力で松田コスモにぶつかりそうになった。


「危ない!」


 思わず2000GTは眼前のコスモに飛び付いて事なきを得た。二人は絡み合うように芝生に転がると、抱き合ったまま暫く動くこともできない。

 コスモの上から四つん這いで覆い被さるようにロングヘアーを垂らす2000GTは、姉のスポーツ800を大声でたしなめた。


「もう! お姉様! 学園にペットを連れてくるのは禁止!」


「ごめんよ! アイツ飛ぶのが速いの。急ぐから、じゃね!」


「まったく、しょうのない(ひと)……」


 軽く溜め息をついた後、ギョッとしたのは2000GT。

 コスモを押し倒した格好になっており、下になった彼女と見つめ合ったまま心臓(エンジン)の音を昂ぶらせた。


「ごめんなさい……」


 恐る恐るコスモの両脚の間に入った膝を、どかせようとした矢先、何と2000GTはコスモに両腕でギュッと強く抱き締められた。


「ちょっ!! コスモ……さん?!」


 心なしかコスモの両目は潤んでおり、その頬はほんのりと紅潮していた。(エンジン)(エンジン)がピッタリ重なり合い、お互いの鼓動が一つに感じられたが、コスモの胸の方がコンパクトでドキドキが穏やかなように思えた。

 先に口を開いたのはコスモ。


「どうしてなの……?」


「へっ!?」


「どうして、ひどい事を言った私を助けてくれたの?」


 視線を泳がせた2000GTは、コスモより真っ赤になって答えた。


「助けたも何も、私はただ……、姉がぶつかって怪我しないようにしただけですわ」


 体を起こそうとした2000GTに追い討ちをかけるように、今度は首筋に両腕を絡めてきた。


「ひっ!?」


「私……私、本当は、あなたにずっと憧れ続けてきたのかもしれない」


 耳元で語りかけてくるコスモに、2000GTの両腕の力が抜けてくるのが感じられる。


「私、あなたのようになりたかったのかもしれない。あなたの事を追いかけたかったのかもしれない……」


「コスモさん……」


 見つめ合い、(エンジン)の鼓動が最高潮に達しようとする頃、お互いの桜色した唇が求め合うように重なり合おうとする……。




「ちょっと! あんた達! 芝生の上で居眠り禁止でしょ!」


 小さいが貫禄のあるオバ様、鈴木の事務員ならぬ鈴木ジムニーさんに叱られて2000GTはハッと我に返った。


 こうして私立名車女子学園のときめいた昼下がりの一日は、今日も終わりを告げたのだった。


 


 

 



 




 

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