セリカ登場
うららかな季節が巡ってきた穏やかな午後。大徳寺学園長からの急な申し出に、ほとほと困り果てた豊田2000GTは、授業中も休憩の間も一日中考え込んでしまった。
『う~ん、伊太利屋女学院のランチアか……。確かラリー界において知らぬ者がいないほどの、超有名な三人よね……』
ラリーの世界では脱兎山がそこそこ名を馳せていたが、才色兼備な豊田2000GTにはツテがあった。私立名車女子学園においても、名だたる豊田一族に名を連ねる後輩の一人である。
昼休みの時間、少し教室が空いているタイミングを見計らっての突入を敢行した。そうでなければファンの多い豊田2000GT目当ての女子達が何かと群がって来て、にっちもさっちも行かなくなるからである。
「セリカさん! ちょっとお話しが……」
突如教室に現れた生徒会長に驚き、スマホを床に落としそうになったのは、ごく普通の女子生徒だった。スタイリッシュな髪型の豊田セリカは、一見スポーティーな雰囲気だが、平均的な体格に加え、勉強にスポーツと飛び抜けた才能もなく……ありふれた少女なのである。
「急に何なんですか? 生徒会長、いや2000GTさん。何か怖いじゃないですか!」
「あなたを見込んでの頼みなの。ちょっと来て……」
「ひえええ~!」
うまく誤魔化して逃げ出そうとするセリカを、その場にいた友人の本田プレリュードと日産シルビアが両脇から捕まえると、有無を言わさず生徒会長に引き渡したのだ。
「ちょッ! ちょっとアンタ達! こ、この裏切り者めが~!」
「会長、どうぞご遠慮なく。セリカ、行ってらっしゃ~い!」
それから異様なまでに警戒し、取り乱すセリカを屋上にて落ち付かせるため、ずいぶんと時間を要してしまった。
「――ええ~!! 私があの伊太利屋女学院のランチアとラリー対決?! 無理無理無理、絶対ムリ~!」
やはりセリカは両手をぶるんぶるんと振りながら、全身で拒否したのだ。だが、そんな事は当然のごとく想定内だった。
「私ではちょっと役不足なの。豊田家の親類ではあなたしか頼める人がいないのよ。ねっ? お願い! どうかこの通りですわ」
何と豊田2000GTは、セリカの前で跪いてまで懇願した。この予想外の態度に、セリカは口をパクパクさせながら言った。
「に、2000GTさん、やめて下さい。顔を上げて下さい。もう、ホントに泣き落としなんて卑怯ですよ」
「私……いえ学園に残された時間はあまりないの。もう、こうする他は手立てがないくらいに」
「分かった、分かったから……。豊田一族のレジェンドがやる事じゃあないですね」
膝の埃を払いながら立ち上がった豊田2000GTは、眼前にいる制服セリカの両肩に優しく触れた。同性でも思わず見惚れる2000GTの神がかった美しさに、後輩は思わず赤面して息を飲んだ事は言うまでもない。
「安心して! 何も本格的なラリーで親善試合するなんて誰も言ってないし。要するに何の勝負でも構わないはず! いや、私の力で何とか認めさせてみせます。このくらいのハンデがあっても、いいに決まってる!」