ABCの駆け引き
スタートの合図に名乗り出てくれたのは、大発コペンだった。ABCトリオより少し歳下だったが、もし同級生であれば、その丸顔の可愛らしさから、間違いなくABCCカルテットを結成していたであろう。
「ではでは~、もう用意はええんやろか? 先輩方~! ほな、いきまっせー!」
チェッカーフラッグ代わりのサッカーボールを、垂直に高く蹴り上げたコペンは、落下地点を凝視した。地面に着いた音がスタートの合図である。
やがて来る着地音に耳を澄ませながら、スタートラインに並ぶ三人は腰を上げて力を溜めた。
「うおおおりゃあああ!」
ボールが弾む音と、ほぼ同時に急発進をキメたのはビートだった。他の二人は、ついついボールの軌跡を目で追ってしまったので、スタートダッシュの集中力を欠いてしまったのだ。
ビートの加速力は大したものではなかったが、フライングになるギリギリを攻めて、後の二人を引き離す作戦のようだ。
この草レースを観戦中の大徳寺学園長は、隣の麗しき生徒会長に聞かせるような独り言を、さり気なく呟く。
「カプチーノもAZ-1も後からターボが掛かってくるタイプだね。だからビートは、できるだけ先行しないと勝ち目はない」
「……学園長!? ひょっとして生徒達を知り尽くしていらっしゃる?」
豊田2000GTの、学園長を見る目が一変した瞬間である。
予想通り、オーバルコースを半周するまでに徐々に加速してきた二人は、あっと言う間にビートを同時に抜き去っていった。全くもって同じ心肺能力かと思われる程に、カプチーノとAZ-1の能力は拮抗していた。
「ちょっとおおお! 待ちやがれえええい!」
ビートも必死に食い下がろうと脚の回転を早めて頑張るが、その差は徐々に開くばかりで、縮まる事はなかったのだ。そんな中、僅かな差でトップに立つカプチーノの後ろでAZ-1が左右に動き、抜き去るタイミングを見計らっている。
「でも一着は譲らないんだから!」
「内が駄目なら外から抜いちゃうよ!」
野次馬のような多くの声援に混じらない、学園長の澄ました一言が、やけに豊田2000GTの耳に残った。
「どうやら勝負の行方は……最後のカーブにありそうだな」
そんな学園長の言葉通り、きびきびとしたコース取りでカプチーノのすぐ後ろに食らい付いたAZ-1が、勝負所のゴール前のカーブにさしかかる。
スピードの出し過ぎでカプチーノは若干、大回りとなってしまった。
「よし、ここだあああっ!」
チャンスを見逃さなかったAZ-1は、カプチーノの脇にできた隙間から一気に前へと踊り出た。
教室の窓から、校庭から、生徒達の黄色い声が湧き起こる。