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クルマ娘キュートレーサー  作者: 印朱 凜
エピソード0
12/85

羊の皮を被った狼


 プリンス・スカイラインGTは雷に打たれたように呆然と硬直していたが、やがて先生の制止も聞かず、全力で教室を飛び出した。握り締めていたポルシェからの手紙の内容が、彼女の頭の中に去来する。


『親愛なるプリンス・スカイラインGTへ。

 この手紙を読んでいる頃には、もう私はドイツ行きの飛行機に乗って、大空を旅しているかもしれません。

 さよならも言わず日本を去ってしまう事を、どうかお許しください。

 みんなと、いいえ、あなたと別れるのが辛くて、どうしても言い出せなかったのです。

 私は最終日を、あえて普段通りの穏やかな一日とする事に決めました。

 

 あなたは孤独だった私に声を掛けてくれた最初のクルマ娘であり、それから唯一の友達でもありました。

 私の楽しかった日本での思い出は全て、大好きなスカイラインと共にあります。

 そんなあなたに、私から素敵なプレゼントを差し上げます……』


 ――無我夢中で階段を駆け登るプリンスは、廊下中に響き渡る声で叫び続けた。


「うおおおおおお! カレラアアアアアア! 何でぇ!? 一体どうしてなのおおおおおお!?」


 自然と涙が溢れ出してきて、視界が白色に滲んだ。


『日本グランプリという大きな舞台のレースで、たとえ一周でも私を追い抜いて一位となったら、ポルシェよりも速い驚異のクルマ娘として日本中に報道されます。その結果、世間の注目を一身に浴び、この上ない名声と地位を得るはずです。

 そう、あなたは今から伝説となるのです……』


 ――怒りと悲しさが、ない交ぜとなり、心が潰れそうになったプリンスは、喜びや感謝など微塵も感じる事ができなかった。

 

「そんなの、ちっとも嬉しかぁないよおおおおおおっ! あたしは、ただ! ただあなたと、全身全霊を掛けたレースでぶつかり合い、実力で勝利を掴み取りたかっただけなのにいいい!」


 各階の先生とクルマ娘達が、一斉に何事かと教室から顔を覗かせた。


『これが私からあなたへ贈る最後のプレゼントになります。どうか謹んでお受け取りください。またいつか、お会いできる日を楽しみにしております……』


 ――屋上へと続く階段が、プリンスには無限に長く感じられた。


「うおおおおおお! よくも! よくも手加減したなああああああ! 全力の真剣勝負だったのにいいいいいい!」


 学園中に響き渡るプリンスの絶叫に、ほぼ全ての学年のクルマ娘達が騒然とした。豊田2000GTの似てない妹である1600GTが口をパクパクさせる。


「何なの? あの獣みたいな叫び声は?」


 駆け登ったそのままのスピードで扉を叩き開け、屋上に飛び出したプリンスは、大空を仰いで飛行機の影を探す。

 全校生徒がこっそりと隠れながら屋上まで追いかけてきて、恐る恐る事の成り行きを見守った。


「ちっきしょおおおおおおおおお~っ! 戻ってこ〜い、カレラアアアアアア! そんで、あたしと……もう一回、正々堂々と勝負しろおおおおおおおおお~っ!!」


 はるか上空には、白い機体がゆうゆうと成層圏近くを飛行していた。

 それは無垢な青空に、チョークで引いた線のように長々と飛行機雲を残すのみで、何も答えてはくれなかった…………。







「……へ~え、そんな出来事があったのか。正にスカイライン伝説の始まりだね、お母さん!」


 R32スカイラインGT-Rは、母親が忘れたくても忘れられない青春時代のエピソードをずっと興味深げに聞き入っていた。


「まあ……おかげさまで、今の私があるっていうのかな? GT-Rっていう子にも恵まれたし。……彼女には感謝しきれないわね」


「ポルシェさんは、今どうしてんだろうねぇ?」


「……これで私の昔話はおしまい。さあ、R32スカイラインGT-R! 私は夕飯の準備に忙しいから手伝ってくれる?」


 さっと台所に向かおうとした矢先、GT-Rは母親の方に向き直った。


「そういえばさぁ~。もう一つご近所さんからの噂話があるんだよね。何でも、お父さんはフランス人と不倫した挙げ句、スカイラインじゃないGT-Rをもうけたっていう……」


「もう、これで昔話はおしまいって言ったでしょ!!」


 鬼のような形相に変貌した母親に、信じられないほどの大声で叱られた。

 

 正に――「羊の皮を被った狼」そのものだ、とR32スカイラインGT-Rは思い知ったのだ。










  スカイライン編・おわり





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