サンジェラル本部の壊滅と覚悟の一歩
リッシュがダーラ中将を、リースがアーリアン中将を、そしてクロビがパトリシア中将を倒し、両軍共に息も絶え絶えな状態であったが、次第に亜人族が押し返し、ドーバル軍は壊滅状態へと追い込まれていた。
一方でクロビはリッシュと合流すると、お互いにボロボロの状態ではあったが、魔動機を起動させてドーバル軍事施設・サンジェラル本部へと向かった。
「そういえばリッシュ、その眼は覚醒したのか?」
クロビが視線を送る先には銀眼と青眼のオッドアイ状態となったリッシュが居る。
「ああ、エリネールが言ってた事が分かった気がするぜ。 怒りが爆発したらこうなった」
「ならちょうどいい。 良いタイミングで覚醒してくれたよ」
クロビはリッシュの覚醒に不敵な笑みを浮かべて視線を前に戻した。
「おい、何考えてんだ……? 言っとくが、まだ身体は動かねぇぞ?」
「はは、心配いらない! 欲しいのは身体ではなく、魔力だからな!」
「うわぁ……出たよ、クロの鬼状態」
「おいおい、人聞きの悪い。 まあとりあえず上空で待機って事で頼むよ」
「はぁ~、分かったよ! 全く……」
リッシュは器用に魔動機の上でぐでーんと横になり、そのまま飛行している。
そもそも魔力を流せば動くものではあるが、それだけ疲労困憊なのだろう。
「そろそろ着くぞ。 寝るなよ?」
「おう! 指示待ちの間はゆっくりしてっから任せた」
「うっし、じゃあ行くか!」
クロビはリッシュを残し、上空から一気にドーバル施設へと急降下していった――
※ ※ ※ ※ ※
≪ドーバル軍事施設・サンジェラル本部≫
「状況は?」
「はっ、既にこちらの軍はほぼ壊滅となり、将官達も……」
「そう……パトリシアは?」
「それが……仮面の男に敗れ、そのまま獅子団長ライアンによって本陣内へと連れて行かれたと」
「くっ……」
ルルナリアは下唇を噛み締め、ドーバル軍の敗走という事実を受け入れた。
しかし、パトリシアが敗れた事実、そして本陣へ連れて行かれたという情報はルルナリアの心を掻き乱していく。
実際、ドーバル軍が勝とうが負けようが本人にとってはどうでも良かったのだが、パトリシアという存在を失う事はルルナリアにとっては耐え難い。
故に必死に頭を働かせ、現状を打破する方法を考えるのだが……既に戦力が大きく削られてしまったサンジェラル本部にはその力がなかった。
「しばらく一人にしてちょうだい」
「はっ」
現状報告を受けると、人払いをしてルルナリアは倒れる様に椅子に腰を下ろした。
「はぁ……こんなはずじゃ……パトリシア……」
戦の勝ち負けに拘りはない。しかし、自分の目的を果たす為には功績が不可欠でもある。
しかし、敗走という結果とパトリシアを失ってしまった事でルルナリアは不安と焦りが入り混じり、正常な判断が出来なくなってしまっていた。
次第に膝を抱えて蹲っていく。
そして、その状態のまま数十分が経過した時、ギギっと音が響いて突然室内に風が吹いた。
「風……?」
「お前がルルナリアか?」
「っ――!?」
ルルナリアは突然の声にバっと顔を上げると、目の前には仮面を被った何者かが立っていた。
「仮面……紅眼っ!!」
「おいおい、戦争中に膝抱えて丸まってても何も解決しないぞ?」
「う、うるさい! ここで私が貴方を討ち取れば解決する!」
「それはただの当て付けだ。 そもそも戦争したくないんだろ?
なのに何故コルトヴァーナを襲う?」
「貴方には関係ない事よ! パトリシアを返しなさい!」
ルルナリアは腰に下げた剣を抜くと、勢いよくクロビへ斬りかかった。
キン!
しかし、クロビは躱す事もせず、ただその場に立ったままだった。
そして、ルルナリアの一振りはクロビのコートに傷一つ付ける事さえ叶わず、防がれてしまった。
「くっ、うわぁぁあ!!」
何度も剣を振るうがまるで力が入っていない。
やはり、パトリシアの言うように戦いには向いていない人間なのだろう。
「一つ良いか?」
「はぁ、はぁ、……な、何よ……」
ルルナリアは攻撃が攻撃になっていない状況に諦めの表情を浮かべ、クロビの言葉を待つ。
「お前のそのやり方でドーバルを止められるのか?」
「っ――!? ど、どうしてそれを?」
「パトリシアから聞いた。 全部な」
「そ、そう……」
やがて、ルルナリアは勝ち目がないと悟り、へたっとその場に座り込んだ
「だが、お前のやり方は間違ってる。 戦いを無くしたい、その思いは立派だと思うが、結局やってる事はそれに反してるだろ」
「……何よ! 知った様な事を言って!」
「なら聞くが、お前はドーバルを変える為に何をした?」
「っ……、仕方ないじゃないっ! 力のない私でも慕ってくれる部下達がいる。 母も願ってる。 それを叶えてあげるのも私の役目なのよ!
だから! だから必死に努力をして今の地位にいるの!
でも……でも……」
ルルナリアは涙を浮かべながらも必死に自分の想いをクロビへ訴えかけていく。
「要するに、お前は中途半端なんだよ。
部下とか母親とかじゃなくて、先ずお前の目的は何だ?」
「私の目的……戦争のない平和な世界……人族でも亜人族でも、皆が安心して過ごせる世界……」
「勿論、その理想を叶える為に力で支配する方法もある。
だが、目的は違うにしてもその支配をしているのはゴルバフだ。
なら、ドーバルで地位を上げる事が重要じゃなくて、先ずはその根源となるゴルバフを止める事が目的になるはずなんだよ」
「でも、私にそんな力はないの!」
「おいおい、言ってる事めちゃくちゃだな。
力がない、だったら地位を上げても同じじゃないのか?」
「もう……分からない……どうすれば……」
実際にルルナリアは武を持たない。
軍人としての訓練や、戦闘術は身に付けているのだが、それでも基本的に自分が戦場に出る事はほとんど無かった。
であれば、何故大将という地位にいるのか。
それは、単に運が良かったのもあるのだが、前サンジェラル本部所長であったガルベーダ・ドラグリア大将の補佐をしていた事で、ガルベーダが戦死した際に自動的に大将へと昇進し、所長の座に就いた。
また、ルルナリア自身に力はないのだが、戦術や戦法を考えるのが得意だった。
所謂、軍師的な立ち位置で奮闘してきたのだ。
それ故に、戦自体は自分の補佐として入隊させたパトリシアに任せ、頭脳のルルナリア、武のパトリシアという形で功績を上げて来た結果が今なのである。
「でも……大将と言う立場になって分かった。 ゴルバフ元帥閣下の存在が大き過ぎて戦を止める事が出来ない。
誰も平和を口にする者はいない。
大将と呼ばれる者達は皆が野心家であり、戦闘狂だから。
私は行き詰ってしまったのよ……」
「俺はな――」
クロビは基本ドーバルの人間に対しては容赦なく武器を振るってその命を奪っていく。
だが、目の前のルルナリアだけは殺す事なく、初めてドーバルの人間に旧ドーバル軍事要塞を壊滅させた理由を話した。
「――だから俺はゴルバフを、そしてドーバルを潰す為にこうして動いてるんだよ。
お前に足りないのはその覚悟と行動だ」
「ごめんなさい……貴方にそんな経緯があったなんて……
そうね。 私には覚悟が足りない。 きっと、志が高すぎたのね……
ねぇ、お願いがあるのだけど……」
「何だ?」
「私を殺して」
「は?」
ルルナリアは突然、自分を殺して欲しいとクロビに告げた。
「既にサンジェラル本部は壊滅。 パトリシアも捕まった。
この状況を元帥閣下に報告すれば、恐らく私は降格になるわね。
それに、もう自分で自分の野望を貫く方法が見付からないの。
だったら、生きていても仕方ないわ。
これまで沢山の命を奪った償いとしてはちょうどいいもの……」
すると――
パン!
「っ――!?」
ルルナリアの頬が徐々に熱を帯びていく。
「死ぬ事はただの逃げだ。
少なくともお前を慕い、力を尽くした奴らもいたんだろ?
それはパトリシアも同じだ。
なのに皆を巻き込んだ当人が死んで逃げようとするなよ。
生きて抗えよ。 目的の為に、これまで命を奪った者達の為に必死に!」
ルルナリアはクロビに叩かれた頬を手で押さえ、下唇を噛み締めながら涙を流していく。
「うぅ……どう、すれば……」
「一つだけ提案がある」
「てい、あん……?」
「ここでお前は紅眼に殺された。
だからルルナリア大将殿は討ち死にになるんだ。
で、パトリシア連れて一緒に来い。 仮面三人組は今、組織を作ってる所なんでな。
お前達ならある程度ドーバルの情報も持ってそうだし、どうだ?
平和な世界、ドーバルに怯えない世界を一緒に作る気がまだあるならだけどな」
「私……良いの? 一緒に行っても……?」
「平和の作り方は一つじゃないだろ。 それに、ここに居たって結局何も出来ないんだろ?
なら俺達と一緒に作ろう。
と言うか情報をくれ!って言うのが一番の本音なんだけどな」
ルルナリアは少し考え、首をふるふると横に振ると「私でも、平和を作れるかしら?」と涙を浮かべながらクロビを見つめた。
「作れるかどうかじゃない。 作るんだろ?
パトリシアとの約束なんだし」
「……分かったわ」
ルルナリアはクロビの差し出した手を取ると、立ち上がって涙を拭った。
「ちょっと待ってて」
クロビに声を掛けると、ルルナリアは所長室の隣の部屋へ移動してガサガサと物色し始めた。
そして――
「これで良し!」
ルルナリアは軍服を脱ぎ捨て、普段着に着替えると旅行用のカバンを手に持ち、再びクロビの前に立つ。
そして、首から一枚のタグを取り出すと、机の上に置いた。
「後にこれが軍に渡れば私は死んだ事になるわ。 死体は残らず消滅したという事で」
「なるほど。 じゃあ行こうか」
クロビは窓に立ち、魔動機を起動させるとそのままルルナリアを乗せて飛び立った。
「これ……貴方専用? 凄いわね……誰が造ったの?」
「質問が多いな。 あっ、とりあえずもう仲間だから、俺はクロだ。
これはイーリスの魔道具士に造ってもらった俺専用機だよ」
「クロ、ね。 私はルルで良いわよ。 もうルルナリアはいない」
「了解」
そして上空に辿り着くと、未だに魔動機の上でグデーンとしてるリッシュの姿が目に入る。
「クロ、あれは……銀狼ね。 でも、大丈夫なの?」
「ああ、あいつはリッシュ。 ルーナリアの狼だ。
もう一人がリース、リッシュの妹だ。
リッシュ!起きろ! 器用に寝るなよ」
「ん~、出番か? って誰だその女」
「ルルだ。 まあ詳しい話は後ほど。
ルル、この基地の動力源はどの辺にある?」
「動力源……えっと、私が居た部屋の南東に黒い建物があるの見えるかしら?」
「えっと、あれか」
「あの建物の地下にあるわ」
「よし、リッシュ! バーストショット頼む! 魔力フルで!」
「なっ!? マジかよ……通りで身体はとか言ってたわけだ……」
「戦の終わりは派手に行こうぜ? だろ?」
「へいへい、人使いの荒い死神さんだこと」
リッシュが起き上がり、魔導銃を取り出すと、黒い建物に向けて魔力を一気に練って行く。
そして、八割ほどの魔力を込めると「フルバーストショットぉぉ!!」と叫び、魔導銃から、まるでドラゴンのブレスの如き一閃が放たれ、黒い建物を飲み込んでいった。
ドゴォォォン!!
「―黒雷―!」
クロビも手を翳して黒炎と雷魔術を融合させ、施設内の様々な場所へ漆黒の稲妻を落としていく。
ズドォォン!
ドゴン!
施設内では幾つもの爆発で次々と建物が崩壊し、リッシュが動力源を撃ち抜いた事で全ての機能が停止、もはや廃墟の様な状態となってしまった。
「さて、これでルルも死んだ事に出来るだろう。
戻るか。 パトリシアはライアンが治療してる」
「治療?」
「ああ、色々誤解だったみたいだぞ? まあ行けば分かる。
リッシュ、動けるか?」
「一応、魔動機の動力は残したから大丈夫だぜ」
「よし! じゃあ戻るか! さすがに休みたい」
こうして一行はコルトヴァーナへと向かったのだった――
※ ※ ※ ※ ※
≪コルトヴァーナ・ゾルディッカ≫
「うっ……こ、こは……」
「パトリシアっ! 良かった……」
「えっ……ルルナリア様……何で!?」
パトリシアが目を覚ますと、横には手を握り締め、涙を浮かべているルルナリアの姿があった。
そして、ルルナリアが経緯を話して状況を伝えた。
「そうだったのですか……ルルナリア様を苦しめていたなんて……」
「そんな事言わないで? 後、もうルルナリアじゃないの。 ルルでいいのよ。 敬語も必要ない」
「なら、私もリシアと呼んで?」
「ふふっ、何だか不思議な気分だわ……」
すると、治療室にはライアンを引き攣れたフォクシーナが入ってきた。
「パトリシア、目が覚めたのですね。
初めまして、フォクシーナ・ヴィリアント・コルトヴァーナです。
話しは聞いております。
貴女には本当に申し訳ない事をしましたね。
この国の長として、謝罪をさせて下さい」
「フォクシーナ……もういい。 事実は変わらない。 でも、私も沢山の亜人を殺めてしまった」
「それはお互いに、です。 だからこそ、これからは手を取り合っていきたいと考えてます。
それが私に出来る……私にしか出来ない事でもありますから」
フォクシーナは身を屈めてパトリシアの手を取り、額に当てていく。
「それとルルナリアさん、聞きたい事があります。
宜しいですか?」
「はい……」
一行は場所を変え、高御座の間へと足を運んだ。
そこには各団長達、そしてクロビとリッシュ、リースも居た。
「先ずはクロ、リッシュ、リース、貴方達のお陰でこの国を護る事が出来ました。
改めてお礼を申し上げます」
「いいよ、俺等は俺等の正義の為に動いただけだし。
それに守れなかった命もある」
「そうですね。 カルラ、またお願いしますね」
「畏まりました」
カルラはサッと現れて、一言告げると再びその場から姿を消した。
「ルルナリアさん、ドーバルが何故今回またこの地を侵攻したのか、教えて下さいますか?」
「はい……」
ルルナリアは少し緊張した面持ちでポツポツとドーバル軍の現状と方針を語り始めた。
ゴルバフ元帥がドーバルにて統一を目指している事、ルーナリア支部が壊滅させられた事でパワーバランスが崩れる事を恐れて、本部自らサンジェラルの一番大きなコルトヴァーナを落として支配力を高めようとした事。
そして、未だドーバル軍事施設がないエマーラルが次の標的になっている事を伝えていく。
「エマーラルですか……今回はエリネールに要請した結果、クロ達の力を借りる事が出来ました。
遠くない未来で次はこちらが力を貸す番になりそうですね」
「まあ、その時はまた俺等も出る事になるな」
「今回の戦いはクロ殿達の功績が大きい。 ならばこのライアンもその恩に報うぞ!」
「ありがとう」
「ルルナリアさん、経緯はクロから聞いてます。
しかし、それでも元は敵大将。 その存在が知れれば城内でも恨みをぶつける輩はゼロではありません」
「はい、存じてます」
「出来るだけ早く、この地を去りなさい。 それが私に出来る最大の譲歩です」
「感謝します」
「という事は俺等も出るって事だよな? いつ出る予定だ?」
リッシュがクロビに尋ねる。
「まあ明日か? とりあえずルルにドーバルの状況聞かないとだしな」
そして一行は再びパトリシアの下へと足を運んだ。
「リシア、怪我の具合はどうなの?」
ルルナリアが心配そうに尋ねると、パトリシアは微笑みながらそれに答えていく。
「一応、一週間は安静にしていろと言われた。 それだけ紅眼の攻撃が容赦なかったという事だな」
「おいおい、俺だって結構なダメージだったんだぞ? お互い様な?
後、紅眼は止めてくれ。 クロだ」
「そうか、すまない」
「それで、お前はどうする? 一緒に来るのか?」
「そうだな、ルルが行くなら私も当然付いていく」
「一気に増えたな~! また服とか魔動機作るのか?」
リッシュがクロに尋ねると、クロビは顎に手を添えて考えた。
「そうだな……いっその事魔導飛空艇も良いな……」
「おいおい、ロアがぶっ倒れそうだぜ?」
「まあ、ゆっくり考えよう」
すると、何やら後ろの方から威圧的な気配を感じる。
「どうしたリース?」
「むぅ……女が増えるとクロの浮気対象が……」
「おいおい」
「ルル、リシア、クロは私のだからね! 抱いて良いのも私だけ!」
何故かリースが人差し指を立て、ビシっと二人に指す。
「わ、私はそういうのは……ちょっと……」
ルルナリアは少し困った表情を浮かべ、パトリシアは逆に「クロなら抱かれても構わんがな?」と対抗した。
「あ~俺の為に争わないでくれ。 リース、仲良くしろよ?
同じ女同士なんだから」
「仲良くは、する。 でも、それとこれとは別だよ」
「はいはい、じゃあ一旦解散で。
明日には出るけど、リシアは動けるのか?」
「動く事は出来る。 戦いじゃなければ問題ない」
「よし、じゃあそういう事でよろしく!」
コルトヴァーナでは各村で戦争によって崩れた瓦礫、建物などの復興作業を行なっている。
また、カルラによって戦にて命を落とした者達の魂が空高く導かれ、その光景は幻想的なものでもあった――




