本戦の開幕
リッシュがラグラット村でシャルに指南をし、翌日も同じ様に、より細かく修業を付けて過ごしていた。
しかし、その夜にロストヴァーナ、五重城内では偵察部隊から伝令が入る。
「姫様、ドーバル軍が動きを見せました。 その数5000。
予想通りの数です。 恐らく翌日早朝より進軍してくるかと思われます」
「遂に動きましたか……各部隊はドーバル施設のある北西側に本陣を構え、周辺村の避難と防衛に努めて下さい」
「「「はっ」」」
「俺等はどうすればいい?」
各団長がバタバタと高御座の間を後にして戦の準備に取り掛かる中、クロビがフォクシーナに指示を仰ぐ。
「お三方はそれぞれの陣営にて待機して下さい。
この戦の要となるでしょうから、早々に切り札を出す事は致しません」
「分かった」
クロビがそう告げると、リッシュが手を挙げた。
「リッシュ、何かありますか?」
それに気付くと、フォクシーナがリッシュへ言葉を投げ掛ける。
「俺は基本後援だ。 本陣やその周辺はクロとリースに任せて、俺は南の後方部隊に混ざっても良いか?
異能で森に隠れて動いてもすぐ気付けるから、隠密部隊とかがいりゃあすぐに防げるし」
「分かりました。 では、それでお願いしますね」
「ああ」
「じゃあ出番になったらリースと俺で守りを固めつつ、蹴散らしていくか!」
「うん。 守る、絶対」
その後、コルトヴァーナの五重城から進軍した亜人軍は北西にある前衛団長ゾルス率いるマンモタール族の村前に布陣した。
前衛部隊は更に前方へと隊列し、進軍するドーバルを抑える作戦。
マンモタール族は象類の亜人種であり、体格が大きい為に住居も人族の家と比べると二倍近く高い。
更に、造りも石や岩を素材としている事で燃えにくく頑丈なのだ。
それらが建ち並ぶマンモタール族の村、≪ゾルディッカ≫は五重城へと進軍する場合は、屈強なマンモタール族と、国の要とも言えるゾルディッカの防衛線を突破しなければならない為、ドーバル軍としても容易ではない。
しかし、そこを超えてしまえばその他の村はそこまで守りが固い訳ではない事で、ゾルディッカの壁を越えられるかどうかがドーバルにとっても最重要項目になるのだった。
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≪ゾルディッカ・本陣≫
「お主……どう見る?」
前衛団長のゾルスがクロビに尋ねる。
頭部から伸びる二本の角は鋭く、2メートルほどの長身の筋骨隆々な男。
獅子団長のライアンとはまた別の意味で〝武人〟のオーラを纏っている。
「まあ、基本ドーバル軍は強くない。 剣に優れるでもなく、魔導銃使っても魔力に限界がある。
俺等みたいに鍛錬続けて魔力増加する方法が知れ渡れば話が変わるけど、まあ問題ないと思うぞ」
「なるほど……」
「ただ、それを知ってるからこその魔導ゴーレムなのだろうけど。
俺がルッセルで戦った時の魔導ゴーレムは多分古いタイプ。
今だと、強度も耐久力も上がってるだろうね。
まあ、搭乗席が唯一の弱点かな? 乗り手を倒せば止まるし」
「良い情報だ。 伝令、今の話しを各部隊に伝えろ」
「はっ!」
「後は、将官がどう動くかだな。 強い奴は強い」
「だろうな。 だが、我は負けぬ」
「ああ、あんたも強そうって言うか、頑丈そうだし」
「ははは、それがマンモタール族の武器だ。 では、健闘を祈る」
「ああ」
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≪モンディバット・第二部隊陣営≫
本陣、ゾルディッカ村の北側に位置するここは第二部隊が集う陣営。
獅子副団長である虎の亜人種〝トラバル〟が率いる部隊が隊列を組んでいた。
「会話を交わすのは初めてですね。 獅子団の副団長を務めております、虎人族のトラバルです」
黒と黄色の短い髪に鋭い牙を生やした30代の男。
手には長めのハルバードを持っていた。
虎は基本好戦的な種族ではあるのだが、トラバルは話し方も敬語で落ち着きのある雰囲気だった。
「リース、です。 私は何をすれば?」
「先ずは本陣含めて、前衛が突撃します。
その後、状況次第ですがこちらが劣勢になった際に出てもらう形になるかと。
そうならない様、こちらも奮闘致しますが」
「うん、分かった。 後ろの住人達は避難したの?」
「はい、しかし……中には戦いたいと志願して避難しない者もいるようで……」
「自分達の家を守りたいんだね……」
第二部隊が陣を構える後方には≪モンディバット≫がある。
主に猿人族、犬人族が暮らしている村よりも大きく、どちらかと言えば街だ。
住民の中には戦闘を好む者も多く、故に獅子団員ではないが志願して傭兵扱いで参加している。
「戦いが始まれば自分の身は自分で守らないといけない。
でも、無駄に命を落とすのは違う……状況見て動いてもいい?」
「ええ、宜しくお願いします」
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≪ラクラット村・第三後援部隊陣営≫
「アニキ! 俺も戦うからな!」
「ああ? まあ、無茶しない程度にな!」
部隊の中にはシャルの姿もあり、既に二丁の銃を構えて魔力を練っていた。
「リッシュ、ご武運を……」
「大丈夫だ。 全部守ってやる」
「……信じてるから」
ライナがリッシュを見付けると手を取り、祈る様な形で額を当てた。
「ラ、ライナ……いつから!?」
少し遠くでは第三部隊に参加していた獅子族のレオルが二人の姿を見て驚愕している。
そして、「許せん! この戦いで俺の勇姿を見せつけてくれる!」と意気込むと、闘志を膨らませていた。
「アニキと姉ちゃん、いつからそんな仲になったんだ? まあ良いけどさっ」
「シャル、お前もいつか分かる時が来るさ。 その前に少しは女性らしさも勉強しとけよ?」
「う、うるせぇ!」
ガン、ガンとリッシュの足を蹴りながら「余計なお世話だ!」と猛抗議していた。
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そして翌朝――
ドドドドドっと無数の馬の蹄の音が響き渡り、地面が揺れる。
「ドーバルが進軍を開始したぞ! 全員、構え!!」
本陣では動きを偵察していた部隊からの伝令を受け、即座に各部隊が動き始める。
そして、森の奥からはドーン!ドーン!と射撃の様な轟音が鳴り響いた。
「リッシュ、リース、始まったみたいだぞ」
クロビは魔導通信機で二人に状況を伝える。
『聞こえてるぜ。 こっちはまだ動きは無いが……何か飛んでくるな』
『こっちも音は聞こえてるし、遠くに軍が見える』
「リッシュ、飛んで来てるなら撃ち落としていいぞ。
一応、俺等の実力を味方にも知らしめないとな?」
『はいよー!』
クロビは通信を終えると、本陣からドーバル側を見渡す。
森の奥から発射された数発の大きな魔力弾。
「獅子団長! 魔術使えるのっているのか?」
クロビは横でそれらを眺めていたライアンに話し掛ける。
「ライアンでいい。 魔術は第三部隊にいるからここで術を行使出来るものはいない。
皆、己の武に誇りを持っていてな」
どうやら本陣に集うのは術より武で戦う者達で組まれているらしい。
正直、それってどうなの?と考えるクロビであるのだが、まあそれだけ自信があるんだろう、と無理矢理納得し、再びドーバル側に視線を向けた。
「―火炎の槍―! 五重奏!」
クロビは手を前に翳し、火属性の魔術を五つ展開させた。
上空に浮かぶ術式と、炎の槍に周囲の亜人族達は驚きの表情を浮かべつつも、安堵すら感じている。
こちらへ飛んで来る魔弾が防げると確信しているのだろう。
「クロ殿、魔術部隊がいない故、手間を掛ける」
ライアンもこの状況を察し、クロビに感謝の言葉を伝える。
「いいさ、少しでも戦力は維持しないとなっ!」
クロビが力を込めると、展開された炎の槍が一斉に放たれ、やがてドゴーンと激音を響かせて飛んで来た魔弾を全て相殺した。
『全部隊、開戦の合図だ! 出撃!!』
前衛団長のゾルスがその体格に相応しい大きな声で号令をかけると、「「「おおおお!!!」」」と、それに同調して前衛が一気に森の中へと駆けだした。
「さて、様子を見るかな」
クロビは魔力を練り、分散させつつ遠くを眺めた――
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ドーバル側から聞こえた轟音は予想通りの魔導兵器だった。
そして、それらは様々な場所から発射され、ラグラット村もその標的になっていた。
「あれは……クロの魔術だな。 って事はこっちもそろそろか」
「アニキ! あれ、クロさんのなのか? すげぇな……」
「アイツの魔術は半端ねぇからな。 俺等もモタモタしてられないぜ?」
ラグラットに放たれた大きな魔弾は三発。
こちらには魔術を扱える部隊もいるのだが、魔力の温存をさせる為にリッシュはここの陣営を任されているイグラスへ声を掛けた。
「イグラス、あれは俺がやるから魔力を温存しておいてくれ」
「分かった。 各自、魔術は使うな! その時まで温存しておけ!」
「「「はっ」」」
「アニキ、良いのか?」
「ああ、これでいい」
リッシュは異能を発動させ、飛んで来る三発の魔弾に意識を向けた。
「ホーミングショット!!」
ズバシュン!!っと一発の大きめな魔力弾がリッシュの魔導銃から発射されると、空高く放たれ、後に三つに分かれてそれぞれの魔力弾へと被弾する。
ドバーン!
「アニキすげぇ!」
「だろ?」
魔力弾は見事に相殺され、ラグラットの第三部隊も安堵に包まれていった。
「まあこれで終わりじゃねぇからな。 先にあれを撃った魔導兵器をどうにかしねぇと安心は出来ないだろ」
すると、サッと一人の男がリッシュの横に降り立った。
遊撃部隊副団長のトルクだ。
「団長、我々が先行して兵器を潰し、道を切り開きます」
「分かった。 森の中は動きが掴みにくい。
偵察も兼ね、潰せ」
「はっ! 遊撃団第二部隊、目標は魔導兵器の破壊だ! 行くぞ!」
「「「はっ」」」
バサっと勢いよく20人ほどの鳥人族達がその場から飛び去り、森の奥へと向かって行った――
※ ※ ※ ※ ※
≪ドーバル軍・サンジェラル本部≫
金髪ボブカットの麗しい女性、ルルリア・デルベッゲン大将は大型魔導駆輪の中で随時状況報告を受け、指示を出していた。
その横には補佐のパトリシア・フロンシュタッドが立つ。
「現在、大型魔導兵器の一斉射撃を行ないましたが、全てコルトヴァーナからの魔術、魔弾によって相殺されました」
「そうですか……相手もなかなかやりますのね」
「はい、更にそれを合図として亜人部隊が森へ突撃して来てます」
「分かりました。 こちらからも撃って出ます。
各部隊の将官に伝令して下さい」
「はっ」
ルルナリアが支持を終えると、ドタドタと慌ただしく偵察部隊の1人が入り口の扉を開けた。
「何事ですか、慌ただしい」
「も、申し訳ありません! 南西の大型魔導兵器三機がコルトヴァーナの遊撃部隊によって破壊されました!」
「あら、脆いのね……まだ調整が必要でしたか……
分かりました。 下がりなさい」
「はっ」
大型の魔導兵器は開発を終え、実験に実験を重ねた結果、実戦で扱えるものとなった。
しかし、これまで魔導兵器自体に攻撃をされた事はなかった。
その前に戦いの決着が付くからだ。
だが、今回は違った。
始めて攻撃を受け、破壊されてしまったという事実を聞いたルルナリアは、更に耐久力を高めなければならないという問題点を書き記すと、魔導駆輪から外へと出た。
森の至る所で爆発音が響き、部隊の叫び声が聞こえる。
「ルルナリア様、私も出ますか?」
パトリシアがルルナリアの横に立ち、状況を見ながら訪ねる。
「そうね。 今ではないけれど、状況次第ではお願いするわ」
「分かりました」
「バドラルド大尉、状況は?」
ルルナリアは側に控えていた部下に詳しい状況を尋ねた。
〝バドラルド・ソルゼン大尉〟
焦げ茶の髪に青い眼をした40代の中年の男だ。
主に戦況や各部隊の状況を詳しくまとめ、伝える情報収集部隊を担っている。
「はっ、本陣はここから南東にあるゾルディッカの村の前。
左右に部隊を布陣させているようです。
また、以前奇襲作戦で失敗に終わった南側、ラグラットには後方支援部隊が集っているようですな」
「本陣はマンモタール……一筋縄ではいかないですわね。
隠密部隊は?」
「四つの部隊に別れ、二部隊ずつ北と南から攻める方針で固めております。
さすがに本陣は崩せませんので」
「分かりました。 では、状況を見て出動させなさい」
「はっ」
ルルナリアとパトリシアが魔導駆輪へ戻ると、ピピピっと音が鳴り、魔導通信が光る。
「こちらサンジェラル本部」
『私だ』
「元帥閣下、ルルナリアです」
『状況は?』
「はっ、先程開戦へと至り、現在均衡状態となっております」
『そうか、大型魔導兵器はどうだった?』
「はい、現在三機が強襲によって破壊されております。
攻撃部分は十分ですが、耐久力に問題があるかと」
『そうか、良いデータを得られたな。 引き続き奮闘してくれ』
「分かりました。 失礼致します」
ブツっと通信が切れると、ルルナリアは「はぁ~」と息大きく吐いた。
「ルルナリア様、コーヒーを入れましたのでどうぞ」
「ありがとう」
すると、たまもピピピっと音と共に魔導通信が光った。
「また……はい、こちらサンジェラル本部」
『ルルちゃ~ん! 調子ど――』
プツ
ピピピ!
ピピピ!
『ルルちゃ――「な・に・か・し・ら?」――』
『そんな冷たい感じで言わないでよ? 戦中でしょ?』
「戦中だからでしょう?」
『いや、心配で心配でさ。 このまま二度と声を聞けなくなるかもしれないじゃん?』
「でしたらいっその事そう思って下さいな。 そうすれば私も安心出来ますから」
『相変わらず辛辣だね~。 で、どうなの?』
「今さっき元帥閣下に報告したばかりよ。 それと、魔導通信を私用で使うのはどうなのですか? ドルッセル大将殿?」
『まあまあ、良いじゃないの。 俺とルルの仲だろ?』
「はぁ~、まだ始まったばかりよ。 それに、こちらにはパトリシアもいるから大丈夫」
『そうか、なら良いんだが油断は禁物だぞ? 俺の情報網だと仮面の三人が加わってるって話だからな』
「仮面が? という事は紅眼と銀眼……と言うかどこからその情報を?」
『それは企業秘密だ。 まあ本当か嘘かはいずれ分かるだろう。
でも本当なら君の身も危ない……気を付けろよ』
「ええ、ありがとう。 その情報に感謝するわ」
『無事に戻って来たらデートな? はい、決定! じゃっ!』
プツ
「ちょっ、ちょっと! もうっ! 自分勝手なんだから!」
「仮面が出ましたら私も出ます」
「ええ、そうしてちょうだい」
※ ※ ※ ※ ※
≪ゾルディッカ・本陣≫
森の中では爆発音、金属がぶつかり合う音、悲鳴や怒号が鳴り響く。
次第に村側の森を抜けた辺りにもドーバル軍の姿が確認出来た。
「流石に森の中だと状況が掴みにくいな」
クロビは現状、どちらが優勢なのかが判断出来ず、ただ見ているだけの状況になっていた。
リッシュが居れば感覚を広げて、それも読み取れるのだが……
「現状は均衡を保ってる。 だが、少しずつ崩れ始めているな。
森の中は我々の庭みたいなものだが、あちらも匂いを消すなど、対策はしているようだ」
隣のライアンが状況を細かくクロビに聞かせた。
「なるほど、まあ出る時は指示を頼むよ」
「分かった」
すると、クロビにリースとリッシュから通信が入った。
『クロ、こっちに隠密が来てる』
『リースのとこもか、こっちもだな。 数は10』
「北と南で挟むか。 まあ本陣はさすがに狙いにくいから打倒だろ」
「リース殿もリッシュ殿も、良い察知能力を持っているな。
引き続きそちらを頼む」
ライアンがクロビを通して二人に声を掛けた。
「さて、そろそろ俺も準備を始めようかな。
あっ、リースとリッシュ! 仮面忘れるなよ?」
『ああ(うん)』




