弟子と師匠
翌日、三人は改めて高御座の間に集まっていた。
フォクシーナを始めとする、各団長達も揃っている。
「私から報告があります」
遊撃団長のイグラスが前に出て、皆に報告をして行く。
「本日今朝になりますが、ドーバルが軍を整え終わりました。
可能性として、本日の夜……もしくは明日には動き出すかと思われます」
「本腰を入れて来たようですね。 進軍の規模は分かりますか?」
「はっ、おおよそではありますが、少なくとも5000は」
「こちらの兵力はどのくらいでしょうか?」
「獅子団が全部で3000、前衛が500、遊撃が500、その他村の戦士達が300といったところでしょう」
フォクシーナの問いに統括である獅子団長ライアンが答えた。
「数は問題なさそうですね……ですが、大きな戦になればこちらの民も減らされてしまいます。 出来れば命を無駄にしたくはないのですが……」
「はぁ~」と溜息を吐きながらも天を見上げるフォクシーナに、「2000位なら俺等で大丈夫だと思うぞ?」とクロビが声を上げた。
「まあ、ルッセルん時は1000対3みてぇなもんだったからな」
「今なら頑張れる。 昨日、子供達と触れ合ったら守りたい気持ちが強くなった」
三人はやる気満々だとその姿勢を見せると、他の団長達も士気が上がっていった。
「ではこちらも準備をしておきましょう。 ライアン、いつでも出れる形にしておいて下さい。
それと、どこから攻めて来るか分かりません。 イグラス、頼みましたよ」
「「はっ」」
そして、軍議を終えるとライアンが話し掛けて来た。
「リッシュ殿、昨日はありがとう」
「ありがとう?」
「ああ、娘が大層君を気に入ったようでな。 まあこれを本人の前で言ったら殺されるかもしれんが」
「おいおい、物騒な事いうなよ団長殿」
「ハハハッ! それだけ君達に期待しているという事だ。 まあよろしく頼むぞ」
「はいよ」
「リッシュ、良かったな」
「リッシュ、親公認だね」
二人までもがその光景を見てリッシュを弄る。
「お前等楽しんでんじゃねぇ!」
「クロ、ちょっと付き合って」
すると、リースがクロビを誘って外へと出ていく。
リッシュはやる事もなかった事で、改めて孤児の宿舎へと訪れた。
「シャル、居るか?」
「あっ、姉ちゃん! リッシュのアニキが来たぞ!」
「えっえっえっ!?」
何だか宿舎の中ではライナがリッシュの訪問に慌て始めたらしく、バタバタと物が倒れたり、子供達の笑い声が響き渡っていた。
「す、すみません……えっと、入られますか?」
「あ、ああ。 じゃあ、その……少しだけ」
リッシュが中へ入っていくと、子供達は長い椅子に座って何やら書き物をしていた。
どうやらお勉強中のようなのだが、それでも一斉にリッシュを見ると、何やらニヤニヤしている。
「チッ……」
そのまま食堂の席に座ると、ライナがコーヒーを出してくれた。
「ありがとう。 急に悪いな」
「いいえ、ちょうどリッシュ様の事を考えていたので……あっ!? いや、違くて……」
「はははっ、まあ俺の事を考えてくれてたなら嬉しいぜ?」
「うぅ……私、今まで恋とか出来ずにいましたから、どうしていいか分からなくて……」
「もう恋って言っちゃってんじゃん!」
シャルが透かさずそこにツッコミを入れる。
「あわわ……どうしましょう……全部口に出てしまいます……」
「ま、まあゆっくりで良いんじゃねぇか? 無理しても仕方ねぇし」
「そ、そうします……」
ライナは恥ずかしさで黙ってしまい、リッシュはとりあえずコーヒーを口にして気持ちを落ち着かせていた。
「で、アニキ! 今日は何だ? 稽古付けてくれるのか?」
「ああ、その為に来た。 仕方ねぇからな。 戦争も近そうだし」
「よっしゃぁぁあ!! じゃあそれ飲んだら森に行こう! 良い場所があるんだよ」
シャルが目をキラキラさせると「準備してくる!」と言って自分の部屋へ行ってしまった。
「シャルの事、ありがとうございます」
「ん? ああ、まあ成り行きだ」
「あの子、女の子なのに強気な姿勢を崩さないのは、自分が弱い事を認めたくないからなのです。
ドーバルに家族が殺され、自分が強ければって……」
「なるほどな。 俺もルーナリアが攻められた時、同じように考えた。
リースも守らないとって。
まあ、運が良かったんだな。 その時にクロと出会った」
「強さは亜人種にとって大事なステータスです。
ただ、弱さを知ってこそ初めて強さになるもの。
リッシュ様、もし機会があればそれをあの子に教えてあげて下さい」
「弱さ、な。 分かった。 でもその代わり……」
「……?」
「様は無しにしてくれ。 後、敬語も。 ラフに行こうぜラフにさ」
「……ふふっ、ふふふっ」
「何だよ?」
「やっぱり、変わった人だなっと思って。 リッシュは」
「っ――!?」
ライナの微笑みと、要望を受け入れてその名を呼ばれたリッシュは一瞬にして心を射抜かれた。
「マジか……攻撃力ハンパねぇ……」
「えっと、どうかしたの?」
「いや、こっちの問題だ」
「なら良いけど」
すると、上からダダダダダっとシャルが降りて来た。
「アニキ、準備完了!!」
「おう、じゃあ行くか! ライナ、ちょっとこいつ借りるな」
「ええ、シャル気を付けてね」
「ん? あ、分かった」
そして二人は森へと向かい、シャルが普段鍛錬している場所へと辿り着いた。
そこは森の中なのだが、円形状に伐採されていて、丸太などが転がっている。
「なあ、姉ちゃんどうしたんだ急に?」
「さ、さあな……? よ、よし! 始めるぞー!」
「むっ、何かはぐらかされた気がする……まあ良いけど」
「とりあえず何からすっかな……お前、どうなりたいんだ?」
シャルがどの様に強くなりたいのか、リッシュは分からない。だからこそ、先ずはシャル自身がどう考えているのかを訪ねた。
「オレはドーバルと戦えるようになりたい。 普通の兵なら問題ないけど、上官共だと力の差があって無理だった……」
「なるほどな。 なら基本的に筋力が足りねぇんだ。
後、魔力と気配の感知力と実戦経験」
「こ、これでも筋力は付けてるんだぞ! 魔力は……ちゃんと習った事がないから難しいな」
「なら筋力は引き続き、毎日鍛えろ。
魔力は教えてやる」
魔力を感じ、操作する。それは人族でも亜人族でも方法は同じ。
ただ、本来亜人族の方がそれに長けている為、覚えるのは早いし、扱いも上手いのだ。
「その調子、そのまま維持して身体全体に広げていくんだ」
「わ、分かった」
シャルは魔力を練ると、リッシュのアドバイス通りに少しずつ体内へと巡らせていった。
「そういや、魔術は使えんのか?」
「魔術は……少しなら」
「そうか、まあ魔術は本読めばどうにでもなるな。
よし、先ずは身体強化をしっかり覚える!
体内に広げた魔力にイメージを重ねるんだ。
攻撃する時は衝撃を生むイメージ、ガードする時は硬い盾のイメージだな」
「今から攻撃するから耐えて見ろ!」とリッシュが近くに転がってた木の棒を手にすると、それを構えた。
「イメージ出来たら言えよ」
「えっと、盾だな……よし、来い!」
バキッ!!
「ぐわっ!?」
「はいダメ~、もう一回」
「ちくしょー! ふぅー、盾、守れる盾!」
ガンッ!
「おっ、成功だ。 それが身体強化だ。 そのままそこにある太い木を蹴って見ろ。 衝撃を生むイメージな?」
「とりゃあ!!」
ドーン!とその木は俺こそしないが、少し抉れていた。
「やっぱ覚えるの早いな」
「いでででっ、でも上手く出来た!」
シャルは痛みこそあるが、それを上回る喜びでピョンピョン跳ねていた。
「じゃあ次ー! 銃出せ」
シャルはポーチから銃を二丁取り出す。
「シャル、お前は耳が四つある。 それは他の種族より音を聞き分けられるという事だ」
「確かに、それがラビル族の本来の戦い方って聞いた事がある」
「俺は色眼持ちの異能として、身体強化の上位みてぇなのが身に付いててな。
視覚、聴覚、嗅覚、それらを広げて敵の居場所を探れる。
だが、音だけでもそれは出来るはずなんだ。
だから感覚を鍛えるってのは重要なんだぜ」
「どうすんだ?」
「聞け、集中しろ。 さっきの身体強化を耳に掛けるんだ……そうだな……」
リッシュは何かに意識を向けると、そのままシャルに向き合い、右側へ指を指した。
「この先にボアの親子が居る。 音で捉え、何体居るか当ててみろ」
「ボア!?」
「そう、早くしないと移動して行くからな」
「うっ、アニキって意外と鬼だな……」
「バカ言うな、本当の鬼はクロみてぇなのを言うんだよ」
「え……クロさんってヤバいのか……」
「はい、集中!」
そして、シャルは最初にリッシュが指を指した方向へ意識を向けると、身体強化を掛けて耳に意識していく。
周辺では風が吹き、葉と葉が擦れる音が響き渡る。
また、鳥の鳴き声や街の方からは金属の音が聞こえた。
ガサガサ!
「んっ――!?」
「ほれ、集中が切れてるぞ」
どうやらリッシュがわざと草を揺らしたようだった。
「ん~、ぷぁ~難しい……」
「ちょっと休憩すっか」
二人は近くに置いてあった石の上に腰を下ろした。
「お前、何でそんなに強さを求めるんだ? まあ家族をってのは分かったが」
「一番は家族を守れなかった事が悔しかった。 それと、この前ここにドーバルが攻めて来た時、将官と戦ったんだ。
でも、全然ダメだった……イグラス団長が助けてくれたんだけど」
「まあ、今のお前は良いとこ傭兵の下っ端だな」
「くっ……」
「自分の弱さを受け入れろ。 弱さを知らない奴は強くなれねぇ」
「弱さ……」
「将官相手にダメだったんだろ? ならそれが目標になって磨きを掛けられる。 だが、弱さを知らない奴はそれを認めず努力を疎かにする」
「分かった」
「俺も強くねぇんだ。 国を潰され、リースと二人でお前みたいに自分の強さじゃなく、ただドーバルを潰す事だけを考えて行動してた」
「アニキが弱い?」
「普通に比べたら獅子団レベルだったろうな。 まあ昔から狩りとか喧嘩とか多かったからそれなりに鍛えられたが。
種族じゃねぇんだ。 ほら、人族より亜人族の方が身体が優れてるだろ?」
「ああ、人族は弱いから魔術とか魔道具も含めて武器を持ったって聞いた事がある」
「だがよ、クロに出会った。 あいつハンパねぇんだ。
毎日鍛錬して、魔力鍛えて、初めて一緒に戦った時、アイツがいなけりゃ死んでたぜ」
「そんなになのか……」
「まあ俺が今強くても、上には上がいる。 種族関係なくな。
だから目標が出来る。 目標がなきゃ彷徨うだけだが、目標があれば道は出来てるんだ。 後は走ればいいだけ」
「俺も、強くなれる、かな? 家族を……ラビル族、の皆を、守りたい……」
リッシュの話を聞いてシャルは涙を流しながらも必死にその意志を伝えていく。
「その涙と悔しさがありゃあ大丈夫だろ」
「うん……うん……」
「俺と出会えてよかったな? シャル」
「っ!? ……あ、アニキぃぃい!!」
ガバっとシャルがリッシュに抱きついて思いっきり涙を流す。
そして、しばらくはそのままにしておき、落ち着いたところで修業を再開させた。
「音に集中、音に集中……」
先程と同じように身体強化を掛け、耳に意識を向けつつ周囲の音を拾っていく。
風の音、草木の音、街の音、その上でしっかりと視線を目標が居るであろう方向へと向けて、耳に集中していく。
カサ……カサ……フゴゴゴッ
プゴッ……クックッ……ピー、ピー、
「アニキ! 親のボアと子ボアが二体だ! 全部で三体!」
「正解、やれば出来るじゃねぇか」
「へへっ、オレにも出来た!」
「じゃあ今日は最後だ。 この奥に鳥の魔物がいる。
魔導銃で撃ち抜け。 そんなに距離は離れてないぜ」
「鳥の魔物……」
もう一度意識を集中させて、感覚を澄ませていく。
『グギャッグギャッ』
「!?」
「見付けたな。 先ずは相手との距離を測れ。
そして、相手に見付かる前に仕留めるんだ」
リースは魔導銃に魔力を注ぐと、少しずつ鳥がいる方向へ進んでいく。
気配を感じつつ、足音を消して存在がバレないよう静かに……
そして――
パン!パン!
『グゴォォォオ……』
「お見事! 今日の飯だな!」
「やったぁ!! アニキ~!!」
またもシャルがリッシュに飛びつくと、鳥の死骸の場所へと向かった。
距離にして300メートルほど、中型のロックバードだった。
「これ、オレが……」
「だな」
ニヒヒ!とシャルが笑って一生懸命それを持ち上げていた。
「これも筋力アップに繋がる! アニキ、戻ろうぜ!」
「おお!」
こうして、シャルの修行一日目が終了したのだった。




