ドーバル軍の動き
≪ドーバル軍事要塞・総本部≫
「集まったな。 では、報告を」
いかにも高級そうな椅子に腰を据え、最高司令官であるゴルバフが集めたドーバル軍の幹部等に指示を出す。
本部内では現在、各魔導機の製作と進行状況、そして今後の方針を決める会議が開かれていた。
「では私から」
ゴルバフの指示で立ち上がったのはアンネットやソルジャンと同じく、制帽と襟に四つの星型バッジを付け、赤茶色の短い髪に髭を生やした、如何にも軍人と言える体格の良い中年の男。
ドーバル軍事施設・ルーブ支部を管理する〝ルネス・コールマン大将〟だ。
「ルーブ支部では東方国オウセンがある事と、アーバロンとの同盟がありますので特に攻撃を受けると言った事もなく、魔動機の開発やそれに伴う試行を重ねております。
特に、飛空魔動機の量産に力を入れ、現在300は常備しております」
「引き続き頼む」
「はっ!」
「次は私からご報告させて頂きます」
次に立ち上がったのは、こちらもルネスと同じように四つの星型バッジを付けた金髪ボブカットの30代らしき女性。
アンネットの男勝りな雰囲気ではなく、どこか貴族の夫人の様な気品を持って麗しい人物。
ドーバル軍事施設・サンジェラル本部を管理する〝ルルリア・デルベッゲン大将〟
「現在サンジェラル大陸は先日、仮面三人組によってリーナリア支部が壊滅、大将ソルジャンが討ち死に。
また、その事実を受けて周辺国はドーバル施設の排除に動き始めているようです。
こちらの本部に実被害こそありませんが、警戒態勢を取っております。
なお、魔動機の開発と実働には問題ありません。
既に戦場での実戦でも成果を上げております」
「引き続き警戒を強めろ。 亜人種など取るに足らんが、仮面がまだ近辺に潜んでるかもしれん」
「はっ!」
続いてゴルデニア大陸、アーバロン傘下・ビルディッシュ国の支部の状況報告をする。
ビルディッシュ支部はゴルデニア大陸北東にある支部だ。
元々は大将アンネットが管理していたのだが、現在治療中の為、報告は副所長のダーネル・ネグラリア中将
が務める。
黒髪で毛先が赤いツインテールの女性。
歳は20代前半と若く、背も低い為に容姿だけで言えば10代と間違われるだろう。
「ビルディッシュはアンネット大将殿の療養は伏せ、アーバロンとの外交を続けております。
魔動機、魔鉱石なども含めて物資の調達は正常に行われております」
「一先ずはダーネル中将に一任する。 その後はドルッセルに引継ぎを命じておる。
今しばらくは頼む」
「はっ!」
「ゴルデニアの要塞はどうなってる?」
ゴルバフがゴルデニア大陸の統括管理に声を掛ける。
「はっ、現在は旧ドーバル軍事要塞を復興中です。
損傷や紅眼による被害が大きく、まだ時間は掛かりますが地下部分は無傷な為、三カ月程で以前の形には戻せます」
「宜しい。 あの要塞は私の誇りだ。 再び蘇らせ、あの場から始めるぞ!
〝ドーバル統一〟が最終目的だからな」
「「「はっ!」」」
「ところで、エマーラルはどうだ?」
「それは私が」
ゴルバフの問いかけに一人の男が前に出た。
現在、ドーバル軍事施設の支部はゴルデニア、ゴルセオ、ルーブ、サンジェラル、そして壊滅となったルッセルとルーナリアにあるのだが、エマーラル大陸にはドーバル傘下の国がない。
そもそもイーリス、グラーゼン、ローズベルドの三つの国しか無く、どの国も傘下に下る事はなかった。
特にローズベルドは過去、北のゴルセオから侵攻して来た軍に対し、エリネールの魔法によって全滅へと至らせられたのだ。
今となっては三国は同盟を結んでいる。
故に戦争が終結しているこの時期に傘下へ下る可能性は非常に低い。
「いずれはあの大陸も落とす。
魔女だろうが我がドーバルの軍事力を以てすれば容易いわ!」
ゴルバフが余裕の表情を浮かべながら「ガハハハハ!」と大声で笑う。
その後、更に各支部の現状報告を受けると、内容に応じて指示を出していった。
そして――
「半年後に魔導ゴーレム、飛空魔導艇、飛空魔動機部隊、新型魔導兵器、それらを駆使して動き始める。
その際、アーバロンに目を付けられると面倒だから水面下で、だ。
君達の今後の働きに期待する」
「「「はっ」」」
こうしてドーバル軍総本部での会議が終わった。
「ルルちゃん!」
会議後、サンジェラル本部の管理であるルルリア大将は総本部内を出口へと向かって歩いていた。
すると、突然後ろからまるで親しげな声色で愛称を呼ばれる。
振り向くと、そこにはルルナリアと同じく金髪の無造作に乱れた髪型の男だった。
「すみません、ドルッセン大将殿。 気軽に愛称で呼ばれる程貴方とは親しい仲ではないのですが?」
「あぁ~、そんな辛辣なルルちゃんも素敵だ! まるでバラの棘。 だからこそ愛おしい」
「聞いてますか? 伝わってますか?」
「まあまあ、親しい仲じゃなくてもこうしたやり取りはもう2年も続けてるよ? ならそれは親しいと言っても過言ではないだろう?」
「それは貴方の持論でしょう。 私に構っている暇があるのなら、少しは元帥閣下の野心を見習って下さいませ。
ドルッセン・ローデンバーグ様!」
そう、ドルッセンと呼ばれるこの男は、ドーバル軍事最高司令官であるゴルバフ・ローデンバーグ元帥の息子だ。
だが、父親と違って無類の女好きで言動も基本的に軽い。
その為、ドーバルに入隊している女性達からは少々危険視されているのだ。
しかし、父親が元帥の為にはっきりとは言えない者が多く、ドーバル内部では一番扱いが面倒な存在でもあった。
とは言え、ルルリアとは同期で同じ大将の地位。
更に、ルルリアはそもそも元帥の息子ではなく、一人の軍兵として接する為にドルッセルはそこに惚れているのだとか。
「良いじゃん。 俺は俺だ! だからたまにはお茶でも付き合ってよ。
なかなか顔を合わせる事もないんだし、まだ時間あるだろ?
よし、じゃあ行こうかっ!」
「ちょ、ちょっと!?」
ドルッセルは強引にルルナリアの手を引いて歩き出していった。
ここは要塞だけあって内部に様々な施設がある。
それは、ここで働く兵達の宿舎や商業区域など、まるで屋内だが街と言っても遜色はないのだ。
二人は近くの店へと入り、ドルッセルはコーヒーを、ルルナリアは紅茶を注文する。
「些か強引ですよ、ドルッセル大将殿」
「ルルちゃん、今は二人だから敬称は抜きにしてよ」
「はぁ~、分かったわよ! ドル」
「宜しい」
「その〝宜しい〟の言い方だけは元帥閣下とそっくりよね?」
「まあ親子だし? 仕方ない部分だな」
二人はそれぞれ注文したものを口に含み、一息いれる。
「そういえばドルはもうすぐビルディッシュ支部を任されるのよね?」
「ああ、アンが療養中みたいだからね~、まったく紅眼もやってくれる。
俺の仕事が増えたじゃないか」
「貴方、もう少し大将としての自覚を持つべきよ?」
「ん? 自覚をちゃんと持ったらルルちゃん結婚してくれる?」
「それとこれとは話が別よ」
ルルナリアはキリっと鋭い視線でドルッセルを睨み付ける。
「その視線、ゾクゾクするね~。 ルルちゃんはもう少しその美貌に自覚すべきだよ?」
「軍に美貌は不要じゃない? 背が高目なのは良かったけど、胸とか戦いになれば邪魔だし……。
それに部下や上官達からも嫌な視線で見られるもの。
と・く・に、ドルだからね?」
「こんな男臭い場所に一輪の花。
そういった目で見られるのは必然さ!
誰もがルルちゃんと一戦交えたいと思うのが男の性だ」
「ふん、お断りね。 色恋に興味ないもの。
それに私にだって選ぶ権利はあるわよ」
「だからこそだよ。 その思考を崩したい俺」
「まあ、頑張ってみたらいいんじゃない?」
「今、頑張ってる最中なんだけど?」
「はいはい。 じゃあそろそろ行くわ。
仕事が山ほどあるのよこっちは」
「ご苦労さん、じゃあ見送るよ」
二人は会計を済ませ、格納庫へと足を運んだ。
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「遅くなってごめんね。 変な男に捕まってしまって」
「おいおい、変な男とは酷いな?
元気か? パトリシアちゃん」
「ご無沙汰しております、ドルッセル大将殿。
ルルナリア様、準備は出来ております」
格納庫には飛空魔導艇が発進準備を整えており、その入り口に一人の女性が立っていた。
茶色い髪に青い眼。頭には小さな角が二本生えている。
青い眼でも膨大な魔力を保有する種族、魔人族のパトリシア・フロンシュタッド。
大将ルルナリアの補佐で中将だ。
この世界で、亜人種は獣や魔物と人との混血を指すのだが、その中でも魔人は純粋な魔物と人との混血種であり、膨大な魔力と魔物の種類によっては異能を持つと言われている。
しかし、魔物との混血であっても魔力が低いものは亜人種と区別される事が多い。
故に、亜人の中でも特に魔力に秀でた存在と言った方が早いだろう。
また、その存在を人工的に造り出したのが蛇の王との混血、アンネットだった。
パトリシアは純粋な魔人族で、大鬼との混血種。
「ではドルッセル大将殿、お勤め頑張って下さいませ」
「またデートしてくれよ?」
「デートはしておりませんよ。 失礼致しますわ」
ルルナリアとパトリシアが魔導飛空艇へ乗り込むと、ゆっくり浮上し、その場から飛び立っていった――
≪ドーバル軍事要塞・総本部魔導研究所≫
ゴルバフは会議を終えると研究所へ足を運んでいた。
「アンネット大将の様子はどうだ、ガーボン」
ゴルバフは研究所の所長ガーボンにアンネットの経過を問う。
白髪のウェーブ掛かった肩までの髪、青い眼をした背の低い老人だ。
「ほっほっほ、もう少し掛かるな。 さすがにあそこまで身体が破損しておったら致し方ないじゃろ」
アンネットはその身を透明な容器に入れられ、何本もの管が様々な個所に刺さっている。
そこから投薬しているのだろう。
容器の前で後ろに手を組みながらガーボンがアンネットの状況を説明をしていく。
「一命は取り留めたが、まだ手足の再生に時間が掛かるの。
蛇の血があるとは言え、ここまでされれば生きてる方が珍しい」
「どのくらいで起きる? 早々に紅眼の情報を得たいんでな」
「そうじゃな……一ヶ月もあれば容器からは出れるじゃろう」
「そうか、引き続き頼む」
「はいはい、人使いの荒い元帥殿だ」
「それだけ期待してるという事だ。 お前がいなけりゃ俺も死んでたからな」
嘗てクロビに撃ち落とされたロルバフの今の身体へ改造したのは他の誰でもない、ガーボンだった。
故にその信頼を以て総本部を含め、その他研究所の管理も全てになっている。
所長と言っても、所謂統括なのだ
「では、私は戻る。 何かあれば連絡してくれ」
「分かったわい」
ゴルバフは研究所を後にし、後に魔導飛空艇でゴルデニア大陸、旧ドーバル軍事要塞の偵察へ赴いた――
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