銀狼の邂逅
翌日――
クロビは朝から鍛錬を行なていると、途中でリースとリッシュも目を覚ましたようで、鍛錬に参加した。
その後、エリネールが姿を見せた。
「おはようエリー」
「エリー、おはよう」
クロビとリースはいつも通り挨拶をする。
「おはよう、皆早いのう」
だが、一人だけなぜだかぎこちない挨拶を交わす。
「お、おはよう……」
「リッシュ、どうした?」
「い、いや……何でもねぇ」
完全に何でもなくない雰囲気で誤魔化そうとしていると、エリネールが口を挟む。
「何を気まずいみたいな顔をしとるのじゃ。
妾を抱けたんじゃから、もっと誇らしくせい!!」
エリネールにバシッと背中を叩かれ、「いでぇー!?」っと悲鳴を上げるリッシュ。
「そういう事か! まあ良いじゃん? 最高だったろ?」
クロビはどこに問題が?という表情で感想を尋ねて来る。
「て、てめぇがあんな事言わなけりゃなぁ~! ま、まあいい!」
「で、いつ神霊山へ向かうのじゃ?」
「ん~飯食ったらそのまま行こうかと! それでいいよな?」
「うん。 ママ、会えるかな?」
リースは嬉しそうな表情を浮かべている。
そして、一行は朝食を取り、そのまま神霊山へと向かった。
〝導きの谷〟から〝黄昏の丘〟へ行き、〝現世の狭間〟へと向かう。
本来であれば数日掛かる場合もあるその距離も、四人にとっては余裕であった。
途中、魔物を倒しながらも数時間で〝黄昏の丘〟へと到着した一行はそのまま〝現世の狭間〟へと進んでいく。
「エリー、ここ外れたら何があるんだ?
確か、〝黄昏の丘〟は岩山だったよな」
「妾もそこまでは分からぬな。 だが、岩山に変わりはないのだろう。
なんなら行ってみるか?」
「良いじゃん、冒険みてぇだし!」
そのまま〝現世の狭間〟の道から外れて歩いていくと、やはり周囲は岩山となっていった。
そして、奥の方にはまるで奈落へと誘うかのような洞窟が見える。
「ちょうどいい、あそこを宿にしよう」
四人は洞窟へ入っていく。そこは人の手が全く加えられていない状態で、魔道具の灯りすらない。
しかし、洞窟自体は浅く、すぐに大きな広間へと出た。
「あれは……」
クロビが周囲を見渡すと、そこにはカルネール村の祠で見たものと同じように、円形の鉱石が置いてあった。
「ほお、相伝石じゃの。 カルネールにもあったのと同じじゃよ」
すると、リースがそれに触れ、目を閉じる。
「綺麗……想いを紡ぐ石、素敵……あれ?」
リースが石に触れながらも気付くと自分の目から涙が流れていた。
恐らく石に宿る想いや思念を無意識に読み取ってしまったのだろう。
そして、その涙が石へと零れ落ちた途端、それは淡い光を放ち始めた。
「なんだ? もしかして敵が出てくるとかないよな!?」
リッシュは少し警戒しつつ周囲を見渡す。
実はリッシュ、ロアに銃を預けてしまっていて、丸腰の状態なのだ。
だが、放たれた光はやがて集束していき、そこに現れたのは一人の女性の姿だった。
銀色の髪に獣耳、二本の尻尾を生やした麗しい女性。
「ママ!?」
「母さん!!」
『リース、リッシュ、よく来ましたね。
最後に会えて嬉しいわ』
リースは涙を流して母の幻影に抱きついた。
幻影ではあるのだが、それはしっかりとリースの身体を抱き止め、優しく撫でていく。
『先ずは、悲しい思いをさせてごめんなさいね。
それでも、二人を守る手段がそれしかありませんでした……』
「いいの、私もママを守れなかった……」
「でも、ちゃんと仇は討ったからな!」
『見てました。 クロ様、二人の力になってくれてありがとう』
「いいえ、利害の一致ってやつですよ」
『良い人に巡り会えましたね』
「うん!」
「ああ」
『ルーナリアは潰えました。 ですが、皆の意志はしっかりと二人に受け継がれてます。 それを忘れないで下さいね。
エリー、久しぶりですね』
「そうじゃの。 いつの間にか死におって……まあこうして会えたから良いがの」
『これからも二人を気にかけてくれると嬉しいわ。 友人として』
「全く、妾の友は色々と押し付けてくるヤツばかりじゃの。
まあ、そこは任せておくとよい」
『ええ。 それと二人とも、今後亜人種達の力が必要となったら 国を訪ねなさい。
ルーナリアが潰えた今、サンジェラルで一番大きく、一番力を持っている国になります。
女王、フォクシーナ・ヴィリアント・コルトヴァーナがきっと力になってくれるでしょう。』
「げっ、フォクシーナ……」
「エリーは知ってるのか?」
「ま、まあの……」
『エリーは犬猿の仲でしたね。
まあそれも昔の話し。 今は変わったかもしれませんよ』
「そんな簡単に変わるかのう?」
『ではリース、リッシュ、私は逝きます。
後は貴方達二人に任せましたよ。
愛しい子達。 愛してるわ』
「ママぁー!」
「くっ……」
二人は涙を流しながら、光となっていく母の姿を最後まで見つめ続けた。
・
・
・
四人は母フェイリンとの邂逅を終えると、外に出た。
既に夕刻で、陽が沈みかけている。
「どうする? どうせならここで野営するか、一旦戻るか」
「どうせなら泊まるか! もう少し余韻に浸りてぇ」
「うん。 私食材狩って来る」
「よし、じゃあ俺も行くよ。 リッシュは準備頼む!」
二人は食材を確保しに出かけ、リッシュとエリネールは野営の準備に取り掛かる。
その夜、火を囲うように四人が並び、語っていく。
すると――
「そういえば持って来たぞ、昨日話した魔物酒じゃ」
エリネールがポーチから瓶を取り出すと、そこには二本の角が生えた小型の蛇が漬けられた酒だ。
「ツインホーンスネークの酒じゃ、亜人種ではこれが主流じゃろう?」
「ああ、それなら酔わないぜ!」
「飲みやすいお酒」
そして四人は器に酒を注ぎ、乾杯をした。
つまみはセイクリッドボアや、セイクリッドホーンラビットの肉を焼いたもの。
どれも魔力が多く含まれ、美味だ。
その後、四人はどんどんと酒が進み、気付けば瓶が三本開いていた。
「うっはぁ~さすがに言ってただけあって強いなこの酒……」
「そうじゃろ? 妾も結構酔って来たぞ」
見ればリースとリッシュは既に酔い潰れて寝ていた。
「飲めるって言ってなかったか? まあ元が弱いんだろうけど……」
「疲れもあったのじゃろ? 良い夢を見れていれば良いがの」
「よし、つまみがなくなった! 狩ってくる!!!」
クロビが急に立ち上がり、洞窟の外へと走って行ってしまった。
「はぁ~バカものが……あの状態で行くとは危ないじゃろ!」
エリネールは急ぎクロビの後を追いかけると、「うぉぉぉおお!!」っと跳躍して空を飛んでいた夜鳥の首をスパっと刎ねていた。
「馬鹿者!! 命を粗末にする出ないわっ! そんなに大きな魔物捕まえても食えんだろ!?」
「す、すまん……だってさぁ~!!」
「だっても何もないわ! 全く」
「ちょうどいい、丘まで下りて酔いを醒ますとしよう」
二人は丘まで下り、夜の景色を見ながらぼーっとする。
辺りは静まり返り、空を見上げれば星の海だ。
「ほれ、膝を貸してやるから少し大人しくせい」
エリネールは女座りでポンポンと膝を叩いてクロビを呼ぶ。
「ふぅ~、ああ…素晴らしい枕だ」
「当然じゃ。 妾の膝じゃからの。 誰もが簡単には触れられぬ至高の膝なのじゃ。 少しは感謝せよ」
クロビがふと上に視線を向けると、夜風に靡かれた美しい紫の髪に、酔いで頬を赤らめ、トロンとしている綺麗な眼を持つ美女がいる。
「至高ね……じゃあ至高は全て俺が頂くっ!!」
「んなっ!? 何を!?」
突然クロビがもぞもぞし始める。
「んんっ……も、もう! お主等は直ぐにそれじゃ……全く何なのじゃ!!」
エリネールは少し怒り気味に語気を強めるが、それでも抵抗はしない。
「エリーが悪い。 それに尽きる!」
「なっ!? この期に、及んで人の所為っとはっ!」
「だってエリーが綺麗だからな。 それに、エリーの表情とかもう……それこそ至高です。
男冥利に尽きます。 はい」
「むっ……嬉しいの、かっ、言い包め、られてるのか……」
そしてクロビがエリネールの口を塞いでいく。
その後、森の奥からは女性の艶めかしい声が響き渡り、魔物達もそれに共鳴して鳴き声を上げたのだった――
・
・
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翌日、四人は目が覚めると、身支度などを済ませてゆっくりしていた。
エリネール以外、若干の二日酔いに襲われているのだ。
しかし――
くんくん
くんくん
「クロ……?」
「ん? どうしたリース」
「どうしてクロからエリーの匂いがするのかな?」
「!? さ、さぁ?」
「エリーからもクロの匂いがする。 昨日? 浮気?」
「えっと、だから浮気には当て嵌まらないんだって。
それにリースも構ってるなら良いだろ?」
「むぅ……じゃあ許す……」
「なんじゃその意味の分からんやり取りは……」
「いつもの事だ。 気にすんな。 ってエリネールって……」
「なんじゃ?」
「男ったらしだよな?」
リッシュがエリネールを見ながらそんな事を突然言い放つ。
「なっ、何じゃと!!? って、な、ならお主は何なのじゃ!?」
「はははっ、そう怒んなって。 何となくさ、エリネールに抱かれる男は甘やかされてて手懐けられて、きっと最後はダメ男になっていくんだろうなって」
「ぬぅ……まあ否定は出来ぬが、お主に言われると何か悔しいの、リッシュ」
「はははっ、まあエリーに甘やかされるなら大歓迎だけどな!」
「お主まで変な事言う出ないわ! 横を見ろ横を」
クロビが横を見ると、「浮気?」と殺気を放つ銀色の悪魔が立っていた。
「冗談だって、よし! 帰ろうか!」
こうして数時間かけてのんびりとローズベルドへ戻り、その日はただただのんびりと過ごして翌日、一行はイーリスのロアの工房を訪れた――
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