双子の妹
※新章突入してます
銀眼、銀狼族の二人が船の製作を始めて一日、既に木材を組み立てて簡素な物が出来上がっていた。
「リース、船の底面を鉱石類で固めてくれ。 沈まない程度にな?」
「ミスリルなら多分平気……」
リースは木の船をひっくり返すと、底面や側面にミスリルの板を生成してくっ付けていく。
銀眼であるリースの異能、〝鉱物生成〟だ。
「リッシュ、終わった」
「よし、これなら今夜には出航出来るな」
ミスリルで出来た船をひっくり返して元の位置に戻すと、中の作業を開始する。
そして数時間後――
「よし、完成だ」
パチパチパチとリースが小さく拍手をする。
「リッシュ、挨拶したい。 お別れの」
「ああ、そうだな。 早速行こう」
二人はその場を後にし、森の中を枝から枝へと跳び進んでいく。
亜人・銀狼種である二人は森が庭みたいなものであり、加えて普通の人族と違って身体能力が基本的に高い。
また、亜人族はどの種族かによっても特化された能力が変わるのだ。
森を抜け、しばらく進むとそこには沢山のお墓が作られていた。
その中にある一際大きなお墓。
「ママ、行ってくる」
「母さん、約束通りリースは絶対守るからな」
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「おし、じゃあ出航!!」
「……」
リースは手だけを上げて「おー!」と言ってそうな素振りを見せて船は波に乗って進み出した。
空は雲が多く、風もあってか、少々波も高い。
その為、出航日和ではなかった。
それでも、目的の為には待っているなんて選択肢は二人には無い。
ルッセル大陸は から薄っすらだが目で見える距離。
「目指すはルッセル。 だが、あの紙によればそこの施設は研究所も担ってるらしい。 リース、無理なくいくぜ?」
コクっと頷き、真剣な表情で薄っすらと先に見えるルッセル大陸へ視線を向けた。
※ ※ ※ ※ ※
時は少し遡り――
クロビは飛空魔動機〝鴉〟でのんびりとベルベラ国から忘却の大陸を目指していた。
ベルベラ国はゴルデニア大陸の西側、港湾都市クルッシュの北側に位置していた為、大陸を横断する形になっている。
仮に魔導列車で横断するにしてもゴルデニアの端から端まで1日は掛かるだろう。
そして、そこから船に乗ってルーブ大陸のオウセンへと渡り、更に船を乗り継いで忘却の大陸へとなれば本来は七日程掛かるのだ。
また、飛空魔動機であっても乗り手の魔力量問題があり、休憩しながらとなれば恐らく十日以上は掛かってしまう。
しかし、クロビはその距離を三日で渡り切った。
「あれが〝忘却の大陸〟か……忘却と言うか、濃い霧で覆われてて何も見えないけど」
そこは大きな島国ではあるのだが、そこはまるで標高の高い雲に覆われた場所の様に濃い霧が囲んでいたのだ。
「とりあえず街とかで休んでから散策したいんだけどな……
ドーバルの基地もあるって言ってたし、間違えてそこに降りたら面倒だぞ」
そんな事を呟きながら大陸付近まで近づくと、突然ピュンッと音が響き、霧の中から赤い光がクロビに向かって一直線に放たれた。
「――っ!?」
クロビは咄嗟にそれを躱すと、ピュン、ピュンっと追撃が来る。
「まずいなっ!」
どうにか追撃も躱していくのだが、どこから何が放たれているのか分からない、そして止む事のない攻撃は次第に〝鴉〟の動きを捉え、ズキュンと右翼に被弾して貫通した。
「うぉ!? マジかよ……こんままじゃせっかくの愛機が壊されちまう」
クロビは透かさず低空飛行に切り替え、赤い光が放たれた場所から離れた所に着陸した。
そこは木々に囲まれた深い森。
周辺には獣か魔物らしき鳴き声が聞こえる。
「全く何なんだ? 霧の中からって事は見えないと思うんだけどな……
って事は動く物を感知するタイプ……ならあの辺がドーバル関係の可能性が高いな」
着陸した上で恐らく基地であろう方向へ視線を向けると、何かを探しているような動きで光が照らされ、ウーっと警報が鳴り響いていた。
「さて、とりあえず街でも探すかな……」
クロビは基地らしき場所を背に、森の中へと進んで行った。
しばらく歩いていると途中魔物にも襲われたのだが、難なく討伐し、素材を回収しながら進んで行く。
すると、「きゃあああ!」と女性の声が聞こえた。
「あら、魔物にでも襲われてるのか? にしても聞き覚えのある声だな……」
クロビは声が聞こえた方向へと速度を上げて向かうと、三匹の大鬼に襲われている一人の女性が目に入った。
「よっと」
縮地でその場所へ移動し、黒棍を形成するとそのまま女性に一番近い大鬼の顔を思いっきり殴り飛ばす。
「大丈夫かい?」
「えっ……あ、はい!」
「じゃあちょっと下がってて」
クロビは大鬼と対峙し、背を向けたまま会話をすると、タンっと距離を詰めて一気に倒していった。
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「ふぅ~こんなもんか。 終わったぞ~! って、えっ――!?」
「あの……ありがとう、ございました……」
ペコっと頭を下げたその女性は長い茶色の髪を布で束ねていて、服装は地味な長袖のワンピース姿だったのだが……
その顔にクロビは驚愕した。
「……ユ、ナ?」
「えっ!?」
「いや、違う。 ユナは死んだはずだし……神霊山でちゃんと……」
すると、クロビの発言が気になったのか、目の前の女性が慌てた様子で腕を掴みながら叫んで来た。
「ちょっと貴方、今〝ユナ〟って言いましたよね!? 言いましたよね!?」
次第にその力が強くなり、クロビの両腕を掴みながら前後に激しく揺らす。
「だ、ちょ、言った、か、ら」
「言いましたよね!? 聞き間違いじゃないですよね!?」
「だぁー!! ちょっと落ち着けぇ~!!!」
「はっ!? す、すみません! 恩人に対して……」
「とりあえずここはまた魔物が来るかもしれないから、どこか安全な場所に移動しよう。 と言っても俺この辺は分からないんだよな」
「えっと、でしたら街へ戻りましょう。 私が案内します」
「分かった。 頼むよ」
こうしてクロビ自身にとっても、この女性にとっても思わぬ出会いとなった二人は、女性に連れられて街まで向かった。
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「着きました。 ここがこの大陸唯一の街、≪ロスタール≫です」
女性に案内され、辿り着いた街は思ったよりも大きな所で、街中もワイワイと賑やかだった。
しかし、街全体が大きな金属の壁で覆われていて、まるで外部からの侵入を一切受け付けないと言わんばかりだ。
実際に街へ入る時も重たく、頑丈そうな扉を筋骨隆々な門番が二人掛かりで開けていた。
「ここは基本的に、ここに住む民以外は来ません。
それと、ドーバル基地もあって、隔離されたような状態になってるんです。
だから世間では〝忘却〟って言われるんですけどね」
「なるほどな。 しかも外から見たら濃い霧に覆われてたし……」
「はい、それも中央の高い煙突が見えますか? あそこから人為的に出してるんですよ。 防衛の為、ですね」
クロビも視線を少し上に上げると、恐らく街の中央に大きな筒状の建造物があり、頂上付近は霧で見えなくなっていた。
「では、行きましょう」
再び女性に案内されて、街の奥へと足を運んでいく。
時おり、すれ違う人がチラチラと不思議そうにクロビを見るのだが、これも部外者が珍しいからなのだろう。
街並みは鋼鉄で出来た様な建物が並び、場所によってはブシューっと蒸気を噴射している所もある。
街そのものが機械仕掛けと言うか、魔道具のような雰囲気だ。
しばらく歩いていくと、一際大きな建物へと辿り着いた。
最近ではよく目にして来た貴族の館だ。
「ここが私の家です。 付いて来て下さい」
玄関には執事らしき人物が立っていて、頭を下げる。
また、奥には数人のメイドが女性を出迎えていく。
二階へと上がり、一番奥の部屋の前に来ると、女性はコンコンとノックをする。
「入りなさい」
「失礼します」
入室の許可が下りるとドアを開け、中に足を運んでいく。
すると、茶色い髪に青い眼をした優しそうな表情の男が机越しに座っていた。
「おお、お帰り。 おや、客人かい?」
「はいお父様、森で大鬼に襲われてしまって、そしたら助けて下さいました」
「お前はまた森に行ったのか……危ないと言っただろうに……
娘を助けてくれて感謝する。
私はロスタールの領主、ダナン・グルーデンだ」
「俺はクロと言います。 えっとグルーデン……グルーデン」
クロビは何かその名前に引っ掛かりを覚え、頭を抱える。
そして――
『私はユナ・グルーデンって言います』
ふと頭に流れたのは当時12歳だったユナと初めて会った時の事、そして当時のセリフだった。
「あっ、ユナ! ユナ・グルーデン!」
クロビが手をポンと叩いて、思い出した!と叫ぶ。
すると、
「「っ――!?」」
二人はその発言に驚きの表情を浮かべた。
まるで先程の女性と同じように……そして、女性が口を開く。
「やっぱり! さっきもユナって言ってましたよね!?
お姉ちゃんを知ってるんですか!?」
「へっ――!? お姉ちゃん?」
「あっ、そう言えば自己紹介してませんでしたね。
ニナ・グルーデンです。 ユナ・グルーデンは私の双子の姉です!」
「双子!? あー、だからか! 全く同じ顔してるからマジで驚いたよ」
「やっぱりお姉ちゃんの事知ってるですね! お願いです!
お姉ちゃんが最後どういう状況だったのか、教えて下さい!」
またも がクロビの両腕を掴んでブンブン揺らして来る。
「こらこら、 落ち着きなさい。 クロさんが困ってるじゃないか」
「あっ、すいません……またやってしまいました……」
「いいよ、何かユナそっくりだな」
そういえば〝家族に会ったら力になって〟だったか…
クロビは神霊山での邂逅を思い出し、「じゃあユナの事は話すよ」と告げると、「食事を取りながら」とダイニングへと案内されて席に着いた。
そして、しばらく食事を楽しんだ後にメイドが入れてくれた紅茶を飲みながら話を始める。
「俺がユナと出会ったのは今から約8年前ですね。
俺自身は東方国の出身なんですが、父が病死して母と俺が当時ゴルデニアのどっかの辺境伯だったダルク・ルーセルに引き取られたんです。
ダルクさんは父の友人だったようで。
でも、結局ドーバル元帥、ゴルバフの手によって皆殺されました」
「なっ、なんと……」
「そんな、クロ様……」
「俺だけが生き残って、そこから逃げ出して、森を抜けた所にあった洞窟に身を潜めまして、その時に初めてユナと出会いました」
今でも思い出すと懐かしく感じる。
ユナの柔らかい笑顔、泣き顔、怒った顔、あの時は辛い過去もあったけど、本当に幸せだった。
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そのまま話を続け、自分が紅眼の死神と呼ばれるようになった所も含めて、全てを包み隠さず語っていく。
そして――
「この大陸に来る前、ゴルセオ大陸にいて、その前はエマーラル。
西の魔女って言われるエリネールとイーリスの第一王女メイリーン、三人で神霊山に登りました。
その時、ユナに会ったんです。
魂はいずれマナに還る。 その前に会えたんですよ。
そして、最後に「私の家族に会ったら力になってあげて」って言われましたね。
まさか、こうしてユナの家族に会えるとは思ってもみなかったですけど」
こうしてクロビが自身の事、ユナの事を話し終えるとしばらく沈黙が続く。
だが、二人の目には涙が浮かんでいた。
「そうだったか……紅眼の死神か……まさかそんな背景があるとは露知らず。
だが、こうして巡り合えたのもユナの図らいなのかもしれんな」
「そうですね……お姉ちゃん、うぅ……」
「でも、ユナは貴族じゃないって言ってましたけど、貴族だったんですね」
「ああ、色々とあってね。 最初は家族四人でここで暮らしていたんだが、この辺は争い事が多くてな。
それで妻ダリナの実家でもあったカルーネルにダリナとユナが、そしてここには私とニナが残ったのだ。
今考えれば、ここに居てくれたらと後悔ばかりだよ」
「そうだったんですか……」
「だが、安心して欲しい。 ユナが愛した男だろう。
例え紅眼と言われようが、力になりたい。
元々この地はドーバルと長年争っていてな。 それ故の鉄壁なのだ」
ロスタールはその昔、まだ王が君臨していた君主制の時代に鋼鉄産業で国を発展させ、今もその名残が強い。
しかし、戦争が激化するにつれてドーバル軍の侵攻が過激になり、やがて落とされてしまったのだ。
それでもロスタールの人々は自分達の国を取り戻すと奮起し、蒸機を使った目くらましや鋼鉄を活かした戦術でようやくドーバルから自国を奪い返した。
それからは王を置かず、民達が力を合わせて発展させていくと志し、それでもリーダーの役割が必要だとグルーデルの先代がそれに声を上げたのが始まりで、それは今でも続いているのだ。
「なるほど、なら俺の敵はこの街の敵でもあるんですね」
「そういう事だ。 だから安心していい。 宿は取ってないんだろう?
今日はもう遅いし、この街に居る間は好きに使うといい」
「本当ですか? 助かります!」
「良かったですね、クロ様」
「ああ、基本行き当たりばったりな旅でもあるからな。
その分出会いは結構あるんだけど」
「私、もう少しクロ様の旅話聞きたいです。 良いですか? お父様」
「ああ、構わないよ。 結婚は出来なかったとはいえ、お前の義兄だからな」
「お義兄様!」
ニナは目をキラキラさせてクロビを見つめた。
「お義兄様か、何か嫌じゃないけど変な気分になるな」
「でもお義兄様はお義兄様です。 じゃあこちらに来て下さい」
クロビは に手を引かれてダイニングを後にした。
※ ※ ※ ※ ※
≪ルッセル大陸南部の森≫
「これじゃあ何も見えねぇな……匂いも嗅ぎ分け辛れぇし」
「でも、この霧なら見付からない」
「そうなんだけどな」
リースとリッシュは無事に船旅を終え、ルッセル大陸へと上陸していた。
ルッセル大陸は基本、森に囲まれた島。
その上で濃い霧に覆われている為、身を隠すには持って来いの場所でもあるのだ。
「とりあえず良い洞窟があるみたいだから、そこに泊まろう。
リースは軽くでも周辺状況を探ってくれ」
「うん……」
リースがしゅっと勢いよく跳躍すると霧が濃い事もあってすぐに姿は見えなくなった。
「さて、俺は食料でも狩るか……感覚強化」
リッシュ目、耳、鼻のそれらを最大限に研ぎ澄ませると、魔導銃を取り出して構える。
濃い霧の中の為、傍から見ればその先に何があるのかも分からない状況で銃を構える一人の男だが、本人は確実に獲物を捉えている。
そして、パシュンっと発射させると、『キュー』と鳴き声が響いた。
その方向へ足を運ぶと、見事に鹿の魔物を狩っていた。
〝シャドウテイルカリブー〟
鋭く、大きな角を持つ鹿の魔物で、後ろから忍び寄っても尻尾が影となって襲い掛かる。
それは影故に防ぐ事が非常に難しく、前から向かっていっても角で投げ飛ばされてしまう狩り自体困難を極める魔物なのだ。
ただ、その肉は引き締まっていて非常においしい。
この大陸ではシチューなどによく入っている。
「おし、今日の食材確保っと」
すると、リースも戻って来る。
リッシュの魔導銃の音と匂いで場所を特定したらしい。
「リース、今日もご馳走だぜ」
パチパチパチっと無表情だが嬉しそうな雰囲気で拍手をするリース。
そして、洞窟へとそれを運ぶと、料理担当のリースが腕を振るうのだった――。
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