ベルベラ国・王子生誕祭
翌日、クロビはいつも通り朝から鍛錬をしていたのだが、今回はエメリアも同じく参加し、魔力量の増加に励んでいた。
その後、ダイニングで朝食を取っていると、クロビはある事を思い出した。
「そういえばエメリ、今思ったけど俺、礼服持ってない!!」
「あら、そういえばそうね……パーティーは夕方からだけど、間に合うかしら?」
するとローナが紅茶を注ぎながら、「だと思いまして、既に準備しておりますので、ご安心下さい」と告げた。
「おお、優秀で助かるよ。 ありがとう」
「いいえ」
「エメリのドレス、すっごく素敵ね? 何だか昔の自分を思い出すわ~」
ルビアは昨夜にエメリアの着るドレスを目にしたのだが、それからワクワクが止まらないようだ。
実はルビアが若かった頃、まだそこまでドレスの種類が豊富ではなかった時代だが、わざと色気の引き立つドレスを選んで父ローベルを誘惑したのだとか。
確かにエメリアはキリっとした表情で、ルビアは優しい表情。
それでも、二人がベルベラ国内で誰もが認める〝美人〟である事は言うまでも無かった。
母にしてこの娘有りだ。
「ここから馬車でパーティー会場までは30分程掛かるわ。
それまでは自由だけれど、昼過ぎには準備があるからそのつもりでいてね?」
「分かった。 って言っても別にやる事はないんだけどな?」
「ふふ、なら少し付き合って下さらない?」
「ああ、いいぞ!」
そして、二人は館近くにある丘へと足を運んだ。
一面に様々な花が咲き、丘の頂には簡素なベンチが作られている。
「はぁ~!」っとエメリアは身体を伸ばし、辺りを眺める。
「ここはね、昔にまだ私が第一王子と婚約した頃に一緒に来た事があるの。
その時、彼……クロスは幼いながらも跪いて、花を一凛くれたわ。
『僕のお嫁さんになって』って」
「そうか……結婚って上手くは行かないもんだよな……」
クロビも自然と、勿論、詳細は省きながらもユナという女の子との出会い、婚約、そして死……神霊山での邂逅をエメリアに話した。
「そうだったの……比べるものではないけれど、クロも辛い経験をしたのね。
それでも、神霊山で再会出来たと言うのは素敵。
ちゃんと二人の想いが繋がっていたんだと感じるもの」
「そうだな。 まあ他の女ばっか抱いて浮気!って冗談半分で怒られたけど。
自分が良いって言ったのに」
「ふふ、良いって言っても嫌なものは嫌なのよ、特に女は」
「そうみたいだな。 エメリはまだクロスの事好きなのか?」
「ん~そうね。 ただ、もう全く顔を合わせていないし、既に婚約が決まってしまっている。
今の私にはどうする事も出来ないわ……この気持ちもその内消えてしまうかもしれないし……」
エメリアは少し悲し気な表情を浮かべ、まるでクロスとの思い出に浸るかのように丘一面の花を眺めた。
しかし、そんなシリアスな場面にも関わらず、クロビはバシっとエメリアの頭に手刀を放った。
「いたっ!? ちっ、ちょっと何するのよ!?」
「そんな辛気臭い顔すんなよな。 美人が台無しだぞ?
今日これから久しぶりに顔を合わせるんだからさ」
「そ、そうだけど――あっ!」
「どうした?」
「ちょっと思い出したの。 それと、なぜクロとは気軽に話せるのかも。
さっき、クロスとの話をしたでしょ? クロスもクロって言うのよ。
愛称で呼ぶ時はね? それと、昔に似たような事も言われたわ。
『悲しい顔をするな! せっかく可愛いんだからさ!』って」
「ふ~ん」
「きっと私は……無意識の内にクロスとクロを重ねてたのかも知れないわ。
まあ、実際の中身は全然違うのだけれど」
「エメリ?」
「何かしら?」
「とりあえずこれだけは言っておく。
〝クロスへの想いはしっかり持っておけ〟
以上!」
サッと立ち上がり、「戻るぞー!」と声を掛けるとクロビは歩き出した。
「ちょっと、待ってよ! どういう事なの?」
「それはお楽しみだ」
「もう! 何で教えてくれないのよ! あまり私をバカにすると許さないんだからね!?」
「はいはい、まあ気楽に行こう!」
そんなやり取りをしながらも二人は戻り、パーティーの為の準備に入った。
と言っても、クロビはローナが用意してくれた礼服に着替え、髪をしっかりと整えられて終わり。
後はエメリアを待つだけになったのだが、女性の準備は非常に時間が掛かる為、数時間紅茶を飲みながら、ローベルと雑談をしていた。
そして――
「お待たせ」
サロンへ降りて来たのはもはやエメリアではなく、女神そのものであった。
髪は緩やかに頭の上で纏められ、ミリアレア自慢のワンショルダードレスに身を包んだその姿は誰もが振り向くだろう。
また、首や腕、耳に飾られたアクセサリーがよりエメリアの色気と気品を引き立たせる。
「……」
「何で黙ってるの?」
「もうね、言う事無しですよ、エメリアさん」
「何で敬語なのよ? でも、ありがとう」
「ローナさん、自信作ですね!」
「当然です。 これから向かうのは戦場ですからね。
いくらドレスにお金を掛け、その人の素材が良くても、それを最高の状態へ引き上げるのは侍女の努め。
故に会場では侍女同士の戦いの場でもあるのですよ」
「大丈夫よ。 エメリは誰にも負けないわ」
「お母様も素敵ですよ」
「いや、お前達二人の美しい姿を見れて私はもう感動しているよ……ルビアのドレス姿も久しぶりだからな」
ローベルは二人の姿に少し涙を浮かべながら感慨深い表情を浮かべていた。
「クロも似合ってるわ。 礼服姿もなかなかそそるわね?」
「おい、俺を誘惑するつもりか? 簡単に落ちるぞ」
「ふふ、もう落ちてるのは知ってるわよ」
(ちくしょう……クロスがいなけりゃ……なんてお人好しだ俺は……)
「何か言ったかしら?」
「い、いえ、何でもないで~す」
「だから、なぜ突然敬語になるのよって」
そして、準備を終えた一行はベルベラ城へと馬車を走らせた。
※ ※ ※ ※ ※
≪ベルベラ城・パーティー会場≫
一行がベルベラ城へ到着すると、辺りは沢山の貴族達が参加していた。
「では、私達は上に居るからクロ殿、エメリを頼むよ」
「分かりました」
ローベルとルビアは腕を組みながら二人で別の道を歩いていく。
「しかし、凄い人だな」
「そうね。 王子二人の生誕祭だもの。 それに王主催のイベントは貴族なら全員強制参加なのよ」
「なら当然か」
クロビは肘を曲げてエメリアを待つ。
「では行きましょうか」
エメリアもクロビの肘に掴まると、エスコートされて会場入りをする。
『エメリア・スキャットフローズ様、入場します』
城の者が扉を開けるとそこには綺麗に着飾った貴族達、上品な音色を奏でる演奏者達。
そして至る所に食べ物や飲み物が置いてあった。
何より、豪華な装飾が為されたシャンデリアに高級な絨毯が今日のパーティーを一層彩っている。
「まだ少し時間があるけど、始まったら先ずは挨拶に行くわよ」
「分かった」
二人が歩き、城内へ足を運ぶと、もはや参加者の男達全員と言っても過言ではない程に注目されていた。
中には顔を真っ赤にする男、少し前屈みになる男、虜になり過ぎて壁にぶつかる者までもがいる。
「こりゃあ大成功だな」
「でも、あまり嬉しくない視線よ?」
「いや、そこは喜ぶべきところだぞ? それだけ魅力があるって事なんだから」
「納得し難いけど、そうね。 そういう事にしておくわ」
すると、正面から真っ赤なドレス、茜色の長い髪を巻いた何ともお嬢様らしい女が扇子を広げつつエメリアの前に立った。
「あら、エメリア。 また随分と寒そうなドレスを着ているのね?
まるで花の蜜よ? そんなに注目が欲しいならいっその事脱いでしまえばいいのでは?」
まるで挑発する様な口調で赤い女はエメリアと対峙した。
これが俗に言う社交場での女の闘いなのだ。
「あらスカーレ、久しぶりね? 相も変わらず真っ赤なドレスが気の強さを体現している様よ?
態度も発言も、もう少しお淑やかになされたら如何かしら?」
エメリアも負けじと扇子を口元で広げ、微笑む。
周囲の男達には見えているのかもしれない……エメリアとスカーレ、それぞれの後ろに姿を現す虎と龍が。
双方、バチバチと鋭い視線がぶつかり合い、火花を散らす。
「ふん、全く変わってなくて安心したわ。 それでこそ私の宿敵ね」
「あら、スカーレからそんな事を言われるなんて嬉しいわ。 あなたは次期王妃でしょうに。 いつまでも血の気が多いと大変よ?」
「いいのよ、それはそれなんですから。 それと、エメリア……」
スカーレは扇子を広げてエメリアの耳元へ顔を移動させる。
(お父様とお兄様が怪しいわよ。 気を付けなさい? 十中八九狙いはエメリアなんだから)
小さくエメリアへ忠告をするとすぐに体勢を戻し、「では、私はこれで。 ごきげんよう」とその場を去って行った。
「ふふっ、宿敵ねぇ……ありがとう」
「大丈夫か? 結構な威圧っぷりだったけど、知り合い?」
「そうね。彼女はスカーレ。 学園では魔術は私がトップで武芸はスカーレがトップだったの。
それと、私の婚約者ルーウィンの妹なのよ。
それでいて第二王子カイン殿下の婚約者でもあるけれど」
「へぇ、じゃあ敵なのか?」
「ううん。 彼女だけは味方ね。 今も気を付けろって教えてくれたわ。
宿敵だからこそ、最後に倒すのは私よ、という感じなのね、昔から」
「まあ、味方なら大丈夫か。 喧嘩するほど仲が良いって事にしておこう」
「ええ、そうね」
程なくして、『国王陛下、第一、第二王妃殿下の入場!』と、声が響く。
パチパチと盛大な拍手と共に国の主を迎え入れる。
「皆、良く集まってくれた。こうして、子供達の成長を皆で祝える事、心から感謝する! では、主役達を温かく迎えてやってくれ」
『第一王子クロス殿下、第二王子カイン殿下の入場です!』
王からの挨拶の後、二人の王子が再び盛大な拍手と共に迎えられた。
「あれが王子か、二人共爽やかだなぁ~!」
第一王子クロスはピンクブロンドの短めの髪を揺らし、爽やかな笑顔で手を振りながら登場する。
後ろには第二王子カイン。
やや青みがかった長い髪を靡かせ、クロスよりは鋭さのある視線で横に並ぶ。
どちらも王子としての風格は十分で、会場の令嬢達はその姿を見ると一斉に頬を赤らめた。
そして、二人が挨拶を済ませると、パーティーの初日が幕を開けたのだ。
「どうだ? 久々の第一王子は?」
「ええ、素敵ね。 思ってたよりもずっと……」
横に立つエメリアを見ると、少し頬を赤らめていたが、よく見ればクロスもエメリアを見付けたのか顔が赤く見える。
「さて、一応っと」
クロビは自身の魔力をエメリアも含めて散布されせる。
「エメリ、何か口にする時は言ってくれ。毒味の場合でも遠慮なくな?」
「ええ、そうするわ。 でも、クロは平気なの?」
クロビは身体に異物が混入しても体内に黒炎を形成出来る為、問題ない。
「俺は平気なの。 と言うか俺より自分な?」
「分かったわ。 では、挨拶に行くわよ?」
二人は横に並び、王や王子達の下へ足を運んだ。
・
・
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「エメリア嬢、よくぞ来てくれた」
「はい、陛下。 第一王子クロス殿下、第二王子カイン殿下、共にこうして健やかに育ち、成長されているのも、陛下の御力あっての事。
これからも私達を導いて下さるよう、お願い申しげます」
「はっはっは! よいよい、そんなに畏まらんでくれ。
エメリア嬢には迷惑をかけた。 今日は存分に楽しんでくれ」
「はい。 ありがとうございます」
「して、隣にいるのは? やはりルーウィンではないのだな」
王ブラハはクロビを見て、少し疑問を浮かべる。
「はい、こちらはクロと申しまして、私の護衛をお願いしております。
色々と大変な状況でして……」
「そうか……何かあれば力になろう。 クロ殿、よろしく頼む」
王のブラハ自身も派閥争いなど、この国の状況は当然ながら把握していた。
だからこそ、少しでも力になれる事はしたいのだ。
「はい、お任せ下さい」
二人は王への挨拶を終えると、二人の王子の前に並んだ。
「クロス殿下、カイン殿下、この度はおめでとうございます」
エメリアは今日一番の笑顔と綺麗な礼で祝いの言葉を告げる。
「ああ、エメリア嬢、綺麗になったな。 ますますスカーレが対抗心を燃やしそうだ」
カインは少し嬉しそうにエメリアへ返答する。
そして――
「え、エメリア……その、綺麗だ」
クロスは顔を赤くして、もはやエメリアの顔を見る事が出来ない状況だった。
「ありがとうございます。 ただ、呼び捨てはダメですよ殿下。
お気をつけ下さいまし」
「あ、ああ、すまない。 エメリア嬢、ありがとう」
「はい」
こうして王子達への挨拶を終えるとエメリアとクロビは会場の隅に移動して周囲を眺めていた。
「クロ、あれが私の婚約者のルーウィン・デリスロールよ。
ベルベラ国の公爵家で、私よりも身分が上ね。
だからもしかしたらクロに突っかかってくるかもしれないから気を付けて」
エメリアの視線の先には、先ほどのスカーレと同じように茜色の髪を後ろへ流している、如何にも女好きでプライドが高そうな男が居た。
その横には金髪でルーウィンの髪と同じ色をしたドレスを着た女性が立っている。
「ああ、エメリアが教えてくれた通りの男だな。 まあ大丈夫だと思うが……むしろ俺が問題を起こすかもしれないけど」
「ふふ、それならそれでも良いけれど、せっかくのパーティーを台無しにはしないでね?」
「おう」と相槌を打つと、シャンパンをトレーに乗せた男が目の前を通る。
「あ、すいません。 それ二つ下さい」
「はい、どうぞ」
クロビはグラスを二つ取ると、一つをエメリアに渡した。
「これは毒とか入ってないから安心して飲むといいよ」
「ええ、クロの事は信じてるから大丈夫よ。 ありがとう」
コクコクと喉を潤し、空いたグラスを男へ返す。
すると、エメリアに気付いた婚約者のルーウィンが目の前まで来る。
「エメリア、やはり来ていたのか。 この男は?」
「私の護衛ですわ」
「そうか、それは良いが……そのドレスは問題だな。 まるで周囲の男を誘惑しているようじゃないか」
「そうですか? 素敵なドレスだと思いますし、今日の為に用意しましたの」
「ふん、まあ今の内だけだ。 せいぜい楽しむといい」
「ええ、そうさせて頂きます」
「お前、エメリアに手を出したらタダではすまさんぞ」
ルーウィンは一応、婚約者として立ち振る舞っているのか、クロビを睨み付けながら忠告をする。
「なら手を出されないように自分で護ればいいのでは? 婚約者様」
「ふん、口だけは達者の様だが、貴様みたいな下等な人間と一緒ではエメリア自身も品格が疑われるな」
そう言ってルーウィンはその場を後にした。
「エメリ、もしアイツが居なくなっても悲しまない、よな?」
「え? それはそうだけど……何かするつもり?」
「いや、仮の話だよ」
そんな話をしていると、王子達への挨拶が終わったのか、演奏者たちの奏でる音楽に合わせて中央ではダンスが始まる。
「クロ、貴方踊りは出来て?」
「勿論、出来ないぞ? まあ武術の演武と同じ要素だと思うから見様見真似なら大丈夫だと思うが」
「そう、なら踊りましょう。 たまにはこういう場も楽しまないとね?」
「分かりましたよ、エメリアお嬢様」
エメリアはクロビの手を引き、中央まで来ると自分の腰にクロビの手を誘導してゆっくり動き始める。
「あら、出来るじゃない」
「ほとんどエメリに合わせてるだけだ。 でも実際にやるのは初めてだな~こんなに密着するのか」
「貴方はこんな時でも変な事を考えるの?」
エメリアはキッとクロビを睨み付ける。
「俺はね、欲に対しては素直なんだよ。 そんな怖い顔するなって? せっかくだし……そらっ!」
「えっ――!?」
先ほどまではエメリアが先導していたのだが、突然クロビがエメリアの腰をぐっと掴むと、まるで人を武器にして演武をするかのように舞っていく。
何よりもその動きは非常に洗練されていて、周囲からはまるで新しいダンスにも見える。
しばらくそれを楽しむと、演奏が終わり、周りからは拍手が聞こえた。
「はぁ……はぁ、もうっ! ビックリするじゃない!」
「でも楽しかったろ?」
「そりゃあ楽しかったですけども! ちょっと休憩させて。 体力が持たないわ」
「はいよ!」
二人は拍手を向ける貴族達を掻き分け、テラスへと向かって休憩をする。
「それにしても、不思議なダンスだったわね。 主役の殿下達よりも目立ってしまったのが申し訳ないけれど」
「ダンス? まあ、そう見えなくもないか。 一応、演武なんだけどな、エメリを武器にした」
「武器って……もう、本当に突拍子もない事をする男ね!」
「ごめんって。 あっ、ちょうどいい」
クロビは再び目の前のお酒を二つ手にすると、一つを渡す。
「ありがとう」
しばらくは身体を休めながらのんびりと過ごしていく。
そして、会場内で流れていた二曲目が終わると、クロスがテラスへ訪れた。
一瞬クロスと目を合わせるとクロビは空気を読んで一歩下がる。
「エメリア嬢、よければ私と一曲踊って頂けませんか?」
クロスが跪き、エメリアに手を差し出す。
会場を見ると、ルーウィンは連れていた女性と中央へ立ち、カインもまた、婚約者のスカーレと中央へ向かっていた。
「ええ、クロス殿下。 是非」
エメリアはクロスの手を取ると、二人の頬が赤くなる。
全く、こういうシチュエーションを見ると本当に貴族は面倒だと思う、クロビだった。
二人が中央へ歩き、曲が始まるとそれに合わせて綺麗なダンスを披露していく。
「さてと、分かってた事だが、邪魔者がいるな……」
クロビはせっかくの二人の時間を邪魔させる訳にはいかないと考え、咄嗟に近くにいた女性に声を掛けた。
「お嬢さん、よければ私と踊りませんか?」
「えっ!? わ、私ですか? あの……はい、お願いします」
女性は突然知らない男からの誘いではあったのだが、恐らく初めての出来事であたふたして断る事を忘れてしまったようだ。
クロビは周囲の男側のダンスをそっと見ながら真似をしていく。
そして、会場内にいる不穏な空気を纏わせている複数人の動きに注意をしながら、ダンスを介してエメリアの護衛に務める。
シュッ!と恐らく毒が塗られた小さな針がエメリアへ向けて飛ばされれば、クロビも目で確認する事が難しい大きさの黒針で撃ち落とす。
狙いをつけている者が居ればその前に立って踊り、壁を作る。
そんな動きを繰り返していると、クロビの相手をしていた女性が話し掛けて来た。
「あ、あの……さっきから何を為されているのでしょうか?」
「ああ、巻き込んでしまってごめんな」
「いえ、もしかしてですが……エメリア様をお守りしているのですよね?」
「気付いてたのか?」
「薄々ですね。 昔から周りの目ばかり気にして来たので、その……自然と分かる様になってしまって……」
「そうなのか。 じゃあ俺からのアドバイス。
周りばかり気にすると自分が自分じゃなくなってしまう。
だから、そういう時は自分がどう見られてるのかじゃなくて、自分がどう見られたいのかを考えるといい。
人の為の人生じゃなく、自分の人生だからな」
クロビがアドバイスをすると、女性は驚いた表情を見せたが、「自分が、どう見られたいのか……自分の人生……」と言葉を繰り返していた。
「私に出来るでしょうか? いえ、出来るとかじゃないですよね。 そうなりたいから……頑張ってみます! ありがとうございます。 エメリア様の守護神様」
「力になれてよかったよ」
「ふふ、はい」
こうして曲が終わり、クロビは女性から離れてエメリアの所へ戻る。
「クロ、ありがとう」
「まあ、エメリなら気付くよな。 とりあえず問題なさそうで良かったよ」
そんな話をテラスでしていると、ルーウィンが二つのグラスを持ってエメリアのところへ再び訪れる。
「エメリア、綺麗なダンスだったな。 さすがではあるが」
「そうですか? でも、有難うございます」
「喉も乾いてるだろう。 先ほどはアナスタシアの手前、嫌な思いをさせたかもしれないが、お前は私の婚約者だ。 それを忘れないで欲しい」
そう言って、ルーウィンはグラスをエメリアへ手渡し、自分の分をクイっと飲み干す。
「ありがとう。 婚約者という立場を忘れたりはしませんわ」
エメリアもグラスに入っている酒をクイっと口に含んだ。
「ならいい。 ではな」
ルーウィンはそう告げると、その場を後にした。
「――エメリ、全部出せ」
エメリアは周囲に見られないよう、手で隠しながら口に含んだ酒をグラスに戻した。
そして、そのグラスを中身ごと黒炎で消していく。
「ちょっとごめんよ」
更に、クロビはエメリアの口の中に指を入れると、黒炎を出して残ってる毒素を焼き尽くしていく。
「はぁ……お前気付いてたなら無理するなよな」
「はしたない姿を見せてごめんなさい。 でも飲まないと去りそうになかったから。
それにしても、ルーウィンが仕掛けてくるなんて……
スカーレに感謝しないと」
「大丈夫か?」
「ええ、問題ないわ。 一応、帰ったらローナに診てもらうけど。
ではクロ、今日は帰りましょう」
「分かった」
こうしてクロビ達はローベルとルビアのところへ向かい、そのままスキャットフローズ家へと戻っていった。
・
・
・
パーティーを終え、スキャットフローズ邸へ戻ってから数時間後――
クロビは窓から抜け出し、とある場所へと向かった。
その数分後、コンコンとノックの音が響く。
「クロ、起きてるかしら?」
「……」
エメリアが部屋を訪れたのだが、中から反応が無い。
カチャ
ドアを開けると、部屋は真っ暗で人が居る気配も感じられなかった。
「いないのね……こんな時間に何処へ行ったのかしら……?」
※ ※ ※ ※ ※
≪デリスロール公爵家≫
「どうなってる!?」
公爵家領主のディバウスはエメリアを殺す為、パーティーに暗殺者を数名忍ばせていた。
しかし、それらは暗殺を実行するも一人の男によって尽く失敗に終わってしまった。
「も、申し訳ありません……」
暗殺者のリーダー格の男が伝う汗を拭い、頭を深々と下げる。
「父上、こやつらは失敗したようですが、毒入りの酒は私の目の前でしっかりと飲ませました」
「おお、そうか! 良くやった。 だが、王妃の目の前で倒れる事は無かったようだな」
「はい、ですから帰りの馬車、もしくは家で倒れて大事になっているでしょうな。
また、その事実は嫌でも王妃の耳に入るはず」
「まあ、生誕祭は明日にもある。 そこで全てが分かるだろう」
「「ハッハッハッハ!」」
『残念だが、お前等の目論見は全部失敗だ』
「「――っ!? だ、誰だ!?」」
突然部屋の明かりが消されると、バタッと後方で何かが倒れる音がする。
そして、灯りを付け直すと室内のはずなのだが、風が頬をくすぐる。
窓は全て閉め切っていたはず……ディバウスは違和感を感じ、すぐ様窓の方に視線を移す。
すると、そこには一人の男が座り、二人を見ていた――
「お、お前は!?」
「ルーウィン、こやつを知っているのか!?」
「はい、こいつはエメリアの護衛だとエスコートしておりました。
身分を弁えない生意気なガキです!」
「それは悪いな、そもそも貴族じゃないし、この国の人間じゃないから敬意は持ち合わせてないんだ」
クロビが自分主義な発言をすると、ディバウスが「影! 高い金払ってるんだ! こいつを殺せ!」と叫んだ。しかし――
「それも残念だが、そいつはもう死んでるよ」
「なっ――!?」
先程、後ろでバタッと音がしたのは暗殺者のリーダー格が倒れた時の音だった。
「き、貴様何が目的だ!?」
ディバウスは慌てた様子で、クロビへと真意を問い質す。
「何がってそりゃあ、エメリアの幸せだよ」
「エメリアは私の婚約者だ! 俺と結婚する事が一番の幸せなんだ!!
だから貴様何かに幸せを望まれなくても十分足りている!!」
ルーウィンはクロビの発言に対し、怒り口調で叫び出した。
「ふ~ん。 結婚する事が幸せだと言うのは同感だが、その割に殺そうとしてるのは何でだ?
パーティーの時もそうだが、お前の発言は矛盾が多いぞ?」
クロビは何の表情も浮かべずに只々冷静に言葉を返していく。
「だ、黙れ! お前には関係の無い事だ。 首を突っ込んで痛い目に会いたくなければ消えろ!」
「そうだな……いや、寧ろ私に雇われないか? 勿論、エメリアよりも多額の報酬を出そう。
百万ゴルド……いや、エメリアを殺してくれるなら一千万ゴルド出す!」
ディバウスはクロビが金の為に雇われていると考えているのか、それとも多額の金を見せれば寝返るのかと考え、交渉に入る。
実際に自分が出した依頼を熟せない暗殺者を一瞬で倒した目の前の男の方が利用価値は高い。
だからこそ、ディバウスは賭けに出たのだが――
「え~、なら100億は出して貰わないと足りないだろ? あの美しいエメリアだぞ?」
「なっ!? 100億だと!? そんな金額、国家予算を全て貴様に渡すようなものだぞ!?」
クロビの発言に、二人共が驚愕した。
「まあ、無理ならしょうがない。 ってそもそもお前等に雇われるつもりはないけどな。
俺の要求は二つ」
クロビは威圧と殺気を交え、改めて二人に向き合う。
すると、今までこうした圧倒的強者を目の前にした事がないのか、二人の表情が少しずつ恐怖や緊張の色を浮かべた。
「一つ目、もう分かってると思うが……これ以上エメリアの命を狙うな」
「くっ……何故、貴様何か――「二つ目、」――!?」
クロビはルーウィンの言葉を遮り、自分の言葉を続ける。
「エメリアの婚約を破棄しろ。 どうせそのつもりもないんだし、むしろ殺そうとしてたなら問題ないだろ?」
「す、好き放題言いおって!! そんな要求が呑める訳ないだろ!?
貴様は他国の人間だから何も知らんかもしれんがな、これも立派な政略なんだ!
王でもない貴様の要求は全て通らん!!」
貴族の結婚は利益や権力の維持の為、恋愛など皆無で基本的には親が決める政略。
だからこそ、国の為に結ばれた婚約を目の前の男の我儘にも似た言い分で呑めるはずがないと、ディバウスは真っ向から否定した。
「でも、元々はエメリアの婚約者は第一王子のクロスだろ?
お前等の勝手な言い分で無理矢理解消させ、無理矢理婚約させたなら、俺もお前らも同じじゃん」
「貴様がいつから貴族になったのだ!? どうせ平民だろ?
なら全てがまるで違うのだ! それに私はデリスロール公爵だぞ!! 口の利き方に気を付けろ!!」
ルーウィンもディバウスも、もはや話し合う気はなく只々怒りをぶつけてクロビを言い包めるように叫ぶ。
「あ~うるさいな。 じゃあエメリアを殺そうとしている第二王子派閥全員殺すか?
そしたら平和に過ごせるだろ。
多少は騒がしくなるかもしれないけど」
「ははははっ! 何をバカげた事を! 貴様の様な奴にそんな事が出来ると思ってるのか!?」
クロビの大胆発言にルーウィンはまるで不可能だと言わんばかりに笑みを浮かべ、やれやれと手を横に上げた。
「でもあれか、第二王妃だっけ? あれを殺せば結局のところ落ち着くのか。
ならそうするかな、仕方ないし。
じゃあ、もうここに用は無いから!」
クロビが窓から立ち上がり、これから第二王妃を殺しに行く気満々の体勢を取るとディバウスは慌てて止めに入る。
「待て!! 貴様がジュリアノーラ様を殺すというなら、私がここでお前を殺す!!
当然、貴様にそれが出来るとは思ってないが、その態度が許せん!!」
ディバウスは昔から第二王妃ジュリアノーラに恋心を抱き続けている。
そして、第二王子派に協力し、エメリアを暗殺する事でその身を報酬として手にする事が出来る。
だからこそ、想い人をバカにされた事、もし本当に目の前の男に殺された場合に自分の最大の目的を失ってしまうのだ。故にディバウスは目の前の男に怒鳴り声を上げた。
「ならどうするんだ? 俺を止めてみるか?」
クロビはまるで挑発する様に二人へ鋭い視線を向ける。
実際にルーウィンもディバウスも、権力こそ公爵家故に持ち合わせているが、戦いに関してはハンターで言う最下級だ。
それに対して、仮にも護衛としてエメリアの傍に立ち、気付かぬ間に暗殺者を殺した目の前の男だ。
勝算はもはやゼロに等しいだろう。
「別にここでお前らを殺しても良いんだが、それじゃ意味がないんだよな。
だから……―黒針―」
指から黒炎の針を形成すると、それぞれの足へと刺していく。
「「ぎゃああああ!! 何をぉぉお!?」」
二人は足から感じる激痛に冷や汗が止まらない。
何より、目の前の男が何をしたのかが全く分からなかった。
「とりあえず、要求はさっき言った二つ。 どうする?
それと、婚約の件だが……」
クロビが窓から降り、ルーウィンの目の前で屈む。
「明日のパーティーで破棄を宣言しろ。 余計な事は言わずに、な?
お前等に拒否権はない。 言う事だけ聞いてれば良い。 分かったか?」
そう告げると、先程とは比べものにならない程に濃厚な殺気をぶつけた。
その瞬間、二人は自分の首が刈り取られる映像が流れる。
そして、錯覚だとしても自分が殺されるというのは精神的な負担が大きく、「おえぇ……はぁはぁ、なんだ、今のは……」とルーウィンは胃の中にあったものを吐き出し、ゼェゼェと肩で呼吸をしていた。
また、殺気によって冷や汗がポタポタと床に垂れている。
「現実にならないといいな?」
「なっ――!? あ、ああ……」
ルーウィンが顔を上げると、そこにはまるで死を体現しているかのような真紅の眼が光っていた。
「ち、父上……私は、明日……破棄を、しま、す……用意を……」
「くそっ……貴様、死神……なぜ、く……くそぉー!!!」
既に二人の心は折れていた。今、目の前にいるのはかつて最高の武力を誇る軍事施設を一人で潰した男だ。
そんな者を相手にすれば、確かに第二王妃も、第二王子派全ても、寧ろこの国ごと簡単につぶされてしまうと確信したからだ。
「言質は取った。 まあ、明日な
分かってると思うが、逃げても余計な事をしても無駄だからな」
そう言い残し、クロビは窓から姿を消した。
「くそっ! くそっ! 私の……私の悲願がぁぁぁああ!!」
ディバウスは悔しさで床を何度も拳で叩き、頭を擦りつけ、叫び続けた――




