悲願
現王妃ネリーゼの企みを潰し、赤眼の死神と偽りを語ったレグを討った翌日、一行はイーリス城で一夜を過ごすと、朝から会議室へと呼ばれた。
そこにはイーリス国王フラーネス、第一王女メイリーン、その侍女であるミラ、宰相のソルベ、大臣のコールドが一行を待っていた。
イーリス城内の者達にとっては、ローズベルドもグラーゼンも敵国としての認識が強く、全てはネリーゼの嫉妬やアルフレッドの欲によるものなのだが、ここに立つエリネール王女とゼオール王子は異例の存在の為、お忍びでの招集となる。
「先ずは改めて、昨夜の件に関して礼を言う。
そして、エリネールとゼオール王子。
戦を含めてこれまでの非道、心より詫びる。 すまなかった」
本来、王が頭を下げる事は大きな意味を持つ為、容易にはしない。
まして武人であるフラーネスがその首を前に差し出すと言うのは、宰相や大臣からしても前代未聞なのだ。
「よい、お主も王としての行動であり、ネリーゼの企みもあったのであろう。
まあ、エイラの死で思考が麻痺していたようじゃが」
「そ、それは……すまない。 エリネールには何も言えんよ」
「グラーゼンも今は平和ですから、フラーネス王からの謝罪は父に代わって受け入れさせて頂きます」
「恩に着る」
「それと、私から一つ良いでしょうか?」
ゼオールが姿勢を正してフラーネスに向き合う。
「聞こう」
「私は王子であると同時にハンターとして活動してます。
それは、世の状勢を知る為でもありますが、一番は友との約束。
そして、私自身はこのエマーラルに建つ国の同盟と民達の平和です。
だから5年前、ローズベルドとの同盟を結びました。
ネリーゼ王妃の企みが潰えた今、エリネール様もいらっしゃいますので、どうか三国で同盟を結んでは頂けないでしょうか?」
ゼオールは強い意志を以てフラーネスに告げる。
「お父様、私からもお願いします!」
そして、メイリーンも元々ゼオールの志しに共感していた為、賛同する。
「そうだな。 ゼオール王子の話はメイから聞いていた。 そして、もう戦争の時代は古いと諭されてしまった。
確かにそうなのかもしれないな。
時代は変わっていくのも。 いつまでもこのままでは民も何れ離れてしまうかもしれぬ。
だから私からも、是非同盟を結ばせ欲しい」
これまで幾度となくぶつかり合い、沢山の命が犠牲になった。
そして、ゼオールもまた、友を失うという辛い経験をした。
それは世間で見れば戦争だからと小さいものかもしれない。だが、それでもゼオールは諦めず、行動し続けた。
今、目の前で耳にした言葉を聞く為に。
そして、悲願であった三国同盟を要約その手に掴み取る事が出来たのだった。
(ようやく叶った。 後は君との約束を果たす)
ゼオールから自然と涙が溢れ、今は亡き友イシュカに心の中で報告をする。
「ゼオ様……本当に、本っ当に良かっだ……うえ~ん」
メイリーンまでもがゼオールの感極まる表情に貰い泣きをする。
「やったな、ゼオ! 国は犠牲の上で成り立つ……間違いではないけど、重要なのはその先だと思う。 だからゼオの努力はちゃんと実ったんだ」
「ああ、これもクロのお陰でもある。 本当にありがとう。
そして、メイも一緒に喜んでくれてありがとう」
「先ずは上層部を全員集めて会議を開き、その上でグラーゼンへ書状を送ろう。 エリネール、お前ともだ」
「分かっておるよ」
「私はグラーゼンに戻り、父に報告いたします」
「ソルベ、コールド、後ほど招集をかける。 先触れを頼むぞ」
「「はっ」」
宰相ソルベと大臣コールドは部屋を後にした。
「クロとやら、お主に聞きたい事がある」
フラーネスはクロビに目を合わせると、真剣な表情で見つめる。
「なんでしょう? と、言っても検討は付きますが」
「だろうな。 お前が、あの紅眼なのか?」
クロビが偽物の赤眼であるレグと戦っている時、フラーネスはその場にいた為、当然その姿を目にしていた。
「隠しても仕方がないだろうから……まあ、そうですね」
「う~む……」
フラーネスは顎髭を撫でながら、何か考え事をするような険しい表情を浮かべる。
「お父様、クロは違うのです! いえ、違う訳ではないけど……その」
「メイ、大丈夫だから落ち着けよ」
考えがまとまってなかったが、それでもクロビを守らなければと気持ちだけが先行して上手く伝えられず、クロビ本人に宥められた。
そして、クロビは自分の口でなぜ紅眼の死神と言われる様になったのか、何故今ここにいるのかの経緯を簡単に説明した。
途中、ゼオールやエリネールも補足してくれたおかげで穏便に話し終える。
「なるほどな……まあ特に咎めるとか捕らえると言った事はせんよ」
「良かったぁ~、ありがとうお父様!」
メイリーンもホッとした表情で笑みを浮かべた。
「儂も元は武人、かつて戦神と言われてもそれは自国での事でしかない。 故に他国や、まして敵国へ行けば武人ではなく罪人として扱われる。
今のお主もそうだろう?
イーリスはアーバロンの傘下ではないから安心するといい」
「ありがとうございます。 では、そのついでに一つ聞きたいんですが」
「ゴルバフか? 儂も居場所までは分からん。 残念だがな。
飛空魔動機に関しても、既に設計図は世界中に出回っておる。
だから、欲しい情報を得るのは難しいだろう」
「そうですか……、まああればラッキー程度だったし、時間は沢山あるんで何とかなるか!」
「まったく、お主は本当に気楽なやつじゃな」
「だが、イーリスから北に向かうと、海を挟んでゴルセオ大陸に行ける。
そこは島の東側から大きな橋でゴルデニアとも繋がっている。
そして、モーダンという国があるのだが、そこはアーバロンの傘下国であり、近くにはドーバルの施設が建つ。
もしかしたら良い情報が得られるかもしれんぞ」
「おお! それは有難い情報です。 次の目的地が決まった」
「!? クロ、もう行っちゃうの?」
メイリーンが少し寂しそうな表情を浮かべてクロビを見る。
「そうだな。 まあ準備もしなきゃいけないから明日には立つよ。
ゼオも明日には戻るんだろ?」
「私も明日には戻ろうかと思う。 名残惜しいが、やる事は沢山あるからね」
「では、妾も今日まではここにいよう。 同盟を結ぶのじゃ、バカ王子にも分かる様に話しておかないと後々面倒になりかねんからの」
皆がここの国の者ではなく、それぞれの目的があると分かっているも、メイリーンにとっては掛け替えのない大切な存在。
これまで自室にこもってる日々から、外の世界と沢山の知識をくれた仲間達だからこそ、離れてしまう事に寂しさを強く感じてしまっているのだ。
「メイ、私やエリネール様は隣国同士だからすぐに会える。 クロは……まあその内顔を出すだろう?」
「だな」
「うん、大丈夫! クロと次に会う時までにエリー様に教えてもらってもっと強くなるもん」
「そうじゃな。 妾達で大陸を護れるくらいにはなろうではないか。 ゼオール、お主もじゃぞ? なんなら神霊山に三ヶ月ほど籠ればよい」
「ああ、実際に考えてました。 メイの演武を見てワクワクしたのもそうですし、やっぱり私も強くなりたいですから」
「儂もそうだが、ここにいる者は皆が武人という訳か、実に愉快だ!」
フラーネスも戦いに於ける話は武人の血が騒ぐのか、楽しそうな表情を浮かべるのだった。
「ちなみにゼオール王子よ、メイをどう思っておる?」
「――っ!? えっ、お父様何を急にぃ!?」
「メ、メイですか!? えっと……その……」
突然フラーネスに話しを振られたゼオールとその対象のメイリーンは、二人とも顔を赤くしてモジモジしていた。
「メイ様は昨日、ゼオール様に助けて頂いた時に胸を射抜かれております。
ゼオール様、攻め落とすなら今ですよ。
そもそも初心で、攻め方なんて知らない娘です。
ゼオール様がしっかりと、最後までエスコートしてあげて下さいませ」
ミラがここぞとばかりにゼオールへ捲し立て、「ミ、ミラまで!?」っとメイリーンもまたもや裏切られたっと顔を両手で覆ってしまった。
「まあ、あれじゃん? グラーゼンを案内するって約束してるんだし、一回デートしたらいいんじゃないの?」
クロビが二人の様子を見つつ、アドバイスをしてみた。
「「デ、デートっ!?」」
二人とも同じ様に反応し、顔を更に赤らめる。
「お主にしては妙案じゃの。 一度二人で出かければ親交も深まるじゃろ」
「では、メイは基本空いている。 だからゼオール王子からの予定を手紙で送ってくれ」
フラーネスがそう言うと「その必要はありませんよ」と後ろからレバンが不敵な笑みを浮かべて一歩踏み出す。
「本より殿下はハンターとしての行動が多く、グラーゼンでの公務等は現在御座いません。 寧ろ同盟を結ぶという事ですからこれからその席に就くかと思いますが、そうですね……明日から二日間は時間があるでしょう。
どうですか、メイリーン王女殿下?」
「レバン!? レバンもなのか!?」
レバンとミラのもはや裏切りとも言える行動に、二人は何も言えなくなってしまった。
「では、明日にお戻りになられるのでしたら、そのまま着いていきましょう。
宜しいでしょうか、陛下?」
ミラが進言すると、「いいだろう! ゼオール王子、娘を頼む」とフラーネスまでかなる乗り気のようだった。
「うぅ~決まっちゃった……、ゼオ様、よ……よろしく、お願いします」
「あ、ああ。 しっかり案内するから安心してくれていい」
こうして会議は終了し、後にイーリスではローズベルドとグラーゼンとの三国同盟が発表された。
城内の騎士や兵、昔からの上層部達の中には異議を唱えるものもいたのだが、過半数が賛同し、街では多くの民が戦争の終結とお祭り騒ぎになった。
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翌日、グラーゼンではゼオールとレバン、そしてメイリーンとミラがグラーゼン城を訪れた。
「父上、ただいま戻りました」
「おお、戻ったか。 おや? そちらの麗しい女性は?」
「えっと、その……」
ゼオールはどう切り出そうか迷っていると、メイリーンが一歩踏み出し、挨拶をする。
ここまで来たら〝女は度胸〟とミラに教え込まれていたのだ。
「突然の訪問となり申し訳御座いません。
お初にお目に掛かります、イーリス国第一王女のメイリーン・ロウ・イーリスと申します」
メイリーンは優雅なカーテシーをして挨拶をする。
「なんと、貴女が噂のメイリーン様ですか! これはこれは、ようこそグラーゼンへ。
王でゼオールの父、シュバルトだ」
「私はウェンディール、ようこそいらっしゃいましたね。 あぁ~可愛いわ。
エイラにそっくり。 私の事はもう母だと思って何でも言ってね?
って、いずれはそうなるのかしら?」
「は、母上!?」
「ウェンディール様は母とは友人だったのですよね? エリー様から聞いておりました。 お会い出来て光栄です」
「やだ、この子良い子! それにエリー様とも面識があるのね?」
「はい、魔法を教わりまして、師匠であり、母の様な存在です」
「じゃあ三人目の母親になるのね、私。 ささ、こちらへいらっしゃい。
一緒にお話ししましょう! ふふふっ」
そういってウェンディールは既に娘が出来たように嬉しそうな表情を浮かべると、そそくさとメイリーンを連れて別室へ移動してしまった。
「で、婚姻は考えているのか?」
シュバルトは真剣な顔で問う。
「まだ、そこまで親しくなった訳では……ですが、確かに彼女には惹かれております。 ですので、先ずはデートをと」
「そうか、まあ焦る必要はない。 ゆっくり自分の目で見極め、決めるといい。
私もディールとはそうだったからな」
「はい、ありがとうございます。
では、既に先触れを送っていると思いますが、三国同盟について、会議を開きたく思います」
「そうだな。 よくやった。 これでようやく心からの平和が訪れるな。
お前の夢が叶って私も嬉しいぞ」
「はい、本当に。 だからこそ、これからも全力で進みます」
こうしてグラーゼンでも同盟が発表され、民達は大きな安堵を得た。
そして、ローズベルドもまた、同盟が発表されると、もうイーリスが戦を仕掛けて来る事が無くなったと大喜びしたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
≪イーリス国≫
「ロア!」
「あっクロさん、どうしました?」
「いや、今日でここを立つ事になったからな。 一応、ロアには世話になったし、挨拶をしに来たんだよ」
「そうだったんですか……ちょっと寂しい気もしますね。
でも、当初の予定よりは長く滞在しましたもんね?」
「ああ、ここも同盟組んで平和になるだろう。
ロアも魔道具士として色々頑張れよ! 壊れたら直してもらいに来るから!」
「はい、その時はもっと一流の大きな工房でお待ちしておりますね!!」
クロビは指輪から魔動機を出すと、それに乗って一気に空高く飛び立っていった。
次に目指すはゴルセオ大陸のモーダン。
これまでの出会い、出来事、エマーラル大陸で起こった沢山の思い出を振り返りながら、北へ向かっていくのであった――
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