紅眼と赤眼
赤眼の死神、レグとの戦闘で後方から聞きなれた声と魔術が展開される。
「―魔障壁―!」
メイリーン、ゼオール、ミラに障壁が展開されると、レグの放つ幻の弾丸は光の粒となって消えていった。
「皆、無事じゃの?」
「エリー様!!」
メイリーンが一番に声を上げる。
しかし、レグは「くそがぁー!」と叫びながらクロビへ灼熱の長剣を振り下ろす。
ガキン!!
幾度となくその剣を受け止め、普通の武器でなら既に刃は断ち切られ、身体ごと真っ二つになっていたかもしれない。
しかし――
「何故だ! 何故その棒は斬れない!!」
「残念だったな。 この武器は普通じゃないんだよ」
「うおぉぉぉ!!」っとそれでも諦め悪く、剣をひたすらに振り下ろす。
「え、エリネールぅぅぅ!」
「おやネリーゼ、久しいの。 なんとも惨めな姿じゃが」
「お前までぇぇー!! メイリーンも、お前も、ウェンディールも、みんな私に平伏すのよ! 絶対に殺してやる、エイラのように!!」
客席ではネリーゼが身動きが取れない状態にも関わらず、視界に入ったエリネールへ狂気に満ちた表情で睨み付ける。
「そう言っておるが? フラーネス」
「ああ、言質は取れたな。 これでようやく悪夢から解放される」
「えっ……フ、フラーネス王……何故、ここに……」
「エリネールから全て聞いた。 お前こそが恥であり、この国の毒なのだ」
「お父様!!」
ネリーゼは突然のフラーネスの姿に先程までの狂気は失せ、青ざめた表情で倒れ込んだ。
「もうどうでもいい、だが貴様だけは殺す!!!」
王が登場してもなお、レグの猛攻は続いていたが、クロビが「見飽きた」と呟くと、棍で剣を絡め取り、弾き飛ばした。
「おや、お主は……確かレグだったかの?」
「知ってるのか? 何か最終的な目的はエリーだとか言ってたが」
「ああ、こやつは10年程前になるか……
同時、まだローズベルドの南、神霊山の先に小さな国があったのじゃ。
そこの元王子で妾との婚姻を結びたいとあの手この手で押しかけて来ての。
まあ、最終的には国ごとローズベルドに押し寄せて来たから返り討ちにしたらそのまま潰れた。
要するにしつこい男じゃよ」
「エリネール!!! お前のせいで国が潰れたんだ! 責任を取って俺をローズベルドの王にしろ!!」
「バカを言うでないわ。 お主はただの庶民。 女王である妾と釣り合う訳なかろう」
「ぐぬぬ……」
「良い事教えてやろうか?」
「なんだと!!」
クロビがレグを挑発する体勢に入る。
「お主……まさか……」
こういう時のクロビは大抵碌でもない事を口にする。それはエリネール自身、アルフレッドとの戦いの場で経験していたからこそ、悪い予感がしたのだ。
そして的中する事になる――
「俺はな、お前の大好きなエリーと最高の夜を過ごしたぞ。 羨ましいだろ?」
「「はぁ~」」
エリネールと、そしてメイリーンまでもが頭を抱えて溜息を盛大に吐く。
「な、なんだ、と……い、いや、嘘だ!! 信じんぞ! 貴様の挑発には乗らん!!」
「そうか。 つまらねえな! まあいい、エリーの事は置いといて、何でお前が赤眼を名乗ってるんだ?」
クロビはそろそろ頃合いだろうと考え、それにいい加減終わらせたくなって本来の目的である疑問をぶつけた。
「何をふざけた事を! 俺が名乗ってるんじゃない! 世間が付けたんだろ!」
「ふーん、でもお前自分で名乗ったんだろ? 赤眼の死神って」
「ああ、当然だ! カルネールという村を火の海にし、ドーバル軍事要塞を一人で潰した!」
「まあ、それが世間の認識だからな。 でもお前にドーバルを潰す程の力は感じられないぞ?」
「お前は分かってない! 実際にイーリスの内部にもこうして入れただろう?
内側からはみんな脆いんだよ! それに、カルネールの連中は面白かったぞ!
みんな必死に命乞いをするんだからな!」
ピキッ
クロビは思わぬ言い草に青筋が立つ。
「若い女は全員抱いてやった! 貴様と同じように、最高の夜だったぜ! ハハハハー!!」
ピキピキ
「俺は強い! 赤眼だからな! 皆俺に恐怖して従えばいいんだ!!
だからお前も黙って殺されろー!!!」
あたかも自分の所業を自慢するかのようにある事ない事を曝け出すレグ。
しかし、それはクロビの前では禁句でしかなかった。
クロビからドス黒い炎が湧き上がり、次第にその眼が深紅に染まっていく。
「お前が……」
「な、なんだ……!?」
「お前が俺と同じ、だと……?」
クロビの雰囲気が先ほどまでとは一変し、まるで重力の魔術に掛ったかの様な威圧が放たれ、レグの身体からは無意識にも冷や汗が吹き出てくる。
「お前が……お前があの日の何を知ってるんだ……?」
クロビの紅い眼がレグの赤い眼と視線が合わさると、ブワっと一気に纏わりつく殺気が放たれ、レグの頭にあの映像が瞬時に流れた。
そう、死神の大鎌が自分の首に押し当てられ、刈り取られていく映像――
「うっ……知ってはいたが初めて見た。 これが紅眼の死神……クロの本当の力、か……」
ゼオールは実際に発色したクロを見たのは初めてだった。だからこそ、その圧倒的な存在を前に、立つ事さえ出来ずに膝を立てる。
「私も一度見たけど……その時よりも……ううん、どっちかと言えば、悲しい感情……」
クロビのドス黒い感情は悲しみ、絶望、怒り、殺意が入り混じっている。
だからこそ、メイリーンは悲しみを強く感じたのだろう。
「ひっひぃぃぃ! ま、まさか……ほ、本物!?」
「今更、本物とか偽物とかは関係ない。 重要なのはお前が何を知っていて、何をしたのかという事だ」
そう告げると、クロビはいつもの棍に黒煙を纏わせ、黒鎌を形成した。
その威圧感と殺気にレグは既に戦意を焼失していた。
「た、助けてくれ! お、俺が悪かった! 全部あの王妃が悪いんだ!!」
「な、何を!? 私を利用したって言ってたじゃない!!」
「だから、誰が悪いとかじゃないだよ。 別にお前が言うように俺が付けた訳じゃないが、それでも何も知らない奴が勝手にカルネールを、紅眼を語るんじゃねぇよ!!」
スパっとクロビはレグの首を刎ね飛ばし、その頭部は宙を舞ってネリーゼの目の前にボトっと落ちた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ……」
そして、ネリーゼもそれを見て泡を吹きながら意識を手放していった。
ミューラはクロビが殺気を放ってすぐに失神していた。
「ふぅ~」
クロビは一息つくと、瞳の色は赤茶に戻り、黒鎌を消した。
そして、振り返ると
「悪い! 自分で吹っ掛けておいてキレてしまった」
「いや、あれは仕方ないじゃろ。 経緯を知ってるこちらとしても耐え難いぞ
?」
「そ、そうだな。 だが物凄いな……もう大丈夫なのか?」
ゼオールは少したどたどしく聞いた。
「ああ、大丈夫。 ゼオは初めてだったな。 すまん。 あれが俺だ」
「いや、驚いただけだ! 友人なのはこれからもずっと変わらない!」
「ありがとよ!」
「クロ、悲しい?」
「メイ、前にも言ったろ? 神霊山で話したからもう大丈夫だって。
ただ、それでも無下にされるのは許せないからな」
「そうだね。 だから私もお母様の事でネリーゼ様に怒ったし」
「一緒だな!」
「うん」
「メイ、無事だったか?」
「お父様!」
フラーネスはメイリーンの元へと駆け付けると、すぐさま娘の無事を確認し、強く抱きしめた。
「お前も頑張ったな。 これで、これでやっと全てが終わるぞ」
「はい、きっとお母様も見守ってくれてます」
メイリーンから大粒の涙が溢れ、しばらくは二人の時間が続いた。
そして――
「騎士達よ! ネリーゼとミューラを牢へ連れていけ! 処分は追って伝える」
「「はっ」」
既に二人は意識を手放していた為、騎士達に担がれながら連行された。
そして、レバンは役目を終えるとゼオールの元へと移動する。
「君達には色々と聞きたい事があるが、先ずはメイやミラを助けてくれて感謝する」
王からの感謝を受けると、皆が笑顔を戻る。
「今日は疲れもあるだろうから明日、話し合いを設けたい。
エリネール、そしてグラーゼンのゼオール、クロとやら、城に泊まっていくがよい」
こうして紅眼と赤眼の戦いは終わりを告げ、一行はイーリス国で一夜を過ごす事となったのだ
――
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