白い空間と魂の邂逅
神霊山で岩竜をなんとか討伐し、採掘場所の近くで野営をした三人は戦いと魔力の消費での疲れで、既に夢の中だった。
「ここは……?」
クロビは今、周囲に何もない、ただ真っ白で広い空間に立っていた。
「もしかして、夢の中かな? にしても意識がハッキリしてるような……」
まるで時が止まっているような空間。
しかし、何故か温かい気持ちになるような感覚を覚える。
「ん~、とりあえず歩いてみるかな」
クロビはただ白くて広い空間を、恐らく正面であろう方向へと歩いていく。
すると、突然目の前に泉の様な場所へと変化した。
そして橋が掛かっていて、その先には祠らしきものが。
「見た事あるな……白黒だけど……」
周囲を見渡し、その場所を自分の記憶と照らし合わせていく。
すると、フワッとそよ風がクロビの頬を擽った――
「久しぶりだね、黒火」
昔によく聞いていた声、そしてずっと聞きたかった声でもあるそれは、まるで現実の様にハッキリとクロビの名を呼んだ。
その声が聞こえた方向へ視線をゆっくり移すと、祠の中から一人の少女が出て来た。
「……ユナ?」
「そう! 黒火、会いたかった!」
そう言って、夢の中のユナらしき人物がクロビのところまで駆け、飛びついた。
まるで本当にそこにいるかの様な感覚に少し違和感を持つが、それでもクロビはユナらしき人物を両手で受け止めた。
「本当にユナなのか? ってかここは夢じゃないのか? にしては……」
「ちょっと黒火、落ち着いて! ここはね、何て言えばいいかな?
えっと……黄昏の丘と現世の狭間の更に狭間?
まあ、黒火の夢ではあるけど、簡単に言えば最後の別れの場所、かな?」
「う~ん、良く分からんが、神霊山の影響って事か!
そういえばメイも母親に会ってたしな」
「そうそう! そういう事にしておこう! っていうか黒火、見た目変わり過ぎじゃない?
性格もだけど」
「ん? まあそこは仕方ないだろ? 俺だって色々あったんだから」
「ふ~ん私以外の女の人を抱いておいて色々ねぇ……この浮気者!!!」
ユナがビシっと人差し指を立てて指摘する。
まあ、確かにサラさんと、エリネールと、死闘を繰り広げたわけだが。
「何で知ってるんだよ。 それにユナ、良いって言わなかったか? 相伝の祠で」
「だって全部見てたもの。 それと、確かに良いって想ったけど……やっぱり嫌!!」
「見てたって……でもまあ、ごめん。 俺も寂しかったんだよ」
「――ふふっ、あはははっ!」
「な、何だよ……」
「嘘だよ! いいの、私死んじゃってるしさ。 それと、仕返ししてくれたのは嬉しかったけど、ちょっとは罪悪感もあったのよ?
だからね、ちゃんと充実してるみたいで嬉しかったんだ」
「そっか。 でもまだ俺の復讐は終わってない」
「うん。 でも……ねぇ? 黒火は今、辛くない?」
「どうだろう。 辛かったかな? 今はそれこそ充実じゃないが、色んな人と知り合って、関わって、世界の様々な事を知る事が出来た。
ただ、それでもゴルバフが動いたらまた俺みたいな人間が出てくる。 それは許せないし、防ぎたい。
だから自分の復讐が優先だし、偽善って思われるかもしれないけど、それが今の俺の生き甲斐だから」
「そっか。 あっ、別に止めないよ? どんな黒火でも私が愛したたった一人の人だから」
ユナはつま先立ちをして、クロビに口付けた。
「ふふっ背、伸びたね」
「ユナは相変わらず美人だな」
「ちょ、急に変な事言わないの! もう!」
恥ずかしそうな表情でクロビの胸を叩く。
「ああ、ちゃんとユナだ」
クロビはもう一度ユナを強く抱きしめた。
「そんな確認の仕方しなくても私は私だよ。 ずっと黒火の心に居るからね。
もうすぐ私の魂はマナに還るみたい。
だから最後に、神霊山に来てくれた黒火と会えたんだよ」
「うん、俺もユナに会えて良かった」
「最後にお願いがあるの。 もしこれからの旅路で私の家族と会ったら力になってあげて欲しい」
「家族?」
「そう。 私は元々は貴族だったから。 黒火と一緒だね」
えへへっと柔らかく微笑む。
「分かったよ。 約束する」
「うん、ありがとう。 じゃあ黒火。 もう行くね」
「おう!」
スーっとユナや祠、真っ白な世界が黒に染まっていき、意識を手放していった――
※ ※ ※ ※ ※
≪エリネール視点≫
「この場所は……ほう、そういう事かの」
エリネールもまた、神霊山の影響なのか、真っ白な空間に身を置いていた。
そして、只々歩いていくと気付けば背景が真っ白な戦場へと変わった。
周囲には白黒の兵士達がスローモーションで殺し合っていく。
「あまり良い映像ではないの……」
「そうか? 俺とお前が初めて出逢った場所なのに」
やはり、か……
「そうは言われても、何年経ってると思うとるのじゃ」
「ははは、でも相変わらず麗しいなエリーは」
「お主はあの時のままじゃの」
「ああ、お前に殺されてから俺の時は止まっていたみたいだ。 まあ心残りがあってな」
そう、エリネールは昔、愛し合った相手を自らの手で殺めた。
それは戦争全盛期であり、お互いに敵国同士だったからこそ、二人とも愛より自国の正義を取ったのだ。
「今思えば、妾の心もあの時で止まっておる。 まあ強いて言えばこの眼がお主の形見じゃな」
エリネールの眼が発色したのは、当時の戦争で愛する者を殺した時だった。
悲しみ、絶望、しかし正義の為にと言う思いとの葛藤。
それが爆発し、発色して、そこからは荒れ狂う女の魔法による蹂躙となったのだ。
後に、その容赦の欠片もなく敵を葬っていく姿を人は〝西の魔女〟と呼んだ。
「綺麗な眼だよエリー。 さっきも言ったが、俺はあの時伝えられなかった事が心残りで何十年も彷徨っていた。
それが今、やっとエリーに伝えられる」
「何じゃ? 愛の囁きなら幾度となく聞かされたぞ?」
エリネールには既に男が何を伝えたかったのかが分かっている。
だが、しっかりと花を持たせる為に敢えて茶化して見えたのだが、言葉とは裏腹に目には涙が浮かんでいた。
そして、男はエリネールの前に跪くと、チュっと手の甲に口付け、
「エリネール、俺はお前を愛してる。 今でこそ死んでいるが、死ぬ前も死んだ後も、ずっとだ。
だから、俺と結婚して欲しい」
「……」
分かっていたが、それでもちゃんと聞きたかったセリフを耳にすると、エリネールの頬を涙が伝う。
「何だ、泣くほど嬉しいか?」
「ば、バカを言え! これはあれじゃ、その……」
ふわっと男はエリネールを抱きしめた。
「本当は生きてる時に伝えたかったんだけどな。 こんな状態だから実際に結婚は出来ないが、それでもそれだけは伝えたかった」
「ふふ、昔からそうじゃったが、変わり者め。 これが妾の答えじゃ」
エリネールは男の頬を両手で押さえ、唇を重ねた。
「ありがとうエリー、これでようやくマナに還れる。」
そう言って男はエリネールの左手を掴み、薬指に指輪を嵌めた。
「これは……」
「まあちゃんとした形見だな。 きっとそれがお前を守ってくれる」
「ふん、色眼持ちの魔女を舐めるでない。 でも、ありがとう。 ディヴァン」
「おう! じゃあな! 死んだら正式に結婚しよう!」
「ふっ、まあまだ長生きするがの。 気長に待っておれ」
こうしてエリネールもまた、過去との決別を果たして現世へと戻っていった――
※ ※ ※ ※ ※
翌日――
クロビは早くに目が覚め、黄昏の丘に立っていた。
「おはようクロ、早起きじゃの」
「おお、おはよ! 傷は平気なのか?」
「魔法で処置はしておいたからの。 傷も残らんじゃろ」
「そうか、何か変な夢見たんだよな」
「お主も会ったのか、想い人と」
「と言うと、エリーもか?」
エリネールはふと自分の手を見た。
「あれ、そんな指輪してたっけ?」
「形見だそうだ」
「そっか。 まあお互い色々あるよな」
「ふふふ、そうじゃの。 まあこれも巡り合わせじゃ。
そろそろメイも起きる頃であろう」
「じゃあ適当に食材確保して戻るよ」
そうしてクロビは狩りへと向かい、戻って来た頃にはメイも起きていたので朝食の準備を始めた。
「エリー様、眼の発色って魔力の量が増えるのですよね?」
「そうじゃの。 それと異能じゃな」
「異能……」
「クロで言えば、黒武器。 妾で言えば、ここでは出来んが幻などを見せる。 お主のとこのバカ王子がそれで苦しんでおったじゃろ」
「何かずっと悲鳴をあげてたって聞きました……」
「異能は人によって違う。 じゃから何が出来るかは分からんが、その内分かる」
「分かりました! それまでは魔法の特訓します!」
「でも、魔法だけでは近接に向かんから魔術も覚えよ」
「え~!? まじゅつぅぅ……」
「魔法使えるなら、魔術の仕組みも何となく分かるだろ! だから俺がみっちり鍛えてやるぞ?」
「クロの特訓は頭が持たないかもしれない……」
「はははははっ!」
「さて、そろそろ山を下るかの。 身体が本調子ではないから少し早めに」
「そうだな。 じゃあ準備しよう」
こうして朝食を終え、支度をしていると遠くの方から声が聞こえた――
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