魔力と異能
ローズベルド軍とイーリス軍が激突し、戦争が終結してから三日が経過した――
「街に被害はなかったが、今回の戦で多くの兵を失った。 皆、祈りを捧げよ――」
女王エリネールは戦地となった≪ディネル大橋≫に慰霊碑を建て、と騎士団、魔導師団等と共に魂がマナへ還る様神霊山へと導く様に祈りを捧げた。
「皆、今回も良くやってくれた。 尊き犠牲の上に国が成り立っている。
バカ王子は悪夢で魘されてるとは言え、また仕掛けてくる可能性も否定は出来ぬから、頼むぞ」
「「「はっ」」」
「では、帰るとしよう」
こうしてローズベルドの街は平和な日々へと戻っていった――
その頃クロビは、初めてエリネールと出会った屋台でお腹を満たしていた。
昨日は戦争明けでローズベルドの城内は騒がしく、訪れても「今は入城出来ません」と追いやられていたからだ。
「ふぅ~、どうするかな。 そろそろ落ち着いた頃だと思うんだが……とりあえずもう一回行ってみるか」
クロビは改めて王城へと赴いた。
謁見の間――
そこにはエリネールと、その執事のアラン。
そして、騎士団総長と魔導師団総長、宰相、大臣と豪華な面子が揃っていた。
「すまぬな、こちらもバタバタしてたので対応が出来なかった」
「まあ仕方ない。 でもようやく話が出来て良かったよ」
「クロ殿、此度の助太刀に感謝する」
騎士団総長が頭を下げ、一礼をする。
「いえ、俺も私情で来てたのでお気になさらずに」
「今回の戦い、お主が居なかったら危ういどころではなかった。 本当に助かったぞ。
この国を統べる女王として、褒美を与えるが望むものはあるか?」
「いや、個人的に交渉は成立してるから他は望んでない」
「そうか、なら一つ目の褒美として先ずは話を聞こう」
「なら、ここだとちょっと話難い。 別の場所でも?」
「そうか? なら……妾の部屋で聞くとするかの。 アラン、用意を」
「はっ」
「陛下、だ……大丈夫なので?」
アランが謁見の間を後にしたが、クロビと言う存在を始めて目にした宰相がエリネールに問いかける。
「心配ないぞ、じゃから安心してよい。 ではクロ、行こうか」
「陛下がそういうのであれば……クロとやら、くれぐれも粗相のないように!」
まあ、見ず知らずの男だし、疑念を持たれるのは仕方ないか。
クロビは宰相に挨拶をし、謁見の間を後にしてエリネールの部屋へと場所を移した。
部屋では既にアランが紅茶と焼き菓子を用意して待っていた。
と言うか、準備が早い……レバンもそうだったが、本当に執事って凄いな。
「話を聞く前に一つ、妾から聞いてよいか?」
「ああ、大丈夫だ」
「なら聞くが、お主の魔術は何じゃ? 何をすればあそこまでの威力を持つ?」
戦場の時にも言っていたが、本来魔術は威力が抑えられており、魔法と同等の威力は持たない。
勿論、特例はあるのだが、それは魔力量や魔術の知識と抜群のコントロールが必須条件になるのだ。
だからこそ、魔女と謳われるエリネールならまだしも、クロビという謎の存在が高威力の魔術を行使する事に疑問を感じていた。
「何って言われてもなぁ。 前も話したが、昔から魔術の研究を重ねて質の向上に努めた結果だよ。 まあ、ウーパーという人に教わったんだけどな」
「――っ!?」
魔術行使の詳細を改めて話すと、エリネールは突然驚いた顔をしてクロビを見た。
そして口を開く。
「お、お主、今〝ウーパー〟と言ったか!?」
「ん? そう、ウーパーさん。 確か……本名は『ゴッゾ・ウーパー』だったかな?」
「何ともまあ、偶然とは思えぬ巡り合わせですね」
二人に紅茶を注ぎながらアランが口を開いた。
「ゴズ・ウーパーは元々ローズベルドの魔導師団総長じゃった男での。
妾もまだ女王になる以前、幼き頃に魔法や魔術を教えて貰っていたのじゃ」
エリネールは感慨深い表情を浮かべて話を進める。
「そういえば、どっかの国の筆頭魔術師だったって言ってたな。
と言うか、魔法と魔術は何が違うんだ? 女王の行使を見てて何となくの違いは分かるんだけど……」
「今更女王と呼ばんでもよい。 妾はエリーと。
そもそもお主は王であろうが敬称は気にせん性格じゃろう?
で、話を戻すとそうじゃな……表面上はお主が思ってる感覚で間違いないじゃろ。 しかし、本質が違うのじゃ」
そう言ってエリネールは魔法と魔術の違いをクロビに説明していく。
――この世界は〝マナ〟と呼ばれる星の源となる力が存在する。
太古の時代、あらゆる種族はそのマナを体内に取り込み、個の武となる基盤としてそれを利用・応用した。
次第に、種族の進化の過程で体内には魔力を保有する〝器〟が出来上がった。
魔物で言う、核となる“魔石”
だから昔の人間は皆が青い眼に統一されていたのだ。
しかし、時が経てば人口も増え、少しずつだが時間を掛けて器に取り込まれた魔力も薄まっていく事になる。
当時の有権者達は垣間見える魔力の弱体化を恐れ、より高い魔力を持つ青い眼を一斉に囲い始めた。
それが現在で言う各国の王侯貴族達にあたる。
そして、次第に青い眼とは別に魔力が薄れた茶色の眼を持つ人間が産まれ、増え、魔力がゼロになる事はないが、魔力の保有量に大きな差が生まれたのだった。
それでも当時は魔術というものは存在せず、魔法を用いての戦闘が基本だった。
その為、戦場に出るのも青い眼を持つ者が多く、戦死と共にその数は一気に衰退していく。
そして、必然的にも魔力微量者が増えた事で魔導師達が打開策とう形で魔導の研究を重ね、術式にイメージを嵌め込み、誰でも簡単に扱える〝魔術〟が誕生したのだ。
魔法――詠唱によってイメージとマナを融合させ、発現させる。
しかし、威力が高ければ高いほどに相応の魔力を消費する為、微量者には扱えない。
魔術――イメージとマナを術式に嵌め込み、火であれば火の術式と固定させて微量者でも扱えるよう簡易化したもの。威力としては魔法よりも劣る。
「じゃからローズベルドは神霊山もあり、今でも魔法が伝統となっておるが、その他の国だと魔術思考なのじゃよ。
実際に魔術の方が扱いやすいからの」
「そういう事か! いや、勉強になるな~」
「しかし、まあ納得がいくと言えばそうじゃな。 ウーパーは魔導士団総長だっただけあって、日々研究をしておいった。
今でこそ妾の方が上じゃが、当時は妾も含めて誰もが憧れる存在だったのじゃぞ。
そして、魔術が世に浸透していく事を見据え、魔術を魔法と同等にする目標を掲げて退団……ローズベルドを去ってからは一度も会っておらんかったが……まさか魔術師を名乗るとはな」
エリネールはくっくっく、と懐かしそうに笑みを浮かべた。
「まあ俺もウーパーさんの実験体みたいなもんだったしな。
さすがに年齢には勝てなかったんだろ。 で、今の俺みたいな」
「なるほどの、これで妾もお主の魔術威力に関しては腑に落ちたな」
「そうか、じゃあ早速だが本題に入っていいか?」
「よいぞ、何が知りたいのじゃ?」
「色眼持ちの異能についてだ」
「異能じゃと? ふむ……そいつはちと難しいの」
「そうなのか? まあ本にも詳しい事は載ってないからな」
「そうなのじゃ。 実際にどの様な条件で色眼持ちが生まれ、後天なら発色するのかが様々での。 それは本にも載っておるじゃろ?
異能も同じなのじゃ。 その眼の色に属したもの、もしくは近いものが多いようじゃがな」
なるほど……だが、俺は紅眼で異能は黒炎。これは何か関係してるのか?
「ちなみに妾は見ての通り紫の眼、異能は〝幻〟じゃよ」
「幻……あの変装とかか?」
「そうじゃ。 まあ、あれは異能と魔術を混ぜたものじゃがな。 故に見た目はそのものじゃよ。 異能自体は……バカ王子に吹きかけたあれがその一つ」
そういえばアルフレッドだっけ?何か最後は急に悲鳴を上げ出して頭を押さえてたな。
「あれは繰り返される激痛の感覚を植え付けたのじゃ。 見た目はそうではなくとも、頭の中では剣とか棘が刺さりまくりじゃ」
「うわーえげつないな。 さすがは魔女だ……」
西の魔女――自国の民を愛し、敵には容赦を掛けない。
本気で怒らせたらヤバそうだ。
「あと、他の大陸にいる現段階での色眼持ちは、北東にあるヴィルナード大陸にいる聖女と呼ばれる者が緑眼で、回復系統の魔術も失った腕が元に戻る程だと言われておる。
異能については分からん。
そして、東方国のS級ハンターの『ウルハ・オウバ』。
ハンターという事で名も知られており、金眼で雷を自由自在に扱うらしい。
後は妾じゃな。 今の所はそれくらいかの?」
色眼持ちって結構いるんだな。それにウルハ・オウバか……桜葉家は昔に父から聞いた事があるけど、実際にどんな人物だったかは分からないな。
まあいつか会うだろう!
そんな風に考えているとエリネールが真剣な表情でクロビを見つめ、口を開いた。
「して、お主が持っていた武器も……あれは異能じゃろ? 眼の色も茶色とは少し違う。 遠目からなら同じに見えるがの。
つまり、お主も〝色眼持ち〟、という事で間違いないと思うのじゃが?
まあ、そうでなければ戦場での魔術と言い、武芸といい、妾は納得が出来んがの」
さすがは魔女。見るところはしっかりと見てるし、むしろ初見で魔力を練っていない俺からその質を見逃さなかったしな。
黒炎に関しても、それを知る為には俺が〝紅眼の死神〟という事実を明かした方が良いか。
まあこの人なら大丈夫だろう。
実際、自国以外の状勢にそこまで興味が無さそうだし。
と、クロビは少々楽観的な考えではあるが、エリネールに自分の過去を話した。
「――やはり、と言うか……それでも、まさかお主が世間では悪名高い〝紅眼〟じゃったのか」
エリネールはクロビが色眼持ちである事は確信していた。しかし、その正体が〝紅眼の死神〟と呼ばれる罪人であった事実に驚いた表情を見せる。
「まあ好きでその名が付いた訳じゃない。 それに悪名高いって世間ではそうかもしれないが、実際のそれは“ゴルバフ”だろう。
ウーパーさんもドーバル軍に殺された」
「政府はそうした事実は隠すからの。 実際にお主の義父であったダリル近境伯はアーバロン帝国の傘下国領地だったはず。
それを帝国と同盟を結んでいるとは言え、その地を侵攻したのであれば、本来は条約違反のはずじゃ。
しかし、それを罰しないとなると……」
「帝国側が意図的に黙認しているという事か……」
「恐らくの。 まあ実際にどの様な条約があったのかは分からぬが、少なくとも協力者が居た可能性はたかいじゃろ」
ドーバルだけではなく、まさか帝国側までそれに加担している存在がいるとは考えてもいなかった……だったらそいつらも同罪だろう。俺の復讐対象が増えたか……
「これこれ、眼が発色しとるぞ。 と言うか、本当に紅いのじゃな」
「あぁ、悪い。 しばらくしたら落ち着くから気にしないでくれ。
で、異能についての続きだが、知りたいのはこれなんだ」
クロビは手から黒い炎を出し、エリネールに見せた。
「これは死の王と呼ばれる男の本にも書かれてるんだが、何か知ってるか?
一応、俺の武器はこれを形成して作ってるんだけど」
「黒炎……死の王、ドルヴェン・ゴル・ザリオンか」
「ドルヴェン?」
「うむ、死の王と呼ばれる男の名じゃ。 今はもうないが、かつてローズベルドの北東部、ちょうどイーリス国の上だな。 そこに城を構え神に挑んだ男。 その決戦の地が今の神霊山とも言われておっての」
「神霊山か。 まあ名の通り神が降りてきそうな場所だ」
「一説には死の王も紅い眼を持っていたと言われておるぞ。
生き物が死に、魂がマナへと還り、また新しい命となって地上に降り立つ。
所謂輪廻じゃな。 まあその周期がどの様なものなのかは分からんし、お主が死の王の生まれ変わりとも限らんのじゃが。
しかし、色眼と異能が何らかの形で受け継がれておるのじゃろうな。それは妾や他の色眼持ちにも言える事なのじゃが」
「なるほどな。 じゃあ歴史を紐解いていけばもしかしたら辿りつけるかもしれないって事か」
「左様。 死の王も元は信仰心の強い男だったらしいが、天災によって国が滅び、愛する者が病に伏せた後に死んだ。 神に祈っても願いが届かなかった事に怒り、悲しみ、最終的にはその対象となる神を恨み挑んだのじゃ。
神への復讐者として紅い眼を持ち、黒い炎を用いて大鎌を振るう。
こうして、神を殺すという意志によって相対する逆の存在、“神殺し”が生まれたのじゃよ。 それが今では“死神”と名を変え、世間のイメージとして色濃く残っているのじゃな」
神を殺す、か。 まあ俺自身が神を信じてないが、大体の事は分かった。
「ありがとう。 やっぱりここに来て正解だったな」
「そうかの? まあ力になれたのであればそれで良い。 で、もう一つの願いはどうするのじゃ? 妾は今晩でも構わんが」
おっと、まさか自分からその話題を振って来るとは!でも、楽しみにしてたんだ、心の底から!
男のロマンであり、まさしく桃源郷!
「今晩か、じゃあそうしよう!」
「しかし、お主も……まあ男だから仕方がないのかのぉ? 先に言っておくが、妾は誰かれ構わず抱かれたりはせぬからな。
今回は特別だという事、忘れるでないぞ」
「おう! 大丈夫だ!」
「不思議なやつじゃ。 ちなみにお主、発色してから性格変わったじゃろ?」
「性格? ん~どうだろう? 自分では変わってないつもりだけど、でも発色する前より今の方が好戦的だし、こう、欲深いというかタガが外れたというか?」
「全員ではないが、発色によって人格に変化が出る事がある。
妾も、元は可憐な王女様のじゃが――」
「……」
「な、なんじゃ? 疑っておるのか? だから言うてるであろう、昔はと!
発色してからはあまり恥じらいと言うものが無くなってな。
勿論、誰もが大人になるにつれ、経験や成長でそうなのだと思うのじゃが……欲に素直というのかの?」
「ああ、それなら俺も感じたな。 性格が変わったと言うよりも、確かに欲に素直になったな。
じゃなきゃ一国の王女に「抱かせてくれ」なんて口が裂けても言えないだろし」
「色眼持ち特有なのかもしれぬな。 とりあえずクロよ、今日はこのまま泊まっていくがよい。 もうすぐ日も沈むしの。 アラン、一応部屋の案内を頼む」
「畏まりました」
こうしてクロビは知りたい事を全てではないが、ある程度聞き終えて一度エリネールの部屋を後にした。
「それにしても……やはり時代は繰り返されるのかの?
いや、時代は間違いなく変わっているか。
色眼持ち同士は基本敵対する。 じゃが、あやつにはその意がない。
それは今だけか……まあいずれわかるかの」
エリネールはテラスから街を眺めながら一人呟いていた――
※評価、ブクマ、よろしくお願いいたします。




