謎の女と開戦前夜
『導きの谷』でローズベルド軍を助けたクロビとその一行は城へ戻るべく渓谷を抜けてローズベルドの街を目指していた。
渓谷から王城までは一日、急げば半日で到着する距離だ。
途中魔物に襲われる事もあったが、騎士達が難なく撃退する。
俺は俺で少しでも金目の物を……と適当に魔物の素材を集めながら過ごし、野営時には部隊長のマーベラルからローズベルドと女王についての情報を得る。
「うちの女王陛下は……なんていうか物凄い別嬪なんだが、存在自体が格上過ぎて近寄り難いんだよなー」
「へぇ、そんなに別嬪さんなんですか? 見てみたいですね。
まあ実際には会うのが目的なんですけど」
「そういえばクロは何で陛下に会いたいんだ?」
俺は少し濁す様に説明していく。
「いや、調べものがありまして……。 ただ、本などには記載されていないんですよね。 だから西の魔女と呼ばれる女王様の知識を借りれたらと」
「なるほどな……。 ただ、簡単には謁見出来ないぞ?
今は戦争中だし、そうじゃなくてもローズベルド以外の人間が謁見するには試練が必要なんだ」
どうやら女王に会う為には試練というのを受けなくてはならないらしい……。
以前は申請すれば時間がある時に謁見が可能だったのだ、次第に魔女の知識を!と、自分で調べもせず女王に頼り切る輩が他国から幾度となく押し寄せた結果、それに嫌気が差し、試練として王城への入り口に〝試練の間〟を作ったそうだ。
内容は簡単で、〝術式によって召喚された魔物の撃破〟
試練の間へ入る前の受付で魔力を測定し、それに合わせた魔物が呼び出されるしくみだ。
勿論、ローズベルドの国民や王城と関わりのある者達は試練を受けなくてもそのまま入城出来る。
「まあ、兎にも角にも先ずは戦争が終わってからだがな!」
「そうみたいですね。 そこは……とりあえず様子を見て考えます」
「さっき届いた報せだとイーリス軍は城を出たらしい。 だからこちらも明日には軍が城を出るだろう。
クロは強いとはいえ他国の人間だから、先ずはシェルターに案内される形になるけど、いいか?」
「シェルターですか……」
それだと外に出るのは難しくなりそうだな……ならこのまま王城へと連れてって欲しいな。
「でしたら、そのまま城へ連れていってもらえません?」
「王城にか? ん~今は難しいな」
ですよね。戦争中に他国の人間なんて、敵だったらと疑われるのが落ちだろう。
「なら、街で降ろしてくれれば大丈夫です。その後は自分でどうにかしますので!
それと……これがあるから何とかなると思いますし」
そういってクロビはゼオからの書状を見せた。
「これはグラーゼンの……ゼオール第一王子の封蝋か! これなら大丈夫そうだな」
こうして翌日早朝に野営地を出発し、無事に一行は街へと辿り着いた。
俺は街で降ろしてもらい、とりあえずはまだやってそうな店などを探してみる。
マーベラル曰く、殆どの住民はシェルターに避難してるとの事だったけど……
辺りを見回しながら街を歩いていると、一件だけ屋台の様なお店があった。
「すいません、ここやってるんですか?」
「おお、こんな時に兵以外の客が二人も来るとはな! やってるぞ」
どうやらこの店は営業中らしい。話を聞くと、シェルターに避難しなくても街に被害はないとの事。 こうした戦争の時には街全体に魔道具の結界が張られるそうだ。
しかし、二人?
そう思って小さな店内を見ると、奥の席で女性が一人で食事をしているのが目に入った。
俺は男だからともかく、女の人が一人で避難せずに……もしかして軍の人かな?それとも俺みたいな旅の人?
まあいっか。
とりあえず店主に案内されると、先客の女性と席を一つ挟んで向き合う形に座った。
「あんちゃん、何にするんだい?」
「えっと、じゃあこのセイクリッドポークのステーキで!」
「あいよ!」
オーダーを終え、水を口にしていると……ふと視線を感じる。
そっとその方向へ目を向けると、正面の女性と目が合った。
ジーっとこちらの様子を伺っているようなのだが……
すると――
「あんちゃん、見たところここの住人じゃなさそうだが、どっから来たんだ?」
店主が調理器具を振るいながら話しかけて来た。何んとなくだが、助かった気がする。
「俺はグラーゼンからです。 ちょっと用がありまして」
「そうかい! そりゃあ災難だったな。 こんな状況だし」
「そうですね。 まあ分かってはいたんですけどね」
そんな話をしながらも数分後、「おまち!」と目の前に出来たてのステーキが置かれた。
セイクリッドポークはローズベルド領地内にある神霊山の麓に生息し、身が引き締まっていて脂身が少ない弾力のある肉が特徴だ。
また、神霊山の麓に生息する魔物は基本的に『セイクリッド○○』の名称になるらしい。
これも神霊山の影響だな。
セイクリッドポークのステーキをナイフで一口サイズに切り、口へと運ぶと肉汁が溢れ、更には魔力が濃い場所に生息している事もあって非常に美味だった。
久々の料理にパクパクと口に運ぶ勢いが止まらない。そして、最後の一口を終えると……また正面から視線を感じる。
あぁ、そろそろ限界だ……気になって仕方がない。
「あの、何か?」
「……」
「えっと……」
「……」
どうしよう。気になり過ぎて話しかけたんだけど、無言という返答。
なのに、未だジーっと見て来る。
こうなったら強行手段しかないな!
「おやじさん、エール二つ! 一つはあちらの女性に」
「――!? い、いらぬ!」
すると女性はクロビの策に嵌り、慌てて声を荒げた。
「くくっ! ははは! おやじさん、やっぱりいらないです!すいません!」
「うぅ~なんじゃお主! 人をバカにしおって!」
「いや、ずっと見て来るのに話しかけても返答がないから、ついね!」
「ふん、別に用があった訳ではない! 自惚れも大概にするのじゃな」
「えぇー……」
女性は特に用もなく、ただクロビを見ていただけだったようだ。しかし、策に嵌ってしまった事でぷんぷん怒っていた。
見たところ、俺よりも少し年上かな?背は座ってるけど恐らく背は150前後でメガネをかけ、茶色い髪で頭にはリゾートハットを被り、ヒラヒラのシャツにロングスカート。
まるで旅行中の貴婦人の様な格好をしていた。
とりあえず嫌われてるようだし、そっとしておこう。
俺は食事を済ませるとお金を払って外に出た。
そして、しばらく街の様子を見つつ歩いていると――
「何で付いてくるのかな?」
「……」
「まただんまり……」
後ろから先程の女性が付いて来るのだが、今回も無言だった。クロビは「はぁ~」と呆れた表情でため息を吐く。
「そこ段差だから気を付けろよ?」
「……、わっ!?」
「今言ったばっかじゃん……ドジっ娘か」
「――っ!? んん……ふぅー」
何か言い返そうとしたらしいが、我慢して気持ちを落ち着かせる。
そんな頑なに無言を貫き通そうとしなくてもいいのに。
でもちょっと反応が面白いな。
後ろから付いて来る女性はその後も注意を促したが、小石に躓いて転びそうになったりを繰り返し、はぁはぁと息を切らしながらも無言のままだった。
そうしてしばらく歩いていると街外れの小さな小山に辿り着いた。
高さは30メートル程だろう。頂上には複数が座れる横長のイスが設置されていて、そこからは街並みを眺める事が出来る。
視線を斜め上に向ければ、少々古めかしい作りの様だが西の魔女が住まう王城も見えるのだ。
「あれが城か~後で近くまで行ってみるかな」
「お主、城に興味があるのか?」
さっきまで無言を貫き通していた女性が、俺の独り言に口を開いた。
「ん? ああ、ちょっと用があってね」
「そうか、にしてもお主……何者じゃ?」
「何者って急に物騒な言い方だな。 何者でもない一介の旅人なんだが?」
「一介の旅人がそんな相即不離な魔力を持つものか!」
「魔力? まあそれなりに鍛錬とか研究を重ねたからな! ってアンタ魔力が視えるのか? 今は全然練ってないんだが……」
「あっ、しまった!? いや、もう遅いの……」
しまったって何?まあ自分で言うように隠そうと思ってたのならもう手遅れだけど。
「そうじゃの、魔力を視る事は出来る。 だからお主が異常で気になっておるのじゃ! 故に何者か問うておる」
「だから店でも見てた訳だ! とは言え、話した通り旅人だからな?
強いて言えば、俺の努力の賜物だ!」
えっへん!と胸を張って自慢げに伝えてみる。
「ん~そう言われたら確かに鍛錬次第で魔力は膨らむのじゃが……なんか納得がいかん! そもそも鍛錬事態も限度があるのじゃぞ?
それに、そこまでの魔力を有しておるのなら旅人じゃなくて普通は国に仕えとるじゃろ?」
「それは……まあ俺にも色々あったんだよ。 だから詮索はしないでくれると助かる」
「そうか……なら仕方ないの。 とりあえずお主の事は分かった。
妾はこれで失礼するぞ。 これでも多忙な身でな!」
「そうか! 戦争中だしな~、まあ頑張れよ!」
「お主もさっさと避難した方がよいぞ! 店主が言うように結界は張ってあるが、どうなるかは分からんからの」
「分かった! 次会った時は無言じゃなくて普通に話してくれよ、ドジっ娘!」
「なっ!? ドジっ娘じゃないわ!」
「だって結構躓いてたし?」
「これには深い、それはもう海よりも深~い理由があるのじゃ!!
だから決してドジな娘ではないのじゃぞ! 分かったかこの魔力異常者!」
むきーっ!っと地団駄を踏みながら女性は城の方へと消えていった。
変な人だな、面白いけど!
とりあえず……ギルドってやってるのかな?行ってみるか。
小山から街を見渡すと、ギルドの看板はすぐに目に付いた。デカい建物だけあって探しやすいな。
そしてギルドへ到着すると、一応営業はしているようだ。
「すいませーん、こんな時にですが素材の買い取りってやってます?」
「いらっしゃいませ! 現在、ハンターの依頼などは受け付けてませんが、素材の買い取りでしたら大丈夫ですよ」
「良かった。 じゃあこれお願いしたいんですけど! あっ、ちなみにハンターじゃないので、手数料有りで大丈夫です」
「分かりました。 では、少々お待ち下さい」
今回はここに来る途中で狩ったアナコンドリルの牙と魔石、ローズベルド軍と一緒に討伐したワイバーンの爪・牙・鱗と魔石。
ワイバーンの皮などは流石にサイズ的にポーチに入らないので、 達に譲った。
そして、セイクリッドウルフの爪、牙、魔石の三種類だ。
しばらく待っていると、査定が終わったらしく受付の人が戻って来た。
「お待たせしました。 こちらが今回の買い取り値になります」
差し出されたのは12000ゴルド。これは手数料を引いた分だから実際は15000ゴルドになる。
簡単な内訳としては、
アナコンドリル――2000ゴルド
セイクリッドウルフ――5000ゴルド
ワイバーン――8000ゴルド
ワイバーンはどの地域でもB級、時に変異種や亜種だとA級になる為、金額も高い。
また、セイクリッドと付く魔物もC~B級が多く、神霊山の魔物は別大陸の魔物と比べると非常に魔力が高い為、魔石が高値になるのだ。
とりあえず良い小銭稼ぎになった!
「明日にはギルドも閉鎖となりますのでご了承下さいね。
戦争が終わりましたらいつでもお越し下さい」
「分かりました。 ありがとうございます」
一先ず、どうするかな。城の様子を見に行ってもいいけど、もうすぐ出陣するだろうから取り合ってもくれないだろう……
まあ、空いてそうな宿でも探してみるか。
※ ※ ※ ※ ※
「エリネール様、お帰りなさいませ」
執事のアランが優雅に迎える。
「何か御座いましたか?」
「何かとはなんじゃ!? な、何もないぞ」
「そうですか。 失礼致しました」
「して、状況は?」
エリネールは慌てた表情を見せるが、すぐさま威厳のある女王の姿へと戻る。
「はい、イーリスの軍勢は今夜にも先行した魔動機部隊と合流し、布陣するでしょう。 しかし、夜はあちらも不利でしょうから、開戦は明日かと」
「ではこちらも出るとしよう。 騎士団及び魔導師団を招集し、整い次第出陣じゃ!」
「「「はっ」」」
王城内は戦争に向けて騒がしくなり、王城勤めの人間もバタバタと走り回っている。
「そういえば陛下よ」
「なんじゃ?」
玉座に腰を据えていると老年の大臣が口を開く。
「導きの谷から戻った討伐隊が面白い事を言っておってな、陛下が言った通りイーリスの偵察部隊と戦闘になったらしいが、伏兵の存在で劣勢に追い込まれたそうだ。
しかし、一人の若者がローズベルドへ連れてってくれるならと手を貸し、50人の兵を一人で殲滅し、隊長格を捕らえたらしい」
「ほう、そいつは面白いの! その男はどうしたのじゃ?」
「街で降ろしたという事でした。 ただ、グラーゼンの王子からの書状を持ってたとの報告があるからいずれここに来るだろうと」
「なるほど……もしやあの男が? まあ可能性はあるかの?」
「何か思い当たる節でも?」
「いや、気にするな。 では、妾も戦の準備にかかる」
「はっ」
こうして軍備を整えた後、ローズベルド城から3000の軍勢が国境へと出陣した――
※評価、ブクマ、よろしくお願いします!




