水の都グラーゼン
『水の都グラーゼン』
人口は20万人程で、主に水産業が国の資源となっている。
また、港には魔導船の整備や造船工場が並び、グラーゼン産の魔導船は丈夫で美しいと世界的にも評価されているのだ。
ゼオールの私船でもあるグランディーネ号もこの国の筆頭船大工による力作であり、まさに匠の技。
街の中心からやや北側に王城が建ち、南下していくと茅葺屋根やレンガを積み重ねられた様な住居が建ち並ぶ。
また、グラーゼン全体を囲うようにぐるっと大きな川が流れていて、枝分かれした小川が街全体に張り巡らされ、住人達は小舟を移動手段として利用する。
その川の行き着く南部には大きな港があり、海が広がっていて、まるで水の上に街があるようにも見えるのだ。
それが水の都と呼ばれる由来でもあった。
住居区域中央には水の精霊ウンディーネの像をモチーフにした噴水があり、待ち合わせ場所や観光名所にもなっている。
クロビはゼオ達と別れ、ローズベルドを目指す為にグラーゼンの西門を目指していた。
街を歩くと港がある分、クルッシュと同じように亜人族も沢山いて戦争前なのに活気溢れる街だなー。
そんな事を思いながら歩いていると、広場へと出た。
円形状で、中央にはウンディーネの像を囲うように噴水。
また、噴水の周囲には初々しいカップルが点々と腰を下ろして楽しい時間を過ごしていた。
そういえばゼオが言ってたな。王妃がウンディーネに似てるんだったっけ。
にしても皆幸せそうだ。ゼオが護りたいっていう想いもなんとなく分かるよ。
再び足を進め、小道へ入っていくと、突然世界が変わったように周囲が色めき立つのが分かる。
「お兄さん、寄ってかない?」
「あん、色男じゃなぁ~い、サービスするわよん?」
……どうやら娼婦街らしい。
皆さん薄着で足や胸を強調する様な格好で勧誘している。
「いや、西門を探してるんだ。 お楽しみはまた今度で!」
「いやん、いけず~ぅ! 西門ならこの道を真っすぐ歩いて三番目の橋を左に行くと着くわよ~」
おっと、良い人もいらっしゃったね。
「ありがとう! 助かるよー! お姉さんも頑張って!」
「はーい!」
三番目、三番目……って最初の橋も見えない。でも嘘を言ってる訳じゃなさそうだったしな。
とりあえずひたすら歩く。
すると、15分程かけて要約一つ目の橋へと辿り着いた。
「後二つ……なかなかの距離だな。 このままだと夜になってしまう……」
グランディーネ号がグラーゼンに入港したのは既に夕刻。
そして、このままのペースで歩いてたら西門に辿り着く頃には真っ暗になってるだろう。
「仕方ないか、急ごう」
そう呟いてクロビは足に力を込め、縮地で一気に駆け抜けていった。
「――っ!?」
「キャっ!?」
クロビが駆け抜ける余波ですれ違う男性の帽子が飛び、女性のスカートが捲れ上がる。
それを見て紋々とした男は……そのまま娼婦街へ向かえばいいよ。うん。
そして僅か2分程で西門まで辿り着き、外へ出ようとすると――
「君、待ちたまえ!」
騎士の格好をした門番らしき男が声を掛けて来た。
「はい、なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないだろ、こんな時間に外へ出てどこに行くんだ?」
「えっと、ローズベルドですね」
「バカかお前は!? これから戦争が始まるんだぞ! それにこの時間に出ても直に日は沈む! そうなれば魔物の餌にしかならんぞ!」
あっ、この人は心配してくれてるのか。グラーゼンは親切な人が多いな!
「大丈夫ですよ! 野営得意なので!」
実際にカルネール村の近くに住んでた時は野営みたいなものだったし、獣や魔物はただの狩り対象、つまりは食料だったしな。
「どうしてもと言うなら無理に引き止めんが、死んでもしらんぞ!」
「心遣い感謝します。 あっ、ゼオ……ゼオールに会ったら無事にグラーゼルを出たって伝えて下さい!」
「ゼオール……ゼオ、ん?」
「えっと、第一王子」
「で、殿下の知り合い!? これは失礼致しました!」
「いえ、お気になさらずに」
「ただ、ローズベルドまでですと馬で駆けても最短で四日は掛かります」
「それも問題ないです! 馬よりは早く迎えるので」
「そ、そうですか……一応、お気を付けて?」
馬より早いって何を言ってるんだ?っといった表情を浮かべるも、門番は敬礼をして見送ってくれた。ゼオの名前、便利だな。
よし、最短で四日か……それも馬ありき。
確か三日以内には戦争が始まるって言ってたから、せめて一日でローズベルドの領内には入らないと間に合わなそうだな。
クロビは再び足に力を込め、更に身体強化を加えてローズベルドへと一気に駆け抜けていった――
そして疾走する事数時間。
既に辺りは暗闇に包まれ、所々で魔物の鳴き声が響き渡っていた。
「そろそろ腹も減ったし、飯にするかな。 船では豪華なお食事だったけど、久々に作法とか気にせず落ち着いて食べれるぜ」
クロビは近くの森に入り、気配を探っていく。
すると――気配は薄いが、少しずつ距離を詰める何かしらの存在を捉えた。
間違いなく俺を狙ってるな……と言うか森に入った事で動いたのか。
まあ、向こうから来てくれるなら楽でいい。
クロビはそのままじっと動かないで相手を待つ。すると――
「シャッ!」
カバっと後ろから左肩に咬みつかれた。
「うぉっ!? 急に気配が消えたと思ったら後ろだったか!?
俺もまだまだだな……」
咬みつかれても何食わぬ顔で魔物に対して称賛をする。
「シャ!シャ!」
どうやら咬みついているのは大型の蛇だ。
〝アナコンドリル〟
全長3メートル程で毒は持たないが牙がドリル状になっていて、クロビも気付かなかったように、気配を殺すのが得意な蛇なのだ。
しかし、クロビのコートはそれすらも通さない程に頑丈な素材だった為、平気な顔をしていたのだった。
「よし、今日の飯はお前に決めた! 咬みつけなくて残念だったな」
クロビはそのままスパっと首を刎ねる。
「一応、このドリル牙は素材になりそうだから、魔石と一緒に保管しよう。
船が結局タダだったけど、金があるに越した事はないし」
素材を回収し、アナコンドリルを持って森の奥に聳える大きな木の下まで来た。
「ここなら木の上にでも登れば安全に寝れそうだな」
そう言って木の枝を集め、魔術で火を起こす。
そのまま先ほど狩ったアナコンドリルをある程度の大きさに解体すると、皮を剥いで焼いていく。
そういえばサラさん、ポーチに何を入れたんだろう?
クロビは急に思い出し、ポーチから袋を取り出す。
「あっ! これってもしかして!?」
袋を開けると、塩、胡椒、砂糖の小瓶が詰められていた。
「まさか、絶妙なタイミングでこれが出てくるとは……サラさんの底が知れない」
さっそく炙ってるアナコンドリルの肉に塩と胡椒を振りかけてかぶりつく。
ジュワッと肉汁が溢れ出し、地面へ零れ落ちていく。
「ん~!? 良い弾力だなー! しかもこの塩と胡椒、素材をしっかりと活かしてくれる!
最高の野営飯だ!」
ムシャムシャと肉を頬張り、一瞬にしてアナコンドリルは捕食されたのだった。
その後、クロビは聳える木を登り、太めの枝を見付けて寝そべっていた。
とりあえずもう少しで最初の目標へと辿り着けるな。大分色濃い旅になって来たけど、問題なく魔女さんに会えれば良いんだけど……
すると、遠くの方からブィーンっという音が聞こえた。
「これは……地上じゃないな。 どこからだ……」
身体強化を目にかけて周辺をくまなく見ていくと、遠くの空に三つの黒い影が確認出来た。
「あれは……?」
更に強化をかけて目を凝らして集中すると――
「うわ! なんだあれ……飛空艇にしては小さいが……もしかして新型なのか?」
どうやらイーリス国の小隊が小型の飛空艇に乗って偵察をしているようだった。
「いいなあれー! 奪ったら……って戦争の火種になるか。 でもあれあったらわざわざ船とか列車とか乗らなくて済みそうだしな。 それも魔女に聞いてみるか!」
クロビは身体に木の葉を掛け、カムフラージュで眠りについた。
翌日――
クロビは早くから行動を開始していた。
昨日飛び回っていた偵察部隊を目にしてから、辺りが騒がしくなったからだ。
恐らく今日動く可能性が高い……そう考えて早々にローズベルドを目指したのだ。
昨夜と現在、身体強化を活かして疾走した事で既にローズベルドとの国境は近い。
クロビはより速度を上げ、進んで行った。
そして国境を越えた辺りで――
「あれは……?」
現在クロビが居るのはローズベルド領内に入ってすぐにある渓谷。
ここはローズベルドの神霊山へと繋がる玄関口とも言われ、別名
〝導きの谷〟
と呼ばれているのだ。
見渡せば崖下には大きな川が流れ、右を向けば森に囲まれた山々、左を見れば丸裸の岩山と様々な景色が楽しめる。
また、神霊山へ赴く人の為に道が整備されている。
とは言え、神霊山に住む魔物は非常に強大で、実際には人が立ち入る事は滅多にない、はずなのだが……。
「やはりここを通ったかイーリス軍!」
「ふん! 貴様らに見付かった所で作戦に変更はない! そのまま死ね!」
ギン!ギン!と整備されていない岩山の山道でイーリス軍とローズベルド軍がぶつかり合っていた。
どちらも小隊規模だが、前衛重視の騎士達が多いイーリスに対し、ローズベルドは後衛の魔導士部隊が多かった。
「お前達にここは通らせん! ―我が手に集うは星の源。心の灯は業火へ至らん!―焼き尽くせ、《火炎の柱》!!」
「―数多の恵み、鋭き刃となりて悪しき敵を切り伏せよ! 《水の刃》!!」
ローズベルドの魔導士らしき男達が次々と詠唱し、イーリス軍は炎に包まれ、水の刃で切り刻まれていく。
「ひるむな! 本より魔法で応戦してくる事は想定内だ! 伏兵! 矢を放て!!」
イーリス側の隊長らしき男の掛け声と共に、周辺に身を潜めていた伏兵、20
人程が弓を構え、一斉に放つ。
「しまった! このま……ぐわっ!」
「魔導士隊、障壁を!」
「ま、間に合わん! ぐぁ!」
予想外の伏兵によって魔導士達に次々と矢が射られていく。
「このままじゃまずそうだな……助けたらそのままローズベルドに連れてってくれるかな?」
クロビは遠目から戦の様子を眺めていると、そのまま縮地で一気に戦場へと飛び出した。
突然飛び出して来た男に両軍は一瞬戸惑い、そしてイーリス側の隊長が口を開く。
「き、貴様何者だ!? ローズベルド軍ではないようだが、どこから現れた!!」
「いや、ちょっとローズベルドに用があってね。 そこの隊長っぽい人!」
「わ、私か!?」
クロビはローズベルド側の隊長らしき人物に声を掛ける。
「そう! ここ片づけたらローズベルドに連れてって欲しいんだけど、どうかな?」
「片づけると言っても、こちらは今劣勢だぞ! それに今はそんな事は話してる場合じゃない!!」
確かに戦闘中だけど、クロビには関係なかった。
「場合じゃないから早めの判断を宜しく!」
「ぬかせ! ここから無事に戻れる訳ないだろ!! 弓隊、打て!!」
クロビが呑気に会話をしていると、痺れを切らしたイーリスの隊長が再び指示を出し、一斉に矢が射られる。
「ひ、一先ず連れていくからここを頼む!」
流石にこの状況を自分の力で覆す事は不可能だと感じたのか、まるで藁にも縋るようにクロビの要求を受け入れた。
「よし!」
クロビはイーリス側に向き合い、黒棍を出すとくるくると回転させて矢の雨を防いでいく。
そして左手を前にかざしながら
「―聖光の雨―!」
魔術を展開、発動させると上空に光の玉が現れ、文字通り雨の様に無数の光がイーリス軍を打ち抜いていく。
「な、なんというっ!? しかも無詠唱だとっ!?」
後ろの魔導士達もそれを見て驚きの表情が隠せなかった。
ホーリーレイは光の上位魔法でもあったからだ。実際に扱えるのは数人で、それらは筆頭魔導師や西の魔女エリネール位だったからだ。
光の雨が降り止むと、辺りは土煙で覆われていた。
そして、風によってそれが晴れると立っているのは隊長一人だった。
「おっ、アンタやるな! さすが隊長と言った所か」
「く、くそっ貴様ー! その首、斬り落としてくれるわー!!」
既に傷だらけな身体でも騎士道と言うか、最後まで諦めない精神はどの国の騎士でも立派だな。
「殺さないから安心してくれ!」
「ふん!」
隊長が残りの全てを掛けて剣を振り下ろす。しかし、それは見事に躱され、クロビは棍の先端をそっと隊長の胸に当てた。そして――
「ん?……っ!?」
「破っ!」
胸に当てられた棍からは、何の予備動作も無く突然物凄い衝撃が放たれた。
鎧は砕け、隊長の身体をその衝撃が一気に駆け巡る。
「ぐはっ!」
そして、隊長は白目を剥いたまま崩れた。
「ふぅ~! あっ隊長さん、捕虜として居るかい?」
「あ、ああ。 他の兵は……無理か。 おい、無事な奴は敵の隊長を縛って運べ!」
「「はっ」」
「しかし助かった。 感謝する。 私はローズベルド軍のマーベラルだ」
「マーベラルさん、俺はクロです。 さっきも言いましたが、ローズベルドに用があってグラーゼンから来ました」
「グラーゼンからか……もしかして使者か?」
マーベラルは戦争時だからこそ、応援要請などもあり得ると考え、クロビに聞いた。
「いえ、旅人ですけど?」
「そ、そうか。 いや、大丈夫だ。 にしても君は何者なんだ……?」
「えっと……繰り返すようですが、旅人ですよ」
「いや、普通の旅人がホーリーレイなんて上級魔法は使わないぞ!?」
「魔法? あれは魔術ですよ」
むしろ魔法って使える人いるの!?
「いや、魔術であればあそこまでの出力は出せない、のだが……
まあいい、助かったんだからな。 約束通りローズベルド国まで連れて行こう」
「ありがとうございます! 助かった!」
こうしてクロビは無事にローズベルド軍に混ざり、街へと向かったのだった――
※ ※ ※ ※ ※
≪ローズベルド国≫
「エリネール様、イーリスが出陣したとの知らせが入りましたぞ。
また、飛空魔動機の先行部隊は既に国境の橋の手前に陣を構えているようだ」
宰相の老人が髭を撫でながら影からの情報を伝える。
「やっと動いたか。 ちと遅い気もしたのじゃが。
にしても飛空魔動機……あれは何の役にも立たぬと思うんじゃが?」
「そうですなぁ、あれは偵察には良いが戦闘には向かん。 まあ牽制と見るのが宜しいかと」
実際に飛空魔動機は魔力を流し、調整しながら操作をする乗り物の為、魔力微量者だと数メートル飛んだ後は使い物にならなくなる。
また、高い魔力保有者であっても魔力操作が完璧に出来なければ暴走して墜落したりするのだ。
何より、戦闘でも身体強化や攻撃の為に魔力は必要となる。
故に魔力を使い切れば飛空魔動機は動かせなくなり、ただのガラクタになってしまう。
便利そうであっても、蓋を開けれ実はデメリットが多いのだ。
「して、導きの谷へ向かわせた部隊はどうじゃ?」
「それなら既にこちらへ向かっていると聞いておりますぞ」
「そうか、ではそろそろこちらも動くとするかの」
『騎士団及び魔導士隊は出陣準備! 街に残ってる民達は皆シェルターへ誘導するのじゃ!』
「「「はっ!!」」」
「アラン、準備が整い次第妾も出る。 その間の事は任せる」
「畏まりました」
軍議を終え、エリネールは城のテラスへと出て遠くを見る。
城の最上階、ここからの眺めは街全体、遠くには神霊山や渓谷が見渡せるのだ。
「何やら新しい風が吹きそうじゃの……ふふふ」
エリネールは呟き、渓谷の方を見つめながら微笑みを浮かべていた――
※評価とブクマ、よろしくです!




