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黒き復讐者の交響曲  作者: Rさん
第Ⅱ章 ~航路編~
22/111

ゼオールの過去

※ゼオール視点になります。


ちょっと長いです。


私はゼオ、本名はゼオール・デル・グラーゼン。


西に位置するエマーラル大陸南方、山から流れる湧き水が街全体を覆い、首都の中央には水の精霊ウンディーネの像が国の象徴として建てられている『水の都』と呼ばれるグラーゼン国の第一王子。


昔から魔力の保有量は多く、魔術も剣術も得意だった。


また、王になる為に政治や帝王学も必死に勉強したものだ。お陰で学園では常にトップだったね。


私の父、グラーゼン国王シュバルト・デル・グラーゼンは前国王の祖父の突然の崩御によって若くして王の座についた。


心の優しい人で、王太子の頃から慈善事業に力を入れ、常に国民の為の環境改善を唱え、それは今でも変わらない。


母もそうした父の力になりたいと王妃自ら孤児院へ赴き、子供達と遊んだり勉強を教えたりしていたのだ。


ちなみに母は緩やかウェーブの長い水色の髪に青目、グラーゼンの国民からは『ウンディーネの生まれ変わり』とまで言われている。


俺は金髪で、それは父親譲り。

弟は水色で、母親譲りの髪色となっている。


良くある王族の話なのだが、私が王位継承権を捨てて力を求め、ハンターを目指す様になったのは今から5年前……12歳の時からだ。


私には幼少期から共に過ごして来た幼馴染、“イシュカ”と言う少年が居た。


彼との出会いは、私が5歳の時。両親に連れられて初めて孤児院に行った時だった。



「お前、王子なんだろー?」



当時は人見知りな所もあり、両親が院長との話し合いをしていた為に、一人孤児院の庭で時間を潰していたら突然後ろから声を掛けられた。



「ぼ、僕はゼオールと言う。 君は……?」



「俺はイシュカだ! この孤児院で一番強いんだぜ!」



どうだ!凄いだろ!とばりにドンと自分の胸を叩いてみせるイシュカは茶色く短めの髪に茶色の眼をしたいかにも悪ガキそうな見た目だった。



「そ、そうなんだ……」



「仕方ないから俺がお前のアニキになってやる! 嬉しいだろ!?」



イシュカは自信家だった。でも私はそうした俺様タイプの人間は少し苦手だったのを覚えている。


何せ、貴族にはそんな連中が山ほどいるからだ。



「べ、別に大丈夫……」



そう言ってゼオが断りを入れてその場を立ち去ろうとすると、



「ちょっと待った! 分かった、アニキじゃなくて良いから友達になろうぜ!いいだろ?」



「と、友達!?」



突然だったが、()()と言うフレーズは本当に魅力的だった。


何せ自分には友人と呼べる存在がいない。それに王子として接するから正直に言えば友達というのがどの様な関係なのかが分からなかったのだ。



「と、友達って何するの?」



「ん? 友達って一緒に話したり遊んだりするんだろ?」



「そうなんだ……じゃあなってみるよ」



「おう!よろしくな! ゼオールだから、ゼオでいいか?」



「ゼオ……」



普段から愛称で呼ぶのは家族や侍女達だけだったから、見知らぬ人ではあるが、そう呼ばれた時、本当に嬉しかった。



「じゃあ僕もイシュカと呼ぶよ」



それから二人は沢山話をした。イシュカは所謂捨て子なのだが、面倒見がよくて他の子供達のお守りなどもしているそうだ。


城で過ごす時は何をしても王子という肩書が消える事はない。


しかし、ここでは一人の、ゼオという一個人で居られる。


だからゼオは初めての感覚に喜びで胸がいっぱいになった。


ゼオが孤児院を訪れてからと言うもの、時間があれば顔を出してイシュカとの会話を楽しんだ。



「王子って大変そうだよな! 何してるかは良く分からないけど」



「ん~王子っていうか、でも国についてとか、政治とかは勉強してるよ」



「うわ~、俺無理だ。 俺は机に向かうより体を動かす方が好きだしな!」



イシュカは気の棒を剣に見立て、振り回し始める。



「ゼオ、俺さ! ハンターになりたいんだ! S級ハンター!」



「ハンター? 魔物とか討伐する人だよね?」



「そうだ! 俺もレバン兄ちゃんみたいに自分で稼いでここの力になりたいんだ!」



レバンってこの前父上の所に来てた人だ……ハンターだったんだ。



「ゼオは剣使わないのか?」



「一応騎士の人に稽古をつけてもらってるよ。 まだ全然だけどね」



「ならゼオも一緒に強くなろうぜ! 王子も強い方がカッコいいだろ?」



それから二人は我流だが剣術を学び、座学に励み、切磋琢磨して力を付けていったのだ。


そして、レバンもこの孤児院出身だった。



孤児達は基本的には魔力微量者が多いのだが、レバンだけは青い眼を持ち、武芸は勿論、座学に関しても覚えるのが早く、忽ちに吸収していく秀才だったのだ。


ハンターは基本的に15歳から登録が可能になるのだが、こうした孤児や平民の為に13歳からであれば仮登録として、簡単な依頼であれば受けられる。


レバンは13歳になると仮登録ハンターとして依頼を熟し、孤児院への仕送りを始めた。


これは力を付けるのと同時に、ここまで育ててくれた孤児院への感謝でもあった。


そして、王である父がレバンと出会ったのも、この頃。


父が王族専属執事長であるサーベス・グレーチェルと少数の騎士団を連れてグラーゼン近辺の偵察を行なっていた時、レバンを含む3人のパーティーで薬草などの採取依頼を熟していたのだが、運悪く小鬼の拠点へと足を踏み入れてしまったのだ。


3人の内の1人が近くを通りかかった父達を見付け、助けを求めた。


しかし、小鬼の拠点に辿り着いた時、全員が目を疑う光景がそこには広がっていた。


既にもう1人の仲間は小鬼達の手によって命を奪われた後だったのだが、そこには10体程の小鬼の残骸で埋め尽くされ、全身に返り血を浴び立ち尽くすレバンの姿があったという。


その時、サーベスはその姿に驚愕した。


それは、既に亡くなっていた息子のデニス・グレーチェルのいつかの姿に酷似していたからだ。


レバンは父達に気付くと、微笑みを浮かべながらも涙を流し、そのまま意識を失い倒れた。


その後、急いで王城の医務室に運ばれ、傷の手当を受けて意識を取り戻したのだが、サーベスはレバンの姿に引っ掛かりを感じ、父に頭を下げて彼の出生記録を調べ上げた。



そして一週間後――



サーベスの予想は当たっていた。レバンは息子であるデニスの愛人との子だったのだ。

つまり、自身の孫だった。


既に息子は先立ち、正妻との孫であるリース・グレーチェルは嫁いでいる。


だからサーベスは血縁者である事実を父に報告し、了承を得ると孫としてそのまま引き取る事にした。


それからレバンは執事見習いとして雇われ、作法や武芸、諜報など祖父からありとあらゆるものを叩きこまれる事になる――


こうして数年後、元々要領の良かったレバンは既に見習いの肩書が外れ、執事としての業務を一人で熟すまでに至った。


また、この頃からゼオに剣術を指南するようになるのだが、その際は必ずイシュカも混ざっている。


二人は、打倒レバン!という目標を掲げて武芸に磨きをかけていたのだ。



「ゼオ、レバン兄ちゃん強すぎる……」



「そうだね……僕もうダメかもしれない」



「おやおや、どうしました二人とも? それではいつまで経っても私は倒せませんよ」



「ちくしょー! 俺はまだ負けてないからな! 意地でも一発当ててやるぞー!」



イシュカは既に体力の限界だったが、気力と根性で立ち上がり、木剣でレバンに向かっていく。


バシっ!



「いでぇぇーっ!!?」



「はい、イシュカ君残念」



レバンの一太刀が見事にイシュカの頭部を打った。



「では今日はここまでにしましょう。 私は紅茶の準備をしますので、殿下もここでお待ち下さい」



そう言い残してレバンはその場を立ち去る。



「なぁゼオ! 俺、ちょっと分かって来た気がするぞ!」



「分かったって何が分かったの?」



「さっきレバン兄ちゃんに一撃もらった時、何かこう……背後がゾクっとしたんだ」



「それって…気配を感じ取ったって事!?」



「かもしれない! まあよく分かんないけど、これを鍛えればもっと強くなれるって事だと思う!

俺はやってやるからな! 目指せS級ハンター!!」



きっとイシュカは天武の才があるんだ。だから本能的にも感じ取る事が出来てるんだな。



「そういえば、ゼオはいつかこの国の王様になるんだろ?」



「そうだね。 僕も父上の様に民に愛され、守っていきたいんだ」



「ならそのゼオを俺が護ってやるからな! その為にも夢は叶えなきゃダメなんだ!」



「イシュカ……」



それじゃイシュカは騎士みたいだ。でも、イシュカなら出来る気がする。


むしろ、イシュカとこの国を護っていきたい。


そう心に誓いを立て、二人は拳と拳を合わせた。



(この二人は出会うべくして出会ったのでしょう……なら、私も私を拾い、育ててくれた孤児院の皆、そして祖父や王の為に、その恩に報おう)



レバンも紅茶の準備を終え、陰ながら二人の姿を眺めていた――




更に数年後、ゼオが10歳の時に盗賊に襲われる事件が起こった。


王侯貴族には良くある派閥や嫉妬のしがらみにゼオが巻き込まれたのだ。


幸い、ゼオの護衛をしていたレバンとイシュカが盗賊達を討ち取り、事無きを得た。


そして、レバンは盗賊から雇い主を聞き出し、黒幕を炙り出して首謀者であった男爵夫人が刑に処す。


若い頃から国王である父に想いを募らせ、しかし王妃に選ばれなかった事でその嫉妬心が強まり、別の貴族へと嫁いだのだがなかなか子を成せずに母である に恨みを持つようになったらしい。


その結果、子を産み順風満帆な事に恨みが爆発、事に至ったようだ。


父は明るみになった事実を重く受け止め、誰もに妬みは生まれるものだとこの件に関しては箝口令を敷き、ゼオを助けたレバンとイシュカに褒美を与えた。


そして、レバンは王家の執事ではなく、ゼオの専属執事を志願した。


また、イシュカは魔導銃の許可を王に望んだ。


元々魔導銃に興味があり、いつかは自分の武器として使う事を密かに望んでいたらしい。


今でこそ、魔導銃の許可は盗賊への横流し等も含めて国への脅威となる恐れがある為に上位ハンターか上位騎士のみとされているのだが、まだこの当時は緩かった。


ただし、子供に魔導銃を持たせるのはそれはそれで問題になる為、イシュカをゼオの護衛として雇う形で許可を出した。



「イシュカはどうして魔導銃を?」



「いや、銃と剣の両方仕えれば無敵だろ?」



「イシュカ、君ってやつは……」



「いいんだよ、それも強さだ。 それにその方がお前を護りやすいからな!」



へへへ、イシュカは少し恥ずかしそうに微笑んだ。



「ありがとう、なら私も約束するよ。 イシュカの夢を僕も支えるって。

一緒に叶えよう!」



そう言って二人は改めて拳と拳をぶつけ、誓いを立てたのだ。




しかし、その2年後――



ゴルデニア大陸ではアーバロン大帝国の存在で戦争は既に終焉を迎えていたが、エマーラル大陸では最も好戦的な国であるイーリス国がその領地拡大の為に仕掛けて来たのだ。


しかし、グラーゼンは元々武力国家ではない。


今でこそ騎士団は存在しているが、争いを好まない平和な国でもある事で、戦争が始まれば敗北は必至だろう。だからこそ、ゼオが動いた。



「陛下」



「今は公ではないから畏まらなくていいよゼオ」



「では父上、一つ良いでしょうか?」



「何か妙案でも?」



ゼオは王である父に、ローズベルド国との同盟を進言した。



「レバンによると、ローズベルドはそもそも国の拡大を望んでいないようです」



「確かにローズベルドが率先して戦争を始めた事は私が知る限りでは一度もないな」



「はい、どちらかと言えばイーリスが仕掛けてくるからその応戦と言ったところでしょう」



「なるほど、それでゼオはどう考える?」



シュバルトは顎髭を撫でながらゼオを力強く見つめ、言葉を待つ。



「我が国は力を持ちません。 であれば、ローズベルドと同盟を組むというのはどうでしょう」



「同盟、か。 向こうがどの様な条件を出してくるかは分からないから今すぐに答えを出すのは難しいな」



「イーリスは先にローズベルドに仕掛け、今は膠着状態。

ですから時間がある、とは言えませんが決めるだけの余裕はあります。


とは言え、可決されたとしても騎士を出陣させるのは懸けになるでしょう。

ならば最善の策として、私がローズベルドへ赴き、公文書を直接渡します」



「そこまでの覚悟を……、お前も大きくなったのだな。

なら、先ずは軍議を開く。 皆を集めてくれ」



それからグラーゼンでは軍議が開かれ、自国の平和を第一と考えた結果、ローズベルドとの同盟を決意した。


翌日、ゼオは数人の騎士とレバン、そしてイシュカを連れてローズベルドへと向かった。


途中、イーリス軍の小隊との戦闘もあったが、五日後には無事にローズベルド国へ入ると、王からの公文書を届ける事が出来た。


そして、無事に同盟を結ぶに至り、ゼオ達は急ぎグラーゼンへと戻った。



しかし、ローズベルドを出て三日後――



同盟の知らせは既にイーリスにも知られており、公文書を奪い取る為にイーリスの軍が待ち構えていたのだ。



「レバン、軍の規模はどれくらい?」



「小隊なので、恐らく200程かと」



「こちらは30人……勝ち目はないよね」



人数の差は歴然だった。それだけイーリスが同盟を阻止したいという事でもあるのだろう。



「殿下、ここから寝ずに向かえばグラーゼンまでは一日掛かりません。

ここは援軍を呼ぶのが得策かと」



1人の騎士がゼオに進言する。



「確かにそうだね。 行ける者は?」



「はっ、私が行きます!」



「ではお願いする。 ただ、気を付けて。 まだ向こうは気付いてないが、見付かるとそれで作戦は失敗になる」



「はっ、必ず援軍を呼んで参ります!」



そう言って三人の騎士がその場を後にし、やや遠回りでグラーゼンへと駆けていった。



「さて、こちらはどうするかな……」



イシュカが戦闘の準備をしながらつぶやく。



「僕もイシュカも、そしてレバンも、勿論誰一人死なせたくない。

でも戦の場合は何があるか分からない。 皆気を引き締めていこう」



「ここは一先ず気付かれないよう進みましょう。

私は逆方向から囮になって陽導を仕掛けます」



隠密行動に優れているレバンが名乗りを上げた。



「分かった。 でも絶対に死なないで。 危なくなったら逃げてね」



「大丈夫です。 殿下を置いて先には死ねませんよ」



こうした状況でも常に笑みを浮かべるレバンは心強いな。




翌日――



レバンは夜明けを狙って敵拠点の兵糧を落とし、広範囲の火系魔術で強襲した。


敵軍は翻弄され、混乱していた。


レバンの手によって半分ほどが打たれ、頃合いだと残りの兵達をおびき寄せながら少しずつゼオ達が居る場所から逆方向に馬を走らせる。



「よし、今の内に行動を開始するよ。 皆、続け!」



ゼオもこの機を逃さんと少数の群を率いて旋回しながらグラーゼンの方向へと馬を走らせた。


作戦は成功し、無事に敵軍の拠点が見えなくなる所まで来る事が出来た、のだが……


拠点から陽動に乗らず、早い内に逃げ出していた50人程の敵軍と鉢合わせてしまったのだ。



「しまった、こんな所にも敵が居たのか!?」



「ほう、では先程のは陽動だったか! ならばここで死ね!」



戦うしかない、ゼオもイシュカも覚悟を決め、剣を抜く。



「殿下をお守りしろ!」



率いた騎士達も戦闘態勢に入り、相手軍を迎え撃つ。


無数の馬の足音と金属がぶつかり合う音が鳴り響き、兵達も殺し、殺され、亡骸が転げ落ちていく。



「このままでは劣勢か……」



僕もイシュカもまだ若い。騎士達も精鋭ではない。レバンも合流していない状況。


次第に状況は悪化し、こちらは僕とイシュカと騎士が三人。


相手はまだ15人程いる。


でも、ここで死ぬわけにはいかない!



「だぁー!!!」



ゼオが目の前の敵に斬りかかる。


その剣は筋力の差もあり、容易に受け止められてしまったが、それはゼオも予想済みだった。



「―雷の(ライトニング)槍撃(スピア)―!」



剣を受け、隙が生まれた所を雷の魔術で確実に倒していく。


それが非力だとしても戦える唯一の方法だ。



「おらぁ!」



イシュカも剣で相手の剣を弾き、左手に構えた魔導銃をゼロ距離でぶっ放す。



「な、魔導銃だ、と……」



「悪いな! こんなとこで死ねなんだ」



騎士達も、二人に続けー!と剣を構えて敵軍に突っ込んでいく。


これなら何とかなるかもしれない、とゼオは少しばかりの希望を見出し、更に敵へと向かっていった。


しかし、最後に立ちはだかったのは敵軍の隊長だった。



「小僧の割にはやるな。 だがこれで終わりだ」



既に突撃した三人の騎士はたったひと振りで絶命していた……。



「ゼオ! お前は行け! ここは俺がどうにかする!」



「な、イシュカ無理だ!」



「それでもだ! 俺がお前を護ると言った! 二人で死んだらそれこそ無駄死にだ!」



「だけど!」



「いいから! ここは俺に任せてくれ!」



「――くっ! 絶対に死ぬな! これは命令だ!」



ゼオは馬に飛び乗り、グラーゼン方面へと一気に駆けた。



「けっ、初めての命令がそれはちょっと難しいかもな……」



「安心しろ小僧。 あれならすぐに追いつく。 二人で仲良く逝けぇ!」



敵隊長の剣が勢いよく振り下ろされる。


イシュカはその剣をギリギリで受け止めるが、やはり大人と子供。体格の差は明らかであり、当然その力も受け止めきれない。


ズサァーっと後方へ飛ばされたイシュカは何とか体勢を整え剣を構える。



「ほう、身体強化か。その年で扱えているのは驚きだ」



「はっ、これくらい余裕だ!」



「ではこういうのはどうだ?」



敵隊長がニヤっと口角を上げると、先ほどとは比べものにならない速さで剣を横に振るった。


すると、その斬撃がイシュカの脇腹を斬った。



「ぐあぁぁ!」



「少し浅かったな」



「な、なにを……」



「斬撃を飛ばしただけだ」



「ざん、げき……?」



「そういう戦い方もあるんだよ。 お前の様な小僧には早いかもしれんがな」



「くそ……」



斬られた傷からの血が止まらない……


視界も少しずつぼやけて来る……



「ま、まだ負けてねぇ! 負けられないんだ、アイツの為に!」



イシュカは更に気合と根性で剣と銃を構えると、体の内側から熱いものを感じた。



「ならそのまま死ね! お前の首は無事に届けてやるぞ!」



敵隊長がいくつもの斬撃を飛ばしてくる。



「あれ……?」



先ほどの斬撃よりも遅い?それにいつの間にか血が止まってる。


イシュカは感覚を頼りに斬撃を次々に躱し始めた。



「なに!? なぜ当たらない!?」



「な、何かさっきより遅いぞ!」



「貴様、こんな所で()()するとは」



覚醒ってなんだ?よく分からないけど、今なら身体強化も更に上手く扱える気がする。



「次は俺の番だぁー!」



イシュカは足に力を込めて一気に踏み出し、剣を振るう。


ガキンッ!と敵隊長の剣とぶつかり合い、火花を散らす。



「そこだ!」



先ほどと同様、剣を振るったまま左手の銃を敵の胸に押し当て、引き金を引いた。


ドンッ!



「ちっ!」



敵隊長は瞬時に身体を横にずらした為、狙いの箇所が外された。


しかし――



「心臓は撃ち抜けなかったが、それじゃもう右腕は使えない……

この魔導銃は散弾式だからな」



中心から外されたとは言え、イシュカの銃は敵隊長の右肩を打ち抜いていた。



「このくそガキが……」



「お互い満身創痍だ。 次で終わりだな」



敵隊長は右腕が使えない状態だが、イシュカも血が止まっているとは言え、斬撃によるダメージは思ったより深い。



「これで最後だぁー!」



イシュカは剣を構え更に追撃をする。それに対し、敵隊長もまた、左手で剣を持ち、それを迎え撃つがその時――



イシュカの視界がグラッと揺れた。



「しまっ!?」



「隙ありだ小僧ぉ!」




「……ゴホッ」



「ふん、手こずらせやがって。 覚醒したばかりでは体の負担が大きいんだよ」


ポタッポタッと血が地面に落ちる。

イシュカは視線を下に向けると……敵隊長の剣がイシュカの身体を貫いていた。


だが――



「……これ、で……終わり、だ」



「なにを――っ!?」



ドンッ!


イシュカは最後の力を振り絞って敵隊長の頭を銃で吹っ飛ばした。


ドサッっと隊長の胴体だけがその場に倒れる。



「ヒュー……ヒュー……か、った」



すると、遠くから馬の足音が聞こえる。



「――カー! イシュカ君!!」



レバンが陽動を終えて駆けつけて来た。



「レ、バン、兄ちゃん……」



「まずい、剣を抜きます!」



レバンはゆっくりと剣を抜き、体をゆっくりと寝かせていく。


しばらくすると、ドドドドドッと沢山の馬の足音が聞こえて来る――



「もしか、して、敵?」



「いや、殿下達です。 援軍が来たみたいですよ」



「そ、っか。 じゃあ、無事、だったんだな」



「イシュカ! イシュカ!」



ゼオが一目散に駆け寄って来る――



「イシュカ、死なないで!」



「ゼ、オ。 俺、勝った、ぞ!」



「あぁ、凄いよ。 目も青になってる。覚醒したんだね」



「あーそういう事、か。 これ、で俺――ゴホッ……S級に……なれる」



「喋っちゃダメだ。 医療部隊急いで! お願いだから!」



「殿下……これはもう……」



「遅くない! イシュカは死なない! だから、だからお願いだよ」



ゼオは溢れる涙を拭いながら必死に医療部隊にしがみ付く。



「ゼ、オ……悪い、な。 そろ、そろ……眠くな、て来た」



「イシュカ、頼む!二つ目の命令だ、生きてくれ! 初めての友なんだ!

君だけなんだ、何でも言い合えるのは……それに、それに、一緒に夢を叶えるって言ったじゃないか!」



「あぁ、ゼオ……お前は、最高の、友だ。 だから、俺からの約束、だ。

お前は、おま、えの夢を、必ず……叶えて、くれ」



そう言ってイシュカは愛用していた魔導銃をゼオに渡した。



「これ、で、俺は……お前と共に……歩け……る」



「イシュカ!? やだ、やだ、イシュカ、返事をしてくれ! イシュカぁぁぁ!!」




その後、ゼオはその場で意識を失い倒れた――



グラーゼンでは、シュバルトが公文書を確認してすぐさま全国民にローズベルドとの同盟を発表し、同時に今回の戦にて命を落とした騎士達に黙祷を捧げた。


それから2週間後にはイーリス国が軍を撤退させ、戦争は一時休戦へと至ったのだった。


しかし、ゼオは友を失った事で心を閉ざし、自室に引きこもる状態が続いていた。



「レバン」



「はっ、ここに」



「ゼオはどうだ?」



「未だ閉じこもっております。 食事も殆ど残していらっしゃいますし、このままでは体調を崩すかと」



「あの年で友を亡くす、酷な経験をさせてしまったな……」



「陛下、私にお任せ頂けないでしょうか?」



「本よりそのつもりだよ。 寧ろ私からも頼む」



「畏まりました」



レバンはそのままゼオの部屋へと向かった。


そして、ノックをせずに扉を開けてゼオの前に立つとゼオは憔悴しきった顔で膝を抱えてベッドに座っている。



「ゼオ様、お話し出来ますか?」



「……」



「一度顔を上げて下さい」



「……」



何を言っても反応がないゼオに対して、レバンも少し考えを巡らせ、その場には沈黙が流れる。


そして数分が経過し――



「ゼオ様、失礼致します」



そう言ってレバンはゼオの腕を掴んで無理やりベッドから引きずり出したのだ。



「――っ!?」



「いい加減にしなさい!」



バシっという乾いた音が響き渡り、ゼオの頬は徐々に熱を帯び始めた。



「……い、痛いっ」



「そうです! それが生きている証拠です」



「生きてる……?」



「いつまで俯いてるんですか! そのままじゃ死んでるのも同じ! それではイシュカが報われません!」



「イシュカ……イシュカ……どこ?」



「……っ!」



バシッ!


レバンは更にゼオの頬を叩いた。



「ゼオール!! もうイシュカはいない! その現実から目を背けるな!

お前はイシュカから何を託された!?」



「レ、バン……っ!?」



「皆辛いんだ! イシュカだけじゃなく、殺された騎士達の家族も、私も、皆辛いんだよ。

でも、過去は変えられない! だから乗り越えなければいけないんだ!

国の上に立つ者なら乗り越えろ! それがイシュカとの約束のはずだ!!」



「イシュカとの……約束……僕は、僕は!」



いつもは笑みを浮かべているレバンもイシュカとの一時は強く印象に残っている。


だからこそ立ち上がってほしい、その思いで涙を流しながら必死にゼオに訴える。


そして、イシュカが愛用していた魔導銃をゼオに手渡した。



「これを託されたのです。 後は何をすべきか、ちゃんと向き合い、考えて下さい。

手を上げた無礼は後で幾らでも罰を受けましょう」



そう言ってレバンは涙を拭い、部屋を後にした。



「イ……シュカ……ゴメン。 僕は弱い。 無力だった。

強ければ、あの時一緒に戦えてたら……」



その日、ゼオの部屋からは悲痛な叫びだけが響き続けていた――


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