※魔導列車内 ルージュ・クロレア視点
私はルージュ・クロレア。
水の都と呼ばれるグラーゼン国の貴族である父、ロイド・クロレアと母、ミーナとの間に生まれた公爵家の長女。
お父様はグラーゼン国の外務大臣の職に就き、普段から周辺国との貿易交渉に勤しんでいて、現在も湾岸都市でお仕事中です。
私は、昔から自分が住まうエマーラル大陸以外の文化や街並み、魔物を含む生物など、外にとても興味がありました。
ですから、こうしてお父様に付いていく小旅行が大好きで、趣味みたいなものですね。ただ、今回は私の侍女が実家に一時帰省しているタイミングでしたので、お父様には内緒でクルッシュから少し離れた『鉱山都市ローダン』に足を運んでみたのです。
このゴルデニア大陸は魔道具での発展が著しく、その要となっているのがローダンの鉱山だと聞きました。
街には沢山の魔道具が並び、もうウキウキが止まりませんでしたね。
でも、そろそろクルッシュへ戻らないとお父様が心配してしまいますので、朝一番の魔導列車に乗り、車内レストランで朝食を取ってから席に戻ったのですが――
どうやら私の席に知らない殿方が眠っていらっしゃいました。どうしましょう……。
歳は私より少し上くらいでしょうか、黒い髪をしていらして、左部分が刈り上げられています……不思議な髪型ですが、転んだ拍子に削れてしまった、なんて事はないですよね……?
それともこちらの大陸で流行っているのでしょうか?
服装も落ち着いていると言いますか、貴族らしくない少々地味目な茶色いコートを羽織ってます。
そんな私も街を歩く時は控えめなワンピースなどにしてますが……。
とりあえず、起こしてみましょう。悪い人じゃない事を祈りますっ!
「あ、あのー? もし?」
えっとー無反応ですね。どうしましょう……困りました。でも負けませんよ!
とは言え、大きな声は周囲にご迷惑になってしまいますから、もう少し近づいてみましょう!
「すいません、あの、ここ私の席なのですが……」
ルージュは耳元へ近づき、更に声を掛けてみる。
すると――
「もうちょっと寝かせて……」
えーと、寝不足なのかしら?まあ朝一番の列車ですからね。でも、このままだと私が大変ですので……こうなったら身体を揺さぶってみましょう!
でも……殿方に触れて大丈夫でしょうか――って迷ってる暇何てないですよねっ!
「いや、それだと私が困りますの。 一度起きて下さいませ」
声を掛けながら腕の方にそっと手を当てて揺らしてみる。
あっ、目を開けて下さいました!
茶色の眼……いえ、よく見ると薄っすらと赤みのある赤茶色です。不思議な眼を持っていらっしゃるのですね……
「やっと起きて下さいました。 ここ、127番は私の席なのですが、間違ってませんか?」
「ん? あれ? 俺間違えたかな?」
席を間違えると言うのは列車では良くある事です。私もたまにやってしまう事がありますよ。
「んー俺も〝127番〟って書いてあるよ? ほら」
ポケットから切符を取り出し、自分で確かめてからそれを私にも見せて下さいました。
「あら、本当ですね……でも、席が被る事は無いはずなのですが……あっ、もしかして!」
私のこれまでの列車旅で学んだ知識と経験である一つの答えが導き出されました!
でも、間違ってたら恥ずかしいですから、一つずつ紐解いていきましょう!
「失礼ですが、貴方様は列車に乗るの初めてではありませんか?」
「あーこれに乗ったのは初めてだな」
やっぱり私の読みは当たってるようですね。では最後に質問させて頂きましょう!
「そうなのですね。 ちなみに、不躾ですが、家名をお持ちですか?」
「家名って事は貴族かどうかって事か? なら俺は違うけど、どうして?」
殿方は少し眉を顰めてますが、どうやら私が辿り着いた答えは正解だったようですので、それをお伝えしなくては!
「やっぱりそうなのですね。 この列車は貴族専用ですから、恐らく乗り間違えたのかと」
「え!? 列車って貴族用とかあるの!? 知らなかった……っていうかすまん!」
あぁ、良い人でした。素直に謝って下さるなんて安心します。
「大丈夫ですよ。 列車に乗るの初めてなのですね? でしたら仕方ないかと。
私も初めての時は一般用に乗ってしまった事がありますから」
私も初めて列車に乗った時はお父様と侍女と一緒だったのに一人で一般用に乗ってしまい……
その時は発射まで時間がありましたから大事には至りませんでしたが、侍女には怒られましたね。
「ふふっ、そうですねー! では一緒に座りましょう。 クルッシュまでは止まりませんし、二席で一枠になってますから誰も来ませんよ」
今回は既に発射してしまってますから、ここで席を譲って頂いてもこの方が困ってしまうかもしれませんね。
「そう言ってくれて助かる。 俺はクロ、しがない旅人だ」
私が同じ席にと提案した所、快く承諾して下さいました。
やはり良い方のようです。
「クロ様ですね。 私はルージュ・クロレアと申します。 ルーシュで構いませんので、宜しければ話し相手になって下さると嬉しいです」
「じゃあ俺もクロでいいよ。 様なんて柄じゃないからな! 目も覚めたし、短い時間だが宜しくな、ルージュ」
これまでに狭い範囲ですが、様々な国、街などに行かせて頂きました。
勿論、貴族から平民の方まで、沢山の出会いもありました。皆さん、それぞれの土俵で尽力されています。ですから、私は貴族だからといった差別は好ましくないのです。
むしろ、こうして気軽にお話しが出来るのって素敵だと思いませんか?
一期一会ってやつです。
少しでも仲良くなれたら、そう思って自分のお話をさせて頂きました。
侍女や護衛を付けてなかった事に驚かれましたが……確かに考えれば知らない土地ですし、危険はありますね。そこは私の反省点です。
以後気を付けますね。
「旅人って色々な大陸や街などを巡るのですよね? 今までどの様な場所に行かれたのですか?」
私は、旅話は私の大好物。だから自国でもハンターさんや遠征帰りの騎士様達のお話を聞くのが大好きなのです。
ですから旅人と言われるとつい前のめりになってしまいますね。
「旅人って言ってもまだ始めたばかりだから、ゴルデニア以外には行った事がないんだ。 むしろクルッシュから船にのってエマーラルへ向かう最中だよ。」
エマーラルは私の自国がある大陸。これでも水の都グラーゼンは大好きな国ですから、こちらの方が来て下さるのは私としても嬉しい限りです。
まだ旅を始めたばかりだとクロ様はおっしゃっておりましたが、その道中で悪い盗賊を倒したり、商人との出会いがあったりと、素敵なお話を聞かせて下さいました。
魔物はまだ出会った事がないのですが、私もいつか本物を見てみたいですね。
「わー凄いですね! よくある話だとしても、体験談を当人から聞くとわくわくします!」
もう話の途中から高揚が止まりません!
すると――
「あら、偶然ね、ごきげんよう、ルージュ様。 こんな所でお会いになるなんて」
すると、後ろから聞き覚えのある声が私を呼びます。
少し嫌な予感がしましたが、呼ばれた以上ちゃんと対応しなくては失礼に当たりますので、恐る恐る振り返ると、私の天敵とも呼べる人が立っていらっしゃいました。
「フ、フレイア様……お久しぶりです……」
まさか、この様な場所でお会いするなんて……私の楽しい時間が音を立てて崩れていくようでした。
しかも、フレイア様は「こんな所で逢瀬なんて、貴族としてどうかと思いましてよ」なんて仰います。
もう大慌てですよ私!
「い、いえ! そういう訳ではありませんのでご安心下さい」
「そうですの? なら私も会話に混ぜてもらってもよろしいかしら?なかなかのハンサムみたいですし」
フレイア様は以前、イーリス王国の学園に短期留学という形で在籍した際に一緒でした。
魔術に長け、成績も上位を維持する天才的な方です。
ですが、プライドが高くてある意味貴族らしい差別主義でもあるのです。
ここでクロ様が貴族ではない事が知られてしまうと大きな問題になってしまう。そうならないように尽くさなければ!
「生憎ですが、ここは二人席ですので……」
127番の席は二人用で、もう埋まってしまってます。別の車両であれば四人席などもあるのですが、指定されてますから動く事は出来ません。
「なら貴女がそこをどいて下さればよろしいのでは? 魔術もろくに使えない名ばかりの貴族の貴女が座ってて、なぜ成績優秀だった私が今でも立ち話の形になっているのでしょうね?」
えっ!?フレイア様はなぜそれを今ここで仰るの!?確かにフレイア様は凄いですが、ここでは関係ない事ではないですか……
私は魔術が苦手です。勿論、剣などの武器を扱う事も。
そして、学園では魔術が扱えないのは私だけでしたので、コンプレックスになっているのです。
人もそうですし、生物の命を奪う事に抵抗がありますが、魔術に憧れはありました……いえ、今でもあります。
だからこそ、上手く扱えない事に一番悔しい思いをしてるのは自分なのです。
悔しくて顔が熱い、せっかく仲良く出来たのに、きっと魔術が扱えないと分かったらクロ様にも幻滅されてしまうかもしれませんね……
色々な思いで顔を上げる事が出来ません――
「あら、ごめんなさいね。 別に貶している訳ではないのよ。 誰でも不得意はあるものねぇ」
そんな事、私が一番分かってるのに、なぜ貴女はいつもそうやって……
「それよりもルージュ様、先ずはそちらをしょ――「なあルージュ、さっきも冒険談で話したが」――!?」
――え?今、フレイア様の話を遮って……
「ちょっ!? 貴方失礼じゃなくて? まだルージュ様との話が終わってないのよ?」
「いや、そもそも俺とルージュで話してたんだから、失礼なのはどちらかと言えばそっちだろ?」
もしかしてクロ様、私の事を気遣ってフレイア様に抗議して下さっているの……?
「なっ、私は公爵令嬢よ! だから私の会話を遮断していいのは王族位なの、貴方どっからどう見ても王族じゃないわよね?」
確かに貴族など位の高い方に対しては不敬に値する。そうなればクロ様もきっと無事ではなくなってしまいます。
「人と人との会話に貴族だのそんな身分持ち込むなよ格好悪いなぁ、それに会話じゃなくてただの罵倒か自慢の独り言にしか聞こえなかったぞ?」
「ルージュ様が魔術を使えないのは事実ですのよ? 貴族であれば魔力は高く目は青。 なのに術を行使出来ないなんて何の役にも立たないじゃない。
それに、貴方私より身分が低いはず。 ですからそんな不敬な発言はお父様に頼んで正式に抗議させて頂きますわ!」
私の為罪を着せられてしまうのは嫌です!
なのに、クロ様は全く怯む事なく正論をぶつけていらっしゃいました――
「抗議は結構だが、お父様って……自分の力じゃないのか。 親が力を持つと子供は勘違いして自分が偉いってなるんだよな。 すごいのは親なのにさ」
クロ様凄い……寧ろ、あのフレイア様が押されているみたい。
「また私を馬鹿にしましたね? 私だって力はあるわよ! 学園では常にトップの成績だったの。 謝るなら今のうちですわ」
ちょっと!?フレイア様ここは列車です!このままだと乗客にも被害が出てしまうかもしれない。
魔術が使えなくても、この場を止める事はきっと出来るはず!
そう思って顔を上げるたのですが――!?
「おいおい、さすがに列車内で魔術行使は洒落にならないだろ」
――えっ?何が起こったのですか?
「えっ!? 私の魔力が消え……な、何をしましたの!?」
フレイア様も私と同じように状況を掴めず混乱されている……
「お嬢様、恐らくその者が同程度の魔力をぶつけて相殺させたのだと」
すると、これまで口を出さなかったフレイア様の侍女が状況を説明して下さいました。
魔力と魔力をぶつけて相殺って?魔術を扱えない私にすれば全く理解が出来ません……
「ほお、凄いな。 余程の実力がないとそこまで詳しくは判断出来ないんだけど、まあさっきからずっと殺気立ってたし、アンタ強いな!」
どうやらフレイア様の侍女さんは凄い人のようです。
「お嬢様に恥をかかせた罪は重いですよ。 ですが、今は分が悪そうですので、ここで失礼させて頂きます」
私も周囲を見渡すと、乗客の方々がこちらに視線を向けていらっしゃいました。どうやら思った以上に騒ぎになっていたようです。
「さっ、お嬢様席に戻りましょう」
「ふ、ふん!そうね。 今回は見逃してあげるわ。 でも次は容赦しないんだから! ルージュ、貴女も覚えてなさいよ!」
フレイア様は侍女さんと一緒に別の車両へと移動されました。
もう私自身何が何だか分からず呆然としてました。それに魔術を扱えない事や、周囲の目もあり、羞恥心で押し潰されそうです。
でも、クロ様は助けて下さいました。
もう知られてしまってますが、正直にお話ししよう。
「あ、あの……クロ様、ありがとうございます。 私、魔術が全然ダメで……と言いますか、剣なども扱えなくて…………」
「まあ、誰でも得手不得手はあるよ。 それに高飛車な女は俺も好きじゃないからな。 ちょっとはスッキリした?」
なんとクロ様、私の為にわざとフレイア様に吹っ掛けたようでした。
人が悪いです。でも、でも……
「えっと……こういうのはあまり良くはありませんが、す、スッキリしました」
少し罪悪感もありますが、きっとクロ様はこういう方なのですね。
「そうそう、さっきの続きだけど、冒険談で話したように、魔術教えてやろうか? そしたら自分でもアイツを見返せるようになるかもしれないし」
えっ、ええー!!?
「いいのですか!? でも……私全然ダメなのですよ? 成績も一番下でいつもフレイア様とかクラスメイトに笑われてましたし……」
クロ様、私に魔術を教えてくれるとまで仰ってくれました。
本当にビックリです!
でも、助けて下さった上にここまでして頂くのは――
「大丈夫! 多分学園の先生の指導力が低かったんだろう。 クルッシュまで時間はあるし、やってみて損はないさ」
「わ、分かりました! 私、ずっと魔術に憧れてて、でも全然出来なくて諦めていたのです。 でもきっとクロとも巡り合わせですよね! では、宜しくお願いします!」
まだ魔術を扱えるようになった訳ではありませんが、それでもこうして力になって下さると言ってくれたクロ様。
これまで諦めていた心が再び動き始めようとしてます。
旅で沢山の方々にお会いします。
そして、一期一会を大切にしてます。
だからきっと、こうした素敵な出会いは神様からのお導きで、そうやって縁は巡っているのですね。
私、頑張りますっ!




