魔導列車
朝日が昇り始めた時間帯、クロビは外に出ていつもの鍛錬を行なう。
ディル達とローダンに向かう途中でも朝の鍛錬だけは欠かさなかった。
そして日は昇り、宿で朝食を取って次の目的地である『港湾都市クルッシュ』行きの魔導列車に乗る為、駅へと向かった。
魔導列車は基本10両編成で、1車両目は運転席、9両目と10両目は乗客の荷物を置くスペースになっている。
運転者は基本2名、魔力回復のポーションを常備し、交代で魔道具へと魔力を流し込んで動かすのだ。
また、魔導列車には一般乗客用と王侯貴族用がある。
当然、乗り場も別々になっていた。
これは、差別意識の高い貴族が「なぜ平民と同じなのだ!」とケチばかり付けて問題が絶えないからだ。それが改善され、今の状態に至る。
「すいません、クルッシュ行きの切符を買いたいんですが」
「クルッシュ行きですね。 片道で360ゴルドになります。 間もなく発車となりますのでお急ぎ下さいね」
発車までは5分、クロビは急いで売店で飲み物と軽食を買い、目の前に止まっていた列車の中へ入った。
車内は思ったより豪華な装飾で、中央車両にはレストラン、バースペースまでもがある。
やけに豪華だなぁ……まあとりあえず席に座るか。クロビは切符に書かれている「127番」の席へと向かった。
クルッシュまでは1時間半程かかる。
とりあえず売店で買った携帯出来るパックの紅茶にストローをさし、口に含みながら窓の外を眺めていた。
ビー!っと発車の合図が鳴り響き、ガタッ、ウィーンと魔導列車が動き始める。
発車してから10分くらいたったかな?俺が居た地域は森や山が多かったけど、この辺もあまり変わらないな。
小さい村や街、たまに奥の方に湖が見えたりとまだ自然はかなり残っている。
にしても魔道具をこんな物に使えるとは、人間の知恵は馬鹿に出来ないもんだ。
クロビは感心しつつ、ウトウトと次第に眠気が襲って来る。
そういえば早起きだったし、こんなにのんびりしてるのも久々か……少し寝よう――
「――の? も―?」
「どーしま――こま―た」
ん?夢か……?何か声が聞こえる……
「す―せん、あの、こ―私―なのですが……」
「もうちょっと寝かせて……」
「いや、それだと私が困りますの。 一度起きて下さいませ」
身体を揺さぶられ、誰かが必死に俺を起こそうとする。
ゆっくり目を開けると、そこには少女が困った顔で隣に座っていた。
14歳くらいで薄い水色の髪、くりっとした青い眼で小動物の様な可愛らしい顔をした、気品溢れる少女だ。
「やっと起きて下さいました。 ここ、127番は私の席なのですが、間違ってませんか?」
「ん? あれ? 俺間違えたかな?」
眠たい目をこすりながら切符を取り出し、確認する。
「んー俺も“127番”って書いてあるよ? ほら」
手に取った切符を出して少女に見せる。
「あら、本当ですね……でも、席が被る事は無いはずなのですが……あっ、もしかして!」
少女は何か心当たりがありそうな面持ちで両手を叩いた。
「失礼ですが、貴方様は列車に乗るの初めてではありませんか?」
「あーこれに乗ったのは初めてだな」
少女はやっぱり! という感じで何だか嬉しそうに話して来る。
「そうなのですね。 ちなみに、不躾ですが、家名をお持ちですか?」
「家名って事は貴族かどうかって事か? なら俺は違うけど、どうして?」
何か急に質問攻めにあってるけど、なんだろうか……
「やっぱりそうなのですね。 この列車は貴族専用ですから、恐らく乗り間違えたのかと」
「え!? 列車って貴族用とかあるの!? 知らなかった……っていうかすまない!」
「大丈夫ですよ。 列車に乗るの初めてなのですね? でしたら仕方ないかと。
私も初めての時は一般用に乗ってしまった事がありますから」
少女は自分の失敗談を語り、親近感が湧いたのか微笑んでいた。
「ふふっ、そうですねー、では一緒に座りましょう。 クルッシュまでは止まりませんし、二席で一枠になってますか誰も来ませんし」
「そう言ってくれて助かる。 俺はクロ、しがない旅人だ」
「クロ様ですね。 私はルージュ・クロレアと申します。 ルーシュで構いませんので、宜しければ話し相手になって下さると嬉しいです」
「様なんて柄じゃないが目も覚めたし、短い時間だが宜しくな、ルージュ」
はい!とルージュは嬉しさ一杯の表情でクロビに向き合った。
ルージュはエマーラル大陸の南に位置する『水の都グラーゼン』の貴族らしい。今は父親がクルッシュに仕事で来ていて、他の大陸も知りたいという事で着いて来たようだ。
しかも護衛を付けずに鉱石見学という形でローダンに一人で来ていた。ずいぶんと活発な子であるが……よく無事だったな、お嬢様な雰囲気前回なのに……。
「旅人って色々な大陸や街などを巡るのですよね? 今までどの様な場所に行かれたのですか?」
ルージュは異国の地に興味津々な様子で聞いて来る。まあ一人でローダンまで来ちゃうくらいだからそういうの好きなんだろうな。
「旅人って言ってもまだ始めたばかりだから、ゴルデニア以外には行った事がないんだ。 むしろクルッシュから船にのってエマーラルへ向かう最中だよ。」
まだ語る程の旅はしてないし、男が好きな冒険もない。
でもせっかくだからと、盗賊からディルさん達を助け、カレンに魔術を教え、個人的に獣や魔物を狩るなど、よくある話ではあるがルージュに話した。
流石にそれ以前の過去は話せないからな。
「わー凄いですね! よくある話だとしても、体験談を当人から聞くとわくわくします!」
ルージュは余程冒険談が好きなようで、目をキラキラさせながら話を聞いてくれた。
二人の会話も盛り上がり、楽しそうな雰囲気でクルッシュまでの距離も半分くらいに差し掛かった時、二人の女性が通りかかり、一人が会話を遮断した――
ルージュが声のする方へ目をやると、その姿に顔が強張った。まるで会いたくない人に出会ってしまった時の様に……。
「フ、フレイア様……お久しぶりです……」
この少女はフレイアというらしい。ルージュと同い年くらいかな?こっちは侍女がお供をしているようで、なぜだか俺を睨み付けている。
「こんな場所で逢瀬なんて、貴族としてどうかと思いましてよ?」
「い、いえ! そういう訳ではありませんのでご安心下さい」
「そうですの? なら私も会話に混ぜてもらってもよろしいかしら?なかなかのハンサムみたいですし」
そういって扇子で口元を隠し、まるで吟味するようにクロビを見つめた。
「生憎ですが、ここは二人席ですので……」
ルージュは少しでもフレイアを遠ざけようと必死に言い訳などを探しているようだが、やはり苦手な人間なのだろう。
「なら貴女がそこをどいて下さればよろしいのでは? 魔術もろくに使えない名ばかりの貴族の貴女が座っていて、なぜ成績優秀な私が今でも立ち話の形になっているのでしょうね?」
「――っ!?」
ルージュは顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな表情を浮かべる。魔術を使えないというのが恥だと感じているのか、言われたくない事実を告げられ俯いてしまった。
フレイアという女は傲慢で高飛車、つまり貴族を絵に描いた様な性格だ。自分は優秀で、格下の人間には上から目線で物を言う、真のお嬢様気質だな。
「あら、ごめんなさいね。 別に貶している訳ではないのよ。 誰でも不得意はあるものねぇ?」
いや、十分貶してるだろ……こいつ、良い性格してるな。
だったら……
「それよりもルージュ様、先ずはそちらをしょ―「なあルージュ、さっきも冒険談で話したが」――!?」
とりあえずルージュを助ける形でフレイアの話を遮り、割り込んでみる。
「ちょっ!? 貴方失礼じゃなくて? まだルージュ様との話が終わってないのよ?」
「いや、そもそも俺とルージュで話してたんだから、失礼なのはどちらかと言えばそっちだろ?」
「なっ、私は公爵令嬢よ! だから私の会話を遮っていいのは王族くらいなの、貴方どっからどう見ても王族じゃないわよね?」
「人と人との会話に貴族だのそんな身分持ち込むなよ格好悪いなぁ、それに会話じゃなくてただの罵倒か自慢話にしか聞こえなかったぞ?」
高飛車な女は揚げ足を取りながら正論をぶつければ大抵は捨て台詞を吐いてどっかへいくもんだ。
一応、貴族じゃないって事がバレないようにはしなくては……後で面倒事に繋がりそうだからな。
「ルージュ様が魔術を使えないのは事実ですのよ? 貴族であれば魔力は高く目は青。 なのに術を行使出来ないなんて何の役にも立たないじゃない。
それに、貴方は私より身分が低いはず。 ですからそんな不敬な発言はお父様に頼んで正式に抗議させて頂きますわ!」
「抗議は結構だが、お父様って……自分の力じゃないのか。 親が力を持つと子供は勘違いして自分が偉いって思い込むんだよな。 すごいのは親なのにさ」
「ま、また私をバカにしましたね? 私だって力はあるわよ! 学園で魔術に関しては常にトップですもの! 謝るなら今のうちですわよ!」
そう言ってフレイアは右手に魔力を溜め始めた。
「おいおい、さすがに列車内で魔術行使は洒落にならないだろ」
クロビはすかさずフレイアの手に溜る魔力と同じ量を溜めて瞬時にぶつけた。
すると、フレイアの手の上でパンっ!と何かが弾ける音が響き、魔力が拡散していく。
「えっ!? 私の魔力が消え……な、何をしましたの!?」
フレイアは何が起こったのか分からず、混乱気味に問いかける。
「お嬢様、恐らくその者が同程度の魔力をぶつけて相殺させたのだと」
フレイアの後ろで控える侍女が今起こった出来事の詳細を伝える。
「ほお、凄いな。 余程の実力がないとそこまで詳しくは判断出来ないんだけど、まあさっきからずっと殺気立ってたし、アンタ強いだろ?」
「お嬢様に恥をかかせた罪は重いですよ。 ですが、今は分が悪そうですのでここで失礼させて頂きます」
さっきの魔力相殺の音で他の乗客達が「何だ?喧嘩か?」とこちらを見ていた。
「さっ、お嬢様席に戻りましょう」
「ふ、ふん!そうね。 今回は見逃してあげるわ。 でも次は容赦しないんだから! ルージュ、貴女も覚えてなさいよ!」
今まで様を付けてたのに……まるで逃げる盗賊みたいな捨て台詞を吐き、フレイアは侍女と一緒に自分達の席へと戻る。車両が違って良かったな。
「あ、あの……クロ様、ありがとうございます。 私、魔術が全然ダメで……と言いますか、剣なども扱えなくて…………」
「まあ、これはアイツも言ってたけど、誰でも得手不得手はあるよ。 それに高飛車な女は俺も好きじゃないからな。 ちょっとはスッキリした?」
「えっと……こういうのはあまり良くはありませんが、す、スッキリしましたぁ!」
ルージュは少し元気を取り戻したみたいで、微笑んだ。
「そうそう! さっきの続きだけど、冒険談で話したように、魔術教えてやろうか?
そしたら自分でもアイツを見返せるようになるかもしれないし」
「い、いいのですか!? でも……私全然ダメなのですよ? 成績も一番下でいつもフレイア様とかクラスメイトに笑われてましたし……」
今は自国の学園に通っているが、以前は短期留学の形でイーリス王国の学園に在籍していたらしい。
その時にフレイアと知り合い、先ほどの様な因縁の仲になったのだという。
まあ、それだけではなさそうだが……貴族同士だし、ね。
「大丈夫! 多分学園の先生の指導力が低かったんだろう。 クルッシュまで時間はあるし、やってみて損はないと思うよ」
「わ、分かりました! 私、ずっと魔術に憧れてて、でも全然出来なくて諦めていたのです。 でもきっとクロとも巡り合わせですよね! では、宜しくお願いします!」
ルージュの笑顔も戻ったし、結果オーライだな。
まあ、この旅路で二回目の魔術指導だけど……世間の指導力はどうなっているのやら。