第一話 人と魔族の深い溝
それから父である魔王は
玉座の間に魔族達を招集し、
カタストロフによって現状報告が済まされた。父はその報告を淡々と聞いていた。
魔王の復活を祝い、
今日も祝杯の宴が開かれた。
前魔王の再びの即位の日取りも決まり、
エレノアの魔王の名代としての荷も
ようやく降りて安堵の面持ちで
宴の開かれる広間へ足を踏み出す、
広間はすっかり祝杯ムードだ、
勇者の捕縛と、魔王の復活が立て続けに起こり、魔族達はすっかり浮き足立っている。
しかしカタストロフに連れられたエレノアの姿を見ると皆眉を顰め目を逸らした。
「....?」
見に立ち込める違和感に訝しむも
その正体がわからず首を傾げる。
しかしそれは魔族達の小さな囁きにより判明した。
「おい見ろ、此度の会見で人間国などに同盟を持ちかけた魔王様の娘だ」
「嘆かわしい、勇者を未だ殺さぬことに違和感を持っていたがよりにもよって我が国を危機に晒した人間国の肩を持つとは..」
「魔王様の子と言えど人間の血が流れているのだ、私は初めから信用していなかった」
「お前達、仮にも現魔王に何を言う」
「どうせすぐ先魔王様が再び即位されるだろう、何を言おうと勝手さ」
声を潜め交わされる言葉に唖然とする。
魔族達にとって軽蔑する人と関係を築く事は魔族としての誇りを傷つけることになる。
私は魔族と人間との間にある深い溝を軽視し過ぎていたようだ。
オーガストの様に人との繋がりを大切にする魔族もいるが大多数の魔族は今まで人間との交流を拒んできた。
呪印をこの国にのさばらせぬ様にするには同盟を組み抑止する事は有効だと思ったが魔族達はそれを良しとしなかったのだ。
だが今までの保守的なやり方では
この国は再び危機を迎えるだろう。
人間国に記憶持ちや勇者の存在、
呪印による支配が現れた今、
魔族が高みに君臨していた時代は今や虚栄だと気づかねばならない。
私はもうお父様も魔族達も失いたくないのよ
だが実際こう言われてしまうと
エレノアにもくるところがある。
勇者を捕らえて少しは信頼を得られたと思っていたのにね..
エレノアは溜息が出そうになるのを飲み込み
気丈な顔を作って前を向く、
カタストロフがふと肩にトンと軽く触れた。
「エレノア様のお考えは間違っておりません。あの者達もじきに分かる時が来ます」
その言葉に驚いてカタストロフを見ると
迷いのない瞳で微笑んだ。
その表情に僅かに安堵すると
父の待つ席へと移動した。
「エレノア、
お前はソレイツェの王と軍事同盟を結んだそうだな」
席に座るとポツリと父が呟いた。
その言葉にどきりと身が強張る。
先程の魔族達の反応から父が何を言おうとするのか怖くなる。
「えぇ、結んだわ。」
「なぜ不戦条約だけでなく、
双方の軍事協力を持ちかけたのだ?
我国に何の利がある?」
「人間国には聖神の加護がある。
それは太陽の国だけでなくどの国もその加護を持つ者が現れる可能性を秘めているの。
私達魔の力を持つ者は聖の力には勝てない。
だったら聖の力を持つ人間に協力を持ちかける事が必要でしょう。
聖の力を抑えることができるのは
聖の力が効力を発揮しない人間だけだもの。
勇者や記憶持ちである聖神の愛子を抱える太陽の国の豊かさは他の人間国にとっても恐ろしい存在よ、抑止にはうってつけだと思ったのよ」
父はエレノアを禍々しく揺らめく真紅の瞳で射抜く様に見据える。
「成る程な、確かにお前の言う通りだ。
魔王である私は勇者の聖剣に敗北した。
魔は聖には勝てない、
お前の考えに私も概ね賛成だ。
お前は私の居ぬ間に随分と成長したらしい
まるで何十年も合わなかったように思えるほどに」
訝しむように見つめる魔王にエレノアは頷いた。
「お父様、一つ言わねばならない事があるの、私はお父様が聖剣に貫かれた時、
前世の記憶を思い出したの」
魔王はその言葉に僅かに瞠目し、
納得したように一度頷いた。
「人間国にまれに生まれる聖者にそのような特徴があると聞くがアリーチェの血がそうさせたのか、しかし少々面倒なことになったな」
「えぇ、人間国は記憶持ちを放っておかないでしょう。
特に母の母国である月の国と同盟を結んだ太陽の国は何か手を打ってくる可能性があるわ
だけどお父様、私魔王を降りたらやりたい事があるの」
エレノアは真っ直ぐに魔王の瞳を見つめる。
魔王は相変わらず毅然とした面持ちで
瞳を厳しく細めた。
「言ってみろ」
「私、この魔王国に外務省をつくりたいの」
外務省、
この国には八省の国営機関があるが
外交を扱う機関は一つもない。
これからのことを考えれば今すぐにつくるべきだ。
「外務省...?
それは他国との貿易や条約に関する省をつくれということか..?」
「もちろん条約等の重要案件の決定権は魔王にあるけれど私が必要だと思うことはもっと身近なことよ。
魔王国はもっと人間国の調査をするべきよ
現状数人の密偵を派遣させる事はあっても
呪印や父に関する事に限られていた。
でも私はそれだけじゃ足りないと思うのよ
法律や政治体制等は条約を結ぶ上で
絶対に必要なことは勿論だけど
他国が今どのような状況にあり、どんな文化の中で、どのような問題を抱えているか
そう言った事を私達が理解し、また理解していると他国に分からせることも重要だわ。
私は他国に調査に行く魔族を集めたいの
魔族達が人間国のことをもっと知れば
このままではいけない事が分かるはずだもの
新たな勇者や聖者が現れる前に
次の手は打つべきだわ
お父様、お願い
呪印の調査も早くするべきだし
外交に関する機関だけでもつくって欲しいの
そして願わくば私にその仕事に関わらせて欲しいの。学が足りないのなら学ぶから」