第十七話 再会
十中八九私が記憶持ちだと気付いているイグニス国王は私が欲しいのでしょう。
勿論国を豊かにするためもあるが
私が月の国の王家だというのが大きい。
月の国が一枚噛む前に私を太陽の国へ取り込もうとしているのね。
「飲めないわね、
我が国に利がなさすぎる
貴方の国が再び我が国へ牙を向けるというなら私が相手になるわ
貴方の国の愛子の寵愛は聖神だけなのでしょう?私の相手になるかしら?
だけど友好関係を築きたいのは私も賛成よ。
そうね、我が国とソレイツェ王国とで
軍事同盟を結びましょう。
我が国は貴方の国を攻めない、
貴方の国も我が国を攻めない。
そしてこちらに利がある場合は他国との戦争で軍の支援もするわ。勿論、その逆も然りね。
貴方の国にとって良い話だと思うけれど?」
イグニス国王はその言葉に瞠目した
ヴィットーリオ宰相も目を丸くしている。
魔王国が条約を持ち込むことなど今までありえなかったのだ。
閉鎖された魔王国はもう少し人間国と繋がりを持つべきだ。
それにはデメリットも生じるが
長い目で見れば必要なことだと思う。
現に魔王が斃された事も
魔王国の閉鎖社会がもたらしたことだもの。
それにこの条約にはもう一つこちらに
利がある。
イグニス国王は何か言いたげにこちらを見つめたが深く息を吐いて頷いた。
「カタストロフ、条約内容に不備がないかしっかりと確認してくれる?」
「魔王様の仰せのままに」
後ろで静観していたカタストロフがにっこりと承諾すると、宰相の記した条約の書かれた厚紙を確認する。
「ヴィットーリオ殿、
この文面では少々具体性に欠けますね
ここに記される「侵略」とは、
魔法による可視化できないものも含まれているのですよね?
例を挙げますと、呪印によって魔族を縛り使役するなどという行為がそれに当たりますが」
カタストロフが口角を上げてギロリと睨む
その言葉にヴィットーリオ宰相はどきりと顔を強張らせるがすぐに笑みを作った。
「そのようなものは聞いた事もございませんが?はたして記載する必要がおありですか?」
「それでは記載することに関しては異論は無いようね?カタストロフ、書いて頂戴」
カタストロフがにこりと微笑んで条約の紙にさらさらと書き足す。
蒼い顔をしてそれを呆然と見守る宰相と
「あれだけ金を注ぎ込んだというのに
あの者共..口を破りおって」とイグニス国王は小声で愚痴を零した。
「あぁ、貴方達がいくらシラを切るおつもりだとしても私達には貴重な証言者がいる事をお忘れないように
さ、早くお父様をここへ連れてきてちょうだい、最初に言質は取ったわ。
王の約束は絶対よね?
カタストロフ」
「勿論、条約とともに記しておきました」
エレノアは条約書をイグニス国王へ差し出した。
「さぁ、判をしてちょうだい
お互い仲良く行きましょう」
ノーと言えば即戦争、
そんな条約ノーと言えるわけない
太陽の国の両者は諦めたように顔を伏せると
条約に調印した。
小娘だと思って甘く見てたみたいだけど
私だって中身はアラサー、貴方達と年はそう離れていないのよ。
イグニス国王は再び溜息を吐くと
使用人に目配せをする。
それを察した使用人が広間の扉を開けると
簡易的なベットのような台車に乗せられた父が運ばれてきた。
「お父様!」
父は角や髪こそ短くなっているが
スヤスヤと息を立ててねむっている。
目の前の光景が非現実のもののように感じて
エレノアはぼーっと父の寝顔を見ていた。
「エレノア様」
カタストロフがその肩を優しく
ぽんぽんと触れる
「生きてた」
「はい」
「寝息を立ててるわ」
「そうですね」
「お父様...」
エレノアの言葉に返事をする
カタストロフの声色も少し震えているように感じる
じわりと熱いものが胸の奥から広がっていく
ずっとずっと不安だった
心の中でもしかしたらという
可能性が何度も何度も頭をよぎった
だけど今お父様が寝息を立てて
私の目の前で寝ている。
身体中につけられているのは魔力抑制装置だろうか手足や首、あらゆるところに取り付けられている。でも父の魔力は確かに感じる。
少し強い魔族ほどの魔力だけど
あの微弱だった魔力のような
弱々しい魔力じゃない。
良かった...
ぽとりぽとりと上品な絨毯の敷かれた床に大粒の雫が後から後からこぼれ落ちる
体の力が抜けそうになるのも必死で堪え
誘われるように父に近づいた。
台車が高くて抱きしめることはできなかったが、横に向いた父の額にエレノアの額をぐりぐりと押し付けた。
額から確かに熱を感じて涙がさらに溢れ出る
「生きてる...良かった...っ!
お父様...生きてる....っ」
カタストロフは周囲を警戒しつつ
エレノアの背をさすってくれた。
涙が止まらなくて嗚咽が漏れる
「体に取り付けさせてもらった魔力抑制装置は既にこのキーを使えば外れる
睡眠魔法も既に解いてある、
時期に目覚めるだろう」
イグニス国王がそう言うと
魔法陣の書かれたカードを使用人に渡される。
用心のため、カタストロフに渡し確認した後
装置を全て取り外した。
「イグニス国王、こういう事は言うべきでは無いと思うけど、無事に返してくれたこと、
感謝するわ」
ぎこちない笑みを浮かべるエレノアに
イグニス国王は複雑な笑みを浮かべる。
「会見はここまでにしよう、
落ち着いたら城内を案内しようか?」
「いいえ、私達は帰るわ
お父様の無事を早く魔族達に伝えたいの」
「承知した、では城の外まで送ろう」
「陛下!....宜しいのですか?」
「ヴィットーリオ、何のことだ?」
何か言いたげなヴィットーリオ宰相に警戒しつつエレノア達はそのまま城の出口まで案内された。
エレノア達が出口を出た後、
ヴィットーリオ宰相は不満げにイグニス国王を睨む
「陛下!....手筈通りであれば会見時にあの少女に呪印をかけるはずでは..」
「その言葉をこのような場で口にするでない」
「はっ申し訳ありません!」
「まぁよい、
ふっ彼女と話して考えが変わったのだ
彼女は先魔王と違い人間国に関心がある
呪印にかけるよりもっといい手があるな」
「それはどういう..?」
イグニス国王は困惑げなヴィットーリオ宰相に不敵な笑みを浮かべた
「決まっておろう、
我が息子の嫁に迎えるのだ
彼女は優しすぎて
王には向いていないが
だが王妃の才はある
必ず我が国の王妃として招き入れてみせよう」
ヴィットーリオ宰相はその笑みに深い溜息を零しながら仰せのままに、と呟いた。




