第十六話 ソレイツェ国王の思惑
そしてエレノアは編成した近衛兵を引き連れて太陽国へ旅立った。
軍の編成は呪印を防ぎやすい魔法を得意とする魔族を中心にし、側近護衛だけは近距離戦に強いクリストフや竜人族の者を従えた。
皆祭事用の軍服に身を包み、
魔王国の顔として恥じない振る舞いをするように訓練させた。
魔力が動力源の空飛ぶ豪奢な馬車に近衛兵を引き連れて雄美に太陽の国に入った
馬車の中でエレノアは溜息を吐く。
精霊王や勇者の記憶持ちは隠すべきだという意見には賛成だ。
だけどごめんなさい、
それは飲めないみたいだわ。
私の立場は魔王だ。
子どもらしく振舞う策も考えたが
あまり有効では無い気がする。
それならむしろ武器にしようか...。
「エレノア様、何か不安なことでも?」
カタストロフが声をかけると
エレノアはビクッと身体を跳ねさせた
「ど、どうして?」
「エレノア様は不安に感じると
頬をこう、人差し指で撫でる癖がありますから」
言われて慌てて気づき目を丸くする。
その表情にカタストロフはクスリと眉を下げる。
「交渉において癖を見極めることはよく使われる手段です。お気をつけください」
カタストロフの言葉を肝に命じて頷くと
大きな街並みが眼下に広がる。
空から見る王都はやはり魔王国と比べて格段に発展していた。勇者の言うように今の太陽国は非常に豊かなようだ。街は活気付き、
都市開発が進み建設中の高い建物も多く建てられている。
王都の白い上品で美しい城に到着する。
魔王城と比べても遜色ないほどに
巨大な城だ。
ただ要塞としての役目を意識した魔王城とは違い、彫刻や装飾、庭や噴水などに意識が向いているように感じた。
豪奢で漆黒の馬車は馬の代わりに大きな魔物が引いている。それを囲むように多くの軍服を着た魔族達が浮遊魔法や自らの翼で飛んでいる。
馬車を着陸させると、
その奇怪な群衆に怯えるように
迎えに集まった王宮の人々がこちらを見ていた。
我ながらこの集団、完全に悪の組織だわ..と言わざるおえないクオリティに唖然としながらも従者によって開けられた馬車から降りる。先に出たカタストロフが上品に振る舞い手を差し伸べたのでその手を取る。
人間に関心のないカタストロフもエレノアに合わせて貴族のように振舞ってくれている。
その完璧な所作に驚きながら澄ました態度で背筋を伸ばした。
ソレイツェ王国の騎士や従者に手厚く迎えられながらも王宮内に入った。
王宮に入ると皆魔王国の集団に
顔を強張らせていた。
そして最も注目を浴びたのは魔王であるエレノアだった。
屈強な魔族の近衛兵に囲まれながら
堂々と歩く漆黒のドレスに白銀の髪の
7歳の少女に皆瞠目していた。
そして驚くのはその魔力の量だ。
今のエレノアは普段抑えている魔力を全て解放している。優秀な術者なら身が竦むほどだ。そしてなぜか人間国に入った時身に宿る魔力が増大したように感じた。
恐らく聖神の祝福によるものだと思うが
これだけ魔力を垂れ流していれば他国にはいい牽制になるだろう。
魔力の弱い人間の貴族でもその少女から滲み出る威圧感に気圧されている。
その様子にエレノア自身は溜息をこぼしそうになっていた。
魔族達は私を見ても平気そうだったから分からなかったけど私って人間からしたらこんな恐ろしい存在だったのね..
両王の会見に通された場はソレイツェ王国の大広間だった。
緑豊かな庭が一望できるガラス張りの広間には華やかな彫刻や観葉植物や色とりどりの花が置かれステージのような段差の上には白いピアノが置かれている。
広間の中央に立派な椅子とテーブルが置かれている。
ソレイツェ王国、
イグニス・クラーディス国王はエレノアが部屋に入るのを確認するとこちらに足を運んだ。年は30代後半くらいだろう。輝くような白金髪に澄んだアイスブルーの瞳、童話の王子様のように眩しい容貌をしている。
傍には多くに勲章が胸に輝く中年の茶髪に眼鏡の男性が控えている。
「よくぞ我が国へ参られた
我が国は魔王国女王を歓迎する
私はこの国の王、
イグニス・クラーディスだ
宜しく頼む」
「魔王国女王陛下にお会い出来ること恐悦至極に存じます
私はこの国の宰相を務めております、
ヴィットーリオ・エマリシオと申します
以後お見知り置きを」
「こちらこそ手厚い歓迎に感謝するわ
私は魔王国の国王エレノア
宜しくイグニス国王、
そしてヴィットーリオ宰相
こちらは我が国の右官を務める
カタストロフよ。
この国では宰相のような存在ね。」
促されたカタストロフは上品に礼をした。
堂々たるエレノアの振る舞いに両者は瞠目しつつ通された豪奢なソファーに腰を下ろす。
カタストロフはその背後に控え、広間の隅に兵達を待機させた。
「それでわざわざこの国に私を呼んだのはどのような要件かしら」
エレノアの言葉にイグニス国王は眉を下げ申しわけなさそうな表情をつくる。
「この度は我が国の勇者が其方の国で無礼を働いたとのこと、申し訳なく思っている。
あの者は元よりこの国に不満を持っていたのだ、恐らくこの国を陥れる為に策を講じたのだろう
此度の会見はその謝罪と、
暴走した勇者を捉えてくれた礼だ」
なるほど、あくまで教団についてはシラを切るつもりのようね。しかも礼ですって?
どの面下げていっているのかしら
この男は..
「謝罪も礼もいらないわ。
ソレイツェ王国の勇者は我が国を侵略し、前国王を討った。あの者には相応の責任をとって貰うのだから
もちろん貴方達の国にもね。
私達が要求しているのは
そのような言葉ではないわ」
エレノアは眼光を鋭くする。
見に沸き立つ魔力が猛ると
宰相は委縮したように身を強張らせた。
国王も細める瞳の動向が広がった。
驚くのも無理はない、
長年こちらの国は人間国がいくら攻めてこようと牙を剥くことを頑なに拒んだ。それは前魔王が人間に全く興味が無く、
両者の戦力が竜と羽虫ほどに違ったからだ。
「エレノア女王よ、其方は七つとは思えぬほど聡い。だが其方が欲している答えに其方の国は何を返すのだ?」
「何をいっているのかしら、
私は今、すでにその答えを申したはずだけれど?」
エレノアは優雅に微笑み首を傾げる。
ヴィットーリオ宰相はその笑みに顔を青くしながら問う。
「つまり、エレノア女王陛下の欲しておられる答えを我が国が差し出さなければ戦争を起こすと、そう仰っておいでですか?」
「我が国は平和を愛する国よ。
武力行使は避けたいところだけど、
貴方達の答え次第ではそれもやむ終えないといっているだけよ」
「ほう、無償で魔王を差し出せと申すか」
イグニス国王は鋭い視線をこちらに向けた。
彫りの深い整った顔立ちはその厳しい表情をより一層高圧的に見せる。
「その通りよ」
エレノアは物怖じせず真っ直ぐにそのアイスブルーの瞳を見据える。
こんな抑圧には負けないわ
こちとら父の命がかかっているんですもの
それに生まれてから強面の魔族に囲まれて生きてきた私をなめないでくれる?
ふっ
イグニス国王の口から小さく息が溢れる
「ふっくくくくくくくっ
なるほど、噂通りの豪胆な娘だ」
「あら、ありがとう」
エレノアが嬉しそうにふふっと微笑むと
イグニス国王はニヤリと強気に微笑む
その眼光が一瞬ギラリと光った気がした。
「7歳にして知性もあり、
振る舞いも申し分ない。
そしてこの容姿、
微笑むと薔薇のように華やかで美しい」
急に褒められエレノアは眉を顰めた
この男は何を考えているのか分からない。
「何、そう警戒するでない
其方の国は平和主義だといったな、
良かろう、其方の父である先魔王を
生きて返すと約束しよう。
だが、一つ条件がある」
「条件は一切飲むつもりは無いわ」
「まぁ、そういうな
其方の国にも利のあることだ」
「分かったわ、聞きましょう」
エレノアはゴクリと喉を鳴らした。
イグニス国王は諮ったように微笑む。
「先魔王が再び魔王に即位した後、
私の息子アーサー第一王子
の妃になる気はないか?
其方と同じ7歳だ、容姿も悪く無い
もちろん今は婚約という形でいい
15歳で成人した後、正式な結婚としよう
悪い話ではなかろう?
我が国は今、とても豊かだ
それは我が国のどこかに聖神の愛子生まれたからだと言われておる。
聖神の加護を持つ者は勇者を含めて
二人目だ。
この婚約は
其方の国の平穏のために
そして人と魔族を繋ぐ良い足がかりとなるだろう。人の血も魔族の血も受け継ぐ其方ならそれが分かるはずだ」
エレノアはその言葉に雄美に微笑む
なるほど、上手い言い分ね。
この男、正面切って脅しにきたようだ。
勿論私がこの条件を飲む気は毛頭無い。
だが、記憶持ちという存在が魔族にどう仇なすのか分からない今、この脅しは有効だ。
というのも私の中の聖神の力はあまり発揮された事がないからだ。
それはおそらく私に魔を滅ぼす意思がないからだろう。私に魔を滅ぼす意思があれば聖女のような存在になっていたのかもしれない。
聖女や、捕らえたとはいえ勇者もいる太陽の国は恐ろしい存在だ。
勇者だってあと数百年もすれば再び現れないとは約束できない。
そんな国と友好関係を持つべきなのは遠い先を見越せば妥当なことだろう。
現に伝説があるくらいだ数百年前に勇者が現れたのだろう証拠もある。
だが、この条件は圧倒的に不平等だ。