表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生先は魔王の娘でした。  作者: 成瀬イト
精霊救済編
58/64

第十四話 愛しい世界に

「お疲れー」

「お前酔いすぎ」

「また明日ねー!」


あの日、

私はゼミの友達四人で飲んでいた。

そうだ、課題明けの開放感のままに少し飲みすぎてしまって、幼馴染の友人に心配されたんだ。


「......希?大丈夫か?

そんなんじゃ帰れないだろ、送ってく」


「ちょっとふわふわするだけだし

大丈夫、そんなに酔ってないよ」


「いいから、肩掴まれよ」


結局友人に押し切られ一緒に帰る事になり

もう時間は11時くらいだったか、

横断歩道の向かいの家族連れは旅行帰りなのか若い両親は大きな袋をたくさん持って、

可愛らしいくまのぬいぐるみを小さな女の子が大事そうに抱えていた。


私達は微笑ましくて顔を見合わせてクスリと笑いあったがあの瞬間が来たのはその時だった。


女の子の後ろを横切った酔っ払いが

小さな女の子に気づかず足を女の子の小さな足に引っ掛けたのだ。


女の子はバランスを崩したが何とか隣にいた

母親に支えられた、が

くまのぬいぐるみは道路に投げ出された。


ーー赤信号だった。


女の子がその小さな体が親の腕を掻い潜り

ぬいぐるみを拾うまでがまるで

スローモーションのように見えた。


けたたましいトラックの警音器の音が

響いたとき

私は既に女の子を

両親の元へ放り投げていた。


怪我をしてもいい、

車に轢かれるよりずっとマシだ。

私の頭はそれだけを考えていた。


大きな鉄の塊が間近に迫る


「のぞみ!!!!!!」


悲痛な悲鳴にも似た友人の声に

振り返ると友人は泣きそうに顔で

私を強く抱きしめた。


いつのまにか走ってきたの??!

バカ!なんで来たの?!!


そんな言葉さえ漏らす時間はなかった


「.............っ!!!」


衝突の直前友人が何か言ったが

警音器の音でかき消された


トラックのライトで目の前が真っ白になって

強い衝撃と気の遠くなるような痛みが突き抜けると女の子の声が遠くから聞こえた気がした


ごめんなさい..っ...ごめんなさいっ


謝らないで

私はあの子のぬいぐるみに

悲しい記憶を塗り重ねてしまっただろうか


私のせいで友人も死んでしまうのだろうか..

安否を確認したくてももう瞳を開ける気力などなかった。

ねえ、生きてるなら何か言って..

さっき何を言ったの?

あんな時に言っても聞こえるわけ無いよ!

ずるいよ....っ何か喋ってよ

それだけで私、安心出来るから。


耳鳴りが何重にも聞こえる。

痛みで身体が張り裂けそうだ。


頭もぼんやりしてきた。


そうか、私....


..................本当に死ぬんだ。


怖い


ぞわりと悪寒が身体中を走る

胸の虚空が広がっていく

身体の臓器が朽ちていく


ゆっくりと

意識とともに死んでいく。


実感するとどうしてか

怖くてたまらない。


怖い、怖い


寂しい、怖い


死にたくない


死ぬのは.....怖い。


身体が冷たくなっていく


助けて、誰か


死にたくない!


誰か.......


.......................助けて。






はっと目を覚ますと汗だくになっていた。

気だるげにベットから身体を起こす。

身体を起こすと頬に涙が伝った。

驚いてそれを拭い、

窓に目をやると外はまだ暗かった。


疲れが出て眠くなったため、

宴も途中で切り上げたのだが

どうやら深夜に起きてしまったようだ。


「のぞみ」


フィリル達に呼ばれたせいだろうか、

こんな夢を見てしまったのは。


なんだか気分が落ち着かない。

魔族たちは夜通し宴会かもしれないし、

ホットミルクでも入れようかと扉を開けた。


「カタストロフ?」


扉を開けた少し先に

カタストロフの背中があった。

声をかけるとぼんやりとランプに照らされた朱の髪が驚いたようにこちらを振り向く


「エレノア様?どうしたのですか?

こんな時間に」


「ちょっと眠れなくて、カタストロフも?」


エレノアはカタストロフの盆の上の

カップを見ながら問いかけると

カタストロフは眉を下げて

ぎこちなく微笑んだ。


「えぇ、今日は色々ありましたから。

少し、散歩でもしましょうか。

歩くと身体が疲れて

眠れるかもしれませんから」


エレノアはコクリと頷き、

上着を取りに寝室へ戻った。



**********************



「綺麗....」


魔王城を出ると頭上に

満点の星空が輝いていた。


思えばカタストロフがこんな夜中に外に連れ出すなんて珍しい。

いつもであれば危ないからダメだと

止める側だろう。


魔王城の階段を降りる時、

紳士な所作で手を差し伸べてくれた。


心に蟠っていた不安は気づけば消えている。

眠れない時、両親と見た夜空は

穏やかで安らぎに満ちていた。


だけど今は少しだけ、胸が苦しい。


階段を降り

魔王城の雪柳のような花が咲いた庭を歩くと

そこにあるベンチに腰を下ろした。


白銀の月を瞳に映す。


この世界の月は夜も白銀に輝いている。


「私の髪がこの月に似ていると、

私と同じ月の色だと、

よく母が褒めてくれたわ..」


沈黙がむず痒くてたわいない言葉を紡ぐ。

カタストロフはなぜか悲しげにその言葉を聞いていた。


「アリーチェ様はよく泣いておられました。

この月を見ると月の国を思い出すのだと、

自分の髪がこの月と同じことが

辛いのだと..ですが、

アリーチェ様はきっと

あなたに救われたのでしょう。

あなたがきっと白銀の髪を

愛しい色に変えたのです」


カタストロフが優しく微笑む、

その表情に少しほっとする


「そうだと...良いわね」


「エレノア様、言いにくい事であれば

言わなくてかまいません。

”みやはらのぞみ“とは貴方の前世の名

.....なのでしょうか?」


カタストロフは難しい表情を浮かべている。

普段見ない表情だ。

言いにくい事を、それでも知りたいと思ってくれたのだろうか。


「えぇ、私の前世の名前は宮原希

宮原はファミリーネームで希は名前よ」


カタストロフの手のひらに指で文字を書いた。カタストロフはそれを興味深く見ている。


「ファミリーネームがあるという事は

エレノア様の前世は貴族だったのですか?」


カタストロフの言葉に首を振った。


「いいえ、私の世界は貴族じゃなくてもファミリーネームがあるのよ。

私の家は平凡な庶民だった。

だけど私の周りの人はみんな優しい人だったの、私は十分恵まれていたわ」


「エレノア様が優しいお人だからこそ

周りに同じ類のものが集まるのです」


「そうだといいけど...

だけど私、死んだ時、色んな人に悲しい思いをさせてしまったわ。」


エレノアは顔を上げて星々を見た。

星座の知識なんて無いから

この世界の星と前の世界の星の違いなど分からない。それほど良く似ている。

この星を辿っていけばあちらの世界へ行ける気さえしてしまう。


「.....エレノア様は元の世界へ

帰りたいですか?」


カタストロフは真っ直ぐに

エレノアを見て微笑んだ。

少し悲しげに、寂しげに

そしてほんの少し自嘲げに、


カタストロフは寂しさを感じる時こんな表情をするのだと分かってきた。


なんだかそれが愛おしく感じてしまって

でも今自分は7歳なのだと言い聞かせた。


「私の世界はここだけよ。

宮原希の居場所はあの世界だったけど

エレノアの世界はここだけなの。

それでいい、それが良いのよ」


カタストロフにそう言って笑いかける。

柔らかな風が吹いて雪柳の小さな花びらが舞うと星が降っているように美しい。


「.....アリーチェ様の気持ちが

私も分かる気がします」


カタストロフは零れ落ちるように言葉を紡ぐ。


「この世界が愛おしいと、

そう思う心が分かる気がするのです」


カタストロフの低く柔らかい言葉が

夜の澄んだ空気に静かに溶け合う。


私はこの声が好きなのだと、

こんな時でさえそんなことが頭に浮かんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ