第十三話 取り戻した平穏
「魔王様!本日は作戦成功の祝杯の宴を開きましたから!ささっ!どうぞこちらへ!」
魔族の群れを掻き分けて使用人の女性の魔族が道を開けるよう促す。
それを聞いた魔族達は
渋々道を開けてくれた。
使用人に促されながら皆とともに
大広間に向かうと
テーブルが沢山並びすでに宴会ムードに入っている。魔族の中には既に出来上がっている者もおり、皆歓喜に浸っているようだ。
中央の魔王席に向かうと
オーガストやフィリル、クリストフ、
それにイアン達竜人族の人達が席についていた。
そういえば..
小さな声で「ニュクス」と呟くと
“既にアンタの影に戻ってるよ”と問いかえす。エレノアはふふっと微笑んで周りに声をかけた。
「ちょっと待ってて」
テラスの壁陰に行くとニュクスに出て来るように伝える。
「今度は何の任務?」
ゆらりと陰から出てきた
ニュクスが気だるげに聞く。
エレノアはその言葉にニンマリと微笑む。
「簡単よ、貴方も宴を楽しむの!」
思えばニュクスはいつも
このような場には参加できない、
いつも影の中にいるため他の者と
談笑しているところも
あまり見たことがない。
それが仕事なのだが
ずっと申し訳なく思っていた。
それにニュクスは今回の作戦の
功労者の一人だ。
出来ることなら一緒に参加して欲しい。
そう思いつつエレノアは変身魔法を
ニュクスにかけた。
変身魔法は魔力が強ければ出来るものではなく繊細な魔力操作と想像力がいる。
絵心のないエレノアにはあまり向いていないがオーガストに魔法のかけ方自体は教えてもらった。練習がてら誰かに使ってみたかったのだ。
エレノアが指揮をするように手を優雅に振り
キラキラとした光がニュクスを包んだ。
「ふはっ!あっははははははっ!
なにその間抜けな姿!
兄さんに教わったの?
君ほんっとヘタクソだね!」
ニュクスを連れて真っ先に反応したのは
吹き出して大笑いしたフィリルだった。
「エレノア、そいつは誰だ?」
「さ、最近魔王城に入った新人の
うさお君だよ」
エレノアの言葉に訝しげに
イアンは目を細める。
「エレノア様...そのうさぎのようなものは
まさか...彼ですか?」
カタストロフはぎこちなく微笑みながら
隣のかわいい魔族を指差した。
「結構かわいくできたと思ったんだけど..」
エレノアはぎこちなく隣を見る。
大きさは私より少し大きいくらいで
丸くて大きな顔に長い耳が生えている。
まん丸なかわいい黒い瞳に
ゆるい鼻と口がついていて、
ほのかなピンク色の体はお腹だけ白い。
一筆でかけそうなかなりゆるーいうさぎのキャラクターをイメージした。
だって..難しいものは絶対無理だと思ったんだもん..これでも最初にしては上出来だと思うんだけど..
私の瞳とゆるい黒目がかち合うと
あまりのゆる可愛さにクスリと笑いがこみ上げた。
ニュクスがはぁーっとため息を着くので
ごめんなさいと謝った。
宴の挨拶をすませると皆のいる席に戻った。
かわいいうさぎに扮したニュクスはエレノアの隣に座らせた。
「みんな!今日はお疲れ様!
うまく行きすぎて恐ろしいくらい
上出来だったわ」
エレノアがにっこりと皆に笑いかけた。
「何だかんだ上手くいって良かったな!」
クリストフは嬉しそうにお酒を飲んでいる。
「変身魔法も案外バレないものですね」
オーガスはこちらを見ると
ニヤリと微笑んだ。
「こっちは本当に肝が冷えたんだからね..
あの時ヘンテコうさぎが
ミヤハラノゾミって名前助言してくれなかったらやばかったよ」
フィリルの言葉にエレノアは固まる。
エレノアがニュクスをバッと見ると顔を背けて口笛を吹いた。
宮原希、これは前世の私の名だ。
記憶持ちだと知っているニュクスには
日本語を教えている時に何気なく教えていた。まさか役に立っていたとは思わなかったけど、久しぶりに誰かの口からその名を聞いた気がする。
その様子をカタストロフにジッと見られていたが何も突っ込まれなかった。
「ミヤハラノゾミって何だ?
呪文か?」
「まぁその話は置いといて
元に戻ったんだって?
ライリー、君の信仰している主には
一杯食わされてしまったからね」
イアンが首を傾げて問いかけるが
オーガストがそれを制した。
そしてエレノアの方をちらりと見ると
ウィンクをする。
これはおそらく気づいている..
いきなり話題を振られてライリーは
ドキリと身体が跳ねた。
「はぁ....ほんっとにごめんなさい!
さっきから思い出しても綺麗さっぱり記憶が無くて..まさかそんな事になってたなんて思いもしなかったわ」
ライリーは遠い目をしながら頭を下げた。
「ライリーは被害者じゃない。
それに精霊王がライリーに憑依してた
お陰で勇者も捕まえられたんだから
結果オーライよ」
「そう言ってもらえると助かるわ..
今日は私も飲もうかしら
カティ貴方も付き合いなさい!」
ライリーはスパークリングワインをグラスに注ぐとカタストロフの目の前に置いた。
「そう言えばカタストロフはお酒をあまり飲まないわね?」
エレノアはカタストロフの方を見ると
カタストロフは苦笑した。
「そうですね、昔はよく飲んでいましたが
右官となってからは率先して飲まなくなりましたね」
「カティは泥酔すると手がつけられなくなるから程々に飲みなさいよ」
「泥酔するとどうなるの?」
エレノアはきょとんと首をひねると
カタストロフはにっこりと微笑んで
忘れました、と言った。
これはこれ以上突っ込んではいけないやつだと理解したエレノアはそれ以上言わずに周りを見回した。
ニュクスはフィリルと何やら怪しい話をしているし、ライリーに勧められてカタストロフも少しだけ今日はお酒を飲むようだ。
竜人族の者たちもみんな今は落ち着いて歓談している。
エレノアはその様子を満足げに見ているとクリストフと目があった。
「良かったな」
ニカッと爽やかな微笑みを返され
思わずきょとんと首をかしげる。
「そういう顔してたからさ」
エレノアはその言葉にハッとしつつ
穏やかに微笑み頷いた。




