第十二話 父の見ていた景色
「エレノア様、竜人族の結界を強化したのはエレノア様ですよね..?」
「え、えぇ..そうだけど」
カタストロフはニヤリと微笑む。
「あの規模の結界を強化することは神の祝福を受けていなければ不可能なのです。
その前からもエレノア様は並外れた魔力を持っていましたが今思えばおかしい事だったのです。
何故なら魔神の祝福を得る前のエレノア様は魔神の祝福を得ている前魔王様と同じくらいの魔力を持っていたのですから..
それは貴方がすでに祝福を得ていた証拠だったのですね」
納得するように頷くカタストロフにエレノアは思考を巡らせる。
竜人族の結界を強化した時、イアンが魔神の祝福を受けなければ出来ない的な事を言っていたけどこういう事だったのか..
でもどうして..
「勇者から私達を
守ってくれなかったのかしら..」
私はあの時、父が斃された瞬間聖神の祝福を得ていたのに関わらず父を救えなかった。
「聖神は人に祝福を与える神だ。
魔族の為に人を聖神の力で
傷つける事は出来ない」
ライリーが淡々とその問いに答える。
いわば聖神の力は聖剣と
似たようなものらしい。
人を傷つける力は決して
与えてくれないようだ。
そこは魔神とは違う所だ
魔神の力は魔族を
傷つけることも出来るから。
もしかしたら聖神故の清らかさからくる
ものなのかもしれない。
「分かったわ、ありがとう精霊王。
人間国の者にはこの事は決して伝えないわ
それと一つお願いしてもいいかしら?」
「精霊が願いを叶える事はない。
だが、今回だけは特別だ。言ってみろ」
「もしカタストロフやヴィルカーンのような精霊が現れ、貴方の国には置いておけないと判断した時は私の国で引き取りたいのだけど良いかしら?」
ライリーはその言葉に厳しく眉をひそめ訝しげに見据える。
「悪しき精霊の力を手にしたい、という所か。だが、お前達の手に余る存在だぞ」
「悪しき精霊なんかじゃないわ。
カタストロフもヴィカーンもそれぞれに自分の正義を持っているもの。
彼らに必要なのは自分を受け入れてくれる環境よ。
それさえあれば彼らほど頼れる存在はいないわ」
「...いいだろう
その時は知らせの精霊を寄こそう」
「...!!ありがとう!!」
エレノアが礼を言うとライリーはコクリと頷き僅かに微笑んだ。
その表情に目を丸くするのも束の間、
キラキラとした眩い光の粒がライリーの全身から舞い上がると意識を失ったライリーがこちらの方へ倒れてきた。
踏み潰されそうになる所を
慌ててカタストロフがそれを抱え起こすと
ライリーはゆっくりと目を開いた。
「あ........あら?....
....ここは...???
.....て、カティ?!!
え?!どうして私..???」
緩慢な動作で身を起こすとカタストロフと目があって目が覚めたのかガバッと飛び退き辺りをキョロキョロ見回している。
その光景にホッとしたのか緊張の糸が緩み涙がジワリと込み上げてくる。
「よかった..っライ...!!
戻ってこなかったらどうしようかと思ったのよ...っ」
困惑げにポカンと立ち竦むライの両膝をぎゅっと抱きしめると
戸惑いながらもエレノアの両肩をポンポンと優しく触れながら落ち着かせてくれた。
「エレノア様まで..ここは一体
どこかの森みたいだけど、どこなのかしら?何がなんだかさっぱりわからないわ」
ライリーは眉を下げ助けを求めるようにカタストロフを見るとカタストロフは軽く息を吐いた。
「...どこまでの記憶はあるんだ?」
「エレノア様の魔王即位式に出る前に精霊達に祝福に感謝の礼拝を捧げていたとこまでは覚えているのだけどそれ以降は思い出せないわね...」
ポカンと呆然と首を肩向けるライリーに
エレノアは眉を下げて微笑むと
その手を引いた。
「これまでの話はこれから話すわ。
ひとまず魔王城へ戻りましょう。
勇者達に話を聞くのは明日にして、
魔王城の玄関口も私のせいでボロボロになってしまったから直さなくちゃね」
カタストロフが穏やかに微笑んで頷くと
ライリーは更に困惑げに顔を歪めた。
その表情が面白くてエレノアは
クスクスと笑みを零した。
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ライリーの手を引いて魔王城に着くと
城内は勇者に勝利した祝福ムードで賑わっていた。
城の外に避難していた力の弱い魔族や
各部隊に配属された魔族達が戻ってきているようだ。
屋根に大穴が空き、床には大きな亀裂やボコボコと高く岩が飛び出たボロボロの玄関を交わしながら通っていくとゴブリン族の
魔族が泣きながら近づいて来た。
「魔王様ー!!!!
我らの仇をとってくださって本当にありがとうございます!!
貴方は私達魔族の誇りです!!!
一生ついて行きます!!!」
エレノアの小さな両手をしっかりつかんで
涙や鼻水がダラダラと絶えず流し感涙に浸っているようだ。
苦笑いしながら周囲を見ると
気づけばエレノアの周りには多くの魔族が集まっていた。
皆嬉しそうにエレノアの顔を見て、声をかけたそうにウズウズしている。
その様子をぼんやりと眺める。
なんだか現実味がなく感じてしまうのだ。
私のような平凡な小娘がこんな多くの魔族に感謝されるなんて..
「私..少しは魔王らしくなれたかな」
ポツリと隣にいるカタストロフに問いかける。カタストロフは少し目を丸くした後
雄美に微笑んでしっかりと頷いた。
「周りをご覧ください。
貴方の欲しい答えはそこにあります。
貴方はこの国の立派な魔王です」
その言葉にジワリと胸が熱くなった。
父を慕う魔族達の瞳と
私を今、歓迎してくれる魔族達の瞳が
ほんの少し重なって見えて、
私がいつしか背負っていたものが少しだけ軽くなった気がした。