第十話 逃避の招いた罪
「魔王様!大変だ!早く来てくれ!」
玉座の間の扉を開けると
クリストフが血相を変えて飛びついて来た。
どうやら待ち構えていたらしい。
「何があったの?」
「竜人族の者も途中でどうしても参加したいって来たのは良いけど
勇者を殺しちまう勢いなんだ
勇者には聞きたいことがあるからって言っても聞かなくて、今はなんとか抑えているけどアイツら腕力強くてもう長く持たない
魔王様しか止められないんだ!」
クリストフの言葉に血の気が引いた。
四天王であり竜人族の大黒柱であった
オースティンの仇を討つ為に
ここまで飛んで来たんだろう。
急がなければ、彼がお父様の居場所を知っているかもしれないのだから。
エレノアはクリストフと共に精霊によって
勇者の元へワープした。
「放せよ!アイツだけは...っ
アイツだけは許せないんだ...っ!」
ワープ先は魔王城の近くの森だった。
森の木のない小さな間を
クリストフの集めた精鋭が囲んでいる。
中央にいるのは怯えるよう座りこけた勇者と
その前に迫るようにジリジリと近づく竜人族
それを抑える魔族達がいた。
一番目立っているのは
小さな体で魔族の手から必死にもがいて
叫んでいるイアンだった。
「イアン!あなたどうして...」
「父さんの仇を討ちに来たんだ!
この男だけは俺の手で討たなければ
気が済まない!
エレノア、お願いだ..っ!
許可してくれ!頼む...っ」
「やっぱり..あいつの息子だったんだ..
その髪と瞳...っ
嫌だ...やめてくれっ..僕は悪くない..っ」
イアンが必死の形相でエレノアに許可を乞う。
勇者は何かから逃げるようにブツブツと
呟きながら瞳を彷徨わせていた。
聖剣は抜き取られているようで
腰には何も差していなかった。
「イアン!ごめんなさい..っ
あなたの頼みは聞けないわ
勇者には聞き出さなければいけない事が
沢山あるの
お父様の居場所も、
勇者に聞かなければ救えない者もいるの..
お願い..今は我慢してちょうだい」
エレノアが悲哀に揺れる瞳でイアンを見つめるとイアンは悔しげに顔を伏せもがくのをやめた。
他の竜人族もエレノアの言葉を聞いて
勇者に迫るのは諦めたようだった。
そしてエレノアは勇者の眼前に立って
その瞳を見据える。
腰が引けガクガクと震える勇者の姿に
どうしようもない悲壮の念が湧き上がる
あの日、
お父様は私を命がけで守ってくれた。
私に普段決して言わないような
愛情を伝える言葉をくれた。
全てはこの男からはじまった。
それなのにこの情けない姿は何なのよ。
お父様はこんな男に負けてしまったの
こんな男がお父様を傷つけたの..?
「“あなた今まで何のために戦ってきたの?”」
エレノアは勇者に日本語で問いかけた。
勇者はその言葉に瞠目した
目の前の現実が信じられぬという
顔で声が出ないようだった。
「“あなたの戦った目的は?
何のために魔族を斬ったの?
誰のために魔族を殺したの?”」
勇者は何も言わなかった。
ただ押し黙って小刻みに震えるだけだった。
「“わか...らないんだ”」
勇者は震える唇から零すように呟いた。
「“分からないんだ...っ
ただ、僕は人間の国に呼ばれて
彼らの為に魔族を斬った、
だけど分からなくなった
何が正しいのか、
僕は何を守りたいのか
分からないんだ...っ!”」
勇者の瞳から涙が溢れた。
時折嗚咽を漏らしてその場に蹲った。
エレノアは勇者にもう一歩近づく。
「“分からない?
本当に..分かってないの?
じゃあどうして泣いているのかしら
本当は、分かっているんでしょう?
貴方は気づいていた。
お父様を斬ったあの瞬間も
......本当は気づいていたんでしょう?”」
エレノアの言葉に勇者は蹲ったまま
何も答えない。
「”何が正しいなんてこの世界に必要ないわ
誰しも正しいものが同じな訳無いのだから
大切なのは正しさじゃ無いでしょう?
自分や自分の大切だと思う人の為に何が出来るか、貴方の誇り、己の行動の目的。
貴方はそれを考えた事あるの?
貴方の気持ち、分からないわけじゃないわ
私も正しい答えを探していたもの
よく流されるし、それで仲間を危険な目に合わせてしまった事もあった。
でも貴方のように
考えることから逃げたりしないわ!
貴方は気づいてるじゃない...っ
それを肯定すれば貴方の今までの行動が否定されるかもしれない。
だけどそのままでいたら貴方これからも
己の気持ちから逃げ続けなくちゃいけなくなるわよ..?
分からなくしてるのは貴方の心の弱さよ。
目の前の現実から目を逸らしてはいけないわ。
貴方の犯した責任と向き合わなくてはいけないのよ。“」
勇者は涙を拭ってこちらに瞳を向けた。
その瞳はもうどこかへ逃げ出そうとするように彷徨ってはいなかった。
「貴方の今までしたこと
洗いざらい吐いてもらうわよ」
エレノアの言葉に勇者はこくりと頷いた。