第五話 勇者になった僕は(2)
※勇者視点になります。
義憤に揺れる深い銀の髪から見える
翡翠の瞳が鋭利に僕を貫くと
その堂々たる風貌に怯む
だが僕もそれに負けじと
足を踏みしめその視線に答える
「お前達がそれを言うのか?
僕の仲間の大切な人を傷つけ
月の国の王女を攫ったお前達がか?
僕は、いや俺はお前達から
人間を守る為に来た。
俺は魔王を斬ってこの世界を救うんだ」
銀髪の男は憤怒に揺れる瞳を
憐れむように潜ませると脇に差していた剣をとり、
こちらに向けた。
「お前はどうやら思い違いをしているな
私達魔王国の魔族は悪戯に人間を襲うことは
しない、もし魔族が人間国を襲っているならば
今頃跡形も無くなっているだろう。
私達は私達の平穏を乱さない限り
お前達に刃は向けない
お前の言う王女を攫ったのも月の国の人間に殺されそうになっていた王女を救う為の魔王様の慈悲からだ。
もう一度よく見るんだ。
お前の救いたい世界は本当に正しいのかを。
お前の仲間を傷つけたという魔族の話を
詳しく聞いたか?
人間国に騙され利用される身は哀れに思うが
お前を私は許すことは出来ない。
平穏に生きて来た罪なき数多の魔族達を
殺した罪をその骸で背負ってもらう」
銀髪の男はそう言うと僕に剣を振り下ろした。
僕は紙一重にその刃を受け止める。
聖剣は相手の刃から出る魔力を吸収する。
男はそれに憎しげに舌打ちすると飛び退いた。
僕は男の言っている言葉の意味が分からず
その光景を呆然と見ていた。
まるで聖剣が目の前の男を殺せと
言わんばかりに自らの身体を操る。
目の前の男は今までの魔族より
格段に強かった。
幾度となく剣を交える。
電撃の様な白刃を聖剣で受け止める
その度に鈍い金属音が小屋の中に響きわたる
狭い部屋の中での剣戟に
刃が壁に当たらない様器用に
剣を浴びせてくる。
この男は今何と言った..?
その間も男の言葉が何度も反芻する。
僕はこの男と
もう少し話がしたかった。
今までの人間国の人たちの言動を
疑いたいわけではない。
ただ、男の言葉が間違っていることを
確信したかった。
「待て..っ待ってくれ!」
剣に命令に従うように叫ぶが身体は意思とは
真逆に男に斬りかかる。
いつもは自分の意思で動くはずなのに今は
剣に操られているように感じて
身体が強張るがそんな事は御構い無しに
有無を言わさず目の前の男を貫いた。
男の脇腹に血飛沫が舞う。
聖剣はその骸から魔力を吸い取ると
生き生きと光り輝いた。
「あぁ....」
それはなんとも造作も無かった。
身体が剣に滴る血液を一振りで払うと
横たわる男の先にいる
二人の子供のゴブリンが身を寄せ合って
震えていた。
絶望に見開いた瞳には枯れてしまったのか
涙の跡がくっきりと残り、
少し大きい方のゴブリンは小さいゴブリンを
両手に守るように抱えていた。
“もう一度よく見るんだ。
お前の救いたい世界は本当に正しいのかを”
男の声がまだ脳裏で反響している。
分からない。
魔族は人を傷つける、
だから魔族を斬るんだ。
それは正しいことではないのか?
騙されるな、
僕は正しいことをしているんだ。
だってそうだろう?
僕はその為にこの世界に来たんだろう?
「殺さ..ないで」
守っている方のゴブリンの
ガタガタと震える唇から
悲鳴に似た声が呟かれる。
「お願い....します...っ
僕はどうなっても構わないから...
妹だけは....殺さないで...っ」
小さなゴブリンはその言葉を聞いて
声が出せないほど怯えているのか
血の気失った顔を必至に横に振っていた。
何でそんな顔をするんだ。
まるで僕が悪役で目の前のゴブリンは自分の家族の為に戦っている正義の味方みたいじゃないか。
「お前達は、人間を傷つける存在なんだろ?!そんな顔をしたって無駄だ!」
僕は動揺して目の前のゴブリンに向けて叫ぶ。
「僕たちは何もしてない!
僕のお父さんもお母さんも一族も人間を
傷つけるようなことはしない!
魔王様は無駄な争いを嫌うんだ!だから!
...お願いします..僕たちを殺さないで!」
「嘘だ..!嘘をつくやつを信じられない」
僕は目の前で怯えるゴブリンに剣を振り上げた。
「いやああああああ!!!」
小さなゴブリンの悲鳴が小屋に響き渡る。
しかし刃の切っ先はゴブリンからぎりぎり逸れた。
幸いこの時の剣は自分の意思に従ってくれた。
僕はもう訳が分からなくなっていた。
おかしい、何かがおかしい。
でもその歪みに気づきたくない。
僕は神が捧げた正義に縋っていたかった。
僕は床についたままの剣を引きづりながら
その小屋を呆然と出た。
それから再び魔族を斬る日々が始まった。
僕は心を閉ざし無気力に剣を振った。
しかし以前と僕の動きは変わらなかった。
周りのメンバーは僕の異変に気づいていなかったが
僕だけは確かに確信していた。
僕は勇者なんかじゃない
聖剣は自分が操るのに
ちょうどいい存在を探していたんだ。
それが僕だった。
僕は特別じゃなかった。
.....聖剣が特別だったんだ。
疑念と諦め、そしてほんの少しの愉悦。
そして再び襲ってくる劣等感。
魔王を倒した時、
僕は開き直っていたのかもしれない。
「エレノア、お前を愛している」
魔王は自らが庇う白銀の髪の少女に向けて言う。
その少女の白銀髪は月の国の国王の髪と同じ
ダイヤのような珍しい髪色、
それは月の国の王家の紛れもない証。
彼女が国王の娘..?
いや、幼すぎる。
王女は既に成人なさっていると聞いた。
ではこの娘は..
僕は冴えるような真っ赤な瞳を見て
確信する。この娘は魔王と王女の子供だ。
魔王は王女との子を
愛していると言ったのか?
動揺して魔王の胸を貫いた剣から手を離してしまう。
魔王は白銀髪の娘にそう言うと僕を睨む。
あぁ、またこの瞳だ...
はは...っははははっ!
どこまでも不快だ。
反吐がでる。
銀髪の男もゴブリンの兄弟も魔王さえも
みな同じ顔を僕に向ける。
誰かを守る瞳、
僕は何を守っているかも分からなくなっているのに
そんな瞳で見ないでくれ。
分からない、助けてくれ
僕はどうしたらいい?
誰か僕が正しいと言ってくれ!
僕が正義で魔王が悪だと、
そんな当たり前のことを証明してくれ!
眩い光が城内を包む
光が止んだ時、
目の前の魔王は地に伏せていた。
重たい雰囲気の話が続いて申し訳ないです。