第四話 勇者になった僕は(1)
※勇者視点になります。
ずっとヒーローになりたくて、
物語の主人公みたいになりたくて
そう思うたびに自分とのギャップに
辟易していた。
篭りきりの毎日も日に日に重くなっていく扉に僕は踏み出す勇気さえ持てずにいたんだ。
窓から聞こえる人の声さえ煩わしくて
いつも朝がくれば耳を塞いで寝ていた
瞳を閉じて耳を塞げば
脳裏に思い描く世界へ旅立てる
陶酔と逃避を繰り返して得た
虚無な世界、だけど僕にとっての
唯一の居場所だった。
だから夢から覚めてこの世界に来た時
神様がくれたチャンスだと思ったんだ。
「勇者様!よくぞ来てくださいました!
貴方は人間国の希望です!」
石造りの冷たい床に寝かされ
若い女性の甲高い声で目を覚ます。
外国語を話しているのか
何を言っているのか分からなかった。
耳鳴りのような頭痛が止むとぼんやりとあたりを見回した。
床には魔法陣のようなものが描かれ
その中心に僕はいた。
あたりには白いローブを深くかぶった人が
5人ほど僕を囲う形で見ていた。
ローブには太陽の紋章がつけられている。
最初は夢の中の世界だと思っていた。
でもその夢は一向に覚める気配はない。
僕の名前は結城一哉、
高校2年生だが第一志望の高校に落ちて、
滑り止めの私立高校に通う気になれず
不登校の日々が続いている。
この世界に異性召喚され
皆は僕を勇者だと言った。
訝しみながら、
ローブを纏う人たちに連れられるままに
神殿のような場所へ足を踏み入れる。
神殿の奥へ進むと呪詛のように文字や記号がびっしりと羅列して彫り込まれた石に剣が刺さっている。
僕がそれを掴むと剣は眩い光を放ち
導かれるようにその剣を石から抜いた。
「あぁ、素晴らしい!
さすが勇者様!
貴方は選ばれた人間なのですよ!!」
その瞬間周りの言葉が
理解出来るようになる。
周りの人たちの歓喜に震える喧騒の中
神々しく輝くその剣を瞳に映し
僕は一人震えていた
そうか...そうだったんだ
僕の居場所は、いるべき場所は
ここだったんだ。
僕の人生が上手くいかなかったのも
この場所に来るための布石に過ぎないんだ。
僕の心に蟠っていた
自責も劣等感も周りの歓喜の思いの高揚に
掻き消されていた。
「僕は..特別だったんだ...っ」
僕は久し振りに声を出して笑った。
声は掠れて歪だったし
口角もうまく上がらなかった。
僕はこの場所で生きていく。
僕の求める世界で、
求められる世界で、
僕は幸せだった。
僕に最上の天命をくれた神に感謝をした。
だけどそれはとんでもない思い違いだった。
神は僕に祝福なんて与えていなかった。
神がくれたのは現実から逃げてばかりの僕に与えた、罰だったんだ。
僕を召喚したのは太陽の国と言われる
ソレイツェ王国だった。
国は僕を盛大に歓迎した。
まるで王族のような扱いを受け、
皆僕に頭を垂れた。
そしてそれはソレイツェ王国だけに留まらなかった。
僕は勇者として魔王を倒すために召喚されたらしい。
そしてその討伐に人間国全ての戦闘に優れた人物を抜粋して5人のパーティを作る事になった。
その人材の多くが
太陽の国であるソレイツェ王国と
月の国であるセレネーデ王国から集められた。
月の国と太陽の国は敵対関係にあったが、
月の国の王女が魔王に攫われたのをきっかけに勇者を召喚した太陽の国と結託するようになったという。
「勇者よ、娘をどうか魔王の手から取り戻して欲しい」
月の国の国王はそう言うと
僕の瞳を真っ直ぐに見た。
それは父の瞳だった。
まだ歳の若い娘を魔王に攫われたのだ
さぞ無念だろうと、王の心の痛みを労わると
僕は強く頷いた。
パーティメンバーも人間国の魔物や魔人に
家族や友人を傷つけられた者ばかりだった。
皆憎き魔族を斃す事に救いを求めていたのだ。
僕はこの人達を救いたい。
この力は僕にしかない特別なものだから。
僕だけが救えるんだ。
そう意気込んで
僕は彼らと共に魔王を倒すべく
魔王国へと旅立った。
とは言え、
旅の初めは不安でしょうがなかった。
僕は今まで家に引きこもっていたため
身体は鈍っているし、
魔王を倒せるなんてとても思えない。
パーティメンバーは僕に絶大な信頼を寄せていたが僕はその期待に応えられるのか自信がなかった。
だけどそれは杞憂だった。
聖剣の力なのか僕は一流の騎士のように
俊敏に動くことが出来た。
身体が勝手に動く事に違和感を覚えたがそれもやがて消えた。
魔族達をひたすらに切り斃す日々は
意外と充実しており、
光の刃は日に日に力を増し
僕に敵う魔族などいなかった。
身体が僕の意思のままに勝手に動くからか
目の前で起こることがまるでゲームのように
現実味を感じず魔物や魔人を斃す事に
あまり心も傷まない。
だがそれはあの日を境に一転した。
銀の髪に翡翠の瞳の竜の翼を持つ人型の魔族と出会った時だ。
それは僕達がゴブリンの村へ討伐に出かけた時の事だ。
果敢に襲いかかるゴブリン達を切り裂き、
身に降りかかる紫の血液を聖剣から放たれる結界で防ぐ。
それは毎日繰り返しされる作業になっていた。経験値をもらえているのか剣は魔族を倒すたびに力が増幅する。
今は出来るだけ多く魔族を切って
経験値を稼ぎ、魔王を倒せるくらいまで
レベルを上げよう。
僕は粗方大柄なゴブリン達を斃すと
小屋に隠れていた二匹の小さなゴブリンに
その刃を向けた。
「これ以上魔族を傷つけるな
まだこの子達は子供だ
貴様は何故この国を襲う?」
真っ直ぐに響く低い声が後ろから劈くと
刹那の間にそのゴブリンを庇うように目の前に立ち塞がった。
その神々しいほどに雄美な姿は今まで斃してきた魔族とは明らかに違った。
何より魔族から言葉をかけられたことが初めてだった。
勇者の話が3話ほど続きます。